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「いやぁ、おっきいですねー」
あははっと楽しそうに笑う真帆さんの横では、
「なにアレなにアレなにアレ!」
と焦りまくる千花と、
「わ、わかんないけど……こ、こわい!」
と身を引くように、陽葵は戸惑いの声を上げていた。
潮見も目をまん丸くして海の中を漂い泳ぐ何かを見つめながら、
「まさか、本当にいたんだ……」
感心したように、そう漏らした。
僕が真帆さんたちを呼びに行ったとき、あろうことか彼女らは、数少ない開いているブランドショップで、服を物色しているところだった。
外を探し回ってもなかなか見つからないものだから、もしかして、と覗いてみたお店の中に、たまたま真帆さんたち四人の姿を見つけたのだ。
「なにやってんだよ、こんなところで! 魔力の穴探しはっ?」
僕が訊ねると、真帆さんはにへらと笑みを浮かべながら、
「すみません、なんか良さげなお店を見つけちゃったので、ついつい皆さんを巻き込んじゃいました」
と、あまり悪びれる様子もなく、ぺろりと舌を出すように答えたのだった。
僕は呆れるやら腹立たしいやら、何とも複雑な感情を抱きつつ、
「そんなの全部終わってからにして下さいよ!」
「は~い」
と真帆さんは手にしていた子供服をハンガー掛けに戻してから、
「それで、何かありましたか?」
気を取り直したように、落ち着いた声で訊ねてきた。
僕はそんな真帆さんに、
「なんかデカい蛇みたいなヤツが海を泳いでます!」
すると真帆さんは、顎に手を当てて「ほうほう、なるほど」と小さく口にしてから、
「案内してください。今回の件に、関係あるかも知れません」
そう答えたのだった。
僕たちが陸のところまで戻ると、そこにはまだあの蛇みたいな何かが悠然と水面を泳いでいて、それを見た真帆さんは改めて、
「なかなか大きく育ってますねー」
と感心するように、海に乗り出してそう口にした。
「育ってるって、結局なんなんですか、アレ。ヘビ?」
僕の問いに、代わりに答えたのは潮見だった。
「――リュウだよ」
「リュウ?」
リュウ、りゅう……竜、龍?
「竜って、つまり、ドラゴンのことか?」
陸が驚いたように問い返して、真帆さんは「そうですね」と頷いた。
「ドラゴンというより、龍です。西洋的な姿ではなく、ご覧の通り、蛇のような長い身体の、古来から日本や中国に伝わる、あの龍ですね」
「龍って、本当にいたの……?」
困惑する陽葵に、千花は、
「ま、まぁ、魔女がいるくらいだから、龍もいるんじゃない……?」
ふたりは抱き合うような形で、恐る恐る海を覗き込んでいた。
龍は海の中を、ただ悠然と、穏やかに、静かに、漂うように、泳ぎ続けている。
あまりにも大きすぎて、頭がどこにあるのかまるで見えないけれど、ちらりと見えたのは、腕だろうか、脚だろうか。
「この龍が、無気力症候群の原因ってこと?」
「さぁ、それはわかりません」
真帆さんはわずかに首を傾げて答えてから、
「ただ、何らかの影響を受けているのは確かだと思います。本来、海にはこの手の龍はいないはずですから。たぶん、山奥にあるどこかの滝あたりから泳いできたんじゃないかと思います。海に流れ出している魔力に惹かれて、ここまでやってきたんじゃないでしょうか。魔力を吸収して、かなり大きく育っちゃってるみたいなので」
本当はもうひと回りかふた回りほど、小さいはずですから。そう真帆さんは口にした。
言われて改めて龍に視線を戻してみたけれど、これがひと回りやふた回り小さかったところで、デカいものはやっぱりデカい。誤差の範疇にしか思えない。
僕の頭に浮かんだのは、あの伝説上の生物であるシーサーペント、或いはゲームとかによく出てくるリヴァイアサンだった。それと全く同じような存在が、今まさに目の前に実在しているのだと思うと、なんだか恐ろしくてしかたがなかった。
「これ、どうするんですか? このまま放っておくんですか?」
すると真帆さんは「いえいえ」と首を横に振って、
「龍がここを泳ぎ続けているということは、やっぱりこの辺りに魔力の穴か何かがあるってことだと思います。皆さん、昔ここに何か祠のようなものがありませんでしたか?」
祠のようなもの――僕は記憶を辿ってみる。
昔、友達や爺さんと釣りに来ていたころ、この辺りにはいったい何があっただろうか。
古い防波堤、コンクリートむき出しの細い道。今は芝生となっているイベント広場と、先ほどまで真帆さんたちがいたお店の建ち並んでいる辺りには、昔は古い民家が何棟も並んでいて、その中に埋もれるようにして、確か……
「そうだよ、あったよ」
口にしたのは、陸だった。
陸は、遠くに見える山の上の城、ちらりと見える駅舎、イベント広場の向こう側に建つ真新しいビル、とグルグルと辺りを見回してから、
「確か――そう、ここだよ、ここ!」
と少し離れたところの枯れた花壇を指さしてから、
「ほら、ここにやたらと古い、小さい祠があっただろ?」
言われて僕も、「あぁ」とその祠のことを思い出した。
確かに、いつからあるのかもわからない、ボロボロの祠があった気がする。
その祠の中にはよくわからない木片が祀られていて、ただ漠然とお地蔵さん的な何かかな、と思っていたことを思い出した。
「そういえば、そんなもの、あったね」
千花も思い出したように頷いて、
「そうだったっけ……?」
と陽葵は首を傾げる。
「あったよ!」
潮見もうんうん頷いて、
「すっかり忘れてたけど、小さいころ、確かにここにはボロボロの祠が建ってたよ!」
真帆さんはそんな僕らの会話を聞き、「ふんふん」と何度も頷いてから、
「では、確かめてみましょうか」
言って、その花壇のすぐ下のアスファルトに右手を伸ばし、眼を瞑った。
真帆さんの手のひらがアスファルトに触れた瞬間、わずかにその手が淡い光に包まれた。
たぶん、魔法的な何かで魔力の流れを確かめているんだと思う。
真帆さんはしばらくアスファルトに手を触れていたのだけれど、やがて静かに瞼を開き、潮見に顔を向け、
「メイさんも、確かめてみてください」
「え、うん……」
潮見も真帆さんと同じようにアスファルトに手を伸ばし、触れ、そして。
「――あっ」
口にして目を見開き、真帆さんと視線を合わせ、頷いた。
それからふたりして僕らに顔を向けて、
「間違いありません。ここです」
真帆さんは、そう言った。