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#17.護衛対象『P』

 あらゆる国家を巻き込んだ大戦争が終わってすぐ、この大陸には、国家間の支配を受けない独立した強大な組織が二つ、存在していた。


 一つは『聖堂教会』。

人々の信仰に根付き、その心に救いと安らぎを与え、軍人や戦士達には困難に立ち向かう勇気を、冒険者や探検家には安息や知識を授けてくれる『万人の為の組織』である。

その下部組織である町教会・村教会はどこの国にもあり、集落の規模を測る上でもこの教会の存在は欠かせない。


 その存在は人々の信仰心に根付いたものである為、どこの国家であってもこの組織に対し攻撃する事は許されなかった。

戦時中、都合の良いプロパガンダとして利用するために刃を向け脅そうとした国もあるにはあったが、決起した自国民によって内乱に晒され、決定した王族がギロチンにかけられる羽目になったりもした。

こういった経緯もあり、『教会はいかなる権力者層であっても不可侵』という暗黙の了解が大陸中のあらゆる層に広まった。



 もう一つは『商人ギルド』。

古来より世界中のあらゆる場所で商売をしている商人達の、その身の証を立て、後ろ盾として諸所の権力者にその地域での商売を認可・保障させる為創られた『商人の為の組織』である。


 大陸でも名だたる大商会である『マドリス商会』を主軸とし、『トネルコ・マーケット』『アルセウス商会』『カロッソ・ルマージュ』などの大陸有数の豪商を中心に組織されたこのギルドは、その規模の大きさや各国に与える影響力の強大さから、『決して敵に回してはならない』と各国の要人らに恐れられていた。

特にマドリス商会は戦時中『需要があれば国すらセールで売り払う』と噂されるほど冷淡で過激な商売至上主義で莫大な富を稼いでいた経緯もあり、その意向に対して表立って逆らう者はほとんどいなかった。



 この相反する二つの組織は、その性質の違いから決して仲が良い訳ではなかったが、敵対するには互いにとってあまり好ましくない事もあり、長い間、不可侵協定のようなものが結ばれていた。

互いの長がはっきりと明文化したわけではなく、あくまでそれらしい雰囲気になり互いに手を出せなくなっただけなのだが、互いにとって何より重要な『国とその民』が離れていくのを嫌っているのは同じ事であった。

両者の利害は、ひとまずは一致していたのである。



 だが、戦後の世界においてこれら二つの組織による平穏が形成されたかというとそうではなく、一つ、大きな問題が発生してしまっていた。

長く続いた戦乱の中、大陸の中でも特に巨大な国家へと成長した『バルゴア王国』で、突如商人ギルドの排斥を訴える運動が一部軍人や貴族間で発生。

王国の宰相や第一王子らも結託して国王に迫り、あわやギルドの排斥が決定される所であった。

教会組織という拮抗した不可侵の相手がいる現状、これはギルドにとって大変好ましくない案件であり、ギルドの方針に不満を抱く者、寡占かせんを嫌う者達を中心に運動が波状化する恐れもあった為、ギルド首脳部は急務の対応を迫られたのだ。


 幸いにして、この事件を直前のリークにより素早く察知する事のできたギルド首脳部は、運動の主要メンバーを篭絡ろうらく・闇討ち等で骨抜きにしていき、ギリギリのタイミングで事なきを得る。

ギルドによる経済効果におもねる国王により、事件は王国の革命を狙ったクーデターとして扱われ、関係者は一人を除き全員の死刑が確定。

その一名……主犯として捕らえられた近衛騎士も、他の全員が処刑された後に全ての名誉と人権を剥奪され「国王が最も残酷な処刑方法を思いつき次第実行する」という宙ぶらりんの状態のまま投獄された。


 こうしてバルゴア王国は表向き、ギルドの寡占が続いたまま平和になり、失望した時の人々の記憶から『改革』は忘れ去られ、あるいはなかった事にしたい『負の歴史』へと変質、埋もれていった。

だが、一部ではギルド、それとそこに寄りかかる国家に対しての反感や不信感は決して消えた訳ではなく、この一件によって憎しみへと変質し、闇へと潜み生き続ける事となる。





 きっかけは些細なものであった。

バルゴア国内で近年にわかに発展し始めてきたルコの町は、その販路を拡大させようとしていたマドリス商会の眼にめでたく適い、一大商業都市としての繁栄を約束されようとしていた。

しかし、この町の商人達はそれを嫌い、仲介という名目で介入しようとしていた商人ギルドにも反発。

周囲の村や町の商人を巻き込んで『反マドリス商会・反商人ギルド』の旗の下、結束を強めた。

市民もそれに賛同し、更に役所までもがギルドとの距離を置こうとする等、目に見える形でギルドとマドリス商会に対して反抗したのである。


 当然、こんな事は許されるはずもない。

マドリス商会は、即座にギルドの組織力を使って力づくで叩き潰そうとした。

商品の納入ルート全てをギルド傘下の商人達で独占し、町の物流を破壊しようとしたのだ。

これにより住民の生活が成り立たなくなれば、否応なしに従うに違いない、と、マドリスはタカをくくっていた。

この時代、物量を封じられればいかに大きな街といえど困窮こんきゅうせざるを得ず、それだけに大規模な物流網を持つ商人ギルドの実力行使は、絶対的な影響力を持っていたのだ。


 だが、このギルドの表立った行動は、他ならぬバルゴアの新国王によって阻止されてしまう。

元々淫欲の果てに他国の間者と交わり失脚した兄と違い、親ギルド派だったために王になったはずの彼が、何故この時期に明確にギルドに逆らったのかは定かではないが。

いずれにせよこれはギルドにとって痛手であり、反マドリス・反ギルドの気概を持つ者達にとっては貴重な時間を稼がせてしまう事となる。



「やはりバルゴアの者は信用ならんな。下らんことで噛み付きおって」


 刀剣や鎧、それに壷など。様々な古物が並ぶ書斎にて、憤慨する白髪頭の初老の紳士が一人。

ふっかりとした質の良い椅子に腰掛け、苛立たしげに机に手を置き指を弄りながら、正面に座る若い男を睨みつけていた。

マドリス=ヘルマン。マドリス商会会長にして商人ギルド主宰その人であった。


「……それで、例の『パトリック』とかいう小僧、どのように処分するつもりかね? アドルフ君」


 彼が苛立つのは、自分の思うままにならぬが故。

古くからある商会を自分の代で大陸で名だたる程の大商会へとのし上げたその経験に裏打ちされた自信が、わずかな反抗すら許せなかったのだ。


「一番有効なのは、『暗殺ギルド』を使う方法でしょうか。さほどの金も人手も掛からず、確実に片付けられます」


 アドルフと呼ばれた黒髪の優男は、口元に手をあて考えるようにしながらも即座に答えた。


「何より、こちらの手が汚れないのが素晴らしい。彼ら自身は仕事に関しては公平らしいですから、相手も選ばないでしょうし、ね」


 だが、その答えに対し、マドリスは退屈そうに目を背けてしまう。


「――気に入らんな。その『暗殺ギルド』とやらも、所詮はバルゴアの者達で集まった連中なのだろう。しかも、素性も不明な胡乱うろんな連中とあっては、信用ならん!」

「ですが会長。我々は既に何度も彼らを使っています。今更それはどうかと思うのですが?」

「バカを言え! 今まで使ったのは奴らが脅威かどうかの確認と、ただの暇つぶしに過ぎん。在野の商人など私から見れば雑魚に過ぎんのだからな!」

「……はい」


 上司の言う事に思うところあってか口元を隠すアドルフであったが、それ以上は何も言わず、相手の反応を待っていた。


「例の組織に連絡をとりたまえ。こうした時、やはり役に立つのは金か宗教だ。そのどちらかの為に命を捨てられる者こそ役に立つ」


 背もたれに寄りかかりながら、皺のある目元をぎり、と鋭く狭め、マドリスは指示を下す。


「よろしいのですか会長? 彼らに任せるとなると、場合によっては金銭を払うよりも高くつく可能性が――」

「構わんよ。奴らもここらで勢力を伸ばしたいだろう。教会に頭を押さえつけられてばかりいるつもりもなかろうからな!」


 不安げな表情のアドルフとは裏腹に、マドリスは強気であった。傲慢であった。


「――承知しました。ではそのように。早速連絡を取りに向かいます」

「そうしてくれ。頼んだぞアドルフ君。他の者では頼りにならん」


 部下の様子など気にもならないのか、マドリスはそれきり、椅子を回転させそっぽを向いてしまった。

アドルフも、それ以上は何かを聞く気も言う気も起きず、静かに部屋を後にする。





 夜のルコの町は、静けさに包まれていた。

黒のローブに身を包み、目元までフードで隠した男達が四人ばかり。

各々思い思いの得物えものを手に、目的地へと急ぐ。


「――っ、止まれ!」


 先頭を走る男が手を横に、後ろの三人を制止させる。

何者かが居ると感じたのだ。ぴり、とした空気を肌で感じ、四人の眼が殺気に満ちてゆく。


 そんな彼らの前に、影が二つ、前に立った。

一人は背の低い老爺。顔もしわと右目から顎にまで届く傷で醜く、眼がぎょろりとした男だった。

もう一人は痩躯そうくの優男。油断なく四人の姿を見据え、右手のダガーを逆手に絞っていた。

「クロウ。俺は後ろの雑魚三人をやる。腕利きのお前さんは先頭の奴だ。いけるな?」

「分かってるさ、フライ。問題ない」

老爺の問いに、クロウはにやりと口元を歪めていた。



「お前ら、何者だ」


 先頭に立つ男が問うも、クロウもフライも笑うばかりである。

それでも先頭の男は気勢を削がれるでもなく殺気を抑えていたようだが、その後ろに立つ三人は苛立ちを露にし、今にも飛びかからんという様子であった。


――なるほど、確かにこの三人は雑魚らしい。


 隣の老暗殺者の、その瞬時の見立ての正確さに、クロウは口元をにやけさせていた。


「敵対するつもりなら――」


 黙っているクロウ達に焦れてか、三人のうちの一人が、手斧を手に前に出ようとした。


「まあ、待て」


 だが、先頭の男がそれを制する。

やはりこの男がリーダーらしく、焦れた男も歯を噛みながらもまた、後ろへと下がった。


「お前たち、例の『暗殺ギルド』とかいう奴らだろう? 我が教団も、お前らに手を出してこの間痛い目にあったばかりだ」


 そうして両手を広げ、まるで降参でもするかのように笑いかけながら、一人、前へと歩いてくるのだ。

見ただけならば友好を示そうとしているようにすら見え、それだけに二人は注視する。


「この上は、できればお前たちとは事を荒立てたくは無い。お前たちの縄張りで暴れる非礼は詫びるさ。だが、ここは俺達に『仕事』をさせてくれないか?」

「……」

「……」


 交渉のつもりか、いや、そんなはずはないだろう、と。

クロウもフライも油断せず、そして、近づかれた分だけ後じさる。


「まあ、そのままでは信用もできんか。仕方ないな、ならば……これでどうだ!」


 だが、ここで何を思ったか、男は自身のローブを脱ぎ捨て、その姿を晒した。


 銀髪碧眼の壮年。

彫りの深い顔立ちだが、なるほど、この国の人間ではない事はその容姿からもはっきりとうかがえた。


「ここでの仕事が終われば我々はすぐ本国に帰るつもりだ。この国での拠点が潰されたのでフライツペルからわざわざ来ている。これが終われば、そうそうここに来る事もないだろうさ」


 どうだ? と、首をかしげ問うてくる、が。


「――ふんっ」


 同時に、銀髪の後ろに立っていたはずの男達が消えていたことにも気づき、二人は一息でその場から飛び退いた。


「ちぃっ、勘の良い奴ら!」


直後、表情を崩し悪態をつく銀髪。

そして、二人のいた場所にはクロスボウの矢とナイフが突き刺さっていた。


「雑魚の相手は任せたぞっ」

おうよっ」


 相手の意図を察し、ダガー片手に銀髪の前に立つクロウ。

フライはこの場から去った他の男達を叩く為、闇へと消えた。


「一人でもたどり着けば俺達の勝ちだ」

「一人もたどり着かせなければ私達の勝ちさ」


 相対し、互いに見据えながら。

だが、クロウが短剣片手に構えるのに対し、銀髪はクロウとしても見慣れぬ、手の平大の銀色のリングを指に挟むのみである。

これが異様に感じ、どう武器として使うつもりなのかも解らないため、中々距離を詰められずにいた。


「どうした『腕利き』。俺の相手をするのだろう? こないのか?」


 挑発的に口元をひくつかせながら、男は一歩、また一歩、後ろへと下がっていく。


「ならありがたい――こちらから行かせてもらおうっ!」


 そしてそれが一定の距離になって、男はリングを人差し指に、くるくると回しながら腕を大きく振りかぶる。


「――くははっ、この軌道に驚け! お前はもうチャクラムの餌食だ!!」


 指の動きに合わせ腕を振るい――銀髪の指からリングが離れてゆく。

すわ、投擲とうてきか、と、判断したクロウは、正面から飛び、男の直線状からずれた位置でこれを回避せんと試みる。

無論、前進しながらだ。

ダガーを前に駆け寄り、これを一息に回避――しようとしたその時であった。


「――むおっ!?」


 ぶわ、と、音を立ててブレるや、銀のリングが軌道を変えたのだ。

辛うじてかわせたが、まるでクロウの動きを読んでいたかのように回避先に喰いついて来たその動きに、クロウはつい、足を止めてしまう。

そうして、ハッとして見れば銀髪はまた距離を離し、懐から取り出したリングを三つ、回転させ始めていた。


「よくぞかわした! だが、これはどうかな!」


 その表情、愉しげであった。

獲物を見る眼であった。獲物を狩る時の狩猟者の眼であった。

だが。クロウも歯を食いしばり、駆けた。

次に放たれるは三連撃。

器用に指先で回転させながら、次々にリングを放ってゆく銀髪。


(読みにくいな……当たれっ)


 クロウは手元のダガーを投げつけて一つ目を弾き落とす。

二つ目を大きく跳んで回避すると、捻じ曲がる軌道に難儀しながらも肉薄してきた三つ目のリングに指の間の鉄杭を直接ぶつけてなんとか叩き落した。


「くっ――こいつっ」


 銀髪の顔から余裕が消え、頬に汗が伝う。


「――その顔が見たかった!」


 今度は、クロウがわらう番であった。攻守の逆転。

銀髪は懐からリングを取り出し応戦するも、形状的にも腰の入ったダガーの一撃を相殺するには無理があった。

一薙ぎで歪んでしまう。さほど硬くはないのだ。


「やるじゃねぇかっ!!」


 歯を噛みながら、銀髪は歪んだリングを指で挟み投げつけ、クロウがそちらに気を取られている間に次の武器を取り出そうと腰に手を伸ばす。

次の武器はスティレットだ。リングもそうだが、こちらにも強力な毒が塗りこまれている。

腕前を拝見するつもりで横着をしたが、近接戦闘でも余裕で戦ってやるとばかりに、銀髪は一歩下がる。


――だが、クロウはリングをダガーで弾きながら、一気に距離を詰めてきたのだ。


「なっ――おまっ」


 まさかの突進。度肝を抜かれ、気がつけば首元にはダガーの刃がかすっていた。


「あっ――あが――けふっ」


 そして、そのまま横をすり抜けたクロウ。

遅れて、銀髪の首から赤が噴水のように漏れ出し、噴き散る。

苦しげに首を押さえ、何事か叫ぼうとしていた銀髪に振り向き、一瞬だけ眼を閉じ、一言。


「異国の暗殺者にも慈悲を。せめて、次は良い明日を、な」


 ダガーを振り下ろし、止めを刺した。





「終わったようだな」

「ああ」


 フライが戻ってきたのはそれからほどなく。

というより、タイミング的にもクロウが終わるのを端から見ていたらしかった。

さすがと言うべきか、三人いた男達を相手に無傷、返り血すら浴びずに片付けて・・・・の帰還であった。


「さすがの『腕利き殺し』だ。『クロウ』を名乗る以上はそうじゃなきゃな」


 ぽん、と、クロウの肩を軽く叩きながら、フライは倒れた死体を見やり、笑っていた。


「そういうあんたこそ、大した仕事をしたようじゃないか」


 三人を相手に余裕の勝利を飾ったであろうこの老爺に、クロウも同じように笑いかける。


「よせやい、あんな程度の数合わせなんざ、いくら殺しても殺した内に入りゃしねぇさ」


 クロウの言葉にはにやりと笑って返し、フライは軽く手をあげる。


「まあ、次に会う機会があるかは解らねぇが。『仕立て屋フィアー』のとこの職人と組めた事は覚えとくぜ。絶対に敵に回しちゃなんねえって事もな」


 ぎょろりとした眼を細めながら背を向け、そのまま歩き出した。


「あばよ、クロウ。良い『組仕事』だったぜ」

「……ああ」


 その小さな背を見やりながら、クロウもまた、背を向け歩き出す。





 今回の仕事は、以前この町での依頼でクロウが関わったあの・・パトリックの護衛。

襲い来るであろう他勢力の暗殺者を迎撃し、秘密裏の内にパトリックを守り抜くというもの。

これは、ギルドとしても異例な事ながらマスター直々の指示だった事もあり、幹部『フィアー』参加のクロウと『神父』傘下のフライが協力しての組仕事くみしごととなった。

元々仕立て屋本人のスカウト能力が低く人手不足が深刻化していた神父傘下であったが、今回は流石に他者の手を借りる訳にもいかず、『腕利き』を前に出してきた訳だが。


 町の中心にある教会の聖堂にて。

月の光のみがステンドグラスを通して美しく輝き、その下に二つの影を映していた。


「どうだった? フライ。新しい方の『クロウ』の腕前は?」


 対峙していたうちの片方、黒衣の司祭服を身にまとった青年『神父』が、フライへと問いかける。


「どうもこうもありゃしねぇよ」


 聖堂によく響くその高い声に、フライは手を広げながら苦笑い。


「あいつぁ『死人しびと』だ。既にこの世に生きちゃいねぇよ」

「死人?」


 ふざけた様子もなく語るフライに、神父は不思議そうに問う。


「戦い方を見てりゃ解る。一応は敵の攻撃をかわそうとはする。だが、あいつの本領は『被害をかえりみねえ突撃』だな。同業でああいうタイプはそうはいねぇから、大抵の奴はビビっちまう。俺だって、知らずに敵として相対したら焦っちまったかもしれねぇ」


 歪めていた口元を戻し、生真面目な表情で女神像を見つめる。


「恐らくは騎士か、少なくとも軍人上がりなんだろうな。慣れてはいたって、俺らの稼業かぎょうで後先を考えない戦い方は寿命を縮めちまうだけだ。生きたい奴は、そもそもそんな戦い方はしねぇ」


 早死にするだけだからな、と、フライはここまで話し、神父の反応をうかがっていた。


「――なるほどねぇ」


 わずかの間沈黙が支配していたが、やがて、考えるように、絞るような声が響き。


「そうなると、やはりフィアーの見立ては正しかったって事かな? あのお嬢様・・・そういう奴・・・・・を求めていた」

「これ以上ない人材だろうなあ。『クロウ』ってのはそうじゃなきゃいけねぇ。最初っから死を受け入れきってなきゃ、な」


 小さく頷きながら、フライは神父の言葉を肯定していた。


 本人は知らぬことながら、暗殺ギルド内にて、『クロウ』の名を冠する者には必ずその役目が求められていた。

それは、今回のようにプロの殺し屋相手の『腕利き殺し』の仕事。

時として裏切った元同胞を粛正する必要すら求められる『クロウ』には、それ相応の状況判断と、命すら捨てられる覚悟が必要とされていた。

暗殺ギルドに腕利きこそ多かれどそれを満たせる者はそう多くはなく、そして、フライの見立てではあの『クロウ』は適格であった。


「よくわかったよ。ありがとうフライ。流石は元『クロウの相棒』だっただけはある」

「よしてくんな。俺ももう歳だ。俺みたいな年寄りにいつまでも仕事をさせるようじゃ、あんたの立場も怪しくなっちまうぞ」

「はははっ、実はそろそろ潮時かなって思い始めてる。どうも情勢がよくないからね。今回を最後に、廃業もいいかなって」


 けたけたと響く不快な笑い声に、呆れたように首を振りながら、フライは女神像をこつん、と殴りつける。


「うるせぇよこのボンクラ神父が。さっさと報酬よこしやがれ。俺ぁ久しぶりの仕事で腰が痛ぇんだ!」


 痛む腰を左手でさすりながら、右手で女神像の尻を撫で回し、声を張り上げていた。




 こうしてパトリックを狙った企みは、とりあえずは頓挫・・し、これを機に反マドリス・反商人ギルドの流れは王国内において更に拡大していく事となる。

事は既にパトリック一人をどうこうすれば済む段階を超えてしまい、以降、パトリックを狙う動きも消え去っていった。

世界が、変わろうとしていたのだ。


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