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第7話 『十種の神宝(とくさのかんだから)』(後編)

 「でも・・・今、一時は、お力をお貸しください・・・」


そう「なぎ」に「願い」ます。



・・・私の持つ「薙」が、光り輝き出しました・・・



それと呼応するように、クーの傷口を塞いでいた布が光り始め、青緑色から元の白金色に戻っていきます。


布は勝手に解けると、そこから現れたクーの傷口は、出血が止まっていました。


すぼっすぼっうぼっ!


そんな音を立てて、砂に埋もれたはずの玉が光り輝きながら、私とクーの周りをぐるぐると回り始めます。


そこだけ、時が止まったように波も止まります。


布が大きく広がると、クーの体がふわりと浮き上がり、その布の上に横たえます。



(・・・うん・・・わかった・・・お願いします・・・)


「薙」から、はっきりした言葉ではありませんが、「私の身」をゆだねるように、と伝わってきたので、私は全身の力を抜くようにしました。


(あ・・・私の身体、勝手に動く・・・)


「私の体」が、「薙」を掲げます。


「言の葉とは、言霊、言葉に宿る霊の力である・・・」


鈴のような澄んだ声が響きます。


(普段と全然違う声・・・私、こんな声出るんですね?・・・)


無意識に私の口が言葉を発していきます。


「ひふみよ いむなや こと・・・」


深緑色の玉がクーの頭の方に、黒色の玉がクーの胸の方に、青色の小さな玉を数個結んだ紐がクーの足元に移動していきます。


「・・・ふるべ・・・」


青色の小さな玉を数個結んだ紐が、青い光の環となってクーの足の周りで回転し始めます。


「・・・ゆらゆらと・・・」


深緑色の玉が、緑の光の輪となってクーの頭の周りを回転し始めます。


「・・・ふるべ・・・」


・・・最後に黒色の玉が、黒い光の輪となってクーの胸の周りを・・・・



     ・・・回転しません・・・



それどころか、今まで静かに動くことがなかったクーが、苦しみ悶え始め、今まで順調に回転していた2つの輪も動きを止めてしまいます。


クーの大きな体が、布から落ちそうになってしまいます。


「いったい、何が!?・・・あっ、私の声・・・『薙』、どうしたの!?」


突然の事態に当惑する「私」は、自分の声が出ることで、「薙」から「自分の身」が返されたことを感じました。


「薙」から何か伝えてきます。


(ひふみ・・・・・とくさ・・?)


(その・・・こと・・・発しろ・・・?)


せっかく伝えてくれたのですが、よく意味が理解できず、クーのこともあり焦る私に・・・・



(それらは、十種の神宝、十種類あるらしい)


冷たい声が「薙」が伝えたかったことを明確にして私に告げます。



(言葉は、力を持つ・・・それらの名を呼ぶことが、力を引き出す鍵だ)



(えっ!?・・・なぜ、そのような事を・・・)


今まで傍観していた声の主の助言に驚き、私は尋ねますが・・・


(一度しか言わん、その布は、品々物之比礼くさぐさのもののひれ・・・)


「あわわわ、わかりました、布は品々物之比礼くさぐさのもののひれです!」


聞こえた通り、自分の声を出して、慌てて繰り返します。


(深緑色の玉は、道返玉ちかへしのたま、青色のは、足玉たるたま・・・)


「はい!深緑色の玉は、道返玉ちかへしのたま、青色のは、足玉たるたまです!」


私がこの方に続き、十種の神宝とくさのかんだからの名前を言うと、それぞれの光が強くなっていき、止まっていた回転もまた動き始め、クーも大人しくなってくれました。


どうやら、本当に、この方の言った通りのようです。


(でも、この方、聞き逃したら、先ほどの言葉通り、二度と教えてくれな・・・)


(・・・嫌なら、言わんが?)


初めて、この方から、むっ、としたような気配が感じられました。


(!?、しまった!目に見えぬ声では、私の思っていることも筒抜け!?)



(・・・とりあえず、今そこにある最後の黒の玉は、死返玉まかるかへしのたまだ)


「は、はい!最後の黒の玉は、死返玉(まかるかへしのたま)です!」


最後の黒色の玉が、黒い光の輪となってクーの胸の周りを回転し始めてくれました。


すると、みるみるうちにクーの傷口が綺麗に塞がり、失った手足の場所にも光が集まってきて、元の手足に戻るようでした。



クーは助かるのでしょう。


「よかったぁ!」


思わず安堵の言葉が、私の口から洩れます。


(・・・それは、どうかな?・・・しっかり見ろ・・・遅かったようだな・・・)


安堵する私に冷水を浴びせるような声がします。


よく見ると、布の上にはクーがいるのに、半透明な姿のクーがその上にいるのではないですか。


その半透明なクーの頭の先から銀色の綱のようなモノが伸びており、布の上のクーの頭につながっています。


その綱は、徐々にほつれ、糸のように細くなり切れかかっていきます。


(おそらく肉体と魂をつなぐモノ・・・それが切れれば、例え、肉体が完全であっても魂がないのだ、死ぬことに変わりはない・・・治すのが遅かったな・・・諦めろ)


声は、淡々と事実だけを述べていきます。


(そんな!?・・・)


治ると思っていたのに、またしても困難が押し寄せてきます。



「・・ひふみよ いむなや こと・・ふるべ・・ゆらゆらと・・ふるべ・・」


(どうか!お願いします!)


何か手は無いかと、クーが生き返りますように、と願いを込めて、最初に「なぎ」が言った言葉を繰り返してみます。


その思いに応えてくれたかのように、またそれぞれの光が強く、また回転も速くなりますが、クーの魂の糸のほつれは、止まってくれません。


(魂の糸が切れちゃう!なんとか、糸をつなぎ止めないと!?・・・なんとかできませんか!?)


声の主の方に振り返りますが、無言で頭を横に振るだけでした。



(考えろ、私!魂をつなぎとめる方法、何かできないのか!?頭をいっぱい使え!・・・頭を?・・・)


他に何かないのか必死に考える私は、その時、「蛇」であった記憶を思い出しました。


遥か遠い昔、私が「自然の気(鬼)」から生まれた時は、一匹の蛇でした・・・


ですが、その体・・・頭と尻尾は、年を経るごとに一つずつ増えていったのです。


あることで、魂の量が増えたことにより、その肉体にも変化が訪れたのです。


(魂をつなぎ直すには・・・魂を・・・?)


なぜ、魂の量が増えたのかは・・・


ぶっつん!!!


「いけない!!!」


クーの魂の糸が切れてしまいました!


・・・クーの息も鼓動も止まります。



私は、覚悟を決め、決断し、行動しました!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(みんな出てきて!)


出来るかできないか、わかりませんが、そう呼びかけてみます。


目の前に不思議なことが繰り広げられているのです、何故か、できそうな気がしました。


十種の神宝とくさのかんだからの力の影響でしょうか。


・・・私の「影」から、にょろりと7匹の「影の蛇」が現れます。


「私」の「魂の量」を示し、「私」自身の「魂」を構成するモノです。


できたことに安堵する暇もなく、私は、そのうちの1匹を左手で掴みます。


(ごめんね・・・)


・・そう言って、右手の「薙」を振り上げて、その一匹に振り下ろしました・・


「影の蛇」なので、血は出ません。


ですが、苦痛を感じているのでしょう、「ぬた打ち」回ります。


その苦痛は、もちろん「私」と他の「蛇」たちも感じています。


「意識」が飛ぶほどの苦痛です。


いえ、「魂」を切り落としたのですから、「魂」が飛ぶほどの苦痛が正しいでしょうか・・・



私が考えたのは、『クーの魂の糸を自分の魂の糸で、つなぎ止められないか』でした。


幸いなこと(?)に、『以前の私』は、『魂の量が8つもある蛇』でしたから、もしかしたら出来るかも、と考えたのです。


本当に出来るか、確証はありませんでしたが・・・



その激痛に耐え、急ぎ、右手から「薙」を放り投げて、離れようとするクーの魂の糸に向けて跳躍し、右手で掴もうとします。



・・・掴めるか掴めないか不安でしたが、私の右手には、しっかりした感触が伝わってきます・・・


私の右手が、クーの魂の糸を掴んだのです!


「いける!」


その感触をもって、自分の考えが正解だと感じました。



いつの間にか、左手の蛇は、黒い糸に変わっていました。


そして、その黒い糸をクーの魂の糸に合わせてみます。


ものすごい違和感、記憶、知識、経験など様々なことが伝わってきます。


おそらく、「私」と「クー」の魂が混ざっているのでしょう。


頭がくらくらしますが、今度は、クーの肉体の糸の方に合わせてみます。


今度は、肉体の感覚です。


まだクーが感じる痛みがあるのでしょう、私の体も苦痛を訴えます。


(うぅーーっ、我慢、我慢!・・・絶対に離さない!)


歯を食いしばって耐え、その甲斐あって、しっかり糸が結ばれました!


「糸が触れるなら!」


結んだ糸を手繰り寄せ、クーの魂を肉体の方に引っ張ります。


「ぐぬぬぅ・・・重い・・・」


クーは、すごく長生きなのでしょう、魂は年を経る分、大きく重くなるとか、ないとか聞いたことが・・・


「・・・これを・・・戻すぅぅ!」


今度は、手繰り寄せたクーの魂自体を掴むことに成功して、クーの肉体に戻すようにします。


「・・・もう、ちょっとぉぉ!」


ほとんど魂と肉体が重なりあって来ましたが、最後の一押しが足りません。


細い私の手が、腕が、限界を訴えるように、ぷるぷると震えてきます。


今、手を、腕を離したら、もう二度とクーを戻すことはできない・・・そんな予感がしました・・・


私の額に玉のような汗が、いっぱい生まれていきます!




「・・・押せ・・・」


突然、私の両脇から綺麗な翠色すいしょくの腕が出てきて、押す力を貸してくれました。


(えっ!?、この腕は・・・たしか・・・あの方の腕?)


驚く私を他所よそにクーの魂と体が完全に一体となり、眩い光に包まれます。



余りの眩しさに目を閉じ、次に開けた時には、完全な姿のクーがしっかり息をして、ゆっくり手を動かし、布の上に立ち上がろうとしていました。



「よかった!クーが生き返った!」


私は喜びのあまり、布の上に飛び上がり、そこにいるクーへ抱き着きますが・・・



・・・次の瞬間・・・・



クーの乗っていた布が、無情にも役目は終わった、とばかりに、すーっと砂浜の方に移動します・・・


他の神宝も変化前の姿に戻ると、同様にすーっと砂浜に移動し、疲れた、とばかりに布の上にぽろぽろ、と降りていきます。



支えの無くなったクーと私は、互いに目を見合わせ、仲良く海面に着水します・・・


ばっちゃーーん!!!


「うっぷっ!」


大きいクーが着水したことで大きな波ができ、私はまともに頭から波を受けてしまいます。


なんやかんやで、ようやく乾いていた私の服や髪が、また水に濡れて、目の前が見えなくなります。



・・・ですが、不快ではありません、むしろ清々しいと感じました。


「ふふっ・・・ふふふふっ・・・あははははっ!」


自然と私の唇は笑みの形を浮かべ、私の口から笑い声があふれ出します。


おそらく初めてではないでしょうか、こんなに嬉しい気持ちは。


その様子を見たクーは、慌てだし、こう「目に見えぬ力の声」で伝えてきます。


(ヒトガミ様、大丈夫ですか?クーを治して、何か起きてしまいましたか!?)


それに私は、(大丈夫、大丈夫・・・クーが生き返って・・・クーを助けられたことが嬉しいんです!)と、素直に喜びを伝えます。


クーと私の魂が結びついたとき、クーの記憶も垣間見ることができました。


クーの記憶の中で、「あの方」と「私」以外の「人間」に会ったことは無い、という感触がありました。


だから、「人間の私」が、急にこんな「笑い声」を出したことに驚いたのでしょう。



私は、クーの手を取り、(人間は嬉しい時、こんな風に声を出すんだよ)って教えてあげました。


クーの大きな目が理解の光を見せ、つないだ手を通して、クーからも喜びの感触が流れて来ます。



(そうでしたか・・・クーを助けていただき、感謝の言葉もありません。この御恩は、決して・・・)


クーは、その大きな目を潤ませ、その8本の手足を広げ、頭を下げ、大きな感謝の気持ちを伝えてきます。


そして、(偉大なるヒトガミ様・・・御子様・・・貴方様の名は、何とおしゃるのですか?)、と尊敬の念を込めて「私」に尋ねてきます。



(あっ、やっと名乗れることになった・・・すごく時間がかかったような・・・まあ、いいでしょう・・・では、この人間の時に名付けられた名を・・・・)


こほんっと咳ばらいをして・・・


胸を張って、こう言いました!







・・・「名前を忘れてしまいました・・・」、と・・・

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