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#34.夜を支配する斬鬼

 その夜は妙にザラついた、恐ろしげな雰囲気がぴしぴしと背筋を追いたてていた。

夜風となり街を往くクロウは、しかし、妙な感覚に何度も振り返りながら、その不穏に足の動きを遅くする。

まるで目的地にたどり着いてしまうのを少しでも遅らせようと、本能がそうしているかのように。


 先日監視していた教団の施設は、街の外れにあった。

ここにたどり着くまでにいくばくか時間が掛かったが、やはりリョーク公爵別邸の時のように、そこに至るまでの道のりに人影はほとんどなく。

ただ、施設外周部の警戒は別邸侵入時と比べてやや厳しめになっており、何も知らずに入り込もうとすればそれなりに苦労しそうな状態になっていた。


 無論、人員配置や休憩のタイミングなどをきちんと把握していたクロウにとって、そんなものは何の意味も成さないのだが。




「おい、そろそろゾンビーの儀式が始まる。ここは私に任せ、お前達は儀式に参加するのだ」


 しばし、施設外周部の樹の上で様子を見ていたクロウは、あらかじめ目をつけていた警備線の綻びを待ち続けていた。

それは、儀式開始直後に起きる。

今、彼が見ているのは、巡廻をしていた番兵が、覆面の男に指示されて施設へと入っていく、そのタイミング。


「へへ、解りました」

「今日はどの女とヤレるのか、楽しみだぜ」


 にやにやとだらしのない顔をして施設へと入っていく男二人。

そうして、覆面の男はその男達を見送りながらも、ぽそり、呟くのだ。


「――ふん。調子のいい事だ。精々女を犯すのに夢中になってくれればいい。その方が、我が国にとってやりやすくなるからな――」

(……我が国?)


 それは、気にする事が無ければなんとなしにそのまま流せてしまいそうな一言であったが。

クロウには、どこかそれをスルーしてはいけないような、気にしなくてはいけないような気がしてしまっていた。


 結局、覆面の男はそのまま巡回の為その場を去っていったが、わずかの間思考を巡らせていたクロウは、ここで起きている事の『本質』を見極めようとしていた。


 つまり、この教団の本来の目的。

そして、教団が夜毎に関連施設で行っている淫猥いんわいな儀式の事。

若い女が街から消え、恐らく消えた女達は関連施設の中で、今も信者の男達の相手をさせられているであろう事。

信者らしき男達も抱かれていた女達も、その眼は虚ろで気が抜けていた。

ただ肉欲に溺れただけとも思えず。

もしかしたら別邸の時に感じた怪しげな香を、日常的に用いているのかもしれなかった。


 先日の別邸での一件を見る限り、ゾンビーの儀式を行う際には、助けたあの娘のように、男をロクに知らない若い娘が生贄として捧げられるのだろう。

複数の男に犯されながら、首を斬りおとされて殺されて。

それは流石に狂気じみていたが、その狂気が信者達をより結束させ、高揚させるのかもしれない。


 そも、『ゾンビー』とは何なのか。

以前フィアーをギルドの女幹部だとは知らずに誘拐した殺人狂曰く「死体になっても蘇れる」らしいのだが。

ただ、その男は死の間際に「死ぬ時は教団に戻らなきゃ」とも言っていた。

本当に死んだ者が蘇るのか、教団で何が起きているのかは未だによく解らないままであるが、信者にそう思わせる何か・・があるのだろう、くらいには考えられた。

いずれにしてもいかがわしい。そして危険な存在であった。



「……行くか」


 いくらかの迷いがあったような気もしたが、クロウは樹から降りようとした。

既に覆面の男は辺りから姿を消しているし、施設に潜入し、教団の実態の調査を進めなくてはならない。

奇妙な違和感。刺すような不気味さを感じながらも、役目は役目であると奮い立たせ、そう呑み込もうとしていたのだ。


――だというのに。手足が全く、動かなかった。


(これは……)


 びりびりと手足が痺れる感覚。全身が全力で報せようとする警笛。

『これ以上は進むな』と伝えてきている。クロウはそう感じて、それ以上は動けなくなっていた。

何がそうさせているのか。何故そうなっているのかは解らない。

解らないが、動けなかったのだ。




 しばらく、そのままであった。

何かが変わった様子もなかったが、鐘が一つ鳴るほどに時が流れ……ようやくにしてクロウは、手足に血温が流れてくるのを感じられるようになった。

刺すような痺れも震えるような恐れも無く、まともに動くようになった身体に安堵の息を漏らしながらも、尚も注意深く周囲を窺う。


 やがて男らしき影が一つ、施設からゆったりとした歩調で出てきたのが見えた。

番兵なり信者なりかと思ったがそんな様子も無く。

灯りを覆面の男が持っていった所為で暗くて表情までは見えなかったが、クロウからでも背の高い、やや砕けた服装の男のように感じられた。

それがちら、と周囲を見ながら、だらしのない格好とは裏腹に、やたら慎重に、周囲を窺うように歩くのだ。


(あの男……何者だ?)


 それまで施設に出入りしていた信者や番兵なんかはそのような足取りで歩く事などなかったし、男の格好が街の男らしくないのも気になった。

何よりこの男――恐ろしいほどの殺気を、無理矢理に押し込めているのが感じられたのだ。

このような距離で、それでも刺すような殺気。

自分に向けられている訳でもないのはクロウにも解っていたが、もしこんなものを自分にだけ向けられでもしたら、と、ゾクリと背筋が震えてしまっていた。


「……? 気のせいか。猿か小鳥でもいたように感じたんだがなあ」


 その男が一瞬、自分の居る樹の方をちら、と見ていたが。

すぐに視線を戻し、ゆったりと、慎重な足取りのまま去っていくのを見て、クロウはじとりと首から下が汗ばんでいるのを感じていた。


――見つかったら、殺されていただろうか?


 そんな不穏な思いが、クロウの喉を異常に乾かしていた。

見た瞬間に感じたのは『関わってはいけない』という恐怖。

恐らく、自分が動けなかったのはあの男の所為なのだろうと、クロウは説明のつかなかった先ほどの自分にようやく納得していた。

やはり、無理に動かなくて正解だったのだ。

少なくとも、今の彼・・・にはそう感じられたのだから。





 男が見えなくなってしばらく、ようやく恐ろしい空気が揮発きはつしていき、いつもの夜へと戻っていた。

クロウは今度こそ迷い無く樹から降りて、周囲を窺いながら施設の中へと入っていく。


 例によって、番兵一人いなかった。

進む道の警戒が必要ない、と考えれば大分楽なように感じるが、今回はそれとは全く別の違和感が充満していた。


(……臭いが赤い)


 妙に血なまぐさい。

単に生臭いだけなら、沢山の男女が交わっているのだから解らないでもないのだが。

鉄の錆びたような香りが鼻につく。

公爵の別邸なんかでは媚薬作用のある香が焚かれていたが、どうにもその匂いでもなさそうなのも気になった。

普段は手に持ったまま歩いたりはしないが、今に限り、クロウは片手にダガーを持ち、警戒を密にしたまま進んでいく。



「――!? これは……」


 思わず、声に出てしまう光景が広がっていた。

乱交の現場と思しき広間。裸の男女や武器を持った男達、覆面の男などが、血だまりの中倒れていた。

これがゾンビーの儀式とやらなのか。

何より異様なのは、全員が全員、一刀の元斬り捨てられたように見えること。

その場にいた全員が、正面からの斬り傷を負って仰向けに倒れていた。

それが致命傷になったように、クロウには見えたのだ。


 場の血の臭いは酷く濃密で、そして新鮮である。

近くに転がる死体を軽く蹴ってみれば、身体そのものはぐら、と簡単に揺れるものの、首から上だけがぴし、と妙に人形めいた揺れ方をしていた。


(……大体、鐘一つ分か。となると、さっきの男がこれを……?)


 可能性として考えられるのは、さきほど施設から出て行ったあの男の仕業である、くらいだろうか。

手には何も持っていなかったように見受けられたが、そのように考えると、武器を持っている男達の一人だけが、やたらと血にまみれた剣を手にしているのに気付く。


(不要になった武器はこいつに持たせて、生身のまま出たのか……しかし、そうなると一体何故こんな事を……?)


 自分以外にもこの組織に何がしか狙いがある存在がいるのかもしれない。

そうは思いながらも不可解な点は多く、クロウは周囲を入念に見渡す。


 今回は、この乱交現場には一人の生存者もいないらしかった。

歪んだ十字架はやはりあったし、そこに縛り付けられた若い娘もいたが。

既に首の上下は繋がっていなかったし、何度も慰み者にされたようにも見える。

まあ、首が落とされた時点で死ぬのは仕方ないが、そのような娘にも容赦なく一撃が加えられている辺り、この惨劇の演出者はよほど念の入った悪役・・であったらしい。


 ともあれ、この広間に長居する理由も無くなり、クロウは施設を歩き回る事にした。

これだけの事が起きているのだ。まさか何もないとは思うまい、と。

警戒ながらに施設を早足で進んでいけば、やはりというか、施設を進む度に血まみれの死体と出会うことができた。

どうやら、出会い頭に一撃で仕留めていったらしい。

いずれも武器一つ持っていない辺り、一人相手ならば悲鳴すら上げさせる間もなく絶命させていると見えた。

相手に与えた斬り傷はやはり一本。確実に一撃で急所を狙い、めている。かなりの腕利きである。

順番からすれば広場が後なのかもしれないが、これだけ多くの人間を斬って剣撃が鈍ることなく相手を一撃で仕留められるという事は、それだけ遣い手の腕がきわまっているという事に他ならない。

人斬りに特化した殺人鬼、とでも言うべきか。

クロウは改めて「対峙しなくてよかった」と、ほっとしている自分に気付いてしまっていた。


(ここも荒らされている……やはりあの男、教団とは関係のない外部の者なのか?)


 先日クロウがしたのと同じように、施設内部の各部屋では家捜しが行われたらしく、棚や机、家財などは粗方の所探し回ったような痕跡が残っていた。

いずれも丁寧に元あったように戻されているように見えなくもないが、改めて開いてみれば手跡が残っているなど、彼から見るとあら仕事・・であった。

この辺り迂闊というか、あの男の不器用さが浮いて見えた。

人を斬るのは得意でも、このような細やかな作業は苦手なのかもしれない。

どのような化け物でも、全てが完璧に出来る訳ではないのだと思うと、クロウは心なし、安堵を感じていた。


 役に立ちそうな資料は持ち去られたのか、あるいは元からなかったのか。

若干の肩透かしを感じながらも、クロウは他者の仕業と見られぬよう、荒らされた部分を丁寧に戻して回り、それから施設を後にした。

地下は、前回の別邸の時のように付け火によって焼き払う事にした。

血まみれの武器等は後に残るであろうことが想像できたので、これだけは回収して施設の外へと窓から捨て、後から回収する事にして、完了する。

やり残しがないかと改めて軽く施設を見て回っていると、最初の覆面の男と思しき影が施設の外をぐるぐる回っていたのが見えたので、彼に後の消火を任せ、施設を出ることにした。


 形の上では乱交広場の前の通路の絨毯に蜀台が落ちて引火。

乱交していた彼らは気付く事が出来ずに煙に巻かれ死亡。

それを覆面の男が見つけて消火。死体は全て丸こげになってしまうので証拠は一切残らず、不幸な事件であった、程度に記憶されるか、あるいはリョーク公爵がまたも、という形になるのではないだろうか。

そうなる事を期待しながら、クロウは施設を後にした。





「ううむ、妙だな……」


 翌日の事であった。

こちらは、女衒としてこの街に訪れた騎士団長一行の部屋。

宿屋の一室を借りてそこを拠点としていた団長は、翌朝のニュースに疑問を抱いていた。


「どうしたの? 団長?」


 みすぼらしい村娘の格好ながら、ボウルに盛ったサラダを手に、朝食の支度を始めていたセンカは、不思議そうに団長を眺めていた。


「いやな? 昨夜、調査と、お前ぇの姉ちゃんを助ける為に連中の施設に侵入してみたんだが――これがひどい有様でなあ。『ゾンビーの儀式』とか言ったか? そんなのが行われていて、あまりにひでぇから皆殺しにしちまったんだが――」


 盛られた野菜にフォークを突き刺し、ぼりぼりとむさぼる団長。


「団長、行儀悪すぎ……」


 どちらの意味で言ったのか、センカは呆れている様子だった。


「まあそう言うなよ。その現場でよ、お前のねーちゃんらしい娘じゃなかったが、首を落とされて輪姦まわされてた娘っ子がいてなあ。あんまりに不憫だった。あいつら、人間じゃねぇよ」


 ケダモノよりひでぇ、と、団長は後味悪そうにため息をつく。


「……まあ、そんな気はしてたよ。私なんかはそういうの・・・・・に加わってなかったからまだマシだけど、他に私みたいに殺しのテクを学ばされてた男達は、皆だらしがない顔で施設に入り浸ってたみたいだから……」


 テーブル傍の紙包みからパンを取り出し、ナイフで一枚一枚丁寧に斬りおとし、団長へと渡す。


「肉欲で男を釣って、女は男達の慰み者。それに満たない子供は身内で脅して暗殺者に仕立て上げるのか……おっかねぇなあ」


 いやだいやだ、と、呆れたように首を横に振り、渡されたパンを頬張っていた。

センカもそれに賛同して同じような動作。ぱっと見は祖父と孫娘のようだった。


「だが、幸いっていうかよ、お前のねーちゃんらしい娘は一人もいなかったんだよな。乱交に加わってた奴らも、当然その首を落とされてた娘も違ったように見えた。髪の色、お前と同じで合ってるんだよな?」


 センカの赤髪を手で撫でてやりながら、くすぐったそうにしているその幼顔に苦笑する団長。


「んう? う、うん。染めてたりしない限り、姉さんは私と同じ髪の色だよ。おそろいで、自慢だったの」


 えへへ、とはにかみながら、自分の長い髪を手でさすさす撫でる。


「だよなあ。でも、赤髪の女なんて見なかった。お前に聞く限り教団の施設ってのは後は本部くらいなんだろう? そこに行くしかなさそうだなあ」


 どうしようもねえ、と、ため息。同時に、視線を窓の外へと向けていた。


「だが、それだけじゃねぇんだよな。さっきハインズが仕入れてきた情報だが、また教団関連施設が燃えたらしい。リョーク公爵がまたやらかした、と噂になってはいるが、こいつが妙でなあ」

「また……? ていうか、団長、火をつけたの?」


 いくら何でもやりすぎなんじゃ、と、顔を青ざめさせるセンカ。

呆れたような視線で自分を見てくるので、団長は「いやいや」と手を横に振りながらそれを否定する。


「違うって。俺じゃねぇよ。確かに殺しまくったけどさ、火なんてつけちゃいねぇんだよ。だから妙なんだ。普通なら『何者かが侵入した』ってなるはずだろ? なのに、リョーク公爵がやらかした事になっちまってる」

「隠蔽されてるって事?」

「解らん。解らんが……どっちかっていうと、俺の後に他の奴が侵入したのかもしれねぇ。そいつが、ご丁寧に俺の残した証拠を全部消して……リョーク公爵になすりつけた、とかな」


 いささか都合が良い考えだが、と、腕を組みながらに、団長は苦笑いするが。

他にそうでもないと理由が思いつかないのも道理であり、センカもそれは否定できなかった。


「本当なら死体の山を見た信者共が大騒ぎになって、教祖だの幹部だのが焦って街から逃げ出してくれりゃ好都合だと思ってたんだが。誰の仕業か解らんが、余計な事をしてくれたもんだぜ」


 困っちまうよな、と、テーブルパンをひとかじり。ろくに噛むことなく飲み込んでいった。


「今、ベルクがこの街にいるよね? そいつが、団長たちの気にしてる『暗殺ギルド』の奴だっていうなら、説明はつくんじゃないかな?」


 しばし無言のまま食事が進んでいたが、食べ終えたらしく、今度はセンカが意見を口にし始める。

センカは、ベルクを異様に警戒している。

それは今でも変わりなく、シルビアが彼の元にいるのを誰よりも心配していたのも彼女であった。


「んー……可能性はあるだろうがなあ。そいつが俺の証拠を消してくれるメリットが浮かばねぇんだよなあ」

「そっか……でも、私がベルクを追跡してたように、同じように暗殺ギルドにちょっかいを出してたかもしれないし。ベルクが暗殺者だっていうなら、色々説明が付きそうなのになあ」


 ただ聞くに任せながらも、「中々に賢い娘だ」と、団長は舌を巻いていた。

団長から見ても、確かにベルクは暗殺ギルドの暗殺者に違いない、と見ている。

シルビアやハインズの探索があまり巧くないのもあって、相手から警戒されて素の姿を見ることができないのだろうが、恐らくあの男は、その気になればいつでもシルビア達を排除できたはずだ。

実力行使なら、自分以外の誰もが一撃の下倒されてしまうだろう、くらいには評価していた。


 別に、彼はベルクの様子をずっと見ていたわけではない。

ただ強いて言うなら、雑貨屋で会った時の一瞬と、シルビアを救った一件。

あれだけで、彼にはベルクという人間の、平時は表に出る事のなさそうな裏の実力をある程度、察することができたのだ。

歩き方一つとっても無駄が無かった。

気の配り方など、歴戦の勇士でも己を恥らうほどに堂に入っているのではないか。

そして何より恐ろしいのは、それを周囲に一切気付かせず、あくまで普通の剣士を装えている事にある。

彼が部下に言って聞かせて調べさせていた時も、部下達は彼を『あくまで普通の剣士』くらいにしか思っていなかった。

どの動作を見てもそうであると思いこみ、そういった前提で動いてしまうような何かが、あの男にはあったのだ。

そうしてだからこそ、彼は疑念を抱かずにはいられない。


 見れば見るほどに普通の剣士。

それがいかほどに恐ろしい存在かに気付けているのは自分だけなのだと、そう思っていたが。

この少女は見た目とは裏腹に中々勘働かんばたらきが鋭いらしく、同じようにベルクを脅威と見ていたのが、どこか嬉しく感じられていた。

鬼は、最早孤高ではないのだ。


「……まあ、次は慎重に運ぶか。流石に相手の本拠地でまで無茶な事してたらろくなことにならんだろうからな……」


 誤魔化しながらに、言葉を濁しながらに。

団長はニカリと笑ってみせる。


「うん、そう思う……一人で突っ込んでいくのはやめて欲しいなあ。シルビアが聞いたら激怒しそう」


 そんな団長の真意には気付くことなく、センカは少し困ったように、団長にぽそぽそとお小言。

孫くらいに歳の離れた娘にそんな事を言われた事なんてなくて、団長は可笑しくなってしまう。

世間では鬼と恐れられ、悪人どころか部下や民衆にすら一歩引かれてしまう彼であったが。

そんな自分を、その辺の人と同じように扱ってくれるこの少女に、親しみを覚えてしまっていたのだ。

だから、その忠告には素直に従う。大きく頷いて見せた。


「ああ、そうだなあ。シルビアは怒るとおっかないから、気をつけないといかんなあ」


 そう、部下はベルクの近くにいるのだ。つまらぬ事はすまい。

その尻尾はなんとか掴みたくもあるが、迂闊に手を触れて、大切な手足が斬り落とされてはたまらない。

鬼は最早孤高ではなくなった。今は可愛い子分達がいて、そいつらの面倒も見なくてはならないのだ。

ただ、殺せば良いだけだった戦場と比べれば、かなり生ぬるくも感じ。

だからこそむつかしい事ばかりであり、頭も痛くなる。


 そんな日常が、彼にとっては大切だったのだ。


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