深夜の空気はじっとりと、暑く重たい。
縁側で、ちょうど煙草を吸い終わった叔父さんの背に、僕は声を掛ける。
「前から、気になってたんですけど」
「あ?」
叔父さんが振り向く。紺色地に朱い大きな金魚柄のシャツ姿。左耳には、お馴染みの朱い大きな金魚が揺れている。不審げな叔父さんに缶ビールを渡すと、喜んで受け取った。僕はそのまま、叔父さんの近くに腰を下ろす。
「その、ピアスの金魚に名前って付けてるんですか?」
僕は、お守りのガラス細工の亀に、
「何かと思えば。そうねぇ。付けてるぞ。『
「きゃら」
「そ。香木の伽羅と同じ字と音だな。かわいー名前だろ?」
そう聞いて、ようやく漢字も浮かんだ。くつくつと、叔父さんは笑って指で金魚を揺らす。
「確かに。可愛い響きだと思います。どうしてその名前を?」
「その時、ちょうど伽羅香持ってたんだよ。だから丁度良いや、って感じ。ま、あとは。世に稀で優秀なやつだから、だな」
金魚の方に目線を向け、叔父さんは柔らかく目を細める。そういう目もするのかと、僕は驚いた。
「失礼なこと考えてただろ」
「いえ、そんな」
じっと僕を睨んでいたが、直ぐに叔父さんは笑い出す。
「金魚はたくさん持っているが、名前を付けてんのはこの伽羅だけだよ。他のは直ぐ壊しちまうし」
「壊す?」
「そーゆー話は追々な。一気に話すと疲れるし、面倒くせーし」
叔父さんは、缶ビールを開けて煽る。僕は、分かったような分からないような気分で頷く。金魚の名前が分かって、気分がすっきりしたし、僕は構わなかった。もう一度、揺れる金魚を見た。いつもより、朱が鮮やかに、嬉しそうに見える。
「嬉しそうですね、伽羅」
叔父さんは一瞬目を丸くしたが、声を出して笑う。
「当たり前だろ。俺の金魚だぞ」
理屈はよく分からないけど、叔父さんも楽しそうだったから、まあいいかと思うことにした。