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#48.同胞を集める為に

 王都での活動は、静かに、だが迅速に進められていった。

クロウは路地裏や酒場等、騎士が悪行を働きやすい場所を見極め、重点的に巡回する。

するとボロボロとそういった・・・・・場所に出くわすのだ。面白いほどに引っかかっていった。


「――やめてくださいっ、お願いです、お金なら父に言えばいくらでも――」

「ははっ、金は勿論貰うが、金だけで済む話じゃないんだぜお嬢ちゃん?」

「お前の店はちょっとばかり儲かりすぎてたからな。絶対に裏で悪い事をしてるって思ってたぜ」

「ほら、早く服を脱げよ。自分から裸になって敵意が無い事を証明するんだ。さもないと、お前の店が――」


 実に解り易い現場であった。

どちらが被害者でどちらが悪いのかもぱっと見だけで解ってしまう。

涙を流して許しを請う若い娘を取り囲み、剣を手にした騎士達が三人ばかり。

いかにも「俺達は偉いんだ」とばかりに娘に無理難題を押し付け、弄ぼうとしていた。

これが騎士である。彼が街を離れるまでは、それなりに住民に対し威厳を見せていた騎士の、今の姿であった。


「そこまでだ」


 喉元に剣を突きつけられ、娘の心が限界を迎えそうになっていたのを見るや、クロウは躊躇ためらいなく声をかけ、その行為を止めさせる。

すると、騎士達は皆、気だるそうにゆったりとした動作でクロウの方に向き、濁った眼でねめつけて・・・・・いった。


「なんだ貴様ぁ?」

「我々は職務の最中だ。邪魔をするならただではおかんぞ?」

「正義漢ぶって命を無駄にする事もあるまいよ。黙って消えろ」


 ただの剣士であると見るや、鼻で笑いながら、イラついたように睨みつけながら、ため息混じりに苦笑しながら。

それぞれの態度は微妙に違っていたが、一様に、目の前のこの男を取るに足らぬものと見下していた。

無理もないだろう、見た目は一般人。その辺にいそうな剣士である。


 だが、と、クロウは一歩前に出る。

構いもせず娘に悪戯しようと手を伸ばそうとしていた騎士達は、この一歩を見て、ザン、と、殺気を放ち始めた。

それ相応に鍛えられているのだろう、その辺の悪漢ならば冷や汗を垂らすくらいには鋭いそれに、しかし、クロウは怯みもしない。


「おいおい、どうやらこいつ、死にたいらしいぜ」

「この場では殺すなよ。痛めつけて牢屋にぶち込んでなぶってからだ。石抱き、鞭打ち、水責めとな!」

「もしかしたら例の暗殺ギルド関係かもしれんし、な」


 三人、互いに顔を合わせにやり、と口元を歪め、クロウを囲み込む。

怯えさせようとしているのか、手に持った剣をゆったりと見せつけるように振るうのだ。

特に疑いもなく、自分達が勝利する事を確信しての口上と合わさって、クロウはつい、口元を緩めそうになってしまう。

最近、こんな事が多すぎる。気がつくと笑いそうになってしまうのだ。

押さえつけていた感情が抑えきれなくなっているのか。

なんとも不思議な物だと思いながら、袖の下にしまっていた短剣を振って手に持ち、駆けた。


「――ぬぅっ!?」

「せやぁっ」

「うおりゃっ!」


 反応できなかった一人は剣すら振れず棒立ち。

残り二人は辛うじて反応したものの、振るった武器はあらぬ方向へ。

クロウの姿を完全に見失っていた。

そのまま三人、一様にぽかんとしたまま立ち尽くし――やがて喉から血を噴出しながら、声もなくどう、と倒れる。


(騎士と言っても、シルビアほどに腕が立つ奴はそうは多くないようだな……)


 他愛もない、と、小さくため息混じりに短剣を振ってかすかについた血を落とし、再び袖の下にしまいこむ。

それから、この場にいるもう一人――被害に遭っていた若い娘へと歩み寄る。


「あ……あぁ……」


 一部始終を目撃してしまった娘は、余りの事に言葉すら失っていた様子であった。

あぐあぐと過呼吸気味に口を開いては閉じ、胸に手をやり震えていた。

騎士達に襲われていた恐怖もあったのだろうが、それ以上に、三人もの男が一息に殺された、その凄惨過ぎる場面に唖然としてしまっていたのだ。


 だから、クロウは敢えて笑って見せた。

優しげな、いかにも紳士風の面持ちで。静かに正面に立つのだ。


「安心して良い。私は彼らの仲間ではない。君を助けに来たのだ」


 見ていれば解りそうなものであるが、このような状況になった若い娘は恐慌状態のまま何をしでかすか解らない。

大声などあげられては別の騎士が集まってきてしまうかもしれないので、少しでも落ち着けるように、と、はっきりと助けに来たことを告げる。


「た、助けに……? 私を?」

「そうだとも。悪徳騎士どもに目を付けられていると聞いて、ある方に救出を頼まれたのだ。どうか、私を信じて欲しい」


 その場にかしずき、勝手に娘の手を取り下から見つめる。

この手に悪意なしと伝えるには解り易く、娘に馴染みなく心に残る仕草のはずであった。


「あ、あのっ……はい。信じます。信じますからその……立ってください」


 これには娘も気恥ずかしさを感じたのか、先ほどまでの恐怖も薄れ、頬を赤らめていた。

年若い娘など、このくらいの事でこうなってしまうものである。

まさに計算通り。クロウにとって、造作もない印象操作であった。


「君達が大変な目に遭っているのは知っている。安全な場所へ避難させたいと思うのだが」

「避難ですか……? で、でも……」

「このままここにいれば、奴らは何度だって君のところに来るだろう。その時に私が君の傍にいるとは限らない。どうか、君を、君達を、私に守らせて欲しい」


 戸惑い気味に口元に手をやる娘の肩に手をやり、間近まで顔を近づけ、しっかりと見つめる。


「あ……」


 困ったように眉を下げながらも、娘はその手を振りほどけず、視線を逸らすことが出来ず、ただ、ぽーっとしてしまっていた。


「わ、解りました……」

「うむ。ありがとう。私の名はベルク。どうか、君の大切な者達にも、このことを伝えて欲しい」


 小さく頷いた彼女に、最後まで優しい顔を見せ続け、クロウは避難場所である廃屋と、そこまでの安全なルートを伝えた。




「シルビア隊長……? その、どうしたのですか? このような時間に」


 シルビアが向かった先は、マルカが暮らしているのだという貸し家であった。

質素なつくりで、段差もあった為に足の不自由な娘が暮らすにはあまり向かないものであったが、それでもここは、騎士達の目の向きにくい、通りから離れた場所にあった。


「マルカ、今、お時間よろしいかしら? 大切なお話があるのです」


 不思議そうにしていたマルカに、シルビアは努めて優しく微笑みかける。


「お話ですか……はい。大丈夫です――どうぞ」


 よたよたと杖をつきながら一歩下がり、家の中へと迎え入れるマルカ。


「ありがとう」


 シルビアはその間をスルリと入り、ドアを閉めた。


「実はねマルカ。団長殿は健在なのです」


 家に入り、勧められるままに椅子にかけたシルビア。

同じように腰掛けたマルカに向け、単刀直入にこう、伝えた。


「団長殿が!? それは、その……本当なのですか!?」


 解りきった事ながら、大仰に驚いて見せるマルカ。

シルビアも頬を引き締めたまま小さく頷く。


「本当ですわ。この前は監視の恐れもあって迂闊な事は言えませんでしたが……あの方は今、街の外にて機会を窺っているのです」

「機会を……? 団長殿は、何故すぐに街に入られないのですか? あの方が戻られれば、副団長達だって――」

「問題は、いまや副団長らを排斥すれば済む、というものではなくなってきているのです。民の騎士に向けた怯えは、いまや一朝一夜の改革でどうにかできるものではなくなっているようなので……」


 マルカの疑問も痛いほどに解る。

街に残され、腐った騎士らに辛酸を舐めさせられ苦渋を味わい続けたマルカのような者にとっては、「団長が戻りさえすれば」という想いも強いはずであった。

同時に「団長が離れさえしなければ」、という一種の恨みに近い感情も彼女達にはあるのでは、と、シルビアは内心で不安視していたが。

だが、現実はもう、団長一人が戻ればそれで済む話ではなくなっていた。

それを、マルカ達にも理解させねばならないのだ。


「まず、貴方のようにまともな騎士や、その関係者を集めなくてはなりません。民の信頼を勝ち取れる者を、一人でも多く」


 そのための方策が、今の人員集めである。

まずは人数を増やさねばならなかった。少数による活動には限界があったのだ。

民の間にある「全ての騎士が悪徳である」という考えを、まずは改めさせなければならなかった。

一人でも多くの民に「でも、まともな騎士もいる」と認識させねばならなかった。


「私に、できることがあるんですか……? 言ってください! なんでもします!!」


 聡明なマルカは、すぐさまシルビアの言わんとしていることを察して、自分から問う。

マルカの言葉に、シルビアは優しく微笑み……それから小さく息を付き、再び頬を引き締めた。


「まず、貴方の知っている範囲で結構ですから、騎士団を抜けた方、抜けられずに辛い思いをしている方を教えて頂戴。貴方もそうだけれど、少しでも協力してくれそうな人には、団長殿のいらっしゃる拠点に来て欲しいのよ」

「団長殿は、今、どちらに?」

「街の外。北にある廃屋にて、団長殿は行動を起こすための方策を練っておられるわ」

「解りました! では、誰がどこにいるのか、メモにしてお渡しします。少々お待ちをっ――きゃうっ」


 言うが否や、すぐに立ち上がろうとして、うっかり杖を持たずに、そのまま転んでしまう。


「大丈夫ですか!? もう、無理をしなくても――」

「いいえっ、これくらい、なんてことありません! 一刻も早く、少しでも多くの人を、助けなくてはいけないのです!!」


 力強くそう語るや、涙目になりながらもなんとか立ち上がり、そのまま杖もなしに、テーブルやラックに手を当てデスクへと歩いていく。

脚一本動かずとも、マルカはやはり、騎士を名乗るにふさわしい精神の持ち主だった。


「……貴方は、強いですわ」


 その強さ。逞しさに、シルビアはほう、と、感嘆していた。

この強さが、自分にはない物だと思っていたのだ。

どれだけ涙しようと、どれだけ苦しもうと人々の為に尽くすことができるそのまごころ。

これはやはり、得ようとしても得られるものではないのだと、そう思えてしまったのだ。


「私の強さは、シルビア隊長に頂きました」

「私に?」


 だけれど、意外な返答。

シルビアは思わず目を丸くしてしまったが、当のマルカは背を向けたまま、デスクの上でメモ帳を見つけ、ペンで何がしか書き始めていた。


「――騎士団って、男職場で。男の人達ばかりだから、下品な言葉も飛び交うし、いやらしいことをされそうになったりしたしで、初めは心が折れそうになってたんです」


 ぽつり、ぽつり、と、書きながらに呟くその言葉に、シルビアは黙って耳を傾けていた。


「だけど、そんな中でもシルビア隊長。貴方がいると、皆ピシリと引き締まって。下品なことを言う人達も、口をつぐんで真面目に仕事をするんです。きっと、隊長が美人さんだから、良いところを見せようって、真面目になるんだと思ってましたけど」

「そんな事は、ないと思うけれど……」


 自分の容姿についての言葉には、シルビアも曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。

美人さんだと言われる事は多いが、それ以上に、自分は他の、女性らしい女性に魅力を感じる事の方が多かった。

そんな、活き活きとしていて女性らしさに溢れた人達と比べると、男として生きる事を強いられた自分は微妙なのではないかと、そんな風に思っていたのだ。

そして、そんな女性達との関わりもあまりなかったせいで、「どうすればもっと女性らしく在る事が出来るのだろう」と、悩んでいた時期もあった。

今現在では外見こそは女性らしく在る事が出来ているものと思ってはいたが、まだまだ足りない部分もあるのではないかと、それが自分が行き遅れている事に繋がっているのではないかと、そう思ってしまっていたのだ。

ともあれ、マルカの話はまだ続くらしく。

シルビアもそのまま、耳を傾けた。


「私、悔しいなあって思ってたんです。同じくらい美人さんに生まれたら、私も優しくしてもらえるのかなって。でも、そうじゃなくって――ほら、ライオット隊とシルビア隊とで、合同で賊の討伐に当たったのを覚えてますか?」

「……ガレムア山の賊を討伐した時のことかしら?」

「そうです。あの時、皆剣を手に、賊を倒すのに必死になってたじゃないですか。想定していたよりも賊の数が多くて――情報がどこからか漏れてたみたいで、囲まれてしまって」

「そんな事もありましたわね。今思えば、あの頃から騎士団は……」


 シルビアが思い出すに、今の団長の代になって大分マシになったとはいえ、そのような問題は以前から度々発生していたのだ。

それをなんとか潜り抜けるだけの運と実力が自分達にあったからこそ生き残ってこれたが、決して楽な道のりではなかった。


「敵の数が多くて、ライオット隊長も行方知れずで皆心が折れてしまいそうになっていたとき、シルビア隊長が、皆を鼓舞し続けてくれたでしょう? あのおかげで、私達は犠牲者を出しながらも絶望せず戦い続け、生き残ることが出来ました」


 結果としてその時の賊は、先行していたライオットが単独で賊の首領を捕らえることに成功し、事なきを得たが。

それですら、今となってはライオットの自演だった可能性があるのだ。

なんとも苦い思い出であったが、それでもマルカにとって、それは大切な思い出のようなものらしいので、シルビアは余計な口を挟まず、マルカを見つめていた。


「――とても強い女性なのだと気付かされたんです。皆がくじけてしまうような時でも頑張れる、そんな人なんだと。だからこそ皆が頑張ろうって思えるんだと、気付かされて。憧れました」


 メモを手に振り向き、またよたよたと歩く。

そうしてシルビアの元まで歩いて見せ、メモを手渡し、ぎゅ、と、手を握り締め――マルカは涙を流しながら、微笑んでいた。


「私、貴方のような強い人になりたかった。たくさんの人を助けて、皆を元気付けられるような、そんな人になりたかったんです。こんな足じゃ、もう皆と一緒には戦えないだろうけど――協力、させてください」


 じ、と、自分を見つめてくる強い瞳に、シルビアは逸らす事無くその瞳を交わらせ、小さく頷く。


「剣を持てずとも、手伝って欲しい事は沢山ありますわ。でも、今は貴方の身が大事です。一緒に、団長の元に隠れてくれますね?」

「はい。私には家族はいないけど……でも、これを、他の人に見せてあげてください」


 涙ながらに頷き、マルカはテーブルの横にかけたショートソードを手に取り、シルビアの前に置いた。

柄に小さなリボンがついた、可愛らしさすら感じる装飾であった。


「同じ隊の女性なら、これを見れば私の物だと解るはずです。何かの役に立つかもしれませんから、どうか」

「ありがとうマルカ。大切に使わせてもらうわね」


 渡されたメモを胸元へ、剣を大切に抱えながら、シルビアは席を立つ。


「貴方一人では危険だから、一緒に行きましょう。このメモを元に、作戦をきちんと組み上げないと」

「はい。すぐに必要なものだけ用意しますね。少々お待ちを――あっ」


 涙を袖で拭きながら、元気さを取り戻したように笑顔を見せて歩き出そうとしたマルカであったが、またしてもバランスを崩してしまった。

そのまま転倒しそうになっていたが、シルビアがすぐに立ち上がり、その身体を抱きとめるように支える。


「あっ――す、すみません。はは……」

「もう。無理なさらないで。手伝いますわ」


 恥ずかしそうに照れ笑いするマルカに肩を貸してやりながら、シルビアは優しく微笑んでいた。




「……ふぅ」


 街をふらふらと歩き、時折手に持った酒瓶をあおっては、灰色の街を眺め、深いため息をつく。

かつて騎士団の隊長であったゲイザーの、今の姿であった。

街々から民の姿は消え、そうかと思えば路地裏では無理矢理家からひきずり出された若い娘らが、腐った騎士達によって辱めに遭い――惨めに事後にすすり泣く娘らの、聞くに堪えない嗚咽が耳に入る。


――止められない。俺達には、もうそんな力は無いんだ。


 諦観が彼を腐らせていた。

もういっそ、あの腐った連中と同じように自分も悪事に手を染めてしまえば、と、思いながら、しかしそれだけは、と、騎士としての矜持が彼の首を横に振らせ、わずかばかりの良心が、娘達の泣き声で、悲鳴で、締め付けられる。

再び酒を呷ろうとして――その中身が空になっているのも知っていて、それでも彼は瓶を捨てられず、街角に座り込んでしまった。


――もう、このまま死んでしまいたい。動きたくない。考えたくない。


 絶望が彼を支配していた。

何もできぬのなら、惨めに敗残兵のように生き延びるくらいなら、あの娘達の悲痛な叫びを聞かせられ続けるくらいなら、死んでしまいたいと。

眼を閉じ、そんな真っ暗な世界の中、彼は全てを投げ出そうとしていた。


(ちくしょう……俺も、あいつ・・・みたいに狂っちまったら、もっと楽に死ねたのか……? 人を殺しまくった癖に長生きし過ぎたバチが当たっちまったのか……?)


 そんな、わずかな心の揺らぎが、一瞬の異音によって妨げられる。

ぱしゃりと、水が飛び散るような音。

何が起きたのかと眼を開き、あたりを見渡す。何もない。


「……うん?」


 再びぱしゃりと音が鳴り、同時にくぐもった、蛙の様な音を漏らす男の声が、彼の耳に入る。

路地裏。それもつい先ほど、若い娘が連れ込まれたところである。

娘が面白半分で切りつけられたか、などと思ったが、それにしては肉の切れ音があまりにも鮮やか過ぎる、と、妙に鮮明な感想を抱いてしまい、一気に酒が抜けていくのを彼は感じていた。

疑念は一度浮かぶとどうにも振り払い難く――気付けば立ち上がり、確かめに向かってしまっていた。



「これは――」


 そこにあったのは、殺戮の赤。

若い娘が二人と、先ほどまで生きていたであろう、騎士らしき半裸の男達が四名ほど。

怯えたように立ち尽くす年頃の娘はともかくとして、両手に異様な形状の剣を持った少女は、どこかにたりと口元をゆがめているようにも見えて、なんとも恐ろしげな、それでいて美しく感じさせる立ち姿であった。


「……嬢ちゃん。お前がこれをやったのか?」


 その赤い瞳にぞくりと来るものを感じながらも、ゲイザーは瓶を投げ捨て、無防備なまま近寄っていく。


「……貴方は」


 最初こそ警戒を向けていた少女は、しかしゲイザーの顔を見るや剣を投げ出し、ごそごそとスカートのポケットに手を突っ込む。


「うん、そう。合ってる。『ゲイザー』さんだよね? 騎士団の」


 手に持った似顔絵にそっくりなその顔に、少女――センカはにこやかな笑みを向けた。



「なるほどなあ。団長殿は生きてた、と。シルビアの奴め、俺まで疑っていたのか」


 センカが事情を説明するや、ゲイザーはすぐさま状況を察し、受け入れていた。

驚きこそすれ、彼にとっては『騎士団長の健在』の言葉は朗報以外の何物でもなく、安堵に頬が緩みそうにもなっていた。


「シルビアを責めないであげて。全部、団長の指示によるものだから」

「あぁ、あぁ、解ってるさ」


 シルビアに懐いているらしいこの少女の心配そうな瞳に、ゲイザーは手を前に、苦笑していた。


「怒ってる訳じゃねぇさ。ただ、あいつから見たら、俺は直ちに信用するのが難しい野郎だったんだな、と、思ったまでさ」


 無理からぬ事、とは思いながらも、やはり信頼されていなかった事、あの場で打ち明けられなかった事は、彼にとっては若干、哀しくもあったのだ。


「ま、他の奴らが腐ってたんだ。ライオットまでそうだと思えば、同じ隊長の俺もそうなのかもしれないとうたぐるのは、悪い事じゃない」


 シルビアの判断は正しかったと言えよう。

団長健在の報は、それだけで衝撃になる半面、迂闊に漏らせば副団長らに対策を考えさせる時間を与えてしまう事にもなりかねない。

味方には伝えなくてはならないだろうが、シルビアにはゲイザーが味方側なのか、それとも味方のフリをした敵かの見分けがつく訳もないのだから。

自分がシルビアでも同じようにしていたに違いない、と、小さく頷く。


「とりあえず、腐ってない奴らもいくらかは知ってる。そいつらを連れて、団長のところにいけばいいんだな?」

「うん、そういう事――第一段階として、真面目な人達を集めないとだから――お願い、できる?」


 少女の首をかしげながらの問いかけに、ゲイザーは「参ったな」と、困ってしまっていた。

こんな少女にそんな事を頼まれて、嫌と言えるはずもない。

真っ当な騎士ならば、それは当たり前に受け入れるべき事のはずなのだから。


「解った。それでだ――そこの娘は、どうするんだ?」


 そして受け入れたなら、後の問題は……この場に偶然居合わせてしまった、哀れな一般市民の娘である。

先ほどから完全においてけぼりになっているが、壁際に追い詰められていた所為で離れるに離れられなかったのだろう。


「……っ」


 怯えながらも様子を窺っていたらしいが、話題の矛先が自分に向かったと気付き、びくりと身を震わせていた。


「怖がらせちゃったみたい」

「まあ、目の前で人が死ねばな」

「この人達が襲ってきたんだよ? 『たまにはこれくらいのガキもいいか』って。危ないから、殺した」

「まあ、そんな気はしたがな……糞共が」


 センカは団長の言い分をしっかり守って、襲いかかってきた男達を皆殺しにしただけであった。

だが、まあ、それを見た娘は、それを受け入れられるはずもなく。


「とりあえず、この娘は俺が保護する。一緒に団長のところに連れて行っても構わんのだろう?」

「うん。そうして。私は他の――ひどい目に遭ってた娘を保護しに行くから」


 落ちていた歪な剣を両手に、少女はかつかつと歩き出し――消えた。

正面には姿は見えず――と思いきや、よくよく見れば器用に両隣の壁を蹴って建物の上へと飛び交い、やがて見えなくなっていった。


(……例の暗殺者ってありゃ、今の娘だったんじゃ)


 なんともアクロバティックな動きで感嘆してしまったが、その可能性に気付き、苦笑する。


「あ、あの……」


 そうして、殺戮の演出者がいなくなってようやく、娘が怯えながらに声をかけてきた。


「ああ、すまない。俺は助けに来たのだ。腐った騎士どもの被害者をな」


――とにかく、今はこの娘の家族に会い、避難させなくてはなるまい。


 そう考え、ゲイザーは娘を説得すべく、言葉を投げかけたのだった。 

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