(・・・飛翔し、知恵も回り・・・さらに厄介なのは、殺せば仲間を呼ぶか・・・ということは、虫人モドキは、かなりの数が存在し、その支配する領域も広い・・・今の「自分」の現状では・・・)
暗い海に沈み、激しい海流に飲まれながら、冷静に「自分」は、そう分析していた。
・・・水の中でも苦しくはない、落下の衝撃も大したことはなかった。
おそらく、「自分」の身体に同化している「それ」に、そうするよう「命令」したからだろう。
先ほどまでの、腕を伸ばした樹々への移動や、目を自由に動かせることによる視野の確保など、「それ」由来の優位性はあるが、おぼつかない動作や、不鮮明な像を結ぶ目など、「不完全な人間」の「自分」のふがいなさに苛立ちを覚える。
(・・・完全な人間の機能を取り込むことができれば・・・)
ふと、そんな希望も脳裏によぎるが、「クー」との情報伝達の中で、「自分」以外の「人間」は、見たことがない、と言っていたことを思い出し、即座にその案を却下する。
・・・これまでの経緯などを振り返ってみる・・・
「クー」によって様々な知識を得たが、根本的解決にはならない・・・
・・・「自分」と「クー」の元に現れた「傷付いた蟲人モドキ」、それに関する「クー」の言動や思考、などを思い返してみる。
(・・・ココハ、ワレラノセイチ、ミハリ、ナニシテイルカ?トリニガシタカ?・・・)
(通常なら、いないはずの虫人モドキが、そこにいた・・・)、更に思い返してみる。
その前に、「クー」は、「海の民の若い者は、指導者の言いなりになっている」、と言っていたか。
(指導者に反対する、クー・・・なるほど・・・指導者にとって・・・クーは、「悪」か)、「自分」の中で、ひとつの「答え」を導き出した。
「自分」は、その巻き添えを食った、そういうことだろうか。
(・・・クーも役に立たんかも知れんな・・・)
黒い海の中、共に落ちたはずの「クー」の姿を探すが、「自分」の目では見つけ出すことができなかった。
「クー」から得た知識の中、この世界の海は、流れが速く危険であると知っているが・・・
(こうして、自分で色々できるようになったが・・・何もできんとは・・・)
再び「自分」の中の「虚無感」が、浮かび上がってくる。
(・・・もう、このまま沈んでしまおうか・・・)
「自分」の慣れ親しんだ「絶望」のままに身を任せた方が、どれだけ楽か・・・
そう思った時、
(・・・何だ?・・・何か、呼んでいる?)
音が伝わるはずのない海中で、音の無い音が聞こえた気がした。
「何か」が、「自分」を呼んだ気がしたのだ。
(・・・こっちか?)
「それ」に「命令」して海の中を進む・・・・
(!?)
そして、「自分」は、発見した。
暗い海の底に向けて、沈み行こうとする・・・それは、確かに・・・
・・・・・・「人間」だった・・・・・・・
(人間だと!?)
沈みゆく、その存在は、確かに「自分」が「想像した人間」の形をしていた。
大きさは、今の「自分」と同じぐらい、知識から言うと「幼体、子ども」という分類だろう。
白色を主に使った衣服を着て、それは、黒い海の中をゆっくり沈んでいく。
(死んでいるのか?)
近づいて、観察してみる。
波の揺れで、手足は動くが、自分の意志で動いているのではない。
動かしているわけではない。
顔を確認するが、目は閉じられており、そこからも生きているか、死んでいるか、確認することはできない。
・・・死んでいるのか、生きているのか不明だが、このままにしておけば、必ず死ぬだろう・・・
「クー」を観察し、また吸収した知識から、生物は「呼吸」というモノをしていると学んだ。
水中に適応した「海の民」は、ともかく「通常の人間」なら、水の中で生きられる訳はない。
「自分」の中に「葛藤」が、生まれた。
・・・「自分」の中には、「人間」に対する様々な「感情」がある。
・・・何も無い「自分」への「劣等感」、捨てられたことへの「恨み」、「悲しみ」、「孤独」、そして「絶望」、なんでも有る「五体満足」な「人間」への「憧れ」、「憎悪」・・・・
「自分」が、「人間」に執着するのは、「自分」の、この「感情」に区切りをつけるためだ。
・・それをしないことには、「自分」は・・・
(・・・放っておけばいい、生きていようが、死んでいようが関係ない、虫人モドキのいる、あの過酷な環境で生きられる訳はない、いずれ死ぬ、なら、ここで放っておいたほうが苦しまずに・・・)
(・・・いや、自分は、完全な人間になりたいのではないか?生きていようが、死んでいようが関係ない、とりあえず、人間の身体を回収しておこうじゃないか?)
(・・・五体満足な人間など、自分が最も嫌悪するモノだろう?憎いモノだろう?それになって、どうする?むしろ、絶望こそ、自分だろう?このまま、自分も一緒に沈んでしまえ、終わらしてしまえ・・・)
・・・行動に移せず、時間だけが過ぎていく・・・その間にも、人間は、どんどん沈んでいく・・・
その時、小さな泡が浮き上がっていくのを見た。
その泡の生じた先をたどって見ると、そこにあるは、その「人間」の「口(くち)」だった・・・
泡とは、「呼吸」の証拠である。
「呼吸」とは、生命活動を行っている証拠である。
驚き、その「人間」の顔に近づく。
・・・その「人間」は、今まで閉じていた目を開き、その手を「自分」に伸ばしていた・・・
暗い海の中で、はっきりと、その目は、何かの意志を伝えていた。
音が伝わらない波の中で、その口は、何かの声を伝えていた。
自由にならない、ゆらぎの中で、その手は、何かを訴えていた。
・・・・・だから、「自分」は・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
暗い海の中、その「人間」を拾い上げて懸命に泳いだ。
知識の中で、海の中にも危険な生物がいることは知っていた。
無事に上陸するまでには、様々な障害を越えねば、ならなかった。
・・・何度、「自分」の腕に抱えた「人間」を放そうとしたことか・・・
しかし、それはできなかった。
上陸した場所は、偶然にも「自分」が最初に一歩を踏み出した場所であった。
気付けば、朝になっていた。
近くには焦げた匂いがする虫人モドキの死骸もあったが、それには構わず、周囲を警戒するが・・・
・・・誰もいないようだった。
移動の際にも、「それ」に「人間」が生きていられるようにすることも「命令」していたが、「人間」は、ぐったりと力なく、その目は閉じられていた。
その「人間」を横たえ、「自分」に同化している「それ」を使い、「人間」の機能と構造を読み取るように「命令」する。
「それ」は、身体を大きく広げて「人間」を完全に包み込む。
必要な機能と構造などを順調に読み取っているようだった。
しばらくして、「それ」は、「命令」に従い、「人間」から離れると、また「自分」の身体に同化していく。
思い通りに、「自分」の身体を造りなおすのだ、「五体満足な人間」の姿に「自分」を変えるのだ。
今まで不鮮明だった目に映る像も鮮明なものになった。
・・・人間は、こんなにも美しい景色を見ることができるのか・・・
自分を取り巻く、様々な音もしっかり聞こえるようになった。
・・・人間は、こんなにも多くの音を聞くことができるのか・・・
腕や指を始め、身体の動作も最適化されたものになった。
・・・人間は、こんなにも複雑であるが、滞りなく動くことができるのか・・・
「・・ぁあぁぁあ・・・」
口などもしっかり形成され、発音可能になった。
・・・人間は、このように音を言葉の形にして意志を伝えることができるのか・・・
「自分」の機能を確かめている間も、「人間」は、ぐったりとしており、意識は無いようだった。
だが、地面に寝かしている「人間」の胸は上下し、しっかりとした「呼吸」をしている。
「人間」を助けてしまった・・・
この「人間」は、「生きているのだ」・・・
また、「自分」の中の複雑な「感情」が浮かび上がってくるが、この「人間」が「悪」となりえる行動や、思考、感情は、抑えなければならない。
(とりあえず、この人間の知識・記憶などを吸収したいが・・・)
助けた「人間」が、すでに「悪」である可能性もある。
その判断、対策には、この「人間」がどのような「人間」なのかを知る必要がある。
(・・・やってみるか・・・)
「クー」との情報伝達の感触を思い出しながら、「それ」に「命令」してみる。
作り直した「自分」の身体を参考に、知識や、経験を司る頭の部分を探ってみる。
・・・初めての経験だ。
じっくり、何かを手繰(たぐ)り寄せる様に、慎重に行っていく・・・・
ほどなくして、その「人間」の知識や、経験と思わしき情景が、「自分」に伝わってくる・・・
その中には、「口(くち)」から発せられる音、「言語」というモノもあった・・・
「人間」は、その言語というモノを使い、時に、それを「文字」という形に直し、情報をやり取りするのだ。
そこには、過去の記憶を残しておくということも出来るのだ。
その「人間」の知り得た、様々な情報を回収していく。
その「人間」が、どういった「人間」なのか、読み取っていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・なるほど、この人間は、そういう人間なのか・・・」
習得した言語を、発語が可能になった「自分」の口から、思わず発してしまう。
思考を意味のある音の形にしてしまう。
もし、その意味のある音を理解する者がいれば、その意図を感づかれてしまうというのに・・・
しかし、どうしても「言葉」を止めることができなかった。
完全な人間の形になった「自分」は、記憶を読み取るために、かかんでいた上体を起こした。
・・・「自分」は、「感情」を抑えきれずにいた。
完全な人間の形になったはずの右手を、また自らの意思で異形の刃物の形に変える・・・・
・・・そして・・「自分」の右手を振り下ろしていた。
「この人間は、『悪』だ!!!」
と大きな声で叫びながら・・