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第6話 『十種の神宝(とくさのかんだから)』(中編)

・・・・・・「くしゅん!!!」・・・・・・



ううぅ・・寒い・・あまりの寒さに、「くしゃみ」が出てしまいました・・


・・・ぶるる、と寒気に身体を震わせます。


身に着けている衣服は、ぐっしょりと水に濡れ、ぴたりと肌に張り付いて、体温を奪っているようでした。


(・・・なぜ、「今の人間の私」は、寒いと「くしゃみ」というモノが出るのでしょうか・・・)


(「以前の私」には、そんなモノは出なかったはず・・・)


(「くしゃみ」は、悪霊の仕業と聞いたような・・・)


(・・・あれ「以前の私」って、どんな感じでしたっけ・・・)


今だ、ぼーっとする頭は、ぐるぐると、整理がつかないモノを次々に浮かべていきます。



(・・・ここまでのことを徐々に思い返してみましょう・・・)


「今の人間の私」は、海に落ちたのでした。


海に落ちて苦しかったことは、覚えていますが、「それ以前」のことが、はっきりしません。


「以前の私」には、水は親しいものであり、海の中にいることは、むしろ溶けてしまいそうで、水が煌(きら)めいて綺麗で・・・


でも、まだ「私の願い」は果たしていないので、「死ぬ」わけにはいかず・・・



あぁ、まだ整理がついていないようでした。


(とりあえず、「今の人間の私」を確認しましょう・・・あれ・・・目の前が暗い・・・)


(・・・あぁ、髪の毛でした・・・自分の黒い髪ですね・・・)


(なぜ、人間の髪は、こんなに伸びるのでしょうか・・・何か意味が、あるのでしょうね・・・)


髪も「以前の私」には無かったモノ・・・髪も着ている服同様に水に濡れ、顔に貼り付いて視界を遮っている状態でした。


(・・・あぁ、髪は、神に通じ、霊力が宿るとか聞いたような?・・・)


右手で髪を払いのけ、乱れた髪を整え、ようやく開けた視界で、辺りを見回します。



「今の私」は、どこかの海岸にいて、その砂浜に引かれていた「白金色の布」の上に座っている状況でした。



ざざざざざっ、ざっつ!


近くで何か音がしました。


今の音は・・・砂の地面から何かを引き抜くような音と、何か砂場に落ちたような音?


その音の元を目で追ってみると、そこには「今の私」と同じぐらいの「四肢を伸ばした人間の子供」が、私から少し離れた位置にいました。


・・・みるみる長く伸びていた四肢が、元の?手足の形に戻っていきます。


その四肢には、「何か」に咬まれたような傷があり、痛がっておられる様子でした。


・・・ちなみに、私は姿こそ人間ですが、特殊な環境で育ったことと、中身が「特殊」なので、「そういう人間」もいるだろう、と容姿や能力などについて深く考えていませんでした・・・



(この方は・・・もしかすると・・・)


海に落ちた「今の私」は、この方に助けられたのでしょうか?


・・・思い返してみますが、その確かな証拠は、ありませんでした。


海の中をもがく、その時の私は、人間として溺れ死にかけた拍子で、「以前の私」の記憶を思い出し、意識が朦朧となっていました。


せっかく生まれ変わってまで得た、大切な、まだ経験が少ない「人間としての記憶」が、「以前の私」の膨大な量の記憶で押し流されそうになっているのを懸命に押し留める、その事に必死だったのです。



この砂浜に引き上げていただき、こうして目を覚ますまでのいきさつは、いろんな事があったと思いますが、おぼろげにしか覚えていません。


だから、目の前の方が私を助けてくれた方か、はっきり判断がつきませんでしたが、もう少しで海の藻屑になるところだったのです。


命を救われたのです、お礼を申し上げなければなりません。


親切にしていただいたら、感謝の言葉を申し上げ、何か礼を尽くさねばならない。


(親切・・・「恩」、と人間は言っていましたか・・・受けた「恩」の大きさに応じて、「礼」も尽くさねば・・・)



「人間の私」は、そう教えていただきましたし、「以前の私」も感謝の何たるかは、知っていましたし、むしろ自然由来のモノの方が、その思いは強いと・・・


(どこそこの白兎も傷を治してくれたお礼に、その方に求婚の宣託言霊の予祝を・・・)


(・・・いけません、また要らぬことを考えてしまいます・・・「以前の私」になりつつあるのでしょうか?)


複数の考えが浮かんでしまって、長い間、ぼーっと考えたままになってしまう悪い癖が、出てきてしまっているようです。


(禁足地で長考していたところに出会った「人間の願い」と、「以前の私」の「ふたつの願い」が合わさって、「今の人間の私」が生まれたので、まったくの無駄ではないでしょうが・・・)



とりあえず、「人間の私」の時に学んだ、人の礼法に倣(なら)って、しっかりお礼の言葉を申し上げねば、と思い、その方の顔をしっかり見ながら、近づくために歩き始めました。


・・・歩きながらも、いろんな事を考えてしまいます・・・


(この度(たび)は、危ないところを助けていただき、誠にありがとうございます、そう礼を述べてから・・・視線を合わすのが、礼節と・・・)


(うん?・・・お姿だけでなく顔も「今の私」に似ているような・・・まるで生き写しのような・・・)


(・・・まずは、自分が何者か告げましょうか・・・名乗りは大事です・・・)


(「今の私」の名か、「以前の私」の名、どちらを名乗りましょうか・・・名は体を表し、体は名を表す・・・)


(やはり今の姿、人間である「今の私」の名を告げて、その後、「以前の私」の名を告げる・・・)


(あっ、そういえば、歩き方にも礼法があるのでしたっけ・・・確か、一呼吸に一歩・・・)



その方の顔を見ながら、色々な事を考えて歩いていたせいでしょう・・・足元への注意が足りませんでした・・・


以前の「人間の私」だったなら、そんなことしなかったと思うのですが・・・



くきっ!


足元に置かれていた玉に気付かず、それを踏んでしまい、左足が変な方向に・・・


(いたっ・・・)、そう思った時には、すでに体が傾いています・・・


(このままじゃあ、倒れる!)


そう思い、右足を強引に・・・右足がまた別の玉を踏みます・・・


つるんっ!


右足が滑りました・・今度は、さっきとは違う向きの力が、私の体を倒そうとします・・・


(だめっ!)


痛い左足を我慢して動かし、倒れようとする身体を支えようとしますが・・・


つるりんっ!


残念ながら、体を支えようとした左足の下には・・・これまた、偶然にも同じような玉が置かれていたのです・・・私を支えるはずの両足は、もう地を離れていました・・・


(いったい、何個あるのですか!?)


もはや、私の体が倒れる運命は、変えようにもありません・・


(あっ!?)


更に私の倒れる向きには、立派な鏡が置いてあるではないですか!?


(割ってはいけない!)


鏡と私が、ぶつからないように、右手と腰を右側に回転させます!


はっきりいって、自分でも奇跡的な動きができた、と思いました。



私の不注意が招いたことですが、偶然が偶然を呼び、むしろ何か神がかり的な必然を感じましたが・・・


ともかく、これで私が倒れても、鏡は無事なはずです。


鏡とは己が姿を映し、己が姿から神の姿を映す、自己研鑽たる神聖なもの、と「人間の私」は聞かされていましたから・・・


後は、私の体が砂浜に倒れるだけで・・・守れたことの満足感を感じ・・・



・・・しかし、不幸は重なるものでした・・・


ごつっん!!!!!


それは、・・・私の後頭部が、硬いモノに当たる音でした・・・


私の後頭部の落下点・・・ちょうど、そこには硬いモノが置いてあったのです・・・



「くぅぅぅぅーーーっ!!!」


あまりの痛さに頭を抱え、「ぬた打ち回り」ます!


水に濡れた髪も服も体も砂まみれになりますが、仕方ありません・・・すごく痛かったのですから・・・



「くぅう・・誰ですか!?罠ですか!?いろんな所に、いろんな物を置いて・・・」


涙目で、やりどころのない痛みの原因となった硬いモノを見ます・・・



「・・・あっ・・・私?・・・」


黒い金属のモノ・・・


それは、「以前の私」の一部だったモノです!



「それ」を取り戻すことが、ふたつある大事な「私の願い」のひとつだったことを思い出します。


万感の思いで、急ぎ手に取り、抱きしめます!


・・・「それ」も砂まみれに、なりますけどね・・・



(・・・おかえり・・・私・・・)


「それ」を取り戻すまで、どれだけの時間がかかったことか・・・・


・・・「以前の私」のことを強く思い出します・・・



再会に至るまでの理不尽な痛みと、その痛みを八つ当たりしたい気持ちと、「それ」との再会の喜び、「それ」と「以前の私」のことを思い出したり、いろんな気持ちや、考えが入り混じる中・・・



「お前は、何者だ!?何をしている!?」


突然、強い口調で誰何(すいか)されたのです・・・



・・・驚いて、涙目で振り返りながら、思わず、こう言ってしまいました・・・・



『ふぁあっ!?わ、私は、「蛇」ですが、なにかぁ!?』



・・・「以前の私」の名を名乗ったとしても・・・仕方ありませんよね・・・?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・目の前の方は、私に「理解しがたい」というような視線を向けておられます・・・


(うぅ・・命を救ってくれた方に、このような有様を晒(さら)すとは・・一生の不覚・・)



・・・気を取り直し、まだ痛む後頭部を気にしながら、言葉が通じているならばと思い、また姿勢を直して


「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません・・・」


と、まず非礼を詫び・・・


また名乗りからと思った、その時・・・



ざっぱーんっ!!!


何か大きなモノが水面から現れた・・・そんな音でした。


私と、目の前の方、同時にその音の方角を見ます。


・・・初めて見る、小山ほどの大きなモノが、半身を海水に沈めた状態で倒れていました。


(タコ・・・?)


私には、それがとても大きなタコに見えましたが、よく見ると、人のようにも見える不思議な生き物でした。


その生き物は、全身に傷を負っているようでした。


その生き物も私たちを見たのでしょうか、その腕?足?を上げるような反応をしました。



・・・傷を負っていますが、生きているのです。


(・・・・ヒト、ガミ・・サマ・・・ゴブ、ジデ・・)


(!?)


それが私には、私たちを呼んでいるように見え、私は硬い黒いモノを抱えながら、直ぐに駆け寄ってみました。


先ほどの動作の他に、なぜか、その生き物から「以前の私」が出来ていた、「目に見えぬ力の声」のようなモノを感じたのです。


・・・「以前の私」のような存在は、自然に生じた目に見えない霊的存在、人間は「鬼(き)」と呼んでいるようですが、が集まって生じた、「形のある概念」のようなもの。


そういった存在は、その目に見えぬ力を使い、会話できたものですが、多くの「普通の人間」には不可能なことです。


(「今の私」は、「普通の人間」なのだけど・・・)


・・・また、このような時、「普通の人間」なら恐れたり、警戒するかもしれませんが、元「蛇」の私は、意に介することではありません。


じゃばじゃばじゃば、と足が、服が濡れるのも気にせず、その生き物に近寄ります。


近付くにつれて、その生き物の傷が、どのような様子か見えてきます。

何本かの足?が無くなり、無残な傷口を見せ、だらだらと青緑色の血を流していました。


「・・・ひどい傷ですね・・・」


そう言って、その生き物の足に触れたとき・・・


(・・・アラ・・タナ・・・ヒトガミ・・サマ・・・)


そんな「目に見えぬ声」が聞こえてきました。


少し驚きましたが、「以前の私」を思い出して、私も「目に見えぬ声」ができるか不明でしたが、


(ヒトガミサマ、とは?・・・あなたは、誰?大丈夫ですか?)


そう問いかけてみます。


(クー・・・ヒトガミ・・サマ・・・マモレ、タ・・・ウレ・・シイ)


私の声は、その生き物に届いたようですが、瀕死の状態なのでしょう、途切れ途切れで、その声は聞き取るのが難しいぐらい、小さな弱々しいものでした。


(守れた?あなたが私を助けてくれたのですか?)


更に問い返しますが、返事が聞こえないのです・・



(だったら、どうする、お前なら助けられるか?)


ぞくりっ!?


突然、私の心臓を鷲掴(わしづか)みにするような、強いけれど感情の無い冷たい「目に見えぬ力の声」がしました。


その冷たさは、先ほど感じた、水に濡れた冷気とは比べ物にならない程です。

全身が震え立ち、肌が粟(あわ)立つのを感じました。



私とその生き物の会話に入り込む、その声の主は、先ほどまでお礼を申し上げていた方でした。


(この方も、目に見えぬ声を使えるのですか!?)


驚き、その方を見ますが、その方は、睨みつけるような視線を送りながら、更に声を送ってきます。


(それは、海の民のクーという生き物だ。クーが、お前を助けたのだ。その命の恩人に対して、お前は何を返すのか?)



・・・「目に見えぬ力の声」は、自らの意志、感情を伝える声、それは嘘偽りのない声・・・


でも、その方からは、何の感情も読み取れず、ただ簡素な言葉だけを感じます。


まるで、この砂浜のような乾いた砂です。


いくら水を注いでも、絶対に潤うことが無い・・・


また命の恩人である、という言葉の真偽のほども読み取ることはできませんでした。


・・・私は、クーと呼ばれた生き物の方を見ます。


傷からは血が流れ、弱々しい息をしています・・・


(・・・私は・・・)



ばしゃん!



それは私の手から、大事な「それ」が落ちた音・・・



私は「それ」を海に落とし、駆け出していきました・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・クーの傷口をふさぐ様に布を巻いていきます。



その布は、元の場所にあった、玉や鏡が置かれていた布です。


それを取りに走って行ったのです・・・途中、濡れていた足が砂に絡まり、顔を砂に埋めることになりましたが、一生懸命、走ります。


良く見ると、布の上には2つも立派な鏡がありましたが、そんなことは気にせず、布を引き抜きます。


勢いよく、上に載っていた鏡も玉も、ざすざす、と砂に埋もれてしまいます。



ですが、神聖だと、大事な物だと教えられた鏡よりも私が優先すべきこと・・・それは、命の恩人を救うことでした。


今の私にできること、それは傷口を布で縛ることしかできません。


しかし、子どもの私には自分の服を破く力がありませんし、残念ながら周りには、その布しか役に立ちそうな物はありませんでした。


またクーの傷口は大きなモノです、それを覆うほどの布は、そこにしかなかったのです。



・・・クーの傷口をふさぐ様に布を巻いていきます。


クーの体は、子供の私には大きく、そして重く、また足元は不安定な砂浜です。


しっかり布が傷口に当たっていないのか、みるみる青緑色に染まってきてしまうのです。



・・・「以前の私」なら、ここまでの事はしなかったでしょう・・・


元は、山の神、水の神・・・自然から生じた「蛇」です。


生まれてきた物は、いつか死ぬ・・・死んで、また別の命を生み、また死んでいく・・・


それが「自然の理(ことわり)」であることを本能として思い、行動してきました。



(・・・「人間の私」の影響でしょうか?・・・)


今、クーを助けようとしている「私の行動」をどこか遠くで眺めている「私」がいます・・・


(言葉の力・・名は体を・・行動を表す・・人としての名の影響も・・?)


「人間の私」の名前の由来、意味を考えると、その変化もあるのかも知れません・・・


「その名」を受け、人間として生まれ変わって、まだ6年しか過ぎていませんが、「以前の私」には無い、変化の兆しをもたらしているように思えました。


「以前の私」なら、死にゆくモノにかける言葉など無かったに違いありません・・・ですが、今は・・・


「御恩をお返しできていません!死なないで!」


と、自然に私の口から言葉が出ます。


・・・布から染み出た青緑色に、私の両手が染まってきてしまいます。


(・・・・どうした?死ぬぞ?)


その状況に追い打ちをかけるように、再び冷たい声が響きます。


(・・・どうか、助けて下さい!)


まだ恐怖を感じますが、声の主に必死に助けを乞います。


しかし、返ってきたのは冷たい沈黙だけでした。



・・・私の両手から染み出した青緑色に、私の服も染まってきてしまいます。


(誰か、助けて!クーを助けて!)


もはや汚れなど気にせず、自分の体を必死に押し当てて、願います。



おそらく、ここまで「真摯に他者の救命」を願ったのは、初めてのことでしょう・・・



ぽちゃん・・・


何か水面に落ちる音がしました。


振り返ると、そこには海に落としたはずの「私の一部」がいました。


いつの間にか宙に浮いた「私の一部」の先端から、雫が一滴、落ちたのです。



(・・・助けてくれるの?)


声がしたような気がします。


「おいで・・・」


私は、手を差し伸べます。


ゆっくり「私の一部」が、私の手に収まり、声が聞こえました・・・


「・・・そう・・・今の名は、『なぎ』と言うの・・・」


その時、長い時間をかけて、こうして再会したのに「私」と「薙」は、元の状態には戻れないことを感じました。


・・・これは・・・私であって、ワタシじゃない・・・ワタシであって、わたしじゃない・・・


名は体を、体は名を示すように、「私の一部」は、「別の名前」を名付けられていたのです・・・


もう、元の私には戻れないのです・・・


ですが・・・


「でも・・・今、一時は、お力をお貸しください」


そう「薙」に「願い」ます。



・・・私の持つ「薙」が、光り輝き出しました・・・


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