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第8話 『最初の術師と海の民』①

クーに名乗るはずだったのですが・・・


なんということでしょう・・・



(偉大なるヒトガミ様・・御子様・・貴方様の名は、何とおしゃるのですか?)


と、尊敬の念を込めて、尋ねてきたクーに対して、私はこう言いました・・・


(名前を忘れてしまいました・・・・)と。



・・・あれほど、名は体を~うんぬん言っていたはずなのに、「人間の私の名前」が思い出せません・・・


私が名を言えず当惑していると、クーが慌てて大きな体と手足をばたばた動かして、


御子みこ様、御子みこ様、どうされましたか?)


と聞いてきます。



・・・クーを助ける時に、私は「私の魂である蛇」を使い、「魂の一部」を失うことになりました・・・


「魂」とは、精神、知識、経験、意識、そして「記憶」を司るもの・・・・


「魂を失ったこと」で、「一部の記憶を失ってしまった」のでしょう・・・



今の私には、「長い時間を蛇として過ごしてきた記憶」と「六年しか生きていない人間の記憶」があります。


しっかり思い出さないとわかりませんが、「長い時間を蛇として過ごしてきた記憶」で失った量は、元々が膨大な量なので、多分、影響も微々たるもので・・・


しかし、「六年しか生きていない人間の記憶」で失った記憶は、大切な「自分の名前」を忘れてしまうという大きなものでした・・・



「・・・はぁ~・・・」


思わず、ため息が口から洩れます・・・・


(なぜ、人間って、ため息が出るのでしょうか・・いえ、そんなことよりも・・)


あれだけ頑張って海の中を彷徨って、いや助けられている間、必死に守ろうとしていた、大切な「人間としての記憶」が・・・「名前」は、「自分が何者」であるか決定づける大切なもので・・・



でも、失ったのは「人間の私の名前」だけなので、まだ良し!としましょう。


むしろ、クーを助けられたことで得られた喜び、満足感に比べたら、大したものではないと思えます。


それに何か・・・人間として生きていた時に感じていた縛りが、軽くなった気がしました。



(それに、他の人間に会ったら教えてもらえるかも知れませんし・・・他の人間といえば・・・)


ちらりと、「あの方」の方に目を向けます。


「あの方」は、今、あの布の上にある様々な「十種の神宝とくさのかんだから」を調べているようでした。


・・・布の名は、確か「品物之比礼」・・・他の神宝と合わせて、クーを助けてくれました。


立派な白金色の布で、特別な力があるようですが、今は、ただの布ようで、また他の神宝も大人しくしてます・・・


(クーの魂を体に戻す時、手伝ってくれましたよね?・・・冷たいけど・・・悪い人ではない?)


そう思い…


「・・・あのー、私の名前ですが・・・」


遠慮がちに私の名前をご存じないか尋ねますが・・・


「知らん、興味が無い。好きなように名乗れ。あと、私の名は、ナナシだ。そう呼べ」


こちらに振り返ることもなく、一方的に伝えてきます。


「そうですか・・・」


まあ答えて下さるとは思っていなかったのですが・・・


逆に、この方の名が気になります・・・


(ナナシ・・・名無し・・・名を付けられていない、という意味・・・仮の名前?)


(普通の人間の親なら、子の将来を願って、名をつける習わしがあるはずですが・・・)



「詮索するな」


そう思案する私を読み取ったように、ナナシと名乗った方が、冷たく切り捨てます。


・・・その簡素で短い言葉を冷たい乾いた砂のように感じてしまいます・・・


その裏に何があるのか、決して知らせない・・・


そのような感じ・・・寒い・・・


「くしゅん!」


・・・寒いと言えば、私、濡れっぱなしですよー!また、くしゃみ出ましたよー!


クーが心配して、


(御子様、御子様、大丈夫ですか!?)


と聞いてきます。


「寒いです・・・火でも起こして・・・」


ぶるぶる震える私。


・・・ですが、困ったことに・・・


私、「火の起こし方」知りませんから~。


あんなに長い時間を生きてきたのに、お恥ずかしい・・・


人間の時は、近くの誰かが火の番をしてくれましたから・・・



(ならば!クーが!)


クーが胸を張って自分が火を着けますと、すごい勢いで、薪でも拾いに行くのでしょう、どたばた砂埃を立てて走っていきます。


・・・あっと言う間に見えなくなります。


元気ですね・・・



「火なら、今、つけた」


淡々とした言葉に振り返ると、ナナシ・・の手の上に、火をまとった赤い玉が浮いています。


(あれは・・・クーを生き返らせたた神宝とは違う物?・・・火がつけられるなんて、なんて便利なんでしょう!)


驚きと共に感心してながら、火に近づいて横からナナシを見ます。


(あったかい・・・私のために、火をつけてくれたのですよね・・・?)


火に照らされるナナシは、何の表情も浮かべず、ただ黙っているだけです。



クーを生き返らせる時、クーの魂と私の魂が交わり、クーの記憶を見ました。


クーの記憶では、ナナシは姿をしていました。


(蛇の私のように、何か普通の方とは違うのですよね・・・)


他にも色々ありましたが、クーの記憶には私を助けた、という記憶はありませんでした。


クーを生き返らせる時、ナナシは積極的ではありませんが、色々と手伝ってくれました。


(たとえ、その行為が感情からではなく、打算だとしても・・・)


・・・海で溺れていた私を助けてくれたのは、この「」でしょう・・・


「名無し」が助けてくれなければ、「今の私」は無かったのです。


私の「人間の名は無くしてしまいました」が、それを引き換えにしても、惜しくないものを手にすることができました。



(・・・受けた「恩」は、返すもの・・・名前は、大切なもの・・・)


私は目を閉じ、考え・・・


そして、決めました・・・


ナナシの正面に立ち、その顔を、その瞳を見つめます。


姿


ナナシの瞳には私の姿が、私の瞳にはナナシの姿が映っていることでしょう。


「名前を無くした私」と「名無しのナナシ」・・・


私は、心が見えないナナシに向けて言います。


「決めました・・・今日から私は、仮の名である、御子みこと名乗りましょう」


そして、強い誓約の意を込めて、こうも続けます。


「仮の名である、貴方の・・・ナナシ様の本当の名が、願いが見つかるまで、一生、お側にお仕え致します」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・詮索するな、と言われましたが・・・しかし、そこには、ナナシ様の本当の願いがあるように感じられたのです・・・



ナナシ様は、一瞬、驚かれた表情をされ、ぽろり、と火のついた赤い玉を地面に落とします。



次の瞬間には、私の首にナナシ様の手が変化した刃が突きつけられていました。


「お前は、分かって言っているのか?」


その言葉には、何者も寄せ付けない強い拒絶が、深淵を覗くような様々な思いが感じられました。


「・・・今の私には、今のナナシ様しか分かりません・・・ですが・・・」



私は怯むことなく、真っすぐにナナシ様を見つめ、首に突きつけられた刃を握ります。


・・・握った刃から赤い血が滴り落ちます。


「痛いけど・・・こうでもしないと、ナナシ様の手は握れませんから」


私の唇と瞳は、優しい笑みの形を作っていることが、ナナシ様の瞳を通して映ります。


私の瞳には、ナナシ様が困惑されている表情が映ります。


砂に赤い水が染みていきます・・・


例え、それが意味のない事であっても・・・


ナナシ様の乾いた心の砂に、わずかでも、私の思いの水が染みこむなら・・・



「・・・勝手にしろ」


ナナシ様の手が元に戻っていきます。


戻される刃は、私の手をそれ以上、傷付けませんでした・・・


(言の葉は、言霊、言葉の霊の力・・・どうか、私とナナシ様の名が見つかりますように・・・)


そう、私は願っていました・・・


「さーて、薙が戻って、私の願いはひとつ叶いましたが、また、ふたつに戻りましたよー」


と手が痛いけど、平気なふりで言っていると・・・



(ヒトガミサマー、ミコサマー!)


とクーの声がします。


クーが大量の薪を集めて、砂埃を巻き上げ、すごい勢いで戻ってきたのです。


その量は、クーの大きさの倍はあるでしょうか?



(ヌァアーーー!?)


がんがらがっしゃ〜ん!!!



・・・・・盛大にこけて、

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