・・・キンッ!
・・・甲高い音が、辺りに響いた。
「自分」は、その「人間」を殺そうとしたが、できなかった。
なぜなら、「突然」、現れた「細長い包み」が、「自分」の右手を防いだからだ。
完全な人間の形になった「自分」は、先ほどまでの「自分」とは違う。
最適化された動作、より的確な「それ」への「命令」によって、「自分」の右手の刃(やいば)は、先ほどまでの「自分」よりも、効果的に目的を果たすはずであった、が、しかし・・・・
・・・宙に浮かぶ、その「細長い包み」は、「自分」の攻撃を防ぐ強度、強さを持っている・・・
そう・・・「宙に浮かんで」いるのだ・・・その「細長い包み」は。
地面に横たわる「人間」を「守る」という目的をもって、「自分」の「殺す」という目的を防いだのだ。
・・・だからといって、「自分」の「殺意」は、止まらない。
「突然、現れた」こと、「宙に浮かぶ」ことなど、「今」の「自分」には、些細なことだ。
むしろ、その「現象」は、当然のことと納得していたのかも知れない。
その「長細い包み」が、「何であるか」、その「人間」が、どんな「人間」なのかを知ったからだ。
「神代より続く末裔とは・・・自分を捨てた親神の子孫とは・・・」
新しくできた「自分」の口から発せられるのは、学んだばかりの言語を使った、「恨みの言葉」だ。
「・・・許せない、許せない・・・許すことなどできるものか!」
「自分」の「思考」を「制御」できると思っていた「自分」の中で、あまりにも強い「感情」が、「思考」を押し流す。
更に強い力を込めて、右手の刃を押すが、宙に浮かぶ「長細い包み」は、びくともしなかった。
その場から跳躍し、一旦、離れて距離を取る。
その跳躍力も、今までの「自分」では、到底できないものであった。
「・・・その人間を守る、ということは・・・」
その宙に浮かぶ「長細い包み」を憎悪に燃える瞳で睨(にら)み付けながら、左手も鋭い刃に変える。
「・・・オマエにとって、自分は『悪』ということか!!」
恨みの感情により、更に強度を増した両手の刃を構え、強靭な跳躍力による威力も加え、飛びかかっていった。
キンッッ!!
再び、甲高い激しい金属音が、辺りに響く。
しかし、今の「自分」の全力であっても、その宙に浮かぶ「長細い包み」は、びくともしなかった。
「昔の私では無い!・・・何も無かった私ではない!!!」
雄叫びを上げ、ありったけの力を込めて、感情をぶつけ、何度も切りかかる。
・・・くやしかった・・・何も無い「自分」から、優れた「自分」になっても、届かなくて・・・
何度も切りかかる。
・・・「拒絶」されているようで・・・「自分」を「否定」されているようで・・・
何度も切りかかる。
・・・捨てられたことが、さも「正しい」こと、と「肯定」されているようで・・・
何度も切りかかる。
・・・「自分」が「不要」と告げられているようで・・・
・・・荒い息をする・・・
「人間」になったせいで、しっかりと呼吸しなければならない・・・
・・・胸が焼け付くようだった・・・
・・・膝をつく・・・
「人間」になったせいで、疲労を感じたら休まなければならない・・・
・・・全身に力が入らない・・・
・・・目の前の風景が歪んで見える・・・
「人間」になったせいで、目から余分なモノが勝手に流れ出る・・・
地面に、ぽたぽたと液体の跡が残る・・・
「・・・私を認めてくれ・・・」
気付けば、そんな震えた声が、口から洩れていた。
・・・地面にひざまずき、両の手をつけた「自分」の影に、何かの影が重なる。
何かと思い、顔を上げると、横になっていたはずの「人間」が、立っていた。
宙に浮かぶ「長細い包み」を伴い、その「人間」は、宙に浮かんでいた。
「自分」の猛攻を受けて、その包みだけはボロボロになっていたが、その中身には、一切、傷がついていないようだった。
その包みが、ひとりでに動き、中のモノを引き出していく。
ぱさり、と包みが、地面に落ちる。
中身は、漆黒の刀身を見せながらも優美で、太陽の光を浴び、煌(きらめ)いていた。
(・・・なんと、美しいのだろう・・・)
それに「自分」は、羨望のまなざしを向ける。
「人間」は、その刀身を白い小さな手でつかんだ。
刀身は、一層の煌きを見せた。
その刀身の所有者は、その「人間」だと言っているように、「自分」には見えた。
決して、「自分」には手に入らないものだと・・・届かないものだと言うように・・・
その「人間」は、ゆっくり刀身を振り上げ、「自分」に振り下ろそうと構える。
・・・どす黒い「感情」が、巻き起こる。
・・・一層の「殺意」が、「自分」の胸を焦がす。
・・・強すぎる「感情」は、時に「思考」を呼び戻すのだと、その時、感じた。
・・・地面につけていた手と足を、「それ」に「命令」して、気付かれぬようにゆっくり伸ばす。
・・・地面を通して、その「人間」の背後に位置するように・・・
(正面から防がれるなら、背後・・・それも、四方から・・・)
「人間」の動作、「刀身」の位置などを確認する。
(・・・さらに、その刀身が自分の身に食い込んだのなら・・・)
防ぐ手立てなどあろうはずがない。
それは、悪あがきとも言える手段であろうが、今の「自分」には、「最良の一手」となるはず。
・・・「自分」は、じっと、その機会を待った・・・