目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
#49.歪んだ老騎士のセカイ

 ラノマ・カノッソでは、直近で起きた団員襲撃の報に、ざわめきが走っていた。

ここ数日連続して起きている、見回り中の騎士を狙っての暗殺。

いずれも部隊では末端の者ばかりであったが、繰り返されるのをかんがみて「暗殺ギルドの報復では」「民衆が決起しようとしているのではないか」などの憶測が飛び交っていた。


「……以上を持ちまして、報告を終了します」


 最奥の団長室には、今この騎士団を取りまとめる首魁・副団長のガングが、懐刀のライオットよりの報告を受けていた。


「うむ……カルロ隊、ブロッケン隊……どちらも素人の仕事とは思えんが、果たしてこれは……」


 報告を聞き、ガングがまず最初に思い浮かべたのは、今ラノマ・カノッソで広がっているような『暗殺ギルドの報復』であった。


 この数日で殺された団員は、そのすべてが一撃の下仕留められている。

ただ、この殺し方にも二種類あり、首元を一太刀の下斬り付ける『一本斬り』による即死狙いと、他では見ないような奇怪な斬り口を残す『二本斬り』による斬り捨てが存在していた。

一本斬りに関してはライオットをはじめ、暗殺ギルド関連と思われる事件を調査していた際に頻繁に見かけた殺され方だった為疑う余地なしとも言えるのだが、それだけでは二本斬りの方の説明がつけられなかった。

これが場所が近かったり、発生した時間に大きなズレがあったのなら同一人物による犯行の可能性も十分に考えられたが、実際にはこの二件はいずれも離れた、通りを二つ挟んで真逆の場所で、ほぼ同じ時間帯に起きていたのだ。

関わりがあるかはまだ解らないものの、少なくとも二名、騎士殺しに関わっているといえる。


「私としては、行方知れずとなったシルビアがこの件に関わってる気がしてなりません。あの女、暗殺ギルドと何がしか繋がりを持ったのでは?」

「その可能性もあるかもな。シルビアの周りで動いていたという剣士風の男の正体も気になる。結局、捕らえるように向かわせたパガート達も戻ってこなかったしな……」


 ガングも、その剣士風の男が教会に向かっている所までは部下の報告で察知していたが、教会には教会の作法があり、騎士団の調査もあまり強引には進められなかった。

教会のシスターは知らぬ存ぜぬを通し、国も教会を擁護する以上そこでの調査は打ち切りにせざるを得なくなり、怪しげな男の情報だけでなく、教会に向かったはずの配下数名までもが行方知れずのままとなっていたのだ。


「マルカと接触していたのも知っている――あの小娘、一度しょっ引いて拷問にでもかけるか?」

「その方が良いかもしれませんね。場合によっては、シルビアもそこに潜伏しているかもしれません。二人まとめて――」


 にた、と、口元を歪め、いやらしく笑う部下に、ガングは小さく頷いてみせる。


「構わん。とにかく今は時期が悪い。急ぎ探索をはじめ、怪しげな者は片っ端から捕らえてしまえ」

「あい解りました。では、捜索隊の指揮は私が――」

「うむ。配下の者共にも伝えておけ。迂闊な一人歩き、通りの裏を使うことは当面の間禁ずるとな。まさかまさか、通りを歩いている時に襲撃される事はあるまいて」


 提出された書類をちり紙のように丸め、部屋の片隅のくずかごへと放り投げる。

そのまま踏ん反り返り、副団長は笑うのだ。


「シルビアめ……小娘だと思って侮っていたが、馬鹿なことをしたな……」





「おおう、一日で四人も集まったか! マルカ、クラーベ、アーシィ、エスト! 久しぶりだなあおい……」


 その頃、騎士団長が隠れる北の廃屋では、シルビアらが探していた『良識ある騎士』らが集められ、団長と対面していた。


「団長……本当にご無事だっただなんて」

「ああ、良かった! これで騎士団は建て直せますわ!!」

「うぅっ、よかった……よかったぁ……」

「……団長殿、お久しぶりです」


 シルビアの説得により集められた四人は、実際に団長との対面で各々、喜びの言葉、安堵の涙やため息等、様々な表情を見せていた。

いずれも女性騎士ばかりであったが、シルビアが良く顔を合わせていた者も多い。


「皆、俺が不在の間に辛い思いをさせちまったと聞く。嫌になって騎士団を抜けた奴も多いのだろう。そんなお前ぇ達に本当ならこんな事を言うのは酷い事なんだとわかってはいるが……すまねぇ、今一度、騎士団の再建の為、俺に、俺達に力を貸して欲しい!」

「……」


 頬を引き締め、真面目な口調で語る団長に、集まった女性騎士らは神妙な面持ちになり、じ、と、見つめていたが。

やがてマルカが小さく頷くと、それに合わせ、他の三人も頷いて見せた。


「勿論です、団長!」

「私達の騎士団を取り戻しましょう!」

「微力ながら、お手伝いしたく参上したのです。どうぞ、ご指示を!」

「この命、民の平和と騎士団の栄光の為であるなら、惜しくはありません!」


 心強い女性騎士らの言葉に、団長は「うんうん」と、満足げに頷き、そして小さくため息をつく。


「すまねぇ。すまねぇなあ、お前ぇら……必ず。必ずや、あの古狸を処刑台にひざまずかせて見せるぞ! 俺達『本物の騎士』が、国に巣食う逆賊どもを成敗する時が来た!!」


 ぎり、と拳を握り締め、それを高く挙げ――本物の騎士達は、その勇ましき拳に自身の心が引き締められていくのを感じていた。


「お前ぇ達には、早速行動に移ってもらうぞ! マルカは避難してきた者達の受け入れと手配を手伝ってもらう」

「は、はい! 解りました!」

「他の三人には、まだ仲間を集めているシルビアのアシストをして欲しい。街から逃げようとする仲間達や、あの腐れ外道どもの被害者を、一人でも多く、無事にこの廃屋に集めるのだ!」

「お任せください!」

「シルビア隊長のサポートができるなんて……」

「一人でも多く、無事に連れてきて見せますわ!」


 新たな仲間たちの士気は上々である。

団長は表情からいかめしさを消す事なく、手振りで「行け」と指揮する。

女性騎士らも、そのぴしりと引き締まる厳しい雰囲気を肌で感じ、ビシリと敬礼をした後、四人が四人ともきびきびと廃屋から去っていった。



「――大したものだ。騎士団の統率とは、本来このように在るべきなのだろうな」


 それまで、一人目立たぬように、と、柱の影に背をもたれていた男が一人。クロウであった。

女性騎士らがいなくなったのを見て、ぽつり、呟く。


「ベルクか。気付かなかったぜ」

「そんなはずあるか。私はあんたの一瞬の殺気をしっかりと感じ取ったつもりだぞ?」


 おどけてみせる団長に、しかしクロウは鼻で笑い、とつとつと団長の座する机の前へと歩き出す。


「後から、あんたの言っていた『ゲイザー』とかいう奴らも来るらしい、とセンカから聞いたが」

「そのようだな。あいつは先代団長とも良く行動を共にしていた。必ずや、騎士団の為働いてくれると信じていたさ」


 座したまま自分を見上げる団長を正面から見据え、しばし間を開ける。

その間、団長が何事か話す事もなく、ただ、彼が話さんとするのを待っていたようであった。




「先代の団長は、あんたにとっては好意的に受け取れる相手だったのか?」


 しばし迷いにも似た間があったが、その末にクロウはやはり、問うことにしていた。

ずっと気になっていた、先代団長の事である。彼が『戦狂い』として殺した、かつての目標。

じ、と見つめ、その瞳がわずかばかり揺らいだのを見て、内心の動揺をかすかに感じ取る。


「どういう事だ? 先任者を敬うのは軍人としては当然のことわりだぜ?」


 返って来た答えは、クロウの求めるモノではなく、上辺を取り繕うかのような言葉。

だからか、彼は哂ったのだ。本質を見たさに。

真実どう思っているのか、それを引き出したくて、わざと・・・口を滑らせる。


「だが、戦狂いだった。街を徘徊し、罪なき民を殺して回った悪漢となってしまった。まるで今の腐敗騎士らと同じように、な」


 その皮を剥ぎ取りたかった。彼の内側にある、先代団長に対しての感情をはっきりさせる為に。


「――あの方を侮辱するんじゃねぇ!!」


 突然の激昂であった。

クロウしても予想はしていたので驚きはなかったが、それでもやはり、身を震わせるほどの激しい怒りが、その一言には込められていたのだ。


「あの方は……先代殿は、誰よりもこの国の事を、民の事を考えてらっしゃった。あの方は、この騎士団の腐敗を、俺以上にうれいていたのだ!」

「私の眼にはボケた老人の性質の悪い徘徊にしか見えなかったが、あんたの目にはあの老人の死はどう映ったんだ?」

「……言わせるな。どんな人間にだって老いは来る。俺だってお前ぇだって、どうなるか解らねぇんだからな……」


 尊敬した男の、そのあまりにもあんまりな末路。

そんなものは、それを信奉する者ほど認めたくはあるまい、とクロウは理解した。

そう、この男は、先代団長を心より尊敬していたのだ。

だからこその怒り。そして今漂わせている哀愁が、ひしひしと伝わっていた。


「戦いの中で、たくさんの人間が死んだ。繰り返される戦の中、多くの仲間と死に別れた。そうまでして追い求めた平穏が、実際に手に入ってみれば、血を流してまで戦った、仲間の死体を踏み越えてまで進んだ自分を否定したんだ……」

「……」

「あの方は、立派な方だったんだ。ただ荒くれ戦場で暴れるだけだった俺なんかを、騎士に推挙してくれた方だ。団長として、後釜に据えられた以上、俺も頑張らねばならぬと思っていた……あの方は、平和に裏切られて尚、民の平穏を、この国の明るい未来という奴を、ずっと願ってらっしゃったんだ」


 実際に敵として対峙したクロウには感じられなかったあの老騎士の『正気』を、団長は知っていたのだ。

狂気の果てに民を手に掛けたあの男には、そんな一面もあったのか、と、どこか意外性に驚かされてもいた。

だから、クロウは小さく腰を折り、「すまん」と、一言謝罪した。


「私は、おかしくなってしまった彼しか知らなかったのだ。戦争狂いであると聞き、『騎士団とはこんな程度なのか』と思ってしまっていた。だが、あんたの話を聞く限り、それは過ちであったと解った。無礼を、侮辱を、許して欲しい」


 いずれにしても既に死んでいる男の話であったが、だからこそ侮辱してはならぬ、とも感じてもいた。

これだけの男にこれだけの事を語らせるなりの人物が、たとえその末路が惨めなものだったとて、その人生が全て愚かだったとは言えまい。

最期の最期、ほんのわずかな時間が違ってしまっただけで、本来ならば人にこうまで言わせるほどのれっきとした人物だったのだ。


「……ああ、解ってくれりゃいいんだ。いや、俺も感情的になっちまった。民からしてみれば、あの方の最期は確かにあんまりなものだったのだろう……俺だって信じたくはなかった。だが、あの方が、それだけ国を思っていらっしゃったのだと思うとな……安易に『失望した』などと言えんのだ」

「……」

「だってそうだろう? 俺達だっていつかは老いる。理想や規律によって自分を律していたのが、ある日突然ぷつりと切れたら……俺だって、いつかはそんな風におかしくなって、罪のない民に襲い掛かってしまうのかも知れん。そう考えると、俺は老いるのが怖い」


 俯きながらの団長の言葉に、クロウも小さく頷き、ため息を漏らす。


「……解る。私も、いつか自分の心に、律しきれなくなった自分の心に巣食う『何か』に飲み込まれてしまうのではないかと、恐ろしくてならない。そうなった私は、きっと何も知らぬ他人が見たら、あのように映るのだろうな――」


 惨めな狂った殺人鬼。

かつて抱いた恐れは、老騎士の哀れなそんな姿を思い出し、より強くなっていた。

そう、怖かったのだ。クロウにとってすら、それ・・は酷く恐ろしいモノだった。


「……ああ、そうなんだ。強くなればなるほど、歯止めが利かなくなった時が怖いんだ。目に見えた悪党なんざいくらでも殺せる。だが、自分がおかしくなっちまったら、誰が悪党なのか、誰が本当に悪いのかなんて解らなくなっちまうんだ……これほど怖いことはねぇ」

「互いに、自分の事だけは解らんようだな。気をつけたいところだ」


 全く立場も性分も異なるであろう二人であったが。

なんとも可笑しなことながら、彼は、この団長を気に入りそうになってしまっていた。

面白い、自分と同じだ、などと、妙な親しみを感じていたのだ。

だからか、共感できる部分も多い。

何より、彼の手伝いをするのを楽しくも感じていた。

ただ仕事だからとこなしていた暗殺稼業より、遥かに楽しく感じてしまう。

人に頼りにされ、頼まれたことをする。

たったそれだけのことが、この男に協力する、というだけで途端に心地よく感じてしまっていたのだ。

これが、人を惹きつけるカリスマ、人間の持つ魅力というものなのだ。


「お前ぇは変わった男だな……ただの優男のように見えるがしかし、シルビアを口説き落とすくらいには肝が据わっている。俺の前に立って萎縮しねぇくらいに芯がはっきりしてやがる。そうかと思えば、まるで影か幻かのように、存在がはっきりとしねぇように感じる事もある」

「……ほう」


 しみじみ語る団長に、クロウは口元を手で隠しながらも、ニヤ、と、ゆがめそうになっているのを感じていた。

表に出てきそうになっていたのを必死に仕舞い込みながら、なんとかクロウ・・・を保つ。


「お前ぇに今一度『何者か』と問うのは愚問だろうから聞きはすまいが……こんな風に感じたのは初めてだ。俺より若いように見えるが、だが本当に俺より若いのか、それすらも解らん」

「あんたの勘は素晴らしいな」


 ある意味核心に触れた言葉に、クロウは思わず、感嘆の声をあげていた。


「私を見れば、多くの者は見た目どおりの男だと思う。多少斜に構えていたり洞察に優れた者でも、あんたのように感じる事はまずない――なるほど、これが団長の器、というモノか」

「伊達に長年人の面を眺めてねぇからな……善人の面の皮を被った悪党だって、沢山見てきたさ」

「怖い方だ。できれば敵として会いたくないものだな」

「それはこっちの台詞だぜ。お前ぇを相手にするのは……骨が折れそうだ」


 互いに善くない笑いを浮かべながら、視線を逸らさず見つめ合っていた。





「――いなくなっていただと!?」


 ラノマ・カノッソは、マルカとシルビアを捕縛せんと向かっていたライオット隊からの報告で揺れ始めていた。

その報告を聞いたガングは、不機嫌そうにデスクに拳を叩き付けながら、身を乗り出し激する。


「馬鹿者が! だから急げと言ったではないか!! まんまと逃げられおって――」

「まあお待ちください副団長殿。確かにマルカとシルビアには逃げられましたが、これで奴らの繋がりがはっきりしました。この上はマルカと同時期に足抜けした者達を中心に、捜索の手を――」


 怒り狂う上司を抑えようと、ライオットは次の手を提案し、空気を変えようとしていたのだが――


「失礼します! ライオット隊長、指示された通り足抜けした者達を探したのですが、街の何処にも居りません!」

「更に我々が目をつけていた『犯罪者候補』の者達が、忽然こつぜんと姿を消しております!」

「東地区の商人らの住居が、いつの間にかもぬけの殻になっているとの報告が……」


 折角抑えようとしていたライオットの努力を覆すが如く、次々と部下達が望ましくない報告を持ち帰ってくる始末であった。

これにはライオットも唖然とし、ガングの怒りは頂点に達した。


「ええい無能共がぁっ! 何故先手を打たれたのか考えろ!! シルビアめ、マルカから他の者達の情報を聞き、我らの探索の眼を掻い潜ったのだ!!」

「はっ――し、しかし副団長、いなくなったとして、その者達は一体いずこに……?」


 シルビアとマルカだけならばまだしも、民までとなると、街の中にいればどこにいようと騎士達の目に入るはずであった。

それが見当たらないのだ。いつ逃げられたのかすら彼らには解らないのだから無理もない。


「むむ……解らん。解らんが、街の中にいないのなら街の外に――そうだ、あの廃屋! 確か北に、衛兵隊がかつて使っていた休息の為の拠点があったはずだ! いますぐ調べろ!! 見つけ次第殺しても構わん!!」

「は、はいっ――おい、聞いての通りだ。隊を編成し、直ちに向かえ!!」

「はっ、解りました」

「では、これにて!」


 声を荒げるガングに恐れを感じながらも、ライオットの指示もあり、騎士らは散り散りになっていく。


「……こうなると、捨て置いていたゲイザーが厄介だ。シルビアとゲイザーが接触したなら、面倒な事になりかねん」

「となりますと……ゲイザーは」

「酒に溺れ腐ったままなら生かしてもよかったが……万一という事もある。ライオット、貴様がやれ」


 自分と同じく古参の騎士であったゲイザーは、彼にとっては目の上のコブのようなものであった。

騎士団長が死に、強権を使って排斥したまではよかったが、だからと迂闊に手に掛けるわけにもいかずそれまで放置していたのだ。

だが、事このような状況になってはやむを得ず、手段は選んでいられなくなってきていた。


「ふん……シルビアも、あの時捕縛しておくべきだったな。貴様の責任だぞ、ライオット。貴様が『口説く時間が欲しい』などと言うから、このようなことになった」

「……」

「解ったらさっさと行け! ゲイザー相手にぬかる事もあるまいが、確実に仕留めてこい!!」

「……承知しました」


 厳しく追いたてる言葉に苛立ちを覚えながらも、ライオットは「いつものことだ」と聞き流すように背を向け、そのまま去っていった。



「……ふんっ! 青二才めが! あの団長に不満を持っていたからと取り込んでやったのに、腐りおって!!」


 後に残った副団長は、不甲斐ない部下達への怒りを一人、ぶちまけていた。

聞く者などいないその部屋で、まるで道化のように、一人語りを始めるのだ。


「シルビアを犯したいなら気取らずにそうすればよかったのだ! あの場で取り押さえて猿轡さるぐつわでも噛ませてしまえばいい。近衛隊長の娘だ、さぞかし愉しめただろうに、な!」


 ばん、と強くデスクを叩き、下卑た笑みを浮かべながら椅子に腰掛けもたれかかる。


「大体、ワシがいたからこそこの騎士団は今まで生き残れたのだ! 戦争が終わり、お払い箱になろうとしていた組織を維持したのは、国王派のワシだぞ!! 国王陛下が目に掛けて下さったからこそ、この組織はあったのだ!! 初めから、この組織はワシの為にあるようなものなのだ!! それをあの若造――ああ、思い出しただけでも腹が立つ!!」


 いつしか怒りは別の方向へと向けられていく。


 先代が任を解かれ、ようやく自分が頂点に、と思った矢先に自分の頭を押さえつけてきた若き後任の団長。

まさかの仕打ちであった。

長らく国王に忠誠を誓っていた自分が報われる番だと思ったのに、よりにもよって二十も若いあの男に、自分の頭を押さえつけられたのだ。

ガングには、それが我慢ならなかった。

手を幾度も汚したとはいえ、戦時中、彼が団長らと共に国が為民が為血を流し戦ったのは間違いのないことなのだ。

他国との様々な戦いを文字通り死にそうになりながらも生き抜き、ようやく得られた安穏の日々のはずであった。

その忠義を、その努力を、全てなかった事にされた気分になったのだ。

その日その時の屈辱を、彼は未だに忘れる事が出来なかった。


「だが、その若造もようやくいなくなった……ふん。何か企んでいたようだが、随分都合よく死んでくれたモノだ。これで、これでワシの好きにできる。好きにできる、はずだったというのに……シルビアめ!!」


 ようやく手に入った騎士団。自分が頂点となり、組織を掌握する為に騎士達の欲望を解放してやったのだ。

自分についてこない者は私刑にかけたり弱みをちらつかせて黙らせたりもした。

自分の天下が、自分の楽園がここにある。

それを、シルビアがぶち壊しにした。よりにもよって、あの近衛隊長の娘の・・・・・・・・・シルビアが。

生真面目すぎる、理想主義者にしか映らぬ娘であったが、とうとうここにきて邪魔をしてきたのだ。

許せなかった。憎くて仕方なかった。


「見ていろよシルビア……目に物見せてくれる!」


 黒く濁った老騎士の眼には、既にまともな世界は見えていなかった。

彼の目に映っていたのは、ひたすらの憎悪で歪んだくらい世界。

悪意に満ちた、彼を貶めようとする、そんな世界であった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?