「ナナシ様、まだ海の民の集落には行かれないのですか?・・・クーの仲間たちに会いたいです」
小袖姿のミコが、その頬を海洋生物のように膨らませて、不満そうに言った。
手持無沙汰に、両方の指をぐるぐると回している。
それに釣られるように、クーも
(ナナシ様・・・クーも家族や、集落が心配です・・・)
と遠慮がちに伝えてくる。
また濡れてしまったミコの服を乾かすために、火の上で器用に自分の腕を何本か使い、ぐるぐると服を回している。
「・・・その意見は却下する」
取り付く島もない、とばかりにミコとクーに宣言する。
(理に適った乾燥法だが・・・魂を同調したせいか、思考や行動なども似通うのか?・・・新しい考察が浮かびそうだ・・・)
「自分」と、ミコと名乗る「元蛇」と「海の民」のクーは、海の民が「聖域」と呼ぶ場所、我々が最初に出会った場所から、そう遠くない所で身を潜め、野宿をしていた。
ミコからの知識、経験にある植生や自然の環境とは、かなり違っているが・・・
ミコは、「翠(すい)も、そう思いますよねー?」と、頭の上にいる緑色の「それ」に話しかけている。
緑色の「それ」は、「自分」を構成していた素材、「命令」に従い、様々なことを成す物体だ。
「翠(すい)?・・・その体色から名をつけたのか?・・・他に意味はあるか?」
少しだけ興味を引かれて、ミコと「それ」の方を見る。
「はい、綺麗な翡翠の色なので、翠(すい)と名付けました」
いい名前でしょー、っと言わんばかりにミコは、頭を上下する。
「いつまでも、「それ」、ではかわいそうですよ・・・それ以上の意味は、ありません・・・おっと」
ミコの頭から「それ」が、ずり落ちるが、うまく両手をお椀の様な形にして受け止める。
「いい名前だと思いますよね~?」
ミコは、翠(すい)と名付けた「それ」を目の前に移動させて、話しかけている。
・・・自分には、それの反応を観測できなかったが、ミコは気にしない様子だった。
「どうでもいい・・・あらかた検証は終わったが・・・」
興味を失い、ミコと「それ」から視線を外し、そう言って地面に広げられた布と、その上に置かれた様々な物を見渡す。
特別な力のある「十種の神宝」だ。
「自分」の策では、集落に行く前に、その効果と発動条件を入念に調べておく必要があった。
・・・そして、ちらりと、クーを見る。
(ミコ様、服が乾きましたぞ!どうぞ、お召しくだされ!)
クーが乾いた服をミコに渡す。
「うん、ありがとう、クー」、ミコが「発語」でクーに礼を言う。
クーが生き返る一連の出来事で、「自分」は、ただ傍観していた訳ではない。
その空間に及ぼす、神宝が起こす奇跡、力の流れの解読を試みていたのだ。
クーは、「情報伝達」は空気中のマナと体内のオドと呼ばれるモノを使っていると言った。
「情報伝達」は、意志を伝えるもの、意志を別の形に変えるもの・・ならば、更に別の形に置き換えることも出来るのではないか?・・それを観測できれば・・
・・・永久の「意識」のみの監獄により、鍛えられた「自分」の「観察力」は、その軌跡の中で確かに「マナ」と呼ばれる「目に見えない力」を捉えたのだ。
そして、十種の神宝を介して、様々な事象に影響を及ぼす手段、方法を手に入れ、万人の上に立つ者になったのだ、という感触があった。
方法とは、術・・・
先に立つ者とは、師・・・
言わば、「最初の術師」だろう。
不可思議な十種の神宝で、生き返ったクーには変化が見られた。
生物的に、人間の言葉の発音こそ無理だが、発語であっても、しっかりと人間の言葉を理解し、クー自体もある程度の範囲の「情報伝達」を行うことができるようになっていた。
だから、「それ」・・いや、今は「翠」か・・・を使ってクーの生体情報を調べる必要もあった。
((ナ ナニエオスルー、キサマ ラー))
とか言って、余計な手間を取らせたが、最後には大人しく観念したようだった・・・
比較検討できる標本が手元に無いのが残念だが、情報伝達の仕組みなど、詳細な「海の民」の情報が得られたと思う。
・・・「海の民」、その弱点と思われる部分も・・・
また徐々にだが、ミコにも変化が見られた。
これも十種の神宝の影響だろうか、翠を介することで、「自分」と同じように神宝を使うことができるようになっている。
((・・・なんだか、額の奥がむずむずするのですよね・・・))
と言ったので、翠(すい)を使い、ミコの身体を調べてみた。
((・・・なんですか?これ・・・きゃぁ、むずむずしますよー!?)))
とか言って、余計な手間を取らせたが、最後には大人しく観念したようだった・・・
結果、ミコの脳内にある「松の実の様な形の器官」が、活発に活動しているのが観測された。
これを「自分」は、「松果体(しょうかたい)」と呼ぶことにした。
詳細は省くが、松果体は、マナを制御する器官と思われた。
そして、松果体は、ミコを構成する一番最小の器官、その中の「糸状の物体」にも影響を与えていた・・・
糸状の物体を、「自分」は、「糸状体(しじょうたい)」と呼ぶことにした。
(あっ!?ミコ様、すいませぬ、御手に当たりましたか!?)
クーがミコの服を着るのを手伝っている。
「うーん、大丈夫、全然、痛くないから心配しないで、ほら、治ってるでしょ?」
ミコが「自分」の刃で傷付いたはずの手をクーに見せていた。
・・・通常なら、もう少しかかるはずの傷は、綺麗に塞がっていた・・・
糸状体は、クーには無く、ミコにしか無かった。
・・・もし、クーにも糸状体があったならば、あのように死にかけることは無かったかも知れない・・・
十種の神宝以外にも、そのような様々な要因を調べるために時間が必要だった。
(以前のクーの言動もある・・・それと・・・やっとか・・・)
それに並行して、自分とクーが出会った時の事を思い返し、ある準備をしていたということもある。
「あっ、クー、死返玉(まかるかへしのたま)で黒い水が出ましたよー。今度は、水浸しにならずにすみました!」
ミコの喜ぶような声がする。
(流石は、ミコ様!・・・この死返玉(まかるかへしのたま)は、扱いが難しいようですなー)
クーが腕を組み、目を閉じ、うんうん言っている。
「あ、あっ、また止まらないかも!?クー!!!」
ミコが黒い水をクーに吹きかけていた。
(今度は、水浸しならぬ、スミ浸しで、すみませーん!?)
みるみるクーが黒く染まっていく。
そんなやり取りを尻目に「自分」は一人、「音もなく」森の方に入っていく。
・・・そんな「自分」を追いかける「影」が見え、それを「自分」がゆっくりと「後ろ」から追いかける。
間もなく「影」は、「前方」にいた「自分」を見失い、困惑し、歩みを止めた。
・・・「音も無く忽然と消えた」のだ。
見失い、困惑するのも当然だろう。
おかげで、相手をゆっくり「後ろ」から観察することが出来た。
・・10本足の「海の民」の若者で、背中に弓を背負って・・他の手には・・
(ほう・・・そういうことか・・・)
「自分」には、最初にクーと接触した時に、クーから得た経験や知識がある。
その知識と経験から、その相手はクーが良く知っている海の民だと理解した。
・・・「自分」は、満足の笑みを浮かべながら、情報伝達でミコとクーに、海の民の集落に行く準備を始めるように伝える。
・・・ちょっと遅れて、ふたりから賛同と喜びの感触が伝わる。
それを微かに感じ取ったのだろう、その海の民は、周りを見回す。
あらかじめ、その「海の民」に感じさせていた情報伝達の力を強めて、恫喝するように(探し物は見つかったか?)と声をかけた・・・
・・・「自分」の手には、輝く鏡が握られていた。