(・・・父の行方が分からなくなり・・・一体、何日過ぎたことか・・・)
「自分」は、神殿の奥の部屋で、ひとり悩んでいた。
父は、この神殿の大司祭だった・・・
皆の信頼も厚く、優しくも厳格な父は、古くからのしきたりである、集落から離れた「聖域」に向かったきり、消息を絶っていたのだ。
「自分」は、父に代わり神殿を守るため、聖域守護の役から外れ、様々な対応を行っていた。
聖職者である父は、新しい群れの指導者と、事あるごとに対立していた。
なぜなら、新しい指導者は、若い者を先導し、危険な内陸部への侵攻をそそのかした。
((我々は、虐(しいた)げられているのだ!))
そう、反対する者には容赦なく力で、従わせていた。
遥かな昔から続いていた、我らの創造神を信じ、いつか再来される時を、この場所を守る、という聖なる教え、ナワバリ不可侵を、蔑ろにする考えを広めていたのだ。
ここ数日、奴の行動は、父が不在なことをいいことに更に助長されていった。
ついには、自らを「神」と名乗るまでになったという・・・
(なんという不遜なことか・・・このままでは、この神殿にも・・・)
古くから伝承された神を信じる敬虔な信者たちが、信念をかけ、長年をかけて建造し、守り抜いてきた神聖な神殿なのだ。
・・・守り抜かねばならない。
(・・・それに・・・)
自分には下に弟がふたりと、年の離れた、かわいい妹がひとりいる。
自分の母は、妹を産んで直ぐに死んでしまった。
妹は、母の愛情を知らずに育ったのだ。
(せめて、家族だけは絶対に守り抜かねば・・・特に妹は・・・)
自分を含め、弟たちは妹を可愛がったが、やはり母のいない寂しさは拭えず、物心ついた時には家に引きこもる日々を送るようになってしまっていた。
内向的な性格になってしまったのだ。
しかし、私の親友の妹さんには最近、心を開き始めているようだった。
よく気が付く娘さんで、とても優しくしてくれて、おかげで妹も笑顔を見せてくれるようになった。
(嫁にするなら、ああいう気が利く娘さんで・・・いや、今はそれどころでは・・・)
コンコンコンコン!!!
だが、その想像は、激しいノックの音に遮られてしまった。
(うん?、誰か来たようだ・・・)
(大変です!!!)
そのドアが、けたたましい音を立てて開かれ、必死の形相の信者が入ってきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・もう夕暮れ時で、辺りには夜の帳が降りようとしていた・・・
神殿の前には多くの人が集まっていた。
ピリピリとした緊張感が漂っている。
敬虔な信者たちは、神殿の入り口の前で列を組み、入ろうとする一団を止めようとしていた。
その一団は、武装していた。
その神聖な場所が、土足で踏み荒らされそうとしているのだ。
(神聖な神殿に武器を持ちこむとは何事か!?)
など荒々しい言い合いが続いているが、今にも武力をもって神殿に押し入ろうか、という雰囲気だった。
「ふぇ~」
(にいちゃん・・・)
弟たちの声が聞こえた。
騒動で心配になって見に来てしまったのだろう、自分の弟ふたりと、その影に隠れるように小さな妹の姿が見えた。
(危険な状況だ・・・これでは、妹も・・・いや、神を拠(よ)り所とする信者たち、この神殿さえも・・・)
私が出てくるのを待っていたのだろう、武装した一団が左右に分かれて、リーダーと思われる1匹の大柄な10本足の海の民が、大仰に私の前にやってきた。
・・・新しい指導者の「ファー・スター」だ。
「にゃりぬるん?」
(おや、大司祭様は、どうされましたかな?最近、お姿をお見掛けしませんでしたが、お戻りになられましたかな?)
ファー・スターは、父の不在を知りながらも、わざとらしく聞いてくる。
「にゅりいるん!」
(父は、すぐに戻られる・・・何の用だ!)
睨(にら)みつけて言い返す。
「ぬるりなるん!」
(果たして、そうですかな?・・・残念ながら大司祭殿は、もう戻られることは無い・・・永遠に・・・これがその証拠だ!」)
そう言って、指導者は、後ろに控えていた弓を背負った、同じく10本足の若者から何かが包まれた布を受け取る。
・・・若者は、ここ最近、家族とども姿を見せなかった、私の親友だった。
・・・顔を伏せ、表情は読めない。
親友は、指導者に物を渡すと、少し一団から離れた場所に移動した。
(最近、姿を見なかったのは、奴の元で働いていたためか!?見損なったぞ・・・)
そう思うのも一瞬で、指導者が布から出してきた物を見て、私や、私の家族を含め、信者たちにも衝撃が走る。
(なっ!?それは!?その吸盤は!?)
それは、見覚えのある、私たちの父の手足だった。
その特徴的な低い円筒型の吸盤がある手足は、間違いなく父のモノだった。
それが、ここにあるということは・・・
ざわざわ・・・ざわざわ・・・
大司祭として多くの民に接する父の吸盤を知っている者も多く、周囲の民たちにも同様に動揺が広がっていく。
「なるりりゅん・・・」
(残念ながら、大司祭様は、もう・・・)
指導者は、また嘘くさい、悲しんでいるような芝居をしてみせた。
(くっ・・・イカん!ここで私が、何とかせねば!?ここで自分が、父の死を認めればどうなる?)
歯を食いしばり、必死に自らを振るい立たせる。
でなければ、信者たちはおろか、自分の大事な弟、妹たちは、不安で泣き崩れるだろう・・・
私は、長男なのだ。
気持ちを持ち直し、言葉で問いかける。
「にゃんるぬるるん!」
(しかし、我々は危険になれば、囮として自らの手足を切り離すこともある・・・ならば、それは父が死んだ証拠にはならない!それを囮にして、生き延びて・・・)
しかし、その言葉は、支配者の静かであるが、強い口調によって遮られる。
「にゅるにゅりん?」
(その傷口を見てもかね?)
(ふぇ?)
「!?」
再び衝撃が走る・・・
(そ、それは・・・その傷口は・・・)
「なんにゅろろん・・・」
(確かに自切であれば、生きていることもあるだろう・・・)
指導者は、何かを考えるような芝居がかった仕草と言葉を続けるが、次の瞬間・・・
むんず、とその千切れた手足を4本の腕で持ち上げると、自分や、その弟、妹に見せつけるように眼前に突きつける。
「にゅるにゃるりら!!!」
(その千切れた傷跡、断面・・・それが自切ではない確かな証拠!、もはや、大司祭は死んだのだ!!!!)
「クー、にゅるーん!!!」
(お前たちの父、『クー』は死んだのだ!!!)
指導者の大きな声が辺りに響く。
その事実は、確かな説得力をもって、その場を支配した。
後ろに隠れていたはずの、一番下の妹が耐え切れず、兄たちを振り切って、支配者の前に出る。
そして、眼前に下げられた、父の手足をひったくり、それにすがりつき・・・
「マァーーーーーーーー!!!」
(おとうさーん!!!)
声を上げて泣き出してしまった!
それに釣られるように、弟たち二人も我慢の限界に達したのかだろうか、しゃくり声をあげ、とうとう泣き出してしまった。
・・・今まで強がりで支えてきた気持ちが、揺らぐのを感じた。
(ぐっ・・・なんということだ・・長男の私は、信者たちはおろか、弟たちも守れないのか・・・神よ・・・)
絶望に空を見上げる。
(・・・?・・・なんだ?・・・)
見上げた視界の先に、何か光るものが見える。
それは、先ほどの親友が、何か光る物を隠し持って、こちらを伺(うかが)っている・・・そんな様子が見えた。
(持っているのは・・・深緑の玉・・と丸い鏡・・・?)
聖地での仕事で、親友と共に鍛えた私の目は、それぞれが光を放っているように見えた。
「ふぇ、ふぇぇ、ふぇえぇえ!!!!」
(・・・ふふふ・・・ははは・・・ふぁっははは!!!)
勝利を確信した指導者は、その様子に気付くことなく、ゆっくりと高笑いを上げる。
「にゃりゅん!」
(泣け!叫べ!もはや、我に敵なし!)
そして、その4本の触腕を天高く掲げ、こう叫んだ。
「クー、めんみんまー、にゃろりん!」
(忌々《いまいま》しい、クーは、神は、死んだのだ!)
・・・私は、親友の持つ丸い鏡に、その姿が映っていることを確認した。
・・・『始めろ・・・』・・・
『はい、あー、もしもし、聞こえてますかー?』
『ミコ様、台詞(せりふ)が違いますぞ!?』
『あっ!』・・・
私や、指導者を始め、その周りにいた者たちは、突然、入ってきた「情報伝達」でどよめいた。
今までに感じたことのない広範囲の「情報伝達」だ!?
通常ならありえない!
「ふぇ?」
(なっ、何事だ!?)
突然のことに指導者を含め、その場が騒然とする。
・・・自分は、親友の持つ深緑の玉の光が、より輝きを放っていることに気付いた。
(その玉から出ているのか?)
経験がないことで驚きが隠せなかった・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・ちなみに、先ほどまでの会話は、海の民が生来備えている独特な発音器官、平衝胞(へいしょうほう)を使ったコミュニケーションであり、「普通の人間」が聞いても、意味の理解しがたい会話である。
深緑色の玉、道返玉(ちかへしのたま)で音声を拾い上げ、あくまで、そう言っているだろうと、クーが翻訳、解釈したことをミコに伝えていたのだ。
更に、丸い鏡 沖津鏡(おきつかがみ)で映した像を、クーとミコは確認しつつ、ナナシの連絡を待ち、機会を伺っていた・・・
しかし、ナナシからの合図はあったが、ミコは初めての経験なので、本当にその機会で、かつ「海の民」たちに聞こえているのか、不安で、つい尋ねてしまったのだ。
『・・・大丈夫そうですね・・・では、いきますね!コホン!』
『あー、我は、神なり。我こそが、汝らの創造主にして神、ヒトガミサマなーりー』
深緑色の玉、道返玉(ちかへしのたま)を通して、私の『声』が辺りに広がります。
・・・海の民の皆さんは、ざわざわしておられます・・・
(・・自分なりに練習して、精一杯の威厳を込めて、そう告げたのですけど・・・迫力不足でしょうか・・・仕方ありませんよね?だって、今の私は「六歳の小さな人間」でしかないのですから・・・
これでも本当に練習したんですよ?)
・・・ですが、ナナシ様は、「よし」とは言ってくださりませんでしたが・・・
しかし、大丈夫です。それを見越して、ナナシ様は考えておられました。
『えー、見よ、この奇跡をー・・・翠(すい)、お願いします』
そう言って、左手に持った赤い玉を掲げます。
すると、左手に持った玉が宙に浮かび、赤い玉から火が出て、火の玉のようになりました。
突然、夜の闇から火に照らされ現れた、私の姿を海の民たちは発見します。
そして、私の姿を発見した、海の民たちに驚きの声が広がります。
なぜなら、私は小山よりも高い位置に浮いているように見えますから。
突然、火を出して宙に浮かんでいるヒトガミ様の姿を見たのです、驚かない海の民はいません。
そして、ゆっくりと地面に着地し、海の民たちの方に向かいます。
もちろん、私一人ではありません。
その照らされた明かりの後から、のっそりと大きな体が現れます。
・・・海の民から、大きなどよめきが起こります。
クーが隠れていた向きと反対、正面を向いて暗がりから姿を見せたのです。
・・・・・・死んだと思っていたクーが、ヒトガミ様を連れて戻ってきたのです・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・種明かしをすると、死返玉(まかるかへしのたま)で黒い水が出た時、それをクーが全身浴び、まず正面をふき取った頃に、ナナシ様が海の民の若者を連れて戻られました。
・・・いつ出かけていたのか、気付きませんでしたけど・・・
クーは、その若者が聖地の見張り役だと気付き、事情を尋ね、正直に若者は、色々な事を教えてくれました。
指導者に脅され、やむを得ず、蟲の民を誘導したこと。
指導者にその事を報告したが、証拠を持ってこい、と言われ、また戻ってきて、クーの千切れた手足を発見したこと。
クーの長男さんとは親友で、本当に申し訳ないことをしたと、反省しているようでした。
・・・ナナシ様は、神宝(かんだから)の能力と、その若者を利用して、一芝居打ったのです。
あとは、後ろ半分が真っ黒のままのクーに私を高く上げてもらい、暗闇に隠れていました。
周りからは、真っ黒いクーは闇に紛(まぎ)れて見えなかったでしょうね。
私だけが宙に浮かんだように見えたはずです。
あとは、死んだはずのクーが姿を現した、という流れになっていました。
(・・・流石は、ナナシ様です・・・あとは・・・)
クーは、火の灯りを持つ私を高く掲げます。
(あ、高い高い、いい眺めですね)
そんなことを考えます。
「みんめんまーーーーー!!!」
(皆の者、控えおろう!この方こそ、我らの海の民の創造主、ヒトガミサマであらせられるぞ!)
そして、クーは、大きな声を出しました。
死んだと思われていた、クーが手足のそろった完全な姿で、皆の前に現れ、大きな声でそう告げました。
流石に、それには皆、驚き、どよめいています。
「にゅりるん、クー!」
(見ろ、クー様だ!クー様が生きておられた!それも手足がそろっているぞ?完全なお姿のクー様だ!)
たぶんですが、口々に、そう言っているような気がします・・・
「クー、なにんにゅ・・・めにゅろん・・・みんめんまー!」
(確かに私は、死んだ・・・しかし、このヒトガミサマが奇跡を起こし、私を生き返らせてくださったのだ!皆の者、神の御前である!頭が高い、ひかえおろう!」
「みんめんまー!!!みんめんまー!!!」
(ははーーー!!!ヒトガミサマー!!!)
そこにいた、ほとんど海の民たちが、一斉に八本や、十本の手足を地面に広げ、頭を下げていきます。
本当に信心深い人達だったのですね、皆、信用してくださるようでした。
その中には、指導者に従っていた武器を持った者たちもいます。
その場は、一気に逆転したようでした。
(馬鹿な、なぜ、クーが生きている・・・)
指導者は、手足をもっていた若者に振り返り、問いかけます。
(お前は、確かにそう報告したのではないか・・・蟲の民を誘導して殺したと・・・)
動揺のせいでしょうか、ついうっかり口がすべらせてしまいました。
ざわざわ・・・それを聞いていた周りの人たちから、疑いの視線が送られます。
慌てて、弁明しようとしますが、それを先ほどの若者が遮ります。
(確かに私は蟲の民を聖域に誘導して、クー様を亡き者にしようとしました。ですが、それは卑劣にも私の大事な家族を人質に脅す、あなたの命令でした!家族を人質に取られ、仕方なくやったのです・・・)
(本当に申し訳ありませんでした)
十本の手足を地面に広げ、頭を下げていきます。
あ、ちなみに私は、皆さんの言葉は理解できていません。
そばにいるクーが、通訳してくれているので、何となくわかっているだけです。
(い、いいがかりだ!どこにそんな証拠がある!?)
往生際が悪い主導者が、わめき出します。
「にゃるんにゅろん・・・」
(証拠ならあるぞ)
突然、後方から静かですが威厳に満ちた声がします。
(えー!?、いつの間に・・・話せるようになったのですか?)
皆、一斉に振り返ります。
流石です、私の時とは、大違いです・・・・
そこには、私と同じ背丈の「人間」がいました。
・・・そう、ナナシ様です。
・・・皆、新しく現れた威風堂々とした「ヒトガミ様」・・・
ナナシ様に注目していました。