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#19.王族よりの依頼

 貴族街・王城近くの公園にて。

貴族の子女が集まり、日向ぼっこをしながらおしゃべりに華を咲かせる中、幼子が一人、わんわんと泣いていた。

恐らくは迷子になったのだろうと周りはぼそぼそと語りながら視線を逸らし、まるで誰ぞの助けでも待つかのように、誰もが関わろうとしない中。

ただ一人、その幼子の前に歩み寄った娘がいた。


「大丈夫? もう怖くないわ。お父様とお母様とはぐれてしまったのかしら?」


 上等な装飾のなされたスカートが汚れるのもかまわず、地べたにそのまま膝をつき、幼子と同じ目線で、怖がらせないように微笑みを絶やさず。

誰が見ても美しいと吐息するであろう娘を前に、幼子もまた、目を丸くし、泣くの止める。


「とうさまたち、いないの」

「大丈夫。一緒に探してあげるわ」


 ハンカチーフを取り出し、その目元を優しくぬぐってあげると、ぎゅ、と抱きしめ。

そうして、いつの間にか後ろに立っていた男へと向き直り、「そういう事なので」とぺこり、頭を下げる。


「申し訳ございませんが、この子のお父様を探してあげなくてはいけなくなりましたわ」

「手分けすればいいさ。すぐに見つかる」


 その手助けくらいは想定の範囲内だとばかりに、男は頷き、先に歩き出す。

娘もまた、幼子の手を引き、その後について歩いた。

連れられた幼子は、見上げながら。

その時の、落ち着いた大人のように見えた娘の顔が、とてもきれいに思えて。

そうして、当たり前のように率先して探し出す男がとても心強くて。

恋も愛も知らぬ年頃ではあったけれど、「いいなあ」と、まるでパパとママのようだと、

そう思い、かすかな思慕を覚えたのだった。





 冬に入ると、街では記念祭、それから冬前の最後の買出しにと、賑わいを増すようになる。

終戦を祝っての記念祭では国王を中心に王族や貴族が出席する式典が行われ、近隣諸国からも貴賓きひんが集まる。

更にその従者などがお供として来る為、彼ら相手に一儲けしようと街に行商などが溢れ返るのだ。

この時期に街に来る行商はいずれも各地の名産・特産の品をこれでもかというほど積み込んでくる為、一月ほどかけて商品を売り切れるまで街に残る。

マーケットではこの時期、この行商人達経由でしか買えない珍しい品も並ぶため、女達は眼を輝かせながら露店を見て回っていた。


「……帰りたい」


 そうして、やる気なさげに疲れた顔をしているベルクは、恋人エリーと二人、このマーケットを歩いていた。


「お兄さん見てください、あそこにレンカンの種が売ってますよ! 恋のおクスリになるっていいますよねっ」


 エリーは、とても楽しげに眼を輝かせていた。外見相応の歳の娘のようにきゃいきゃいはしゃいでいる。


「それにほらっ、ここの露店なんてパーミルクがっ! 恋人との夜には欠かせないアイテムですよ!!」

「そ、そうか――」


 ただ、彼女の興味はどうも、先ほどから異様に性的な方向にばかり向いているように感じられて、ベルクには居心地が悪かった。

できれば逃げたかったのだ。さっさとこの場からいなくなってしまいたかった。


「あっ、ちょっとこっち来てください!!」


 だが、右腕をがっちりとホールドされていた。引っ張る力は強い。今度はどこの露店を見ようというのか。

さっきから人ごみの中、あっちへふらふらこっちへふらふらしたせいで、ベルクはぐったりとエリーに引っ張られるままとなっていた。


「すごいです!! 蜜蟻の蜜なんて初めて見ました。お兄さん、これ買いましょうこれ!!」


 手の平大の壷に入ったそれをうっとりとした眼で見つめながら勝手なことを喚く。


「要らん」


 ベルクは突っぱねた。


「えー、これ一つあるだけで夫婦の夜がヒートアップする事間違いなしなんですよ? 食事に混ぜて良し、直接塗りつけてもよし、匂いをかがせるだけでも良しの万能媚薬なのに」

「なんでさっきからそういう用途の品にばかり眼が向くんだ君はっ!?」


 残念そうに唇を尖らせるエリーであったが、ベルクはそれに耐え切れず、つい叫んでしまう。


 別に、ベルクとてこれが『恋人ごっこ』なのは初めから了承の上のことなのだ。

エリーが興味を向けるのだって、花だとか布地だとか、もう少し可愛げのある『若い娘が興味を向けそうなもの』に対してならそこまで気にしないつもりだったのだ。

むしろそういった品ならきまぐれにプレゼントしてやってもいい位には思っていたのだが、肝心のエリーの感性はロクでもなかった。

食事に関してかなり適当だし趣味に対しては無理解、その上興味を向けるものまでコレでは、今後の『ごっこ』を続ける上でもいくらか無理があるのではないかと、疑問に感じてしまったのだ。


 突然声を張り上げたベルクに、エリーはちょっと驚いたように眉を下げ、壷を元に戻す。

そうして少し落ち込んだようにしょんぼりと俯きながら一言。


「ご、ごめんなさい。お兄さんともっと、その――仲良くなれたらなあって思ってしまって、つい――」

「……」


 別に本当に落ち込んでいる訳でもないのだろう。

そういうフリをして見せているに過ぎないのは、普段の彼女を見ているクロウには解りきった事だった。

実際、これを見て露店の商人が「やれやれ」と苦笑いしているので、恋人同士のちょっとしたいざこざ程度には見えているのだろう。

大した演技力だった。それができるあたり、彼女は相当賢いに違いなかったが。


「――とにかく、行こう」


 この場に留まり続けてもいい事は無いので、今度はベルクの方がエリーの腕を引っ張り、前に進む。

ふらついたりはしない。最初から目的地は決まっていた。





「あの二人、教会に入りましたね、シルビア隊長」

「……ええ。腕を組んでとても仲良く。お祈りにきたというよりは、結婚式の相談か何かかしら」


 二人の後を追う影が二つ。

騎士団長の下城下の探索を行う隊長の一人、シルビアとその部下ハインズであった。

隠密での巡廻の最中だったため出で立ちこそ街を歩くカップルとそう大差ないが、その眼光は鋭く二人の入った教会を見つめていた。


「後を追いますか? カップルのフリをすれば、それほど違和感も無く入り込めるかも――」

「いいえ、やめましょう。私達の顔が彼らに割れてしまうのもよくないでしょうし……それに、見ていた限りではそんなに怪しい所もありませんでしたし」


 街中で剣士ベルクらを見つけ、追跡していたシルビア達であったが、何処からどう見ても我侭な恋人に振り回される若者にしか見えず、毒気が抜かれていたのもあった。

近隣での聞き込みでも「ここら辺じゃ珍しいくらい熱々なカップル」と言われるほどで、その辺りの評価に間違いがなさそうなのもシルビアのテンションを低くさせていた。


「ベルクはともかく、エリーは定期的にお祈りに訪れてるようですし……熱心な信徒なんでしょうね。結婚も、教会でしたいとか、そういう――」


 この辺りは若干シルビアの妄想が入っているが、恋人のいない彼女としては色々と思うところもあるらしく、それを理解しているハインズは黙っていた。


「はあ、私、いつまで騎士なんてやってるのかしら――」


 そしてため息ながらにぐんにゃりしていた。この辺りもいつもの流れである。


「隊長、とりあえず待つのですか? それとも、ここから離れ別の探索に?」

「一旦館に戻りましょう。今のところ中央は異常が無いようですし」


 テンションが落ちたのもあってか、シルビアは教会に背を向け、そのまま歩き出してしまう。

ハインズも苦笑しながらその後につき歩くのだが。

教会の窓からそれを見ている眼には、ついぞ気付くことはなかった。





「行ったみたいよ、あの二人」


 窓から怪しい二人組を見つめていた妙齢のシスターは、女神像に向け祈りを捧げていたフィアーとクロウに声をかける。


「ありがとう、アンゼリカ。どうもつけられていた気がしていたのけれど、やっぱりそうでしたか。何者かしら?」


 顔を上げたフィアーは、親しげにそのシスターに笑いかける。


「恐らくは騎士か軍人……妥当なところで騎士団の連中ではないかしら?」


 髪こそヴェールに包まれ隠れているが、その顔立ち、立ち方一つとっても品があり、中々に形になっていると、クロウは感心していた。


「そう……まだ警戒されてるのね、厄介な」

「まあ、撒けたようで何よりだわ。踏み込んできたらお芝居が必要だったけれど――」


 ちら、と、クロウを見るアンゼリカ。


「彼は、あんまりお芝居が上手じゃなさそう」

「ええ、かなり下手ですね。いつまで経っても『恋人』らしく振舞ってくれません」


 困ったもんです、と、頬を膨らませぷいと横向くフィアーに、クロウは苦笑いしかできなかった。


「いいけどね。最悪は消してしまえば良いだけだし。それよりフィアー、『クライアント』はもうお待ちよ。早く行きましょう」

「ええ、あまり人を待たせるものではないものね」


 物騒な事をのたまいながらも先を促すアンゼリカと、静かに頷き歩き出すフィアー。

クロウはただ静かに二人の後についていった。




「お待たせしました、レディ」


 シスター・アンゼリカに案内された教会の奥の一室では、メイド服に身を包んだ女が一人、ティーテーブルに掛けて待っていた。

衣服こそ下働きのようではあったが、その知的な面持ち、品の良い座り方から相応に地位の高い女性であると、二人は瞬時に判断する。


「ああ、良かった。これ以上待たされるようだと、お城に戻った際に何を言われるか、と――」


 やや落ち着かない様子で立ち上がった彼女に、アンゼリカは丁寧な仕草でフィアーらに手先を指し示す。


「レディ・セリス。こちらが当ギルドの『仕立て屋』フィアーと『職人』クロウですわ。今回のお仕事を任せるに当たって最適と思える者達です」


 紹介されるままに顔を二人のじ、と見比べるセリス。

しばし見てから、再びアンゼリカを見つめ、一言。


「案外、普通の方達なのですね?」

「ええ。暗殺者と言えど決して異常者ではありません。このように、平時は普通の民を装っているのです」

「なるほど――」


 アンゼリカの説明に何かが納得できたのか、うんうんと頷き椅子に腰掛けた。


「フィアー、クロウ。こちらの方はレディ・セリス。城下に来る為このような格好をしているけれど、実際にはメイドではなく王城にて筆頭侍女をしている方だわ。家柄も立派な貴族の方ですから、失礼の無いように」

「ええ、存じていますわ。見た目どおりではないことは、その纏っている雰囲気で痛いほどに感じていましたから」

「……そう」

慇懃いんぎんなフィアーの言葉を皮肉と取ったのか、あるいは何がしか言葉裏に感じるものがあってか、セリスはにこりともせず緊張気味にフィアーを、そしてクロウを見ていた。


「今回、貴方がたにこうして来て頂いたのは、私どもの主からの依頼を、秘密裏に貴方がたに受けてもらわんがため。このシスター・アンゼリカは私とは知古の関係でしたが、今回の依頼は彼女の手に余るという事で、それならば直接会わねば、会って信用に足るかの確認をしたい、と思ったのです」

「本来なら職人とクライアントを直接会わせるなんて事、あまりしたくないんですけどね。特に仕事前には」


 事情を聞いてもあまり納得が行かないのか、フィアーは複雑そうな表情をしていた。

最近はそれまで見ない彼女の顔を良く見ることが増えたように感じていたクロウであったが、ここにきてまた、珍しい表情を見ることになったのだ。


「貴方がたのルールに触れることだというのは承知の上ですわ」


 だが、セリスはほう、と息をつきながらもフィアーの瞳をじ、と見つめる。


「それを侵してでも、通していただかなければならないほど、私どもの立場は難しいのです。そして、この依頼をこなせるのは貴方がたをおいて他には居ないと聞いています」

「……聞きましょうか」


 依頼の話である。本来なら職人たるクロウはこの場にいてはいけないはずなのだが、これすらもセリスの要求した状況らしく。

このときに限り、クロウは仕立て屋達とクライアントとの話を聞くこととなっていた。


「今、王城では終戦記念の式典が執り行われております。周辺諸国からの貴賓や地方の貴族も集まり、とても華やかな場となっているのですが――同時に、このような場では各国の政治的な思惑が交差しやすいのです」

「まあ、わざわざ他国に来てまで顔をあわせるのだから、どうせなら、という人も多いでしょうしね」

「ええ。この辺りが、記念祭がただのお祭と違う点ですわ。そして、私どもの主が最も警戒しているのが商人ギルドからの要人『ガイラム』。式典を、彼らのパフォーマンスの場にされてしまうのを懸念しておられました」

「つまり、今回はその要人の殺害が目的、という事ですか?」

「いいえ。到着する前ならいざ知らず、既にこの街に来てしまっている以上、ここでそれをやるのは対外的に問題がありますわ。私どもがお願いしたいのは、その要人に体よくお帰り願える為の『偽装』ですの」

「偽装?」

「ええ。丁度都合よく、我が国とはあまり仲のよろしくないフライツペルの要人も来ました。『ミッド』という男なのですが、王宮近衛隊は彼をフライツペルよりのスパイであると判断し、今も監視下においておりますわ」


 ここまで話され、フィアーは「なるほど」と、小さく頷いた。

政治的な話に関してはあまり興味が無いのか、クロウはそっぽを向いてしまっていたが。


「式典は一月続きますが、その合間に彼らが城下に出る機会が幾度かあります。その際にミッドを殺害し、ガイラムにその罪を着せる形で処理してくださいまし」


 その気品ある面持ちとは裏腹に、セリスは冷淡な瞳でそう呟き、眼を閉じた。


「城下にてフライツペル要人ミッドの殺害、及び商人ギルド要人ガイラムにその罪を着せるように事後処理を行う、という事でよろしいですか?」

「ええ。それで結構よ。報酬に関しては前払いで金貨五千枚。これで後腐れなくお願いしますわ」

「こちらに関しては既に私が預かっておりますわ」

「……そうですか」


 にこやかあに微笑むアンゼリカに対し、ため息混じりにセリスを見つめるフィアーであったが、それ以上は確認する事もないのか、クロウに向き直る。


「――クロウ。貴方の腕前、見せてあげなさい」

「ああ。承知した」


 自分は本来この場にはいるべきではない、という考えもあって黙っていたが、フィアーよりの言葉である。自信を持って答えた。


「要人の方々は、原則昼の間しか街には出ようとしませんが、ミッドもガイラムも都合よくと言いますか、あまり褒められた事ではありませんが、夜街に出かけるのを好む性質のようです。それがチャンスになるかもしれませんね」


 貴重な追加情報までくれるセリス。クロウも満足げに頷いた。


「解りました、レディ。どうぞお任せを」


 慣れた調子で膝をつき、貴族の子女に対する礼を取る。


「ええ。お願いしますわ――クロウと言いましたか。貴方、どこかで私と会った事は?」


 その様に、思うところあってか、セリスはじ、とクロウの顔を見つめる。


「いいえレディ。私と貴方は初対面のはずです」


 口元を歪め、クロウはその瞳を見つめ返しながらに答える。しばし、沈黙。


「……そうでしたか、失礼を。誰かに似ているような気がしたのですが、気のせいだったようですね?」

「もしかしたら誰かに似ているのかもしれませんが、王宮勤めの方に知り合いはいませんよ」

「そう――」


 構わず立ち上がってしまうクロウ。どこか残念そうに一歩下がってしまうセリス。

その距離が、この二人の立場の、明確な距離感であった。






 夜街よるまちは、今宵もあかりに輝く。

冬であるならば娼婦で温まろうと、男達は寄ってくるのだ。

酒に酔いながらに飾り窓の女達へと愛想を振りまく中年。

こういった場に不慣れなのか、緊張した面持ちで店へと入っていく若者の姿もあった。

夜街は全体的に明るく、一見すると人の目が多く『仕事』には不向きな場のように見えるが、実際にはそうではない。

建物と建物の間には確かな闇があり、灯りの届かぬ場所というのは探せば存外見つかるものであった。


 そんな中、クロウは目標『ミッド』を追跡していた。

ミッドは娼館でひとしきり女を愉しんだ後である。

酒に酔い、護衛こそ二人引き連れているが、幸せそうにふらふらと歩いていた。

丁度この時間帯、ガイラムも同じように別の娼館へと入った、という情報がクロウには届いていた。

二人が貴賓館から出ている今がチャンスと言える。

貴賓館までの帰り道、いくつかある、人気の無いところまでミッドが歩くを待ち、仕事に移る事にしたのだ。



「――なんだ貴様っ!?」


 そうしてミッドはたどり着いてしまった。己の墓場に。

背後からにじり寄っていたのに気づいた護衛は警戒心を露に武器を手に取ろうとするが、既に遅く。


「ふっ――」

「かぁっ」

「うげぇっ!?」


 両手に構えられたダガーが、護衛の二人の首を掻っ切っていた。


「ひっ――な、なんだお前、まさか、王国からの――お、俺は貴賓だぞ!? 俺を殺せばまた戦争に――」

「戦争には、ならんさ」


 護衛が倒れるのを見て酔いも吹き飛んだのか、わたわたと手を前に出しながらも後ずさりを始めるミッド。


「すまんな、せめて善き明日を送ってくれ」


 刃先を上に、十字を切る。


「ひ、ひぃぃぃっ――」


 その間に背を向け逃げ出すが、クロウは落ち着いて振りかぶり――ダガーを投げつける。


「――ぐぇっ!!」


 延髄に突き刺さり、一撃の下ミッドは倒れた。


「……よし」


 哀れなこのスパイであるが、ここからは酒樽に入れられる事となる。




「やあ、待たせたね」


 死体処理係である『掃除屋』が到着したのは、それからそう掛からない頃であった。

馬に引かせた荷台の上には四つの酒樽さかだる


「あんたが『掃除屋』だったか。怪我をした時には世話になったようだが――」


 クロウには見覚えのある小太りの男であった。あのバーのマスターである。


「ああ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」


 にやりと笑いながらもせかせかと慣れた手つきで死体を樽の中に放り込み、ハンマーで蓋をしていく。

また、別の樽を倒して水を流し、ブラシで丁寧に、その場に残った血痕を洗い流していった。


「さて、この死体をガイラムの部屋に放り込んでくるか」


 見ているだけでも十分も掛からない。

人気が無いとはいえ殺して立ち去るだけだったクロウにとってはこの間の時間は相応に恐ろしいものであったが、それが思った以上に早く片付き、安堵していた。


「仕事が早いな。頼んだぞ」

「これがうちの『仕事』だからね。そんじゃ、また」


 人のよさそうな顔をして、手を挙げながら馬を引く。

からころと音を立て、夜の街を堂々と去っていった。


「……あんな方法があったのか。すごいな」


 とても死体を運んでいるようには見えず、クロウも思わず唸らされてしまっていた。





「全く――折角良い女を見つけたと思ったのに、一体何だというのだ!!」


 貴賓館の一角。不機嫌そうにぶつぶつと呟きながら歩く中年男が居た。商人ギルドからの貴賓であるガイラムである。

屈強な護衛を五人も引き連れ戻ったのは、式典の最中顔を合わせたフライツペル要人ミッドからの呼び出しを受けたからである。


「緊急の用事だと言うが、下らん話だったら許さんぞ!! 田舎暮らしの芋猿如きが、私の楽しみを邪魔しおって!!」


 娼婦を前にお預けを喰らったのが相当とさかに来ているらしく、深夜だと言うのに構わずずかずかと音を立て廊下を歩いていく。


 そうしてガイラム一行は、ミッドの部屋の前にたどり着く。

ミッドからの使者だという女から渡された手紙には『ドアは開けてあるので構わず入ってほしい』と書いてあったので、その通りにドアノブを回す。引けば簡単に開いてしまった。


「ミッド殿、商人ギルドのガイラムだ。入るぞ?」


 気づかないのか、それとも不在なのか。

ガイラムは護衛にドアを引かせ、中に入り込んでいく。


「――こ、これはっ」


 そこでガイラムが見たのは、首後ろをダガーで突き刺され、倒れたミッドの姿であった。

護衛らも動揺するが、すぐにミッドの手を取り、脈を確認する。


「……死んでいます」

「どういう事だ。ミッドは私を待っていたのでは――」


 突然の事に動揺するガイラムであったが、ついぞ疑問が解決する事はなく。

タイムリミットが先にやってきてしまった。


「ご無事ですかミッド殿!!」


 突然部屋へと駆け込んでくる銀の鎧の一団。王宮近衛隊である。


「こ、これは――ミッド殿!! ミッド殿!!」


 そうして倒れているミッドの姿を見つけ、近衛隊は必死に声をかける。

当然、反応はなく。


「貴方は確か、ガイラム殿ですな? 商人ギルドの――」


 そうなると次に眼を向けられるのは、『何故か』その場に立っていたガイラムであった。


「そ、そうだが……私が何かね?」

「ここで何が起きたのかは存じませんが、この状況を見れば貴方に疑いの眼を向けざるを得ない。ご同行願えますな?」


 近衛が二人、両脇からがしり、ガイラムの腕を掴む。


「ひっ、ち、ちがっ――私は――」


 そう、自分が疑われているのだと気づき、ガイラムは必死になって弁解しようとするも、近衛達は気にする様子も無くひきずってゆく。


「話は後で聞きましょう。とにかくこちらへ」

「護衛の方々もついてきませい」


 どんどんと仕切られてしまう。場の空気は完全に近衛隊が確保していた。


「違うんだっ、私は、私は嵌められて――待ってくれ、私の話を聞いてくれぇぇぇっ」


 深まった夜に、男の叫び声。

何事かと顔を出した貴賓らの訝しげな視線を、ガイラムは一身に受ける事となってしまっていた。




 結果としてこの一件はガイラムを呼び付けたのだと言う『ミッドの侍女』の存在が定かではない事、近衛隊が駆けつけた際に事実としてミッドが死んでしまっていたこと。

そして、その部屋に訪れたのがその日一日ではガイラム一行のみだった事から、ガイラムは疑いを晴らす事も出来ず国外退去を迫られる事となる。

当然ながら派遣した要人が暗殺されたとあって、面目を潰されたフライツペルは商人ギルドを警戒するようになってしまう。

王国に対し警備上の欠陥を指摘する声もないではなかったが、この一件は『商人ギルド要人とフライツペル要人とのいざこざによって起きた事件』として一般に認識されたのだ。

この結果には依頼主であるセリスも満足らしく、わざわざ礼の手紙までアンゼリカ経由で寄越してきたほどであった。





「……あの時の幼子か……物覚えのいい事だ」


 読み終えた手紙を丁寧に折りたたみながら、クロウはそれをテーブルの上へと置く。

柔らかい文字柄と文調。お礼の言葉は、本来の意味とは別にクロウに溶け込んでいった。


「ふ、私も歳を取ったな」


 昔を思い出しながらの自嘲であった。

そうして木のコップに入ったブドウ酒を飲み干し、ほう、と息をつく。


「寝るか」

立ち上がるや、ふらふらとベッドへ寄り、そのまま倒れこんだ。


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