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#55.近衛騎士の帰還

 市民の多くを巻き添えにした騎士団の暴走事件も終幕。

シルビアを伴い登城し、捕らえた副団長を、事情説明と共に近衛隊に引き渡した騎士団長レイバーであったが、騎士団の復興については「国王陛下より直々のお言葉がある」とだけ伝えられ、案内された一室でシルビアと二人、待たされていた。


「陛下直々のお言葉とは、一体どのようなお話なのでしょうか……」


 団長ともども、騎士の正装にて登城していたシルビアであったが、王との謁見ともなるとその緊張も流石に生半可ではなく、自然、頬は強張こわばってしまっていた。


「まあ、お褒めの言葉とは思えねぇなあ。これが暴徒や反乱の鎮圧っていうなら褒められるだろうが、内乱だからな……」


 ソファに深々と腰掛け、騎士団長は皮肉げに笑う。


「それも、俺の不手際が生んだ内乱だ。自分達だけが傷ついたならまだしも、民まで少なからず傷つけ、辱め、苦しめてしまった」


 剣だこ・・・がびっしりとついた硬い掌を見やりながら、次第にその眼は細く、険しくなってゆく。


「騎士団だけじゃねぇ、ひいては、国に対しての不安・不信感にまで繋がっちまったんだ。ただじゃ済むまいて」


 状況は、決して好転している訳ではなかった。

自壊する前に止めることが出来たとはいえ、騎士団の存続は未だ危うく、王の機嫌如何ではそれまでの努力も白紙になる可能性すらあった。

内乱が起きたことそのものが、国の組織として、統制力を欠いていたという事に他ならないのだから。


「ですが団長、私は、団長が間違っていたとは思っておりませんわ!」


 それでもシルビアはキリ、と睨むほど真剣に団長を見つめていた。

その言葉には何ら偽りがなく、そして、心から信じてくれているのを感じ。

団長は、胸の内が温かくなるのを感じていた。嬉しかったのだ。

最初から最後まで自分を信じてくれた者がここにいる。

これこそ、自分が正しかった事の証左なのではないかと、そう思えたのだ。


「――ありがとうよシルビア。ふぅ、覚悟ができたぜ」


 その言葉が救いだとばかりに、団長は力なく笑い――そして、立ち上がった。




 彼らが呼び出しを受け、案内されて玉座へとたどり着いたのは、それからすぐの事である。


「久しいな騎士団長レイバーよ。そちらの娘は、グリーブの娘だったかな? パーティーで一度だけ見た覚えがある」


 玉座におわすは、まだ若き金髪の王。

そして、その両隣には、白銀の鎧を纏った近衛騎士が二人。

平素、この位置に立つのは王宮近衛隊でも最も実力のある二名である。

左を固めるのは近衛隊長グリーブ=エレメント。そして右のもう一人は――


「あっ……」


 そのもう一人を見て、シルビアは思わず声をあげてしまった。

国王の言葉に応えるより先に、自らの驚きを口にしてしまったのだ。


「……私の言葉に応えるより先に妙な声をあげた物だな。グリーブ。お前の娘は中々に面白いな?」


 それがいけなかったのか。国王は眉をひそめ、その場で足を組み、不機嫌そうに左を見やった。


「はっ……このような不遜、決して許されるはずもなく――」

「し、失礼いたしましたっ! 国王陛下におかれましては、ごきげん――」

「――ああ、とても不機嫌だ。お前のような女に、話の輿こしを折られたのは実に面白くない」

「うぅっ……」


 必死に頭を下げ許しを請おうとするシルビアであったが、王は苛立ちを隠しもせず。

実につまらないものを見るような目で、シルビアを見下ろしていた。

父であるはずのグリーブもまた、一切の庇いだてもせず、視線すら合わせようとしない。

悪意も何もなかったというのに、たった一瞬の、たった一言の過ちが、シルビアたちのそれまでを台無しにしようとしていた。



「――陛下。お言葉ではございますが、この娘はを見て驚いたのでしょう。無理もないことです。先日までは『仲間』として身近にいたのです。多少の無礼は私に免じてお許し願いたい」


 そうして、その様を見かねてか、右隣の騎士が口を挟む。

するとどうであろう。それまで不機嫌さを露にしていた王が、途端に口元を緩め、楽しげに笑いながら右側を見るのだ。

その騎士の顔を。その言葉が嬉しいのだとばかりに。


「ガイスト。お前がそういうのならばそれもよかろう。私も別に、この女にどうこう言うつもりでわざわざ呼びつけたわけではないのだからな」


 先ほどまでの態度が嘘のように子供じみた笑みを見せ、そして、正面を向いた時にはもう、最初の王の顔に戻っていた。

その豹変ひょうへんに、シルビアも騎士団長も驚かされていたが。

王の関心が、再び自分達に向いたのだと解り、二人とも、緊張気味に頬を堅くする。



「さて、騎士団長レイバーよ。今回の騎士団暴走の件、お前はどのようにしてその責を果たす?」


 王の関心は、やはり騎士団長の、今回の一件に関しての問責にあるらしかった。

先ほどまでの不機嫌さは消えたものの、冷徹な王としての視線を容赦なく向け、ふざけた答えなど許すつもりはないという気構えが感じられる。

騎士団長もまた、厳格なる『鬼の団長』としてひざまずく。


(……苦しい。ただこの場にいるだけで、こんなにも重いだなんて)


 極寒を思わせる凍える空気の流れ。だというのに鈍る時間の、この遅き事。

団長が第一声を上げるまでのその僅かな時間が、シルビアにとって何より重いもののように感じられてしまった。


「無論、今回の件は私の失策です。内部に巣食う国賊のみを駆逐するつもりが、私の考えが至らぬばかりに罪のない民にまで傷を負わせてしまった。この失態は、容易に取り戻せるものではないと、認識しております」

「ではどうする? 首でも括るか? それとも自刃するか?」

「騎士団が再興し、人々の心に再び安寧が戻るというならば、それもいいでしょう。ですが、それまでの猶予と、いくばくかのご慈悲をたまわりたく――」

「随分とムシのいい事を望むのだな? これだけの失態を犯して『時間が欲しい』とは」


 騎士団長の物言いに、王は呆れたように、だが、ニヤニヤといやらしい目つきになってため息をつく。


「とはいえ、確かに今回の件で傷ついた民がいた一方、窮地に陥り救われた、と感じた民もいたらしいな。そのような者達からの嘆願も、このグリーブが聞いたと言っていた。私からすると自作自演に見えなくもないが、実際問題救われたと感じた者がいるならば、それは功であると言えなくもない」


 この王の言葉に、二人は声に出さぬながらも目を見開き驚いていた。

ただ責められるばかりだと思っていた中、それは奇跡のように感じられた一言で。

例えその先にそれを覆す何かが待っていようと、自分達のしてきたことが一定量報われたと、そう思えたのだ。

また、シルビアにとっては王のする事にそのまま従っているだけのように思えた父グリーブが、その一件を王に報告してくれたことも驚きであった。

その気になれば隠蔽する事も、捻じ曲げて報告することすら可能な立場であろうに、それをしなかったのだから。


 だが、喜びもここまでである。


「では……」

「だが、それと責任は別問題だ。騎士団長レイバー。お前には騎士を束ねる長としての責務があり、常にそれを意識し管轄する義務があったはずだ。失策も、人心をつかめなかったが故の反乱拡大も、結局はお前の能力不足が招いた結末。先代団長ならば、このような事にはならなかったはずだぞ?」


 許容するかのような言葉で心を緩めさせておいて、安易な方向に流れそうになったところで一気に潰しにかかる。

国王は、人の心を不安に陥らせるのが上手な男であった。


「……言葉もございません」


 結果、団長は最早、黙ってその言葉を受け入れる事しか出来なかった。

下手に反論する事など、この王の怒りを買うだけなのだから。

それも、感情からくる理不尽なものではなく、打算によって絡め取ろうとする理論づくの手法によって。

奇しくも、この国王は団長にとって最も苦手なタイプの男であった。


 結局彼らは防げなかったのだ。被害者まで出して、民の不安を煽ってしまった。

そこを突かれれば、もう反論の余地もないのは解りきっていた。

だから、団長は許しを請うことしか出来なかったのだ。


「そうだとも。お前は反論する事も出来ぬはずだ。それでいいのだ」


 そんな団長を見て、国王はまた、機嫌よさげに笑っていた。

最初のシルビアへの怒りといい、その情緒の安定しない様子に団長は不気味なものを感じたが、黙ったままである。

左右の近衛騎士達も、これを気にした様子もなかった。


「まあ、良い。実際問題、あの時代錯誤な老人もそろそろ邪魔に感じていた。私としてはこれを口実に騎士団を取り潰す事も考えないではなかったが……条件を提示してやる」

「……条件、でありますか」

「そうだ。お前には、公式の場で『御前試合』を行ってもらう。相手は近衛隊の……そうだな、『一番腕の立つ男』を立たせるとしよう。無論御前試合だからな。真剣で殺しあってもらうぞ?」


 にたり、口元を歪めて騎士団長に笑いかける国王。

その様は美形ながらに醜悪とすら感じさせる、どこか悪意を感じさせるモノであった。


「それが、私に対しての処刑ですか?」

「そう言うな。お前の剣の腕は知っているつもりだ。それにな、その結果に関係なく、騎士団は残してやろう。生きて騎士団長のままで居たいなら、まあ、見事生き残るしかないがな?」


 実質死刑である、と受け取った騎士団長だが、王は殊更楽しそうにその顔を見やり、ぱん、と、手を叩く。

だが、何か不穏なモノを感じ、シルビアは思わず立ち上がってしまう。


「陛下……陛下! 私も団長と共に罪を背負います。どうか、どうか温情をっ! 団長お一人ではなく、私と二人で、なんとか生きて背負えるような罰を!!」


 目を見開きながらに王へと懇願しようと歩き出そうとし、そして……前に出た近衛隊長によって阻止されてしまう。


「おっ、お父様っ、邪魔しないでくださいっ! 陛下っ、どうかっ、どうか私も――」

「やめぬかシルビア! 自分がどれだけ畏れ多い事をしているのか、まだ気付かんのか!!」

「あっ!?」


 尚も前に出ようとしていた娘に怒声を浴びせ突き飛ばすグリーブ。

右の騎士は……ただそれを楽しげに見ているだけだった。

娘の主君への無礼である。親と言えどその対応は当然といえば当然であったが、幾分芝居臭くも感じていたのだ。

その証拠に、王は口元を抑えるようにして「かまわぬ」と一言伝え、尚も前に立ち守ろうとするエレメントを下がらせた。

本来ならば締め首となってもおかしくない不遜非礼なる蛮行を、この王は笑って済ませたのだ。


「エレメントの娘シルビアよ。お前の無礼は見逃してやるが――騎士として振舞うつもりならば、主君に対しては礼を通せ。そして、誰に対して忠義を向けるのか。それを忘れぬ事だ」


 騎士の主は王である。

その単純かつ最も重要な事を、王がわざわざ説いた意味。


「……主君ではないからと、尊敬する上司が戦うのを黙って見ていろと、そう仰るのですか……?」


 信じられないものを見るような目で唖然とするシルビアに、騎士団長はまんざらでもなさそうな顔でニヤリ、笑った。


「もういいぜシルビア。お前ぇの言葉はありがたいけどよ。責任は、俺一人で負わなきゃ意味がねぇ」


 それ以上は黙っておけ、と、団長が顔を向け、じ、と見つめる。


「……はい」


 飲み込み切れない理不尽があったが、「団長がそう仰るのでしたら」と、シルビアは出そうになっていた言葉を飲み込み、押し黙った。


「ふむ……物分りが良いようで何よりだ。では、明日一日を支度の為の期間とする。命の関わる事だ。親しき者と別れを済ますも良し。後を託して配下に全て告げるもよし。好きに過ごすがよかろう」

「陛下の格別のご配慮、感謝致します」


 こうして、騎士団長レイバーは、御前試合という名の殺し合いをする事となってしまった。





 必要な事だけ言い渡し、玉座の間から追い出した二人を見やりながら、王は楽しげに足を組み、左右に居た騎士に目配せする。

それを受け、騎士二人は誰に言われるでもなく王の正面に立ち、そして跪いた。


「お前の言うとおりにしてやったぞ、ガイスト。ようやく顔を見られたと思えば、突然このような事を頼んでくるのだ。何が起きたのかと思ったモノだが」


 ため息混じりに王が視線を向けるのは、歳が見えてきた近衛隊長ではなく、青年にすら見える近衛騎士であった。

余興とばかりに暗殺者のフリなどしていたが、この男、王の傍にて国が為様々な策を張り巡らせてきた側近中の側近である。

永劫えいごうの時を国に仕えた忠臣。

歴代の王が『何よりも信じよ』と後継に厳命するほどの重鎮であった。


「陛下の『騎士団長レイバーを殺害せよ』との命を、こなすための舞台を用意したまでです」

「ふふ、そうか……この期に及んで、まだ暗殺者のつもりなのだな、ガイスト?」

「今の私は近衛騎士ですが、この鎧を解けば、『暗殺者クロウ』として生きる身にございますれば。いずれにせよ、陛下の命によりたまわったものであるならば、それをこなすのが私の使命」

「……在り難いことだな。お前のような忠義者、私は未だかつて他に知らぬ」


 頭を垂れながらのガイストの言葉に、王はうっとりとしたように、膝を立てながら手の平に顔をもたれかからせ、その顔を見つめていた。


「私にとって、お前は親よりも偉大であり、乳母よりも信頼できた。友としてあてがわれた者より、妻としてあてがわれた女より、よほどお前の方が信頼が置けた。私には、お前しかいなかった」


 懐かしむように語るその言葉に耳を傾けながら、ガイストは一言、こう返す。


「もったいなきお言葉です」


 それが満足であったか、王は少年のように微笑みながら、また言葉を紡ぐ。


「お前が居ない間……なんとも空虚な日々が続いた。例の『改革』の一件な。お前が考案し・・・・・・、実行に移したアレだが……実は、その前に、私に子供が出来ていたらしい。他に子もいないので、と、王子として引き取ったのだが……これがどうにも可愛くなくてな」

「ですが、とても聡明で、幼き頃の貴方様に似ていると感じました」


 思い当たりを核心に傾けながら。ガイストは静かに返す。


「そう思ってくれるか。嬉しいな。私の幼少期は、周りの者にため息ばかりつかれる日々であったが……アレは存外、人に好かれている。どちらかというと、兄上に似ているのかも知れんな。私は、血の拒絶した子だったのかもしれん」


 血筋に見合わぬ男なのだ、と、ため息混じりに、少し疲れたように呟く。

まだ男盛りにも届かぬような青年が、しかし、人生のなんたるかを知ったかのような、くたびれた顔をしていた。


「だが……そんな私にすら情を向けてくれたお前には、感謝しても足りぬのだ。私が腐らずにいられたのは、お前という支えあっての事だ。その恩義、お前の忠節。決して忘れるつもりはない」

「陛下は、王となるべくしてお生まれになった方です。そのような方が冷遇されていた当時が、私には許せなかった。それだけです」


 熱の篭った王の言葉に、しかしガイストは、あくまで臣としての忠節で以って答える。

上ずっていた王の声とは裏腹に、その言葉は静かで、そしてどこか距離を置くような冷たさすら内包する。

だが、そんな冷たさすら、王にとっては懐かしいものであった。

いや、むしろ・・・「それでこそガイストだ」と感嘆するほどである。


「不思議な男だ……当時から、私自身ですらそう思っていなかったというのに……リヒター兄上のようになれなかった私が、王になどなれるとは、到底……」

「リヒターはとても良い友でしたが……王としては許容できぬ男でした。この国の頂点に立たせるには……いささか、足下に不安が大きすぎた」


 顔を上げ、立ち上がりながら。ガイストは、王へと近づいてゆく。

王はそれを止める事無く、ただ見つめながらに、この男の言う事を黙って聞いていた。

近衛隊長の娘がすれば不遜な事ですら、この男にとっては、何ら不遜ではなかった。

許されざる行為は、全て許されていた。


「アレックス様。私は貴方に賭けたのです。貴方ならばこの国をきっとよくしてくれる、と。そう、私が守りたかった『この国』を、ね」


 そうして、玉座まで迫り、その顔を王の間近まで寄せる。

かつてと何も変わらぬその顔で。何も変わらぬその声で、王に、言って聞かせていたのだ。


「……お前は、本当に変わらぬな。私が子供の頃から。いいや、そこのグリーブが幼少のころから変わらないのだろう? 父も生前話していたよ。『ガイストは本当に変わらないのだ』とな」


 頬に汗しながらも、その言葉を受けながらも。王は、いつものようにそう答え、そして、ガイストを笑わせていた。


「――よく言われます」


 そうして、笑いながらに離れ、背を向ける。


「この国を守りし古のロック鳥。我が国の国印にも刻まれているその象徴となった一羽が、よもや人の姿をしているなどと、誰が思うだろうな」


 国王の、しみじみながらの言葉に、ガイストは無言のまま、また顔を見せる。

何の色も感じさせない目。どの感情も映さぬ無色の顔立ち。

それこそが、彼の本来の顔であった。

誰にでもなれて、誰にもなれない、そんな顔に、王は手を沿わせる。


「一度は失われしバルゴアという国の、その再興の祖となった姫君に始終尽くした伝説の騎士『ガイスト』。生きた伝説が、私の王位を認めてくれたこと。あの時ほど、生きている実感を得たことはなかった」


 その時のことを思い出してか、感慨深げに、目の端に涙を浮かべながらに、王はその頬をそっと撫でる。


「ああ、あの時と変わらぬ。あの時の私は、お前の言葉が信じられずに、ただこうして頬を撫でたのだ。激昂し、殴りつけられるのではないか。関わりを持ったとうわさされるのを恐れ、手を払いのけられるのではないか、と、恐れながらな」

「ですが、私はこう言ったはずです。『貴方こそが正当なる後継者に相応しい』と」

「そうだとも! だから、私はお前を信じた。誰よりも心の拠り所だと信頼し、その言葉に従った! 女になど興味もなかったが、お前に言われるまま妻をめとり、子も作った! 全て全て、お前が言ってくれたからだ!」


 興奮気味に返してくる王に、ガイストはその手を優しく握り、笑いかける。


「こうしてまた、陛下とお会いできた事。このガイスト、心より嬉しく感じます」


 その一言が、王にとってよほどに嬉しい事だったのか。

ほろり、涙を流しながらに、王はその手をぎゅ、と握り返した。


「ああ、ああ! なんということだ! こんなに嬉しい事はない! ガイストがいる。ガイストが、また私の元に戻ってきてくれた!」


 感涙であった。子供のようにはしゃぎながら、王は、ガイストに抱きつきながらに涙していた。


「永らく牢から出してやれずに済まなかった! すぐに出してやるつもりだったのだが、存外父上が長生きしてしまってな……あまりに死んでくれぬから、毒殺してしまったくらいだ」

「構いませぬ。『それも仕事であるならば』牢に入ろうと、それもまた、果たすべき役目でありますれば」

「うむ……うむ! お前ならばきっとそう言うと思っていた!!」


 わが子を愛でるかのように、ガイストは王の頭を撫で回し、そうして、幼子を落ち着かせるようにぽん、と、優しく手の平で叩く。

それがたまらぬとばかりに、王は子供めいた嗚咽をもらしながら、その胸に甘え強く抱きしめるのだ。

見た目こそ同い年のようにも見える男達の抱擁であったが、その実、親と子の再会にも等しき場面であった。



「……すまなかったなガイスト。あまりに長く会えずに居た故、つい年甲斐もなく甘えてしまった。笑わないで欲しい。お前がいなくなったばかりの頃、私はまだ十を過ぎたばかりの子供だったのだ」

「笑ったりはしませぬ。陛下が壮健に成長なされた事、ガイストは嬉しく思います。この胸に抱きしそのお身体、以前よりずっと立派にて。いささか、驚かされております」


 にやり、口元を歪めながらに、ガイストは子とも言える王に、慈愛の篭った笑みを向ける。


「――立派な王へと成長されましたな。このガイスト、この時ほど嬉しいモノはございませぬ」


 その成長を見守っていた者だからこその言葉であった。

感慨深さもあり、そして、それだけの別れを見てきた、哀しい眼でもあった。


「……ああ。ようやく私も、王になれた気がする。そうだ、お前に、この姿をいち早く見せたかった。誰より最初に、王となった私を見せたかったのだ」


 ガイストの言葉に、王の涙腺は緩みっぱなしであった。

もう、どのように抑えたら良いのかすらわからぬほどに。

王はただ、情けない嗚咽を漏らしながらに、とても王らしからぬ顔で涙を流し続けていた。

すぐ近くに在りながら、そんな二人を一歩離れて見やり、グリーブもまた、感涙していた。

王と師との間に感じる隙間こそあれど、今この瞬間こそは、感動のひと時に違いあるまい、と。





「さて、ガイストよ。先ほどの騎士団長の件だが……本当にお前に委ねてよいのか? お前の腕を知らぬ訳ではないが、騎士として戦うのは久方ぶりであろう? 対してあの団長――かなりの腕利きだぞ?」


 ようやく気持ちに一段落ついたのか、王はコホン、と咳をつき、再び王として臣に問う。

ガイストも、先ほどまでと同じようにエレメントの隣に跪き、それに答える。


「何も問題はございません。近衛騎士としてこの鎧を纏い、全ての勘を取り戻しました。暗殺者として戦いし頃と違い、今の私ならば、圧倒できます」


 色のない表情に戻った彼は、無感情のままに口元を歪ませた。


「そうか……ならば任せる。見事全うしてみせよ」

「……御意に」


 王として下された命に、臣下は言葉で、そして一命で以ってそれに答える。


 古くからこの城で酌み交わされた流れを、今代の王もまた、ようやくにして果たすことが出来たのだ。

それは、王となった者のみが許される、『ガイスト』の名を持つ騎士への禁忌の命令。

ガイストに王と認められた者のみが下す事を許される、絶対遵守の最初で最後の命令であった。

その命令を、王は、知らずにこんなくだらないことに使ってしまったのだ。

無色であったガイストの瞳が、再び色を取り戻しているのに気付きもせず、王は、頭を垂れる臣下に、満足げに頷き、笑っていた。



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