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第5話 『十種の神宝(とくさのかんだから)』(前編)

(・・・今だ!)


その「人間」が、「漆黒の刀身」を「自分」に振り下ろそうとする。


それと同時に、その「人間」の背後、地中に這(は)わせていた「自分」の四肢から伸びたモノが、勢いよく四方の地面を突き破って、鋭利な形となって飛び出していく。


それは、狙いたがわず、その「人間」を背後から突き刺すはずであった。


それを防ぐための「漆黒の刀身」は、「自分」に向けられているために・・・


その「人間」が、避けることができない、まさに不意を打つ攻撃だったはずだ・・・・


・・・「人間」には、防ぎようのない攻撃だったはずだ


・・・「人間」には・・・



・・・・・・呆然とする・・・・・・



・・・「自分」の四肢は、その「人間」から伸びた、4つの「モノ」に止められていたのだ・・・


その「人間」の影から伸びる、異形の「影」に「喰い」止められていた・・・


・・・その「影」の形を、その「人間」から得た知識を元に推測する・・・


それは、厚みの無い、影でできた・・・


「蛇」に似ていた・・・



影でできた4匹の「蛇」が、がっちりと「自分」の四肢を咥(くわ)えて、離そうとしない。


厚みが無い影のくせに、その力は強く、重さや大きさなどによって強くなる理(ことわり)を無視するものであった。


「蛇」が、噛みついた四肢からボタボタと、赤い血が流れ落ちる。


遅ればせながら、四肢を通して「自分」に痛みが伝わる。


「ぐっっ!」


痛みを感じる部分を止めるよう、「それ」に「命令」したが、痛みは無くならない。


なぜなら、「それ」は、振り下ろされた「漆黒の刀身」を、その緑色の体で防いでいたからだった。


「自分」の身体を傷つけぬように防いでいたのだ。


だから、四肢の痛みしか「自分」は、感じなかったのだ。


「自分」が「命令」したことではない・・・


初めて「それ」が「自身」で動いたのだ。


「・・・なぜ、だ・・・?」


・・・「それ」が、「漆黒の刀身」を防げたこと、「自分」が無事だったことよりも、今まで「自我」もなく「命令」を聞くばかりであった「それ」が、「なぜ」そんな行動をしたのか、という驚きの方が強かった。


しかし、その思考は、すぐに止められることになる。


・・・その「人間」の影から、さらに3匹の「影の蛇」が、にょろりと姿を現したからだ・・・



「自分」の四肢は、「喰い」止められ、力を入れようとも動かすことができない。


そんな力のある「蛇」が、合計7匹も存在しているのだ。


もはや、動かせるのは、「自分」の頭だけで、危機的な状態だった・・・



(・・・離れろ・・・)


「漆黒の刀身」を防いだ「それ」に伝える。


自分から離れるように、と。



(・・・おかしなことを考えている・・・)


「自分」の「思考」は、混乱していた。


本来ならば、「それ」に「命令」して、何とか、この状況を変えるべきだ。


・・・「それ」を「自分」から離すと言うことは、この状況を覆す手段を、方法を無くす、ということだ。


・・・最後まで、「一緒にいろ」、と言うべきだ・・・


なのに・・・「自分」の「言葉」は・・・


(・・・離れろ、と命じている・・・)


・・・しかし、なぜか「それ」は、離れようとしなかった。



「離れろ、と言っている!」


・・・「命令」に従わない「それ」に苛立(いらだ)ち声を上げる。


・・・しかし・・・なぜか「それ」は、離れようとしなかった・・・


ギラリと、「人間」が、「漆黒の刀身」を構え直す。


「それ」が、また防げるとは限らない。


なぜか、振り上げられた、その「漆黒の刀身」は、「それ」ごと「自分」を切り裂くだろう、という直感があった。


「漆黒の刀身」が振り下ろされた時、それが「それ」と「自分」の、最後の瞬間になるだろう、と。



・・・「逃げろ!!!」


「自分」が発した「言葉」に驚きながらも、そう叫ばずには、いられなかった。


・・・しかし・・・・・・


なぜか、「それ」は、離れようとしなかった・・・・・・


(なぜだ!?)


「それ」が「自分」から離れない理由も、「自分」が、逃げるように言う理由もわからない。


「自分」の「思考」は、混乱していた。



「漆黒の刀身」は、ゆっくり下がってくると「自分」の眼前で止まった。


「・・・ここに、まことの『言の葉ことのは』あり・・・」


声が、聞こえた。


それと同時に四肢の拘束が解かれ、7匹の「蛇」が、「人間」の影に浮いこまれていく。



「言の葉、とは言霊ことだま、言葉に宿る霊の力である・・・」


鈴のような澄んだ声が響く。


「あがいみなにおいて・・・」


今まで閉じられていた「人間」の瞳が開かれると、漆黒の目の色が、みるみる紫に変わっていく。


持っていた「漆黒の刀身」が、太陽のように輝くと「人間」は、その黒髪を揺らしながら、宙を舞い始める。


(なっ!?行くな!?)


突然、今まで「離れろ」、と「命令」しても聞かなかった「それ」が、逆に「自分」から離れていこうとする。


「戻ってこい!!」


そう強く言っても、「それ」は、戻ってこない。


「それ」は、透明な水流のようになると、「人間」の周りを回転し始める。


うたうように


「全ては太極より生まれいずる・・・」


と「人間」は、言葉を紡いでいく・・・


「太極は陰陽に分かち、陰において北方に向かいて水行を生じ・・・」


「漆黒の刀身」に「それ」が、まとわりついたかと思うと、黒い闇となって、その闇が集まり、黒色の丸い玉を作り出す。


「そは、死返玉まかるかへしのたまなり」


その玉は、宙に浮かんでいた。


「次いで陽において南方に向かいて火行を生じ・・・」


またしても、「漆黒の刀身」に「それ」が、まとわりついたかと思うと、赤い炎となって、その炎が集まり、赤色の丸い玉を作り出す。


「そは、生玉いくたまなり」


また、その玉は、宙に浮かんでいた。


何が起きているのか、理解が追い付かない。


ただ、わかることは、「それ」は、今、「自分」よりも、その「人間」の「命令」に従っている。


・・・それだけは、わかる。


「残りし陽は東方に吹く風となりて木行を生じ・・・」


今度は、青の光と緑の闇の二つが集まり、青い光は、青色の小さな玉を数個結んだ紐を、緑の闇は、深緑の玉をそれぞれ作り出した。


「そは、足玉たるたま道返玉ちかへしのたまなり」


同じように宙に浮かんでいる。


その「人間」は、さらに宙を舞いながら、


「残りし陰は西方に向かいて金行を生じ・・・」 


白い帯のようなものが集まり、白金しろかね色の、人を包み込めるほどの布を作り出した。


「そは、品物之比礼くさぐさのもののひれなり」


その布は、宙に浮いた状態で「自分」の前に来る。


「四方各行より中央に向かいて・・・」


「人間」も「自分」の前に降り立ってくると、先ほど作り出された4つの玉が、布の上に移動してきた。


「・・・土行を生じるものなり・・・」


薄い黄色の光と、濃黄こきき色の光が、布の上に集まり、丸い鏡と、楕円の鏡の二つになった。


「そは、沖津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみなり」


「人間」は、地面にふわりと着地する。


「布」の上に「四つの玉、二つの鏡」が、そろって並んでいた。


(・・・布を合計すると、作り出されたのは、七つか?)


「これ、『根源』より生じる『陰陽五行』、即ち『万物の理論』・・・『十種の神宝とくさのかんだから』なり」


朗々とした、厳かな声が、締めくくる様に辺りに響いた。


・・・ただただ、茫然としながら、動けない「自分」は、見ているしかなかった・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



音も無く、ゆっくりと布は、地面に着地すると、「四つの玉、二つの鏡」もゆっくり、布の上に着地し動かなくなった。


カチャン、と金属音を立て、「人間」の手から離れた「漆黒の刀身」が、地面に倒れる。


それと共に、様々なモノを生み出した「人間」の目が、紫から元の黒い目の色に戻ると、目を閉じ、ぐらりと体を傾ける。


地面に衝突するかと思われた瞬間、いつの間にか、元の緑色に戻った「それ」が、ぐにゃりと伸び、「人間」を受け止め、布の上に寝させる。


・・・しばらくして、「それ」は、「自分」の元に戻ろうとしてきた。


「来るな!!」


「思考」では、「それ」が戻ってこなければ、「自分」が動けぬままであることを理解しているが、「感情」が、「思考」に反して言葉を叫んだ。


「思考」と「感情」を「制御」できるはずの「自分」が、混乱していた。


・・・目の前で起きた「無」から「有」を作り出すができる「人間」・・・いや、「神代の末裔」か・・・


・・・「それ」が「自分」よりも「人間」の「命令」に従ったこと・・・


「それ」は、「自分」の身体を「優先」して守ってくれたのではなかったのか?


・・・「敗北感」と「失望」を感じ・・・今は、「それ」を受け入れる余裕が、なかったのだ・・・



がさり、と衣服のこすれる音がする。


横たわっていた「人間」が、手をつきながら、ゆっくりと上体を起こしていく。


海から陸に上がる際の騒動で、「人間」の左右の髪を結んでいた紐は、既にほどけており、長い黒髪が小さな顔にかかっていた。


ゆっくりと顔を上げていくと、海水に濡れていた髪から、ぽたぽたと雫が垂れる。



・・・何のために様々なモノを作り出したかは、不明だが、先ほどまで命のやり取りをしていたのだ。


また「人間」が、「自分」を「悪」として戦う可能性は、大きいと判断する。


(・・・戻れ・・・)


「感情」にフタをして、「思考」を優先し、「それ」を「自分」の元に戻るよう「命令」する。


「それ」は、いつものように「自分」に同化すると、「命令」に従って伸びた四肢を戻そうとしたが、途端に鋭い痛みが走る。


「ぐっっ!」


つい痛みに声を上げてしまった。


「蛇」に噛まれた傷により、直ぐには四肢を戻せなかったのだ。


(気づかれたか?)


「自分」の行動を、「弱みを見せてしまった」ことに後悔して、「人間」の動きを警戒する。


その動きを一瞬でも見逃さぬように・・・



「人間」は、座った状態で、その両手を顔の前にもってくると・・・・・







・・・・・「くしゅん!!!」・・・



と、大きなくしゃみをした・・・・・・

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