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第14話 金魚の名前

深夜の空気はじっとりと、暑く重たい。

縁側で、ちょうど煙草を吸い終わった叔父さんの背に、僕は声を掛ける。

「前から、気になってたんですけど」

「あ?」

叔父さんが振り向く。紺色地に朱い大きな金魚柄のシャツ姿。左耳には、お馴染みの朱い大きな金魚が揺れている。不審げな叔父さんに缶ビールを渡すと、喜んで受け取った。僕はそのまま、叔父さんの近くに腰を下ろす。

「その、ピアスの金魚に名前って付けてるんですか?」

僕は、お守りのガラス細工の亀に、万寿まんじゅという名前をつけている。名前を付けてやれ、と言ったのは叔父さんだった。なら、左耳の金魚にも名前を付けていたりするのだろうか。僕の素朴な疑問だった。叔父さんは不敵に笑う。

「何かと思えば。そうねぇ。付けてるぞ。『伽羅きゃら』ってんだ」

「きゃら」

「そ。香木の伽羅と同じ字と音だな。かわいー名前だろ?」

そう聞いて、ようやく漢字も浮かんだ。くつくつと、叔父さんは笑って指で金魚を揺らす。

「確かに。可愛い響きだと思います。どうしてその名前を?」

「その時、ちょうど伽羅香持ってたんだよ。だから丁度良いや、って感じ。ま、あとは。世に稀で優秀なやつだから、だな」

金魚の方に目線を向け、叔父さんは柔らかく目を細める。そういう目もするのかと、僕は驚いた。

「失礼なこと考えてただろ」

「いえ、そんな」

じっと僕を睨んでいたが、直ぐに叔父さんは笑い出す。

「金魚はたくさん持っているが、名前を付けてんのはこの伽羅だけだよ。他のは直ぐ壊しちまうし」

「壊す?」

「そーゆー話は追々な。一気に話すと疲れるし、面倒くせーし」

叔父さんは、缶ビールを開けて煽る。僕は、分かったような分からないような気分で頷く。金魚の名前が分かって、気分がすっきりしたし、僕は構わなかった。もう一度、揺れる金魚を見た。いつもより、朱が鮮やかに、嬉しそうに見える。

「嬉しそうですね、伽羅」

叔父さんは一瞬目を丸くしたが、声を出して笑う。

「当たり前だろ。俺の金魚だぞ」

理屈はよく分からないけど、叔父さんも楽しそうだったから、まあいいかと思うことにした。


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