夢を見ればそこにはあの日々が映っていた。
黒レンガに囲まれた薄暗闇の中、沢山の人が壁に並び背を向け。
そうして、
よく手入れされた斧は、最初こそ容易に罪人達の首を落としていったが、血のぬめり、骨に邪魔されそうかからず切れなくなってゆく。そうして地獄が始まる。
処刑の順番は、早いほうが良い。遅ければ遅いほど斧の切れ味は落ち、死ぬまでに時間が掛かってしまう。
二度、三度、首筋に向け斧を振り下ろし、だというのに即死できない恐怖。
罪人らは固定された
どうしても死なぬ場合はナイフで首を
こちらは即死できるが、処刑人としてはあまり好まれないものであった。
斧に比べ、人を殺した実感が強すぎるのだ。
この国での死刑とは、このようなものを指す。
刑死ですら、死に至るまでの道は平等ではなかった。
彼がその日、最後に処刑する事になったのは、まだ十八になったばかりの貴族の娘であった。
『改革』に加担した宰相の娘で、
無事娘を出産した後、愛娘と対面する間も無くこうして牢獄に連れられ、処刑されることとなっていた。
「貴族の方には、最後に一言言う権利を差し上げている」
覆面を被った彼は、くぐもった声で彼女にそう問うのだが。
「――無事、娘を産めた事に感謝を。そして、我が父と我が夫となる者を奪った現国王、商人ギルドに、必ずや災いをっ!!」
泣き
それを言い終えると共に、刑は遂行された。
だが、使い回された斧は切れ味鈍く。
その執行は、なんとも手際悪く、そして、
それが、『改革』に参加した者やその血縁者に向け行われた最後の執行となった。
本来ならばもう一人、こんな事が無ければ彼女の夫となるはずだった男が残されていたが、王の意地の悪い気まぐれでそれは延期され続け、そうしている内に王が
「――夢、か」
しかし、彼の心はそれを、その時の光景を忘れられずにいた。
殺していった人々の、その誰一人とて忘れられぬとばかりに。
夜、眠りに付けばその度に思い出させられてしまう。
昼こそそれを片隅に追いやり平穏の日々を過ごせているが、夢の中でこうして鮮明に思い出させられ、その都度胸に刻み付けられていく。
彼は、職務に忠実な処刑人だった。
自らの斧に掛かる者は罪人と決まっていたし、殺す事そのものは仕事として割り切っていたはずだった。
だが、『改革』によって殺した人々は、決して国に向け反旗を
国王に商人ギルドの排斥を望んだだけ。平等な商売を、ギルドの都合に操られる事の無い国家運営を願っただけ。
ただそれだけだったのに、器の狭い国王は商人ギルドにいい様に操られ、数多くの人々を処刑部屋へと連行させた。
貴族も騎士も市民も関係なしに行われたその処刑は、なんとも惨たらしく、道理に適わぬものであった。
だから、罪の意識に囚われてしまう。
本来処刑部屋などという不名誉な場所で死ぬ事はないはずの者達すら、この手に、斧にかけてしまったのだから。
特に、一番最後に殺した貴族の娘を、彼は忘れる事ができなかった。
その美しい顔と赤髪、気丈な瞳、ついぞ悲鳴一つあげずに逝ったその様はとても高潔なもののように見えたし、執行前の国王や商人ギルドに向けての言葉は強烈な呪いを含んでいたようにも思えた。
事実、その国王は晩年、まるで呪いにでも掛けられたかのように原因不明の熱病にうなされ続け、そのまま
「あぁ……私は、私は、なんという事を……」
夢から覚めた途端、罪悪感に
そんな朝を迎えるようになっていかほどが経っただろうか。
苦しみは、未だ処刑人の心を
時代が時代なら宰相の孫娘となるはずだった赤子は、母親が処刑されてすぐに他の血縁の娘と共に修道院に預けられ、名も無き孤児として生きる事となったのだという。
国王が代替わりしたと同時にこの国からは斧による斬首刑が撤廃され、それに応じて処刑人の数も大幅に減った。
彼も追われるように処刑人の職から引き、今では
「……行くか」
朝の数刻を過去の消化に使い、昼近くなってようやく、陽気に心が動き始めるのだ。
昼は、彼の癒しであった。
街の中心部にある教会の礼拝堂では、歳若い娘が一人、祈りを捧げていた。
厳粛な雰囲気を
「――相変わらず熱心ね、貴方は」
そうしている内に奥の方からシスターが現れ、彼女に向け声をかけた。
「アンゼリカ。ええ、この祈りだけは、日々忘れる事はありませんよ、私は」
祈りの姿勢を解き、立ち上がりながら娘――フィアーは笑った。
腰ほどまでの美しい赤髪が揺れる。
「マスターから、新たな指示が下ったと聞いたわ。目標に関しても……」
「私情は持ち込みませんよ、私は。既に職人に仕事を手配しましたし、ね」
今回の『仕事』に関して、いくらか思うところがあったアンゼリカであったが、はっきりと言い切るフィアーには続けられず。
「そう、貴方は強いのね」
仕方無しに、近くの席へと腰掛ける事となった。
「貴方はもう少し歳相応になってもいいんじゃないかなって、私は思うのよ」
ほう、と息をつきながら、シスター・アンゼリカはぽつり、呟く。
「私には、何が『歳相応』なのかなんて解りません。街を
ただ、無表情で返すフィアー。アンゼリカは俯いてしまった。
「私が知る貴方は、もっと柔らかで、明るい娘だったのに。今ではもう、その面影すら見えない」
「アンゼリカ。私は何も変わっていません。なんにも」
寂しそうに嘆くアンゼリカに、フィアーは微笑みで返していた。空気を冷やす微笑みで。
「それじゃ、また」
「毎度ありがとうございます。またのお越しを」
夕暮れ時、常連客が馴染みのタバコの束を抱え去っていくのを、彼は満面の笑みで送り出す。
その日もやはり、のんびりとした、善い春の日であった。
小さな店ながら、客足はそう悪くなく、食うに困らぬ日々が続く。
処刑人を辞して後、苦心しながら不慣れな経営に注力していた、そんな日々が報われるようになって何年目だろうか。
今、彼は充実していた。毎日が楽しくて仕方なかったのだ。
(……私は一体、いつになったら忘れられるのだろうか。いつになったら、あの日の事を――)
だが、それだけに辛くなる事もあった。
今がこんなに楽しいのに、今がこんなに幸せなのに、何故未だに夜に、夢にうなされるのか。
誰もいなくなった店の中、一人、頭を抱え考え込んでしまっていた。
いかほどが経っただろうか。
すっかり陽も落ちはじめ、そう時間が掛からず店の中も暗くなる。そんな頃合になっていた。
もう閉め頃か、と、おもむろに店の戸締りを始める。
「くださいな」
そんな時であった。締めようとしていた店の入り口から、客が一人、するりと入ってきてしまう。
小柄な娘であった。年の頃も十六、七と言った所か。
頭の黒いリボンや
「すみません、もう締めようとしてたところで」
商売する気が薄れていた彼は、そうして断ろうとするのだが。
「このお店で一番高いお酒をくださいな」
構わず注文する娘。彼の眼をじ、と見つめ、逸らそうともしない。
「……」
その瞳には、どこか見覚えがあった。
少なくとも店の常連ではない。
客としてきた事も無いであろう娘だというのに、彼はどこか、遠い日のいつかに出会ったような、そんな気がしてしまっていた。
「美味しいお酒を飲ませてあげたいんです」
だが、それもわずかな間で、にっこりと微笑むその顔は、歳相応の街娘の
気のせいかと、そんな気になってしまい、我に返るのだ。
「ああ、なるほどね。解りました。でもちょっと値が張るからね」
相手は客である。ならば、店主である自分がするのは疑問を抱く事ではなく、商売をする事だと、心を張り直し背を向ける。
棚の一番奥に大切に仕舞いこまれていた赤い瓶を取り出し、カウンターに静かに置いた。
「これが、うちで一番高い酒です。ただ、度数も高いので、強いのが苦手な方は水で薄めて飲む事をお勧めしますよ」
「おいくらかしら?」
「金貨十枚。仕入れにも手間が掛かっていますので」
ただ街で暮らす者にとってはかなりの高額である。
騎士や宮仕えならば払えるだろうが、娼婦でもなしに、歳若い街娘が払うには勇気がいる値段のはずだった。
「構わないわ。いただきましょう」
しかし、娘は事もなさげにそれを払ってしまう。
――ただの街娘ではないな。
ただそれだけで、彼はそう理解してしまったが。
「……」
じ、と、こちらの反応をうかがうように、微笑を湛えながら見つめてくる娘を前に、考えている時間などはなさそうなのも理解していた。
「では、こちらを。袋は用ですか?」
「要らないわ」
自分の前から少し客側へ瓶をずらし、それを娘が受け取る。
彼が金貨を手に取るのを確認しながら、しかし娘は去らず、まだ彼を見ていた。
「まだ、何か?」
「このようなお店をやっているという事は、店主さんもお酒は強いのかしら?」
何か異様な雰囲気を感じたが、ただの雑談がしたかっただけらしいと気づき、安堵させられる。
そう、客との会話など、この商売では珍しい事でもない。
その当たり前が起きているだけなのだと、そう思えたのだ。
「ええ、酒とタバコは若い頃からの好物でした。このお店を開いたのも、好きが高じて、という奴でしてね。特に酒は欠かせません」
常連にはよく話していた事ながら、彼は酒には一家言もつ好き者であった。
実際、その彼が仕入れる一流の酒欲しさに通ってくれる常連も多く、『知る人ぞ知る店』のような形で商売が軌道に乗ったのだから。
「そう。やはり趣味人の店には良いものが揃うのね。ありがとう。では」
微笑んだまま、もう用事はないとばかりに店を去っていく。
「またのお越しを」
変わったところはあったが、結果としてみれば上客であった。
小さな後姿を眺めながら、いつものようににこやかに笑いながらそれを見送る。
「……閉めるか」
そうして、その後姿が見えなくなって、ようやく店を閉めることができたのだ。
辺りは既に暗く、灯り無しには先が見えぬほどとなっていた。
予め店に置いておいたカンテラを手に、黒に満たされた道を往く。
辺りの商店は既に店じまいが済んでいるのか、通りだというのに人気一つありはしなかった。
こういった夜には、善くないことが起きるのだと彼は知っていた。
雲など出ていないのに空には月が見えず、カンテラに照らされる自身の影だけが道に浮かび上がるので不気味この上ない。
風がす、と、道端の草を揺らし、靴音が響き渡る。
自宅は通りから離れた川沿いにあるので、この不気味な時間がなんとも長く感じられた。
そうして、嫌な予感とは裏腹に何事もなく家にたどり着く。
待っている者は居らず、帰ればただ一人、酒を飲むだけ飲んで寝る。その繰り返しであった。
どれたけ寝苦しい夜でも酒を浴びるほど飲めばその時ばかりは幸せになれる。
そうして泥酔したまま眠りこければ良いのだから。
「……?」
しかし、今夜はいくばくか、普段と違う状況となっていた。
家のドアの鍵が、開いていたのだ。
――まさか空き巣か。
そう考え、あたりを見渡し家に寄りかけてあった棒切れを手に、家の中に踏み込む。
職を辞したとはいえ元処刑人であった彼は屈強で、こそ泥などが入り込もうものなら叩きのめしてやるつもりであった。
「ようやくお帰りか。思ったより遅かったな」
そして、そんな彼を待ち受けていたのは、全身黒ずくめの『いかにも』な男であった。
ただし、それは泥棒などという小者ではなく、全身から発せられている殺気から、そしてその堂々とした態度から、恐らくは自分と同類か、少なくとも幾人も手に掛けてきた男なのだろうと、彼はそう察した。
「――私に、何の用かね?」
「元処刑人ラグバウト。訳あって、その命を頂戴しに来た。覚悟して欲しい」
余裕の様子でソファに腰掛けていたその男は、立ち上がりながらにこう答え、腰元からダガーを一本、引き抜いて見せた。
「
いくら陽が落ちたとはいえ、まだ人が眠るには幾分早い時間である。
このような時間に騒げば、周囲の人々だってただごとだとは思わないはずだった。
それが彼の、ラグバウトの余裕にも繋がっていた。
だが、男はそんなラグバウトの言葉にも焦る様子はない。
「それはないな。あんたは夜中、泥酔するまで酒を飲み続け、夜中だというのに大騒ぎする。近隣の住民からすれば『またラドバウトが酒に酔って騒いでる』と思い込むはずだ」
「むぐ……」
耳の痛い話であった。男の余裕の理由は、自分の普段からの素行の悪さにあったのだ。
だが、と、木の棒を前に、彼は睨み付けるのをやめなかった。
「簡単に殺せるとは思わんことだ」
「ああ。この国の処刑人だった者達の中でも、『首刈りのラグ』に勝る処刑人はなしと言われていたのは知っている。引退したとはいえ、その身体つきを見れば、容易には殺せぬ事も解っているつもりだ」
だが、それでも尚、暗殺者は余裕の表情であった。
「だから、ちょいと
暗殺者が動く。ラグバウトは、反射的に構え、一歩ずり下がろうとした。
直後、下がった左足に衝撃と激痛が走る。
「なっ――あっ!?」
突然の事に気を取られ、そのままバランスを崩し、倒れてしまった。
「――鹿殺しの罠だよ。痛かろうが、我慢して欲しい。じきに終わる」
のそのそと近づいてくるその男に驚愕しながら、しかし、不意にその眼を見て、ラグバウトは妙な感覚に陥っていた。
(この男の顔――)
男の顔を見ながら、しかし、頭に浮かんだのは先ほどの街娘であった。
「もう酒に溺れる必要は無い。静かに眠り、安らかな明日に目覚めるといいだろう――」
ダガーが自身に迫る中、ようやく彼は気づいたのだ。
(そうか、あの娘は――そしてこの男は、あの時の娘の――)
声をあげることもできぬまま首を掻き切られ、虚ろになっていく意識の中、ラグバウトは最後の最後、思いをはせる。
(ようやく――ようやく、わたしは、あの夢から、解放されるのか――)
あれは、まさしく呪いであったと。自身では逃れられなかったその生に、ようやく終わりが見えたのだと気づき、彼は安堵の表情のまま絶命した。
「……それと、これは
おもむろに手に持った赤い瓶の蓋を切り、もう動かなくなった目標に向け、零してゆく。
甘い
どこか、クロウの顔はやりきれないような、やるせない顔をしていた。
「こんなものは、復讐ですらないな」
ただ勤勉な男を、過去に悩む男を一人、殺したに過ぎなかった。
こんなものを復讐と考えるのは、あまりにもお粗末であった。
金貨十枚分の酒の、その全てを目標に注ぎ終え、クロウは瓶を壁へと投げつけ、割った。
「だが、それが仕事であるならば、そんな夜もある、という事か」
一人ごちりながら、背を向け歩き出した。
「ロッカード兄さん。依頼は終わりましたよ。『元処刑人』ラグバウトは死にました」
街の北にある小さな修道院で、フィアーはロッカードと対面していた。
例によって女神像に祈りを捧げる姿勢のまま、正面に立つロッカードに『仕事』の報告していたのだ。
「そうか、流石はクロウ。いや、元処刑人とはいえ所詮は素人だ。殺すのにさほど手間も掛からなかったか」
「そうでしょうね」
首尾よく仕事が済んだ事に機嫌よさげなロッカードに対し、フィアーはやや不審げな視線をロッカードに向けていた。
「兄さん。何故ラグバウトを殺す必要があったのでしょうか?」
「何故? 決まってるじゃあないか。『あの』改革の犠牲者の恨みは、晴らさなくてはならない。生き残った俺達の宿命だよこれは」
「確かにラグバウトは数多くの処刑を行っていました。ですが、それは彼が役目上やむなくした事に過ぎなかったのでは? 言ってみれば、私達が『仕事』をこなす事とそう大差なかったはずです」
そこに私情は無かったはずなのだ。
だからこそ、今回の『仕事』に関しては、フィアーはいくらかの疑問を抱いていた。
疑問を抱いてはいけないはずのマスターの命令だったにもかかわらず。
「だがなエリス。事実、俺の父や君の母を殺した事に違いは無いはずだ。あの頃、この修道院に預けられた子供達は、皆ラグバウトに殺された者達の近親者だった」
「なら、それを命じた者達に刃を向けてこそ、復讐となるのではないでしょうか? そもそも、私達はその為に――」
「落ち着けよエリス。そんな単純な方法では我々の存在は軽視されるだけだ。復讐にもな、魅せ方というものがある」
フィアーの指摘など解っていたとばかりに、ロッカードはにやりと笑ってみせる。
「今回の件で、身に覚えのある者はうっすら気づき始めるはずだ。自分が関わった過去に思い当たり、何者が自分に手を向けようとしているのか。その恐怖を、マスターは望んでいる」
「……ラグバウトは、ただの見せ看板だったという事ですか?」
「そういう事だ。無論、彼に死んでもらわないと収まりがつかん者もいくらかはいるしな。強いて言うなら、ギルド内で
まだ納得していなさそうなフィアーの瞳を、じ、と見つめるロッカード。
「――解りました。兄さんがそう仰るのなら。私にとって、これは仕事でしかありませんから」
根負けしたのは、フィアーの方であった。
「すまないな。今回に関しては、お前くらいしか私情抜きで仕事をしてくれそうなのがいなかった。俺も勿論だが、比較的穏健派のはずのアンゼリカや長老ですら、ソレが関わると憎悪をむき出しにするからな」
「仕方ないです。人生そのものを変えられたのですから。そんな理不尽に耐えられる人なんてそうはいない、というだけですよ」
ため息混じりに席を立ち、フィアーは背を向ける。
「では、これで失礼しますね。よい夜を」
「ああ。またな」
そのまま去ってゆく妹分を、ロッカードは苦笑しながら見送った。
修道院の外には、その規模に見合わぬ大量の十字が並んでいた。
木組みで作られた簡素な墓。それが百に届くほどに。
いずれも花が添えられ、また飾られ、丁寧に手入れされていたが。
その中で一番沢山の花に彩られた物の前で、フィアーは立ち止まる。
「……」
その表情は寂しげで、どこかやりきれないような、やるせないような。そんな痛ましさすら感じさせるものであった。
「どうか、貴方の愛したあの人をいつまでもお守りください。母様」
しゃがみこみ、静かに祈るように手を組み、しばし目を閉じる。
「私は、貴方のように強くなれているでしょうか。お会いした事の無い母様。どうか、私に力を――」
その墓の下に、彼女の母はいなかった。
死刑囚に、本当の意味での墓を作ることは許されない。故にただ形だけの墓である。
それでも、幼かった頃の彼女達には、それが必要だったのだ。
思い
身体は無くとも、心はこの墓に宿り、自分を見守っていてくれるのだと、そう信じるしかなかった。
だから、ここでの祈りは母に届いているものと、彼女はそう願っていた。
クロウの前では見せない彼女の一面が、そこにあった。
夜が来ようとしていた。新たな夜。彼女達の真実は、夜にこそある。
強い思いを胸に、フィアーは立ち上がり、再び歩き出した。