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第3話 『新たな漂着者』(前編)

(・・・飛翔し、知恵も回り・・・さらに厄介なのは、殺せば仲間を呼ぶか・・・ということは、虫人モドキは、かなりの数が存在し、その支配する領域も広い・・・今の「自分」の現状では・・・)


暗い海に沈み、激しい海流に飲まれながら、冷静に「自分」は、そう分析していた。


・・・水の中でも苦しくはない、落下の衝撃も大したことはなかった。


おそらく、「自分」の身体に同化している「それ」に、そうするよう「命令」したからだろう。


先ほどまでの、腕を伸ばした樹々への移動や、目を自由に動かせることによる視野の確保など、「それ」由来の優位性はあるが、おぼつかない動作や、不鮮明な像を結ぶ目など、「不完全な人間」の「自分」のふがいなさに苛立ちを覚える。


(・・・完全な人間の機能を取り込むことができれば・・・)


ふと、そんな希望も脳裏によぎるが、「クー」との情報伝達の中で、「自分」以外の「人間」は、見たことがない、と言っていたことを思い出し、即座にその案を却下する。


・・・これまでの経緯などを振り返ってみる・・・


「クー」によって様々な知識を得たが、根本的解決にはならない・・・


・・・「自分」と「クー」の元に現れた「傷付いた蟲人モドキ」、それに関する「クー」の言動や思考、などを思い返してみる。


(・・・ココハ、ワレラノセイチ、ミハリ、ナニシテイルカ?トリニガシタカ?・・・)


(通常なら、いないはずの虫人モドキが、そこにいた・・・)、更に思い返してみる。


その前に、「クー」は、「海の民の若い者は、指導者の言いなりになっている」、と言っていたか。


(指導者に反対する、クー・・・なるほど・・・指導者にとって・・・クーは、「悪」か)、「自分」の中で、ひとつの「答え」を導き出した。


「自分」は、その巻き添えを食った、そういうことだろうか。


(・・・クーも役に立たんかも知れんな・・・)


黒い海の中、共に落ちたはずの「クー」の姿を探すが、「自分」の目では見つけ出すことができなかった。


「クー」から得た知識の中、この世界の海は、流れが速く危険であると知っているが・・・


(こうして、自分で色々できるようになったが・・・何もできんとは・・・)


再び「自分」の中の「虚無感」が、浮かび上がってくる。


(・・・もう、このまま沈んでしまおうか・・・)


「自分」の慣れ親しんだ「絶望」のままに身を任せた方が、どれだけ楽か・・・



そう思った時、


(・・・何だ?・・・何か、呼んでいる?)


音が伝わるはずのない海中で、音の無い音が聞こえた気がした。


「何か」が、「自分」を呼んだ気がしたのだ。


(・・・こっちか?)


「それ」に「命令」して海の中を進む・・・・


(!?)


そして、「自分」は、発見した。


暗い海の底に向けて、沈み行こうとする・・・それは、確かに・・・



・・・・・・「人間」だった・・・・・・・



(人間だと!?)


沈みゆく、その存在は、確かに「自分」が「想像した人間」の形をしていた。


大きさは、今の「自分」と同じぐらい、知識から言うと「幼体、子ども」という分類だろう。


白色を主に使った衣服を着て、それは、黒い海の中をゆっくり沈んでいく。


(死んでいるのか?)


近づいて、観察してみる。


波の揺れで、手足は動くが、自分の意志で動いているのではない。

動かしているわけではない。


顔を確認するが、目は閉じられており、そこからも生きているか、死んでいるか、確認することはできない。


・・・死んでいるのか、生きているのか不明だが、このままにしておけば、必ず死ぬだろう・・・


「クー」を観察し、また吸収した知識から、生物は「呼吸」というモノをしていると学んだ。


水中に適応した「海の民」は、ともかく「通常の人間」なら、水の中で生きられる訳はない。



「自分」の中に「葛藤」が、生まれた。


・・・「自分」の中には、「人間」に対する様々な「感情」がある。


・・・何も無い「自分」への「劣等感」、捨てられたことへの「恨み」、「悲しみ」、「孤独」、そして「絶望」、なんでも有る「五体満足」な「人間」への「憧れ」、「憎悪」・・・・



「自分」が、「人間」に執着するのは、「自分」の、この「感情」に区切りをつけるためだ。


・・それをしないことには、「自分」は・・・



(・・・放っておけばいい、生きていようが、死んでいようが関係ない、虫人モドキのいる、あの過酷な環境で生きられる訳はない、いずれ死ぬ、なら、ここで放っておいたほうが苦しまずに・・・)


(・・・いや、自分は、完全な人間になりたいのではないか?生きていようが、死んでいようが関係ない、とりあえず、人間の身体を回収しておこうじゃないか?)


(・・・五体満足な人間など、自分が最も嫌悪するモノだろう?憎いモノだろう?それになって、どうする?むしろ、絶望こそ、自分だろう?このまま、自分も一緒に沈んでしまえ、終わらしてしまえ・・・)



・・・行動に移せず、時間だけが過ぎていく・・・その間にも、人間は、どんどん沈んでいく・・・



その時、小さな泡が浮き上がっていくのを見た。


その泡の生じた先をたどって見ると、そこにあるは、その「人間」の「口(くち)」だった・・・


泡とは、「呼吸」の証拠である。

「呼吸」とは、生命活動を行っている証拠である。


驚き、その「人間」の顔に近づく。


・・・その「人間」は、今まで閉じていた目を開き、その手を「自分」に伸ばしていた・・・


暗い海の中で、はっきりと、その目は、何かの意志を伝えていた。


音が伝わらない波の中で、その口は、何かの声を伝えていた。


自由にならない、ゆらぎの中で、その手は、何かを訴えていた。



・・・・・だから、「自分」は・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



暗い海の中、その「人間」を拾い上げて懸命に泳いだ。


知識の中で、海の中にも危険な生物がいることは知っていた。


無事に上陸するまでには、様々な障害を越えねば、ならなかった。


・・・何度、「自分」の腕に抱えた「人間」を放そうとしたことか・・・


しかし、それはできなかった。


上陸した場所は、偶然にも「自分」が最初に一歩を踏み出した場所であった。


気付けば、朝になっていた。


近くには焦げた匂いがする虫人モドキの死骸もあったが、それには構わず、周囲を警戒するが・・・


・・・誰もいないようだった。


移動の際にも、「それ」に「人間」が生きていられるようにすることも「命令」していたが、「人間」は、ぐったりと力なく、その目は閉じられていた。


その「人間」を横たえ、「自分」に同化している「それ」を使い、「人間」の機能と構造を読み取るように「命令」する。


「それ」は、身体を大きく広げて「人間」を完全に包み込む。

必要な機能と構造などを順調に読み取っているようだった。


しばらくして、「それ」は、「命令」に従い、「人間」から離れると、また「自分」の身体に同化していく。


思い通りに、「自分」の身体を造りなおすのだ、「五体満足な人間」の姿に「自分」を変えるのだ。


今まで不鮮明だった目に映る像も鮮明なものになった。


・・・人間は、こんなにも美しい景色を見ることができるのか・・・


自分を取り巻く、様々な音もしっかり聞こえるようになった。


・・・人間は、こんなにも多くの音を聞くことができるのか・・・


腕や指を始め、身体の動作も最適化されたものになった。


・・・人間は、こんなにも複雑であるが、滞りなく動くことができるのか・・・


「・・ぁあぁぁあ・・・」


口などもしっかり形成され、発音可能になった。


・・・人間は、このように音を言葉の形にして意志を伝えることができるのか・・・



「自分」の機能を確かめている間も、「人間」は、ぐったりとしており、意識は無いようだった。


だが、地面に寝かしている「人間」の胸は上下し、しっかりとした「呼吸」をしている。


「人間」を助けてしまった・・・


この「人間」は、「生きているのだ」・・・



また、「自分」の中の複雑な「感情」が浮かび上がってくるが、この「人間」が「悪」となりえる行動や、思考、感情は、抑えなければならない。


(とりあえず、この人間の知識・記憶などを吸収したいが・・・)


助けた「人間」が、すでに「悪」である可能性もある。


その判断、対策には、この「人間」がどのような「人間」なのかを知る必要がある。


(・・・やってみるか・・・)


「クー」との情報伝達の感触を思い出しながら、「それ」に「命令」してみる。

作り直した「自分」の身体を参考に、知識や、経験を司る頭の部分を探ってみる。


・・・初めての経験だ。


じっくり、何かを手繰(たぐ)り寄せる様に、慎重に行っていく・・・・


ほどなくして、その「人間」の知識や、経験と思わしき情景が、「自分」に伝わってくる・・・


その中には、「口(くち)」から発せられる音、「言語」というモノもあった・・・


「人間」は、その言語というモノを使い、時に、それを「文字」という形に直し、情報をやり取りするのだ。


そこには、過去の記憶を残しておくということも出来るのだ。


その「人間」の知り得た、様々な情報を回収していく。


その「人間」が、どういった「人間」なのか、読み取っていく。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・なるほど、この人間は、そういう人間なのか・・・」


習得した言語を、発語が可能になった「自分」の口から、思わず発してしまう。


思考を意味のある音の形にしてしまう。


もし、その意味のある音を理解する者がいれば、その意図を感づかれてしまうというのに・・・


しかし、どうしても「言葉」を止めることができなかった。



完全な人間の形になった「自分」は、記憶を読み取るために、かかんでいた上体を起こした。


・・・「自分」は、「感情」を抑えきれずにいた。



完全な人間の形になったはずの右手を、また自らの意思で異形の刃物の形に変える・・・・



・・・そして・・「自分」の右手を振り下ろしていた。



「この人間は、『悪』だ!!!」


と大きな声で叫びながら・・


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