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#25.鬼の牙

 商人ギルド本部・マドリスの執務室にて。

追跡者によるクロウらの襲撃失敗と、行方消失の報告書。

これらがまとめられた書簡しょかんが、マドリスに届けられていた。

書面にて記された内容に、マドリスは落胆し、同時に怒りに拳を震わせていた。


「取り逃がした上に行方まで解らなくなるとは、最悪ではないか!」


 書簡を投げ捨てながらに、マドリスは拳をデスクに叩き付ける。

がごん、という鈍い音が、執務室に響いた。


「ですが会長。騎士団員二人がクロウとエリーを追跡した、というのは情報になかった事です。これがなければ、追跡者は他にも何がしか情報を残すか、上手くすればクロウとエリーを捕らえることも可能だったかもしれません」

「そんなことは解っている! 騎士団め、このような時にばかり邪魔だてしおって。奴らの装備更新だって、私の商会の傘下から援助された資金が元になっているのだぞ。恩を仇で返しおって、あの役立たずの団長が!!」

「会長、我が商会の援助を受けた団長は、既に退陣しております。今の団長は、そのようなこと自体を知らないのでは?」


 激昂するマドリスに対し、秘書は冷静に言葉を重ねた。


「加えて、の国は今、我々の統制から逃れようとしている節すらあります。迂闊に行動すべきではないのかもしれません」


 大国を敵に回すのは面倒ですから、と、床に転がった紙面を拾い、丁寧に広げてファイルにしまいこむ。

秘書の言葉に、一時こそ「むぐ」と言葉を収めようとしたマドリスであったが、歯を噛みながらも、やはり我慢しきれないのか、再び机を強く叩く。


「何が大国か! 我が商会はもっと大きくなる。大きくするのだ! 私の手で! そのためにも今以上に市場の幅を広げてゆかねばならん! 世界を動かすのは騎士でもなければ国でもない、我々商人なのだ!!」


 それ以外の者に好きになどさせるか、と、マドリスは腕を広げ、声を大にして叫んだ。

余りに大きな声だからか、窓がぴし、と音を立て震える。

この男の、怒りのほどが良く伝わる声量であった。

これでいて、若い頃はこの声をウリに多くの客を呼び込んだというのだから馬鹿にならない。


「……会長の仰る通りです。では、好機を見るため、いま少し調査の幅を広げてはいかがでしょうか?」


 これ以上対論を向けても無意味だと解ってか、秘書は同調する方向で修正する事にした。

即座に手元のファイルから、必要な書類を取り出す。


「調査の幅を? どういう事かね?」


 一通り叫んで落ち着いたのか、先ほどよりは落ち着いた様子のマドリスは、秘書から書類を受け取り、その内容を眺める。


「……こいつが今の団長か」


 騎士団長レイバー・トゥース。

その名から始まる、似顔絵付きの彼のプロフィールデータが記された書類であった。

おおよその生年から、出身地域と思しき村、兵士としての従軍記録や、数多の敵国の騎士や将軍を葬ったという功勲くんこう

果ては青年時代に死に別れた恋人の名前や戦後、騎士に恨みを持つ胡乱な輩によって妻子が殺害された記録など。

詳細に至るまで、よくぞここまで、と言わんほどにまとめられていた。


 だが、何より目に入るのは、やはり似顔絵の形相だろうか。

オーガを模したと言われても何ら不思議ではないほどに、その男の顔は無言の殺意をまとっていた。

狂気などみじんも感じさせぬ、それでいて『これと敵対したら生きては帰れぬ』と覚悟させる、そんな恐ろしい形相である。


「騎士団の動きをある程度把握する事によって、彼らが今調べている事柄や、突き止めた情報を横からかすめ取ることもできると思うのです。今回の一件で、彼らもクロウに注意を向けているのは明らかになりましたので」

「我々が無理に動かずとも、奴らが突き止めたところを奪ってしまえば良いわけか。面白い事を考えるな君は! やはり、私の秘書である以上、これくらいはできねば、な!」


 騎士団長のプロフィールなどを見て苦々しい顔をしていたマドリスだったが、秘書の提案が気に入ったのか、途端に上機嫌になっていた。


「ありがとうございます。では、この方向で教団ではなく、ギルドの人員を使って調査を進めさせていただきます」

「うむ、そうしてくれたまえ。教団による襲撃が騎士団に妨害された以上、無理にクロウ自身を探そうとして連中に嗅ぎ付けられないとも限らんからな」


 避けられるリスクは避けねばならん、と、書面を返しながら口元を緩める。


「仰る通りでございます。では、私はこれにて」


 書類をしまいこみ、一礼して静かに部屋を出る。


 こうして、各地の商人ギルドを通して、騎士団に対しての広域調査が始まった。





「さあ、お言いなさい。貴方は何者ですか? 何故、あの場で武器を手にあの二人を追っていたのか。お話しなさい」


 海沿いの町の自警団小屋にて。

シルビア・ハインズの両名は、縛り上げ座らせた少女に尋問をしていた。


「……」


 意識を取り戻してから自分の置かれた状況を察して項垂うなだれてしまった少女であったが、尋問には答える事もなく、ただじっと時が過ぎるのを待つ腹積もりらしかった。


「いつまでもそうやって黙っていられると思わないでくれよ。今は人手が足りないからやらないが、自警団員達が戻ってきたら拷問する事だってできるんだからな」

「やれるならやってみればいい。変態」


 だんまりを通そうとする少女に向けて脅しをかけたハインズだったが、少女はそっぽを向きながらぽそり、罵声を浴びせた。

拷問という言葉で、却って頑なにさせてしまったらしい。

ただその一言を聞かされるだけで震えあがってペラペラ口を開く大人もいる中で、この少女にはまだ、強がりを言えるだけの度胸が残っているらしかった。


「なっ、変態だと!? この――」

「落ち着きなさいハインズ。子供に乗せられてどうしますの。冷静に」


 思わず掴みかかろうとしてしまうハインズを手で制し、シルビアが少女の耳元に口を寄せる。


――今度はこの女の番なんだ。


 ただ脅すばかりで怖くもなんともなかった男の方と比べ、少女はまだ、自分を倒したこの女性の方向性を測りかねていた。

暴力ならば、ある程度まで耐えられる自信があった。

ハインズと呼ばれたこの男のように、直接的に恐怖を感じさせるような事を言っても、そんなことでは口は割らない覚悟もあった。

だが、実際にどうしてくるのかが解らない。

だから、じ、と、対面したこの女の眼を見つめる。

女の方も、にこ、と、見た目穏やかに微笑みながら、そっと近づいてきた。


「貴方、変わった武器を持っていましたね? ククリと言いましたか。あれはこの国では使われていないものですわ」


 ぽそぽそと、少女にだけ聞き取れるように囁かれるその言葉に、少女はぴくん、と身を震わせた。

それで満足したのか、シルビアは目を細め、そのまま静かに言葉を続ける。


「あの武器が広まっているのは、北のフライツペル。それも、リョーク公爵領に限定されるはずですね?」


 その辺りの方ですわよね、と、ここまで話し、シルビアは耳から離れる。


――どうしてそんな事を。


 戦争が大陸中に広まっていたかつてほどではないにしろ、国家間の文化や知識はそう易々とは伝わらない土壌ができてしまっていた。

商人ギルドという名の巨大カルテルがあらゆる利権をむさぼる中、たとえ隣国と言えど、一国家の一領土でのみ使われているマイナー武器の情報など、出回ろうはずもない。

この女は、それを知っていたのだ。


 先ほどとはうってかわって驚いたような顔をしている少女を、シルビアは勝ち誇ったように見下ろしていた。


「何も答えていただけないようですし、今後の貴方の事をお話しましょうか」


 そうかと思えば、今度は顔をぴた、と、少女の正面に寄せ、言い聞かせるように、視線が逃れられぬように見つめながら聞かせる。

真っ正面、それも直近にまで寄られ、視線を背けたい少女はしかし、シルビアから視線を逸らす事が出来ずにいた。


「まず貴方は、わたくしたちと一緒に王都に来ていただきます。そこで騎士団長とお話し、罪科ざいかをはっきりさせ、その上で団長が上の方と話し合って罰が決まります。これが犯罪者のこの国での罪罰決定の流れですが、貴方が外国の方だと言うなら話は少し変わってきますわ」


 違うのですよ、と、指を立てながらにニコリと微笑む。

子供相手のような柔らかな物腰ではあるが、その言葉の一言一言が、少女の心の余裕を奪っていく。


「外国人の犯罪者は、一度国の上層部へと報告され、相手国の上層部に直接これを打診、国外追放するか、我が国の法にのっとっての処刑の認可を得るかが決まりますわ」


 これが大切なのです、と、口元をにやつかせる。


「そ、それが、何……」


 そわそわとし始める少女を見て、シルビアは楽しげにその頬を突っついて見せた。


「や、やめっ」


 ふにふにと頬を突っつかれ、少女は嫌々するように顔を背けようとする。

けれど、指先に頬を抑えられ、顔が動かせない。

既に笑顔を仕舞い込み、真顔になった女騎士が、そこにいた。

少女は、思わず背筋を震わせた。


「上層部の方は、必ずこう言いますわ。『貴国の犯罪者が我が国に多大な迷惑をかけている』と。当然、相手国の方は確認の為、貴方にゆかり・・・のある誰ぞかを探そうとするはずです」

「やめてっ、それだけは――」


 少女は怯えた眼でシルビアを見ていた。

小柄なその身を震わせながら、乞うように上目遣いで見つめていた。


「――だって、貴方の身もとがはっきりしないんですもの。相手国の方に調べてもらうしかありませんわ。せめて貴方が何者かくらいわかれば、そのような手間を取ることもないのですが」


 仕方ありませんよね、と、そっぽを向きながら、ちらり、横目で少女を見る。


「う……うーっ」


 悔しかった。それが誘導である事くらい、少女にだって解っていた。

だが、相手は自分よりずっと上手うわてだと、このやり取りだけで気づかされてしまっていたのだ。

観念するしかない。話したくない、でも、話さなくてはいけない。納得いかない。

その葛藤に、少女は唸りながらも――小さく項垂れ、言葉を紡いだ。


「――センカ。センカ=リーベ。フライツペル第三の都市、カルッペの出、です」


 それが彼女の名と出身地らしいと解り、シルビアはゆったりとした様子で少女を見た。

観念した様子で、しおらしくすら見える少女。


「年齢と、家族構成をお言いなさい」

「十三歳。姉と二人暮らし」


 素直に答えていく。シルビアは、ハインズと眼を合わせ、小さく頷きながら質問を核心へと近づけていく。


「私やあの二人に刃を向けたのは何故? まさか金銭目当ての通り魔でもないでしょう」

「……教団の命令を受けたから。あの二人を捕らえろと。その邪魔をする者は、皆殺してしまえと」


 聞きなれない単語に、シルビアは首をかしげながらにセンカの頬を指先で撫でる。

びくり、身を震わせた少女に、その疑問を投げかけていく。


「教団とは何のことなんです? 聖堂教会とは違うのでしょう?」

「フライツペルのカルト。『夜の裁き』っていう」


 やはりシルビアには聞いた事のない組織であった。異国のカルトと言うのだから、国内にいれば解らないのも無理はないのかもしれないが。

覚えがないか確認する為ハインズを見るも、やはり知らないらしく、無言のままに首を振っていた。


「貴方の組織は、何故あの二人を狙うように貴方に命じたのですか? あの二人に、何か恨みでも?」

「解らない……私はただ、『追跡して隙あらば捕らえろ』って言われただけ。戦闘技術を仕込まれて、やれと言われたからやっただけで、なんにも知らない」


 信じて、と、目元を潤ませながら見つめてくるセンカに、シルビアは小さく息をついた。


「――では、貴方自身の事を聞かせてもらいましょうか」


 解らない、知らないと言われた以上、本当に何も知らないか、知っていてもそのままでは話すつもりはないのだろう、と考えたのだ。

それよりはいくらか話しやすそうな事を聞くことによって、彼女の気持ちを落ち着かせる狙いもあった。



「貴方がカルトに関わったきっかけは?」

「姉さんがはまり込んでしまって……助け出そうとしたら、教団の連中に人質に使われて、逆らえなかった」


 悔しげに歯を噛みながら、センカは先ほどとは別の意味で目元を滲ませていた。


「関わろうとして関わったんじゃない。姉さんが解放されるなら、そのためならって、教団に従うしかなかった。だから、国に言うのはやめて。そんな事をしたら、姉さんが……姉さんが、教団に殺されちゃう」


 それだけはやめて、と、頬を涙で濡らしながらに訴える。


 嘘の可能性も考えられた。その場しのぎの言い逃れかもしれなかった。

だが、シルビアはその可能性に気づきながらも、どこか胸に痛むものを感じ、見ぬ振りをした。

それだけ必死に懇願こんがんしているように見えたのだ。見えてしまったのだ。


「……カルトという時点でロクなものじゃないけれど、相当に性質の悪い連中のようですわね」

「あいつらは狂ってる。生きてる人を殺して、ゾンビーとして使役するとか、そんな事を言い出して――永遠の命が得られるって、言って回ってる」

「とんでもない奴らだ。我が国にもそんなのが広まったら、これは大事ですよ、隊長」

「ええ、その通りですわね」


 ただちょっと尋問するだけのつもりが、とんでもないことになってしまった、というのがシルビアとハインズの本心であった。

そして思った以上にこの少女が置かれた状況が重過ぎる。


 これが、二人から見ても理解不能な言動でまくしたててくるようなら、あるいは物狂ものぐるいや奇癖の一言で片づけてしまったかもしれないが。

辛いことに、理解できる事情で、しかもそれが同情せざるをえないものだったのだ。

これには二人も苦笑いせざるを得なかった。


「ハインズ、急ぎ王都へと戻り、団長にこのことを伝えてきなさい。できれば増援の手配も一緒にお願いしますわ」


 事情が事情だけに酌量しゃくりょうの余地は十分にあるかもしれないが、自分達だけで判断するには難しすぎるのもあり。

何よりこの少女やその姉の命に係わる問題になりかねない、と、シルビアは立ち上がって、ハインズに指示を下す。


「了解しました。では、早速、早馬を使って――」

「頼みましたわ。出来る限り急いで頂戴」


 事の重要さを少しでも早く伝えねばならない。

情報は腐らせてはならない。

何が起きるか解らない中、これは非常に重要な判断であった。


 ハインズが去った後、シルビアは自分を不安げに見つめていたセンカを見やり、静かに微笑んだ。


「大丈夫ですわ。我らが騎士団長は話の解る方です。貴方にとっても、できる限り望ましい結果になるよう、考えてくださるはずですわ」

「……本当に? 信じて良いの?」

「勿論ですわ。民には鬼と呼ばれあまり人気はありませんが……ちゃんと人の心が解る、お優しい方ですのよ」


 それが評価に結びつかないのが本当に残念、と、シルビアは苦笑ながらに、センカの髪を撫でた。





 その後、シルビアは戻ってきた自警団員らに要請して、この小屋の警備を固めるよう人員を配置させた。

センカがベルクとエリーの襲撃に失敗した以上、教団側は制裁という名目で彼女を殺しに来るかもしれない。

その恐れを逆手にとって、更なる情報を得ようとしたのだ。


 夜、シルビアは縛り上げたままのセンカとお喋りしたりしながら、その時間を過ごしていた。

なんだかんだ、打ち解ければ普通の少女のようで、訓練を施されたとはいえ、それほど精神構造に異常がある訳でもないらしかったので、シルビアは安堵していた。

同時に、こんな少女ですら引きずり込んで刺客に仕立て上げてしまうカルトの恐ろしさも感じており、「この脅威をなんとかしなければ」と、危機感も抱いていたが。


「ん……」

「……来ましたか」


 やがて、ある瞬間を境に、二人はぴた、とお喋りをやめ、真顔になる。

強烈な殺気を感じたのだ。

自警団員とも違う空気の重さに、その『死の気配』に、そろり、シルビアは腰のショートソードを手に取る。

市販のそれとは異なる細やかな装飾のなされた、高級なあつらえ・・・・

武器として使うのがもったいなく思えるそんな逸品を、シルビアは惜しみもなく晒していた。


「ここから生きるか死ぬかは、貴方次第ですわ」


 その刃でセンカを縛っていた縄を斬り、部屋の隅に立たせた。


「……いいの?」


 運が良ければ生きられる。けれど、もし邪魔をするようなら命取りにもなりかねない。

最低限の配慮として、武器だけは渡さず解放するという結果になっていた。


「善いも悪いもないでしょう。ですが、さっき貴方が言った事が本当だと言うなら、私の邪魔はしないでくださいね」


 ちゃきり、ショートソードを下段に構え、頬をキリリと引き締める。

恐らく邪魔をしたら自分も斬り捨てられるのだろうと、センカもまた、シルビアの表情を見て理解し、こくり、神妙にうなづいた。



 次の瞬間、小屋の扉が蹴倒けたおされ、男が三人、飛び込んできた。


「覚悟っ」


 教団の始末屋らしい黒尽くめの三人組は、迷いもせずシルビアへと飛びかる。


「はっ!!」


 素早い動きであるが、狭いので攻撃の方向性は限られていた。

襲い掛かってきた一人のナイフを剣で弾き飛ばし、蹴りつけて距離を離す。


「ぐへぇっ」

「この女――っ」


 残る二人は同時に襲い掛かり、各々の得物をシルビアに向け振り下ろした。


「くっ――」


 これをショートソードの刃で受けながら堪える。

だが、男二人の体重が乗り、次第にシルビアが劣勢になってゆく。


「ちぇぁっ!!」


 そこに、先ほど蹴り飛ばした男が横から斬りかかる。

あわれ、シルビアは横から斬り付けられ――ない。


「――うわぁぁっ!!」

「ぐぇっ!?」


 飛びかかった男に対し、センカが体当たりしたのだ。

わき腹からの衝撃に男はまたも吹き飛ばされ、頭から壁に激突して失神した。


「ナイスっ、センカっ!!」


 その勢いに負けじと、シルビアは押し込まれていたのを一気に横に受け流し、男達の間を駆け抜ける。


「ぬぅっ、おのれっ」

「死ねぇぃっ!!」


 折角追い詰めていたのに、隙を突かれての回避に、男達は憤慨しながら向き直り、再び同時に襲い掛かろうとする。


「――遅いっ!!」


 だが、それはシルビアの罠であった。

腰溜めに構えた剣を円月に振り払い、一人の腹を鋭く斬り割く。


「ああっ――」

「このっ――」


 もう一人の死に驚かされながらも、残された男はシルビアにククリを投げつける。


「むっ」


 これを剣で弾くシルビア。そこに隙が生まれてしまった。


「うがぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 これぞ必殺とばかりに、男は頭からシルビアに襲い掛かり、首筋に歯を向けたのだ。

その歯並びの中には、異常にとがった牙。


「なっ――吸血鬼っ!?」

「俺はゾンビーだっ!! ゾンビーになるんだぁぁぁっ!!!」


 大きく開いたその口をシルビアに押し当て噛みつかんとした――が、そこまでだった。


「あっ――がっ?」


 男のわき腹から深々と差し込まれたククリが一本。先ほどシルビアが弾いたものだった。

センカが手にしたそれは、的確に男のはらわたを破壊し、その動きを止めていた。


「センカッ」

「はぁっ――はぁっ」


 荒い息のまま、センカは男に突き刺したククリを抜き取り、血を払った。

どう、と倒れる肉の塊。どうやら即死したらしかった。


「――まだ」

「ええ、まだですわ」


 三人倒した。だが、三人だけではない。

小屋の外から、外の自警団員を倒したらしい別の男達が入ってきた。

やはり三人。だが、その殺気は今戦った連中よりも遥かに強く――圧倒的であった。


「ふん、役立たずの始末のつもりが、裏切り者の始末になるとはな。まあいい。戻ったらお前の姉はゾンビーの儀式に使ってやるぞ? あの娘も随分染まってきている。喜んで我が教団がため、その身を男達に差し出すだろう」


 真ん中に立つ仮面の男が、センカを見やりながら口元を歪めていた。


「――させないっ」


 ククリを手に、歯をがちがちと鳴らしながらも男を睨み付けるセンカ。

だが、ここまでだろう、と、シルビアは考えた。

相手が悪すぎる。気配だけでわかる。これは勝てる相手じゃない、と。

この中の誰か一人相手でも、恐らく自分達は勝てないに違いない、と。

その実力の差が、痛いほどわかってしまっていた。



「そうはいかねぇわさ。その娘っこは俺らで預かることにしたんだ」


 しかし、男達の背後から、それを凌駕する殺気が、瞬時にその場を支配した。


「なにやつっ!?」


 仮面の男達が、シルビアの存在も無視して振り向くほどには強烈なその殺気は、一人の男から向けられていた。

黒と赤の外套がいとうを羽織った中年男。

騎士団長レイバー=トゥースその人であった。


「団長!?」


 驚きはシルビアにもあった。何故このようなタイミングで。

ハインズが呼んだにしても、いささか早すぎはしないか、と。


「気まぐれに遊興――と言いたいところだが、近くで知り合いが死んでな。その墓参りの最中であった」


 ただの偶然だと笑いながら、団長は腰から長剣を抜き取る。


「かかってこい雑魚ども。騎士に刃を向けたんだ。当然、命を捨てる覚悟なんだろう?」


 じりじりと歩を下げる仮面の男達に向け、団長はにやりと口元を歪め――俊足のままに踏み込んだ。


「ちぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 その叫び。轟音ともいえる刃に、男二人が一ぎに斬り倒される。

否、一本に見えたその線は、実に二つの流れとなって男達を斬ったのだ。

暴風が如きそくでありながら剛のわざであった。


「なっ――こんなっ」

「お前もだっ」


 即座に詰め寄られ、仮面の男も困惑ながらに刃を構える。

辛うじて団長の刃を受けるも、そのまま勢いに押し切られて吹き飛ばされ――


「――ぐはっ」


 そのまま、倒れこんだ体に短剣を投げつけられ、心の臓に差し込まれたその傷が元で、男は絶命した。


「やはり大したことぁねえな。おい、怪我は?」

「は、はい。私どもはなんとか――」

「……無事」

「そりゃよかった。道中、ハインズを見かけてな。だが、間に合ってよかったぜ」


 どっこらしょ、と死体の転がる小屋にどかりと腰を下ろし、団長はにかりと笑った。


「は、はは……ほんとう、そうですわね」


 その肝のわりよう。落ち着きっぷり。器の大きさに、シルビアは笑うしかなかった。


 こうして、襲撃者の一件は事なきを終える事となる。


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