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#4.昼の蝶は夜には舞えず

 そこは、夜の色街であった。

飾り窓からの視線に一度顔を向ければ、それは花の罠。

美しい娼婦達の妖艶な微笑みに釣られ、一人、また一人、男達が開かれた窓の中へと入っていく。

ふしだらな女の絵が描かれた看板は娼婦宿。一晩の温もり欲しさに客足は絶えない。

彼らはいずれも、サッカバスの夜技に夢中になる為、自ずからこうして釣られに来たのだ。

夜の娼婦はチャームを使える。彼女たちに勝てる男はそうはいない。

金持ちも権力者も、皆そうやって虜にしていく。

そうして、蠱惑こわく的な夜が更けていくのだ。



「はぁっ……レミィさん、素敵だった――」


 寝屋での事。事を済ませ、クタクタになってベッドに寝そべる青年が一人。

傍らの椅子には、やや年増がかった女が、気だるそうにブランデーをあおっていた。


「坊や、もうこんなところにこないほうが良いわ。若いうちからこんなところにきたら、駄目になるわよ」


 一口含んだそれを飲み込み、レミィと呼ばれた年増女は青年に言葉を向ける。

だが、寝そべっている彼はそんなレミィの言葉を聞き流すように眼を閉じてしまう。


「だってレミィさん、僕は、貴方で初めて女性の素晴らしさを知ったんだ。あの夜、あの時、レミィ

さんのチャームにかけられてしまった。僕は、もう貴方から離れられそうにない――」


 疲れてしまったのか、青年はそのまま、やがて静かに寝息を立て始めた。


「……もう、しょうがないわね」


 すやすやと眠り落ちる青年に、ほう、と呆れたようにため息をつきながら。

しかし、娼婦はそう悪くない顔で、青年の隣に入り込んでいった。

まだ幼さの残る顔立ち。

弄ぶつもりもなかったが、出会いはただなんとなく目に入っただけ、目が合っただけだったのだ。

だが、それだけで彼はレミィに惹かれ……驚くことに、この娼婦宿にまで入ってきた。


 その夜こそ客として、一晩限りの恋人となり相手をしたレミィであったが、青年はその後も二度、三度と足繁く通うようになり、気がつけばこの宿におけるレミィの常連客となっていた。

こんな若い青年が何故そんな金を持っているのかという疑問もあったのだが、自分に懐き、可愛げも見せるこの青年を、レミィは拒絶する事が出来ないでいた。

宿の女将も金払いの良いこの青年を気に入っており、レミィには「絶対に手放すんじゃないよ」ときつめに言ってきたほどである。

だが、レミィには歳の離れた弟とも思えるようなこの青年を、どうしても金づるとしては考えられなかったのだ。


 青年は何も話してくれない。

ただ彼女の元を訪れ、そして、ひたすらに甘え、姉のような恋人として夜を過ごすことを求めてくる。

レミィには、自分の何がそんなに気に入られたのかも解からない。

特別美人でもなかった。売れ残るほどではないながらもあまり人気とは言えず、歳若い娘達にはどうしても遅れを取ってしまう。

娼婦としても、そろそろ引退を考えても良い頃合であった。




「ねえ坊や、なんで貴方は、そんなに私を気に入ってくれているの? 初めての相手だったから?」


 ある日、レミィはいつものように夢見心地で横たわる彼に、日ごろの疑問をぶつけてみた。

夢間の事である。柔らかな感触にうっとりとしながら、青年は夢物語のように呟く。


「似ているんです。レミィさんは」

「似ている?」

「ええ、昔、僕の屋敷で働いていたメイドに」


 やはり、お金持ちの子息か何かだったか、と、レミィは確信を持った。

そうでもなければ、後は何か犯罪にでも手を染めなければ、こうは遊べないはず。

彼女の少ない社会経験からでは、そうとしか考えられなかったのだ。


「僕の家は、昔からたくさんのメイドを雇っていました。貴方に似たそのメイドは、僕の、初めての友達だった」

「じゃあ坊やは、初めての友達と『こう』したいと思っていたの?」

「違うんです。彼女は、母の……母の、玩具でした」


 幸せそうに抱きついていた彼が、しかし、その時にはやけに冷めた口調で、静かに語っていた。


「おもちゃ……?」

「ええ。母は厳格な人でしたが、その実とても不安定な方で……よく、メイドに八つ当たりしていたのです。彼女も例外ではなく……彼女の初めての相手は、母でした」

「それはまた……ひどい話だわ」

「ええ。本当に」


 ふう、と、息をつきながら、青年はレミィの耳元に唇をつける。


「日ごろから母に虐められていた彼女は、ある日、耐え切れなくなっておかしくなってしまった。半狂乱で暴れまわって、僕の母と父を殺して――逃げてしまったんです」

「……私は違うわよ?」


 背筋に寒いものを感じたレミィ。はっと起き上がり青年を見つめるが、彼は笑っていた。


「解っていますよ。似ているだけで、彼女と貴方が違う事は、解っています」


 大丈夫ですから、と、安心させるようににっこりと微笑むのだ。


「本当は、僕は両親の仇を討たなくてはいけないんです。その為に方々を旅していました。この街へも、その為に来たのです。彼女が、この街に居るって聞いたから」

「仇討ち……もしかして、坊やは――」


 少女の頃から娼婦の道を歩み、世間に疎い彼女にも、それは解っていた。

貴族には、そのような風習があるのだという事を。


「ごめんなさい。ずっと迷っていたんです。そういう・・・・事になっていたのだと他のメイド達から聞かされ、彼女には申し訳なく思っていた。自分の母が、友達をそんな風に傷つけていただなんて――自分で自分が許せなかった」

「私には今の貴族様の暮らしのことなんて解からないけど……坊やは何も悪くなかったんじゃないかい?」

「悔しいのです。気付けなかった事が。彼女にとって、僕は何の助けにもなれなかったのだと、友達だったのに、頼られることすらできなかったんだと思い知らされたのが」


 いつの間にか行為は止まり、二人、抱き合いながら語り合っていた。


「なのに、僕は彼女をこの手に掛けないといけない……貴族としての義務が、僕には残されているのです」


 複雑な気持ちだったのだろう。大切な初めての友達。

そして、母のせいで壊れてしまった彼女に、彼はどう思ったのか。

レミィは、何も語らずに彼の首元に手を回し、強く胸へと抱きしめた。

青年もそんな時ばかりは子供のような顔になり、柔らかな胸に頬に押し付ける。


「この部屋の窓から貴方を見た時……一瞬、彼女なのだと見間違えました。彼女なのだと。だけれど、よくよく見れば違っていた。でも、それでも――その時は甘えられる相手が欲しかったんです」


 父も母も殺されたのだ。友達がその犯人だったのだ。彼はそれを追わなければならない。

若くして。歳若くして、自分に残された最後の縁を、自分で絶たなくてはならない。

辛かったのだろう。苦しんだのだろう、と、レミィは胸からこみ上げる感情にまぶたを震わせる。


「ごめんなさい。僕のような子供が来て良いような場所じゃないのは知っていました。レミィさんに、嫌な思いをさせたくて来ていた訳じゃないんです。ただ、ただ……レミィさんを見たその時から、強く生きようと思っていた心が……途端に、わからなくなってしまって」

「強がらなくて良いんだよ。そう。坊やは辛かったんだね。私に甘えたかったんだ」


 耳元で優しく囁いてくれるレミィに、彼は小さく頷いてみせる。


「いいんだよそれで。今は甘えていいわ。友達を殺すのは、坊やには辛すぎるでしょう」

「はい……怖いんです。人を、殺したことなんてないのに。刃物だって、持ったことはなかったのに。僕は、彼女を殺せない――」


 一昔前なら、貴族の子息ともなれば幼い頃から馬や剣の扱いを嗜んでいなければ笑いものである。

戦ともなれば自ら矢面に立ち、下々の兵らにその貴さ、権威を手本として見せ付けねばならない。

だが、今は平和の時代。

戦は終わり、人々は安寧の中暮らしている。貴族とて例外ではない。

彼は、新しい時代の貴族なのだ。



「坊や。私に任せてみるかい?」


 青年が落ち着いてきた頃、レミィはそっと、耳元で囁いた。


「まかせる……? どういう事ですか?」

「坊やの仇討ち。坊やが人を殺せないって言うなら、他人にやってもらえばいいわ。私の知り合いに、そういうのがいる。本当は教えられないはずだけど、坊やは……いいわ。坊やがその気なら、教えてあげる」


 それは、闇への誘いだった。表からは決して見る事のできない、夜の蝶の羽の裏。


「その代わり、坊やは知ったら、決してそれを他言してはいけない。そして、私達の仲間だ。どうする? 選びなさい」

「……仲間って言うのは、レミィさんと一緒にいられるって事ですか?」

「いてあげるわ。私もそろそろ娼婦は引退の頃合だと思ってた。坊やがよければ、ずっとだって一緒にいてあげる。だけど、私と一緒にいるなら、坊やは覚悟しないといけない。決して、幸せに死ねると思わないこと。きっと、お墓には入れないわ」


 それでもよければ、と、レミィは微笑む。

その顔は、彼にとっては優しかった姉のような娼婦の顔ではなく。

淫靡に獲物を誘う、サッカバスのそれであった。


「……」


 ごくり、と、喉を鳴らす音。自然、身体に力が入ってしまう。


「教えてください、レミィさん」


 彼は選んだのだ。闇へと堕ちる事を。





 同じ色街の一角に、豪奢な館がある。

かつては豪商の別荘だったそれは、ある王族によって買い取られ、国営の娼館として改築された。

女遊びが好きなその王族は、自分の妾として弄んで飽きた女をここに放り込み、客を取らせ、嗜好の贄とした。

やがてその王族は女遊びが祟り失脚。

今ではただの娼館の主として、この館に君臨しているらしい。

この街が色に染まった、そのほんの最初のエピソードである。


 そんな館でも、深夜ともなれば人影は少なくなる。

娼館に襲撃を仕掛ける輩などそうはいないはずで、貴族や商人の館のように警備の兵が立っている訳でもなかった。

中庭などは特に静かで、手入れされているのか、虫の音すらない。

ふらり、客の一人が気まぐれに館の中をうろついていた。うわついた顔の中年男。

こんな事は珍しくもなく、ゆったりのったり、幸せそうな、夢見心地の様子であった。

ふらふらと廊下の角を曲がり、中庭へ。

ふと何を思ったか、用を足そうと木の下に向かうも、転んでしまい草陰に入り込んでしまい――そうして、出てきた時には別人となっていた。


「全く……まさか私に向けて用を足そうとするとは」

こんな事もあるのか、と苦笑しながら、男――クロウは着衣を整える。

草陰には二つの影。男と女。

女は彼自身が客として買った娼婦。『行為の一環』として目を隠してある。

男の方は、草陰で立小便などしようとしていた不埒者である。

どちらも気を失わせ縛りつけ、転がしてあった。

(そろそろ頃合か)

深々と更ける娼館の夜。

クライアントの要望もあり、できるだけ急いで欲しいとの事でこうして手っ取り早く客として入った訳だが、彼の目論見通り、夜も遅くなると館は静まり返り、蝋燭の火も落ちて闇に満たされていた。

こうなるともはや、この中庭のように、月明かりのある外の方が明るいほどである。

窓からの月明かりを当てに、音を立てず、静かに館を歩き出した。


 ところどころでは、やはり娼館らしく、男女のまぐわう音が聞こえることもあった。

そこは気にせず進むクロウであったが、一際豪奢なしつらえしつらえのされてあるドアを見つけるや、息を殺し壁に身を隠し、様子を窺った。



「どうかねパステル。私は君を誰より幸せにしてあげられるよ。私のモノになりなさい」

「ふふっ、あはっ――あははっ、幸せって何ですか? 私は、私はダレ?」


 ドアの向こうからは、くぐもった年寄りじみた男の声と、それとは対照的な澄んだ若い娘の声が聞こえた。


「君はパステル。私のもっとも愛しい娘だよ」

「愛しい……? 私は愛しくないわ。私は、汚い子。汚れてしまったの。愛しくなんてない。誰にとってだって、私は愛しくなんてないっ」


 なだめるような、慈しむ様な男の声。

しかし、娘は取り乱したようにまくしたてる。


「そんなことは無いよ。君は美しい。誰より美しい心を持っているじゃないか。私は君が愛しい。大切なんだ、君が」

「知らないわっ、私は怖いっ、美しくなんてないっ!! 私は、汚くて、おかしくて――ああっ!!」


 叫ぶような娘の声と共に、ドアが乱暴に開け放たれる。

そのまま目元を手で覆い隠しながら飛び出してきた赤髪の娘。

そうして、奥には巻き毛の、少しずれたカツラをつけた中年と思しき男が、悲しそうな顔で立ち尽くしていた。


「パステル……どうしたら、私は君の心を癒せるんだ――」


 辛そうに呟く。そして大仰に手を振り回しながら、今度は声を大にして叫ぶ。


「馬車で君を見かけてから、私はどの娘にも感じなかった衝撃を受けた!! こんなにも胸がトキめいたのは初めてなんだ!! なのに君は――君は心を閉ざしてしまっていた。どうしたらいいんだ。どうしたらっ!?」


 後にはひたすら、パステルという娘を想っての独白が続いていた。

区切りもなさそうに感じ、馬鹿らしく感じてもいたクロウは、走り去った娘の後を追うことにした。

元々、この男には用もないのだ。




「貴方は誰……?」


 そうして、クロウは彼女を追い詰めた。

いや、正確には、勝手に追い詰められていた。

目標・パステルは、自分から屋上、その縁へと立ち、クロウを迎えていたのだ。


「君に名乗る名はない」

「名無しさん?」

「好きに取るが良い」


 さきほどの男とのやりとりを聞くに、どうにも正気から逸脱しているらしいこの娘。

その目もどこか歪んでおり、明らかに不審者であるクロウを前に、しかし狂気を感じさせるような微笑を湛えていた。


「名無しさん。貴方は私をどうするの? 犯すのかしら? 娼館だものね。犯す? 縛り付けて陵辱する? 鞭で打つ?」

「生憎と、女には困っていない」


 本当に残念ながら、彼はこの女にはピクリともこなかった。

見た目こそ娼婦のそれ・・とは異なる華やかな衣服を身に纏ってはいるが。

その美しい顔立ちからは、狂気しか感じられなかったのだ。


「では、貴方もあの方と同じで、愛とやらを語ろうとしているのかしら? 私、そんなに綺麗じゃないわ。汚い子なのに」

「残念ながら、君とは初対面だ。愛とやらを語るには、時間が足りないな」

「そうよね」


 ふふ、と、楽しげに。

まるで友達とおしゃべりでもしているかのように、パステルは笑うのだ。

こんな相手は、クロウとしても初めてだった。

だが、「このままでは埒が明かないな」と考え、その色の無い瞳を見つめながらに口を開く。


「――殺しに来たんだ。君を殺して欲しいと、依頼を受けた」


 いつもとは違う、銀装飾のナイフを見せながらに、クロウははっきりとそう、伝えていた。

こんな事を殺す相手に語るのは、本来は特別に指示でもされてなければ許されないことなのだが。

クロウは、敢えてそれを語っていた。

否、主導権は向こうにあったのだ。相手はその気になればすぐ飛び降りられる。

何せいかれた娘だ、機嫌を損ねて地面へダイブされれば、『貴族的に彼女を殺す』という条件が果たせなくなってしまう。


 貴族的に殺す。つまり、正面から堂々と刃物で刺し、あるいは斬り付けて殺さなくてはならない。

ソレがそうなのだと誰が見ても解るようにしなくてはいけないのだ。

それ以外の死は全て失敗だ。だから、クロウは実は、ものすごくピンチであった。

なんとか上手く説得し、飛び降りられないようにしなくてはならない。

その為なら、多少のルール違反もやむなしであった。


「殺しに……?」


 きょとんとした様子で聞き返すパステルに、クロウは静かに頷いてみせる。


「そうなの。それはとても素敵ね」


 そうして、またにこりと笑って見せた。


「そう。貴方は私を殺したかったのね。だから、追いかけてきたんだわ」

「そうだ。私は君を殺したい。そのためだけに、こんなところにいる」


 何が楽しいのかはクロウには全く解からない。

くすくすと可愛らしく笑う彼女だが、やはり気がふれているのか、その瞳には色を感じなかった。


「いいわ。殺されてあげる」


 そうして、彼女はとん、と、一歩、クロウの前に出る。


「……ああ」


 クロウ的に、なんとも拍子抜けしてしまう瞬間であった。

別に殺すことに快楽を感じている訳でもないが、自分から殺されに来る目標など、聞いたこともなかった。

何かの間違いなんじゃないかと思ってしまったほどで、しかし、そんなはずはないと首をぶんぶんと振り、思いなおす。


「よき次の明日をな」


 そうして、気を取り直して役目を果たす。

短剣の刃を上に、自分の顔の前にかざし、一秒。

祈りを捧げた後――正面からパステルの胸に突き刺した。


「私には、次の明日なんてないわ」


 慈悲の声を聞いて尚、パステルは笑っていた。泣いていた。


「私はあの日から、奥様に弄ばれたあの時から、もう坊ちゃまの前で笑えなくなっていたの。私は、人の道から外れてしまった。こんな私に、次の明日がある訳がないわ――あっては……いけない」


 娘の身体がぐら、と揺れる。

そのまま崩れ落ち……動かなくなった。


「……そんなことはないさ」


 微動だにしなくなったパステルを前に、目を伏せながら呟き。

一房、パステルの髪を証拠にと切り取り、その場を後にした。



 街外れにある聖堂で、女神に祈りを捧げる女が二人。

どちらともなく祈りを終え、他に誰もいない祈りの場は、彼女たちの語らいの場となっていた。


「久しぶりねルクレツィア。貴方がこちらに顔を出すなんて思いもしませんでした」


 最初に声を発したのは若い娘であった。


「もう娼婦っていう歳でもないからね。それに、都合よく旦那も見つかった」


 やや年増に入りかけた、さっぱりとした顔立ちの女がそれを受ける。


「あのクライアントの彼かしら? かわいそうに、こんな年増に捕まるなんて」


 同情するわぁ、と、若い娘は皮肉げに笑う。


「馬鹿言わないの。あの坊やの方から私に言い寄ってきたんだよ」


 そして、ルクレツィアはそれを大人の余裕を見せながら返した。


「あらやだ。あんな可愛い顔をして年増好きだったのね。どうりで」

「どうりで、あんたの色香に惑わされなかったって? フィアー」

「やめてください。私は若過ぎる男には興味ないの。最低でも私より一回りは上じゃないと」


 寒々しそうに胸を抱きかかえながら、「子供は射程外ですよ」と、真面目な顔で返す。


「変わってないようで何よりだわ」


 しみじみと、嬉しそうにフィアーの顔を見ながら。話題は変わっていく。


「当たり前よ。私は変わらない。ギルドも変わらないわ」

「腕の良い新人が入ってきたのは聞いてたわ。貴方の担当なんだって?」

「ええ、そうよ。今回の仕事も彼にやってもらったわ」

「いい男?」

「人並よ。でもテクは最上級」

「夜のほうは?」

「……ほんとに、下品な人ですね」


 これだから元娼婦は、と、フィアーは露骨に嫌そうに視線を逸らす。


「ほんと、変わってない」


 そんな彼女に、ルクレツィアはにやにやと笑うのだ。




「さて、そろそろ失礼するわ。これから彼に内訳を話しに行かないといけないから」

「あら、そうだったの。楽しいデートになるといいわね?」

「ええ、本当にそう。願ってやまないわ」


 一々皮肉に返すのも疲れたのか、フィアーは立ち上がると、手をひらひらと振り、背を向けて歩き出す。


「あ、一つだけ言い忘れてたわ」

「なあに?」


 思い出したように振り返るフィアー。

立ち上がり、不思議そうに首をかしげるルクレツィア。

顔は似ていないが、目元はよく似ていた。


「あんな歳若い人をこっちの世界に引きずり込むなんて、どれだけ鬼畜なのよ、この人間の屑!! おかげで私がどれだけマスターから怒られたか――」

「あははっ、やっぱ怒られた? ごめんねぇ。ごめんなさいねーフィアー。お姉ちゃんの幸せのために我慢して頂戴、ね?」

「滅びてしまえこの色情魔。好きで娼婦やってた癖に今更幸せなんて考えるなっ」

「仕方ないじゃない。好きな男ができたんだから。ずっと傍にいてやりたい男だよ」

「……ならよし。幸せに地獄に落ちなさい。二人して」

「ありがと。可愛い妹分を持ってお姉ちゃん幸せ♪」

「――滅びろっ、この淫魔っ!! サッカバス!! 放蕩女っ」


 悔しげに歯を噛みながら。

普段の物静かな彼女とは裏腹にとても感情的になりながら。

フィアーは、ズカズカと歩き聖堂の扉を蹴り開け、そして――


「さてと、早くお兄さんのところにいかないとっ」

――恋する乙女の顔になって爛々と走り去っていった。


「いやあ、あの娘のアレはちょっと真似できないわあ」


 姉は歳の離れた妹分のそんな様子に苦笑しながら、のんびりと立ち去った。

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