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第5話

   5


 その日の夕方。


 坂の上の魔女――八千代さんは潮見が持ってきたその丸い石をまじまじと観察してから、ふん、と鼻を鳴らして、

「残念だけど、この石は関係なさそうだね」

 ことりとテーブルの上に石を置いた。


 僕らは丸い大きな白のテーブルを囲んで、八千代さんから時計回りに真帆さん、千花、陽葵、僕、潮見、と並んで腰を下ろしていた。


 坂の上の魔女の住む、あの大きなボロい洋館。その広い庭の一角には全面ガラス張りの植物園のような建物があって、僕らはたくさんの植物に囲まれながら、例の魔女文字の刻まれた丸い石を八千代さんに見せているところだった。


 でもまさか、あの坂の上の魔女の家に堂々と入る日が来るなんて思いもしなかった。


 ちなみにルナはというと、室内の片隅でダラリと寝転んで、三本の尻尾をゆらゆらと揺らしていた。もはや隠す気もないらしい。


 潮見と真帆さんは同時にため息を吐いて、

「――やっぱり」

「そうですか……」

 と肩を落としている。


「これは大昔の、川の治水工事か何かの際に埋めておいたものだろうね」

 八千代さんはその丸い石に手を当ててから、

「水が枯れないように呪文が刻まれているみたいだけど、あの辺りは大掛かりな水道工事が数十年前にあって、今ではもう意味をなさないただの石ころさ」


 たぶん、自分の先々代の魔女が関わっていたんじゃないのか、と八千代さんは言ってため息を吐く。


「――けど、もしかしたら同じような石がまだどこかに転がっていて、そのせいで無気力症候群とか呼ばれてる病が流行っているのは間違いないかも知れないね」


「うん」

「そうですね」

 と潮見も真帆さんも、納得したように軽く頷く。


 それに対して、

「えっと、つまり?」

 千花が眉を寄せながら訊ねて、僕も陽葵も、ただ答えを求めて真帆さんを見つめた。


 真帆さんは「つまりですね」と口にして、

「昔から魔女は治水工事や地鎮祭などが行われる際に、その地の魔力の流れが変わったり枯渇してしまわないように、おまじないの道具を地面に埋めたりしていたんです。ほら、私が皆さんに色々と訊ねていた理由は、つまりそういうことですね。これが掘り起こされて捨てられたり、壊されてしまったために魔力の流れが変わったり、どこかに穴が空いてしまうことで魔力が流出して枯渇したり――色々な弊害が起こることがあるんです。無気力症候群は、つまりそのせいで起こっているんじゃないか、と私たちは考えているわけです。これは何もこの石のように、地面に埋められているばかりとは限りません。祠そのものや祠の中に収められているご神体や鏡、様々なものがその役割を果たしています。なかにはその役割すら忘れ去られてしまったものもあって、細々したものになると地元の人すらもう知らない、なんてこともあるんです」


 だから、皆さんに手伝ってもらって、手分けして探しているわけなんですけれど、と真帆さんは僕らを見渡した。


 そんな真帆さんに、八千代さんは、

「なんだい、ちゃんと全部説明したわけじゃなかったのかい?」

 呆れたように口にする。


 真帆さんは「えへへ」と頭を掻きながら、

「あんまり詳しく説明してもややこしくなるので、要点だけ伝えれば大丈夫かな、って」


 その返答に、八千代さんは「やれやれ」と肩を落としてため息を吐き、

「――ただ、もしそれが原因なのであれば、五月から急に起こり始めたってのがどうにも腑に落ちなくてね。治水工事にしろ、地鎮祭にしろ、色々な工事で魔女や巫女が関わらなくなったのは今に始まったことじゃない。私が魔女になったころには、もうあまりそういうことはしなくなっていたからね。民間信仰よりも、形だけの儀式になってしまったのさ」


 八千代さんはそこで一旦言葉を区切り、目の前の石ころを指でつつきながら、


「でも、だとしたら、これまでの間にも無気力症候群か、それに似たことが起きていても不思議じゃない。今は魔力の流れなんてものを気にせず工事をしているわけだからね。けれど、少なくとも私の知る限り、そんなことは今まで一度も起こらなかった。幸か不幸かね」


「じゃぁ、やっぱり今年の五月に、この町で何かがあって、それが原因で?」


 僕の言葉に、八千代さんはこくりと頷いて、

「それが工事によるものかどうかは解らない。何かのはずみなのかもしれない。誰かのいたずらなのかもしれない。事故でもあって、その何かが壊れてしまったのかもしれない。とにかく、この町のどこかで何か変化があったはずなんだよ。けれど、私も足が悪いからそんなに長いこと探し回れない。だからこそ、魔法協会にお願いして助けに来てもらったんだけど――」

 と八千代さんはじろりと睨みつけるような視線を真帆さんに向けて、

「その誰かさんが観光気分で仕事するもんだから、なかなか原因を掴めなくて困っていたところさ」


 ぐさりと針を刺されたように、真帆さんはバツが悪そうに笑みをこぼす。


「まさか、こんな大事になっているとは思わなかったもので…… だって、最初の聞き取りの段階では、ちょっと重めの夏バテか、長く続いている五月病かなって感じだったじゃないですか……」


「言い訳はいいから、早くなんとかしておくれ」


 ぴしゃりとはっきり言う八千代さんに、真帆さんは反省したように、

「――はい」

 と大人しく項垂れる。


 不思議と可哀そうだなんて思わなかった。


 まぁ、町中で出会うたびにどこかのんびりしているように見えたから、仕方ない。


 真帆さんはそれから気を取り直したように大きくひとつ頷いて顔を上げると、

「というわけですので、どうか皆さん、明日も手伝って頂けますか? 朝も言いましたけど、人手は多いに越したことはありませんし、やっぱり他所から来た私よりも、地元で生活している皆さんの方がわずかな変化にも気付きやすいと思うんです」


 真帆さんや潮見、そして八千代さんに見つめられて、僕と陽葵、千花は思わず顔を見合わせてから、

「はい」

 三人同時に、返事した。

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