強い。 目の前の敵に対してふわわは素直にそう思った。
剣技という点ではこれまでに出会ったプレイヤーの中では最高だろう。
眼の使い方、足運びに加え、トルーパーである事を利用した姿勢の制御。
加えて剣一本でここまで上がって来た技量は素晴らしいの一言だ。
野太刀を捨てたのは隙の大きな武器を使うと一瞬で刈り取られる怖さがあるので、選択肢から排除し、身を軽くする事で対応力を上げた方がいい。
Aランクプレイヤー『モタシラ』。
剣に特化したプレイヤーであるという事は知っていた。
タヂカラオ、ベリアル、ユウヤからの評価も高く、手強い相手ではあるのは最初から分かる。
元々、Aランクに上がれる時点で高い総合力を誇っているのは疑う余地はない。
だから、ぶつかる時を楽しみにしていたのだ。
――だが、思った以上に心が躍らなかった。
確かに強い。 最小の動きでこちらの斬撃をいなす高い技量。
刀という武器をよく理解しており、それを合理的に扱う術に長けたプレイヤー。
動きに派手さはないが、それは洗練されているという事だ。
確かに強いが、彼女の気持ちが乗らなかったのは相手から殺気の類が一切感じ取れない点にあった。
こちらを見てはいるが、何の感情も抱いていない。
あぁ、これは駄目だ。 下に見られている訳ではないが、意識はこちらに向いておらず自分の内側――握りしめた自らの刃にのみに向けられている。
ふわわは自身に向けられる殺気、殺意こそ至上と捉えている事もあって、こういった落ち着きすぎている相手はあまり好みではなかった。
それだけなら乗り気がしないで片付けられはするのだが、この手の相手の厄介な所は殺気が一切存在しないので攻撃が読み辛い点だ。
ふわわは自覚していなかったが、彼女の超人的な反応はその殺気を感知する能力に依存していた。
自身に向けられるそれを敏感に感じる事で彼女はこれまでの戦いを乗り越えて来たのだ。
ゲームであろうとも相手に対して殺意、害意は向けるので、彼女がこのゲームに対して高い適性を示している要因の一つであったのだが、それが全くない相手は経験がなかった。
反応、手数はこちらが勝る。 斬撃を繰り出す速度も上だと思うのだが、刃が一切届かない。
こんな経験はリアルでも数えるほどしかなかった。 太刀と小太刀を構えて呼吸を整える。
敵の挙動を気配で読めないのであれば見て判断するしかない。
モタシラの動きの基本は切っ先を上下に揺らし、意識がそちらに向いている間に摺り足で間合いを調整。 気付いて意識が散漫になると斬撃か刺突。
攻めに回ると攻撃を切っ先で巻き込んで打ち落とすか跳ね上げてくる。
加えて周囲を警戒する素振りが見えない点から、横槍が入る可能性は低い。
その為、外的要因による状況の変化は気にしなくてもいいだろう。
――やり難いわぁ。
ヨシナリなら接近戦に付き合わずに距離をとっての遠距離戦に持ち込むだろう。
残念ながら自分にはそんな真似は出来ないので、この間合いで勝負するしかない。
純粋な剣技では相手が上だ。 元々、ふわわの収めて来た技能は剣だけでなく様々な武器や打撃を用いて、相手を効率よく無力化する術。
つまり剣に限定するのならひたすらに振ってきたであろう相手が上になるのは自明の理と言える。
だが、ここはリアルでもなく、剣術道場でもない。 ICwpだ。
ここでしかできないやり方で勝利を捥ぎ取る。 殺意がないのなら引き出せばいい。
――ウチだってちゃーんと考えてるんよ?
前回の試合で一つ大きな学びを得たのだ。 それを上手に活用する時だろう。
息を大きく吸って吐く。 そして思考を切り替え、意識の焦点をたった一つの事に集約させるのだ。
つまり――
――――殺す。
殺意へと。
エーテルの爪と無骨なデザインの槍が交錯する。
ベリアルは短距離転移とステップで相手を攪乱しながらのラッシュをかけるが、相手はその動きに難なくついてくる。 半端に距離を取れば凄まじい回転の刺突。
死角に回れば石突でカウンター。 旋回すれば大きく振り回しての薙ぎ。
ベリアルの挙動をよく研究している動きだった。
「ふ、腕を上げたな。 天貫の槍兵よ」
『相変わらずだなぁ。 お前はもうちっと相手に理解させる言い回しは出来んのか?』
そう答えたのは野太い男の声。 Aランクプレイヤー『平八郎』だ。
機体はかなり特徴的で旧日本の古い甲冑――大鎧と呼ばれる形状に近く、色も鮮やかな赤を基調としており、やや古めかしい印象を与える。 そして最も目を引くのが手に持つ槍だ。
彼の乗機よりやや長い10メートルと少しだが、刺突の際には伸縮して驚くほどに伸びる。
それにより間合いを掴み辛い上、掻い潜って懐に入れば一気に半分以下の長さに縮んで長さの不利を消す。 初見の相手であったのならベリアルの挙動はそう簡単に見切れないのだが、Aランクは数がそこまで多くないこともあって大半が顔見知りだ。
その為、平八郎はベリアルの挙動に関しては熟知している。
正面から来れば驟雨のような突き、直線軌道で対応できない側面攻撃は長さを活かした円を意識した薙ぎ、短距離転移による死角からの一撃は石突で迎え撃つ。
平八郎の厄介な点はその三種類の攻撃で近距離はほぼ完璧に対応する。
飛び道具は肩に付いている大袖――シールドで防ぐので、中距離への対応にも抜かりがない。
相手に対して研究しているのはベリアルも同じだが、戦い方が良くも悪くも噛み合っているので基本的に互いにミスを待つ形になるのだ。
高い次元にあるからこそ僅かな綻びで勝敗が決する。
この二人の戦いは先にミスした方が負ける集中力が試される戦いだ。
『それにしても驚いだぞ! 儂はてっきりお前は群れる事が嫌いな一匹狼だと思っとったからなぁ! こういう言い方するとうるさい爺ぃ呼ばわりされるからあんまりせんのだが、友達が出来てよかったなぁ! 長い付き合いになりそうな相手だったら大事にするんだぞ!』
「ふ、貴様の心配は杞憂に終わるだろう。 だが、その気遣いだけは受け取っておこう」
短距離転移により背後へ移動。 石突が飛んでくるが、紙一重で躱す。
――が石突部分が伸縮に寄り引っ込んで再度飛んでくる。
「魔槍の威力は健在、か」
『そっちも回転上がって来たなぁ。 反応も良くなっとる。 もしかしてパーツ変えたか?』
「互いに前とは違うという訳だな。 我が闇への誘いにどこまで耐えられるか魅せて貰おうか!」
『応! 面白くなってきたわい!』
二機のジェネシスフレームは互いに互いを叩き潰す為に更に攻防の回転を上げていく。
決着へと辿り着く為に。