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第2話 『漂着』(後編)

「ぅぅーん!」


初めての感覚に「声」を上げたが、「それ」で形成した「口(くち)」は、十分にその機能が無く、小さくぐもった「音」にしかならなかった。


恐る恐る、周囲を見回しながら「木造の物体」から一歩を踏み出した「自分」の「足」が、「液体」に濡れるのを感じたからだ。


足元に「液体」があったからだ。・・・初めての体験では、仕方ないだろう。


(声を出すこと、それは自分の存在を知らせること!)


素早く周りを警戒するが、周囲には今の音を聴いた存在はいないようで、「自分」は、小さな「声」しか出せなかったことに感謝した。


安堵した「自分」は、一歩ずつ、おぼつかない足取りで「液体」から「地面」への境界に向かう。


そこは「液体」が、行ったり来たりを繰り返す、ざらざらした「地面」のある場所であった。


とりあえず、「地面」や、「液体」を手で触ってみる・・・「それ」で構成された「自分」の身体を傷つけるモノではない・・・「害」は無い、「悪」では無いようだ。


(これらは、何と言うのだろうか?)


長い間、思考していた「自分」は、「自分」に有益なモノは「善」、「自分」に害を与えるモノは「悪」と認識することにしていたが、初めて見る、そのモノの名前がわかる訳はない。


(・・・なんと広いことか・・・)


周囲を見渡し、自分の上にあるモノなど、良くわからないが、ただ「自分」以外の存在があることは、その存在を認識することは喜ばしく、目に映る壮大な景色に胸が打ち震え、大きな感動を覚えた。



しかし、その感動に浸る時間は、どすんどすん、という音にかき消された。


「それ」で構成された「自分」の「耳」は、音を感知する機能はあるが、遠くの音まで聞き取ることができないのは、すでに経験として学んでいる。


音は、どうやら近づいてくるようだ。何かが近づいてくるまで、聞こえなかったのだ。


よく見えぬ「目」で、それを認識しようとする・・・


・・外に出た「自分」に向かってきたのは、未知の「巨体」であった。


・・「自分」は、再び「それ」に命令して、両手を鋭利な形に変えた・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



向かってきた生物(?)は、たくさんの長い手足のを備えた、小山ほどもある生物だった。


(手足の数もあるが、大きい!・・・これは危険ということか?)


試し切りをしてわかったが、物の大きさや、重さ、速さは、その威力を増大させると学んだ。


近づくまで気づかず、また好奇心のために、その生物を観察して接近を許してしまったが、その判断が誤っていたのではないかと、脳裏に後悔がよぎる。


いつでも逃げだせる心構えをして、両手を構え、その生物を迎え討とうとしたが・・・・



・・その生物は、「自分」の前まで来ると、急に止まり・・頭と思われる部分を地面にこすりつけ、たくさんの手足のようなモノを広げて、動かなくなった・・


その生物は、何か音を発しているが、無論、それを聞いたところで理解することもできない。

ただ突然、襲い掛かる、ということは無いらしいと判断した。



警戒しながらも、その生物の周囲を回り、しげしげと観察する。


その生物も「自分」を見つめているが、その目は、「それ」で構成した「自分」の「目」によく似ていた。


ひとしきり観察したところ、体はぬめぬめとしており、手足のようなものは合計8つあるようだった。

観察している間も、その生物は、動かず、じっとしていた。


(・・害はない・・悪ではないのだろう)


そう判断して、警戒を解き、両手を元の「人」に似た形に戻す。


それを見た生物は、その大きな目を細めると、恐る恐る、ゆっくりと、その手のようなモノを「自分」の「手」の方に伸ばしてきた。


(・・・触れと、いうことか?)


その意味は不明だが、やはり好奇心から「自分」の「手」で、伸ばしてきた生物の手に触れてみる。


(!?)


その時、「自分」の「感覚」に異様なモノが入ってきた。

「自分」の意志を伝え、その部位を動かすのだが、その伝わるところを逆に「何か」が、たどってくるような感覚。


驚き、手を放し、その「感覚」が残っている「頭」を振る。


その感覚は消えたが、「自分」とは違う存在の意識を感じた。


「自分」とは違う存在である、その生物からの意識を感じた。何かを伝えたい、そういう感触を受けた。


(お前が伝えているのか?何を伝えようとしているのか?)


じっと、その生物を見つめる。


その生物は、肯定するように頭と手足を動かし、また、その手を「自分」の方に伸ばしてきた。


仕方なく、また、手をつなぐことにする。


(・・・うっ・・?)


おそらく、その生物の思考だろう、言葉、情景のようなモノが伝わってくる。


(・・・ヒトガミ、サマ・・・アリマスカ?)


そう理解できる言葉と、「人間」の姿のような情景を伝えてきた。


(ヒトガミサマ・・・ワレラヲ・・・ミチビキタマエ・・・)


その生物は、「人間」を、その姿に近い「自分」を、優れた大切なモノとして考えている、そういう感触を受けた。


情景として「五体満足な人間」の姿を見させられて、「自分」の中で、「嫌悪感」が沸き上がる。


(!?・・・ヒトガミサマ・・・チガイマスカ?)


その「嫌悪感」が、思考に反映され、その生物に伝わったのか、オドオドとした感触が混じる。


(思考が伝わるなら、悪となりえる感触は、まずい)


そう考え、一旦、自分から手を放す。



・・今の状況から、この生物と、どのように接するべきか、考えをめぐらし、今度は「自分」から手を差し出した・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・この生物は、「クー」と言う名前らしいことが、わかった。


極力、「自分」の「感情」や「思考」を抑えながら、その「クー」から情報を引き出した。



長年の思考の経験から、「自分」の「感情」や「思考」を操作することなど、「自分」には造作の無いことだった。

この時は、少しだけ感謝の念を覚えたが、あまり考えると「憎悪」の感情が伝わってしまうので、考えないようにしたが。


「クー」との接触は、お互いの言葉だけでなく、情景や経験、知識などもやり取りすることができ、「自分」は、様々な知識をむさぼるように吸収していった。



内容を要約すると、「クー」のような生物は、「海の民」という種であること。


「クー」は、「人間」を「ヒトガミサマ」という神として崇(あが)める大司祭で、ルーフという高い地位にあり、とても長生きで、本当の名前は忘れてしまった、友好的で、敵意は無く、むしろ従います、を伝えてきた。


・・・触手や動作、コロコロ変わる目も交えて伝える必要はないと思うが・・・・

・・・息子が3匹、娘が1匹いるも必要な情報か・・・?


今の若い者に人間こそ神であり、自分たち「海の民」の創造主であると説いているが、今の若者は、言うことを聞かない、指導者の手先となっている、と嘆いているようだった。


(だから、ワレラヲ、ミチビキタマエ、と伝えてきたのか・・・)


また、この情報伝達は、「海の民」なら誰でも出来る、何やら空間に満ちている「マナ」や、体内にある「オド」というのを介して行っているらしいことも知った。



必要な情報を厳選し、脳内に納め、「自分」は、あらゆる「感情」、「思考」を制御し、後ろに隠した右腕を見つからないように刃物の形に変えると、「クー」に、こう尋ねた。


(自分以外の人間を知っているか)、と。


「自分」の胸に秘めた「感情」を知らせないためだ。

場合によれば、「クー」を「悪」として「殺す」必要があるからだ。



「クー」は、頭を振り、手(?)でバツのマークをして、

(アナタサマガ、ハジメテデゴザイマス)と伝え、

(レイハイチュウニ、オスガタヲミテ、カケヨリマシタ)

と遭遇した時のことも伝えてきた。



(・・・そうか・・・とりあえず、オマエの集落に案内してもらおうか)


そう伝えた。


「人間」を「神」として崇めているなら、また、この「クー」が共に来るなら、「自分」に「悪」をもたらさないだろう、そこで今後の計画を考えようと判断し、右手を元の形に戻そうとした時だった。



・・・ぶぶぶぅぶぅぶ・・・そんな音が「自分」の「耳」に聞こえてきた。


その音は、「クー」も聞こえたのだろう、「クー」から(驚き、警戒、危険)、という感触が伝わってくる。


(!?ナゼ、ココニ、ムシノタミ、イルカ!?)


「クー」が見つめる先には、先ほどの音を背中の羽から発生させている、虫の様な、人間の様な姿をした生物がいた。


テラテラと光る身体には、なぜか多くの傷があり、何か液体を流しており、背中の羽も傷つき、本来の役割を果たせぬために、地面をこすりながら、こちらに近づいてきていた。


(ココハ、ワレラノセイチ、ミハリ、ナニシテイルカ?トリニガシタカ?)


「クー」から(疑問)の感触が伝わる。何か腑に落ちない、違和感を感じているようだ。


そのうちにも、虫の人モドキは、目と思われる部分を赤く光らせ、鋭いツメを振り上げてきた。


・・・だが、傷付いているせいか、あまりにも遅い・・・ゆうゆうとそれを避け、懐に飛び込み、右手の刃でソイツの首を・・・


(イケナイ、コロス、ナカマヨブ!)


「クー」から強い(静止)の感触が伝わってきたため、寸でのところで刃を止め、その蟲人モドキから離れる。


(・・・よく止められた・・・)


慣れぬ身体ゆえ、「自分」ながら感心した。


(・・・殺すと何か、仲間を呼ぶ性質があるのか?では、放置するのか?)


「クー」にそう質問を返した時、気付いた。


・・動いた拍子に「クー」の手を放したが、今でも情報伝達が出来ている。


「クー」も驚いているのか、(サスガハ、ヒトガミサマ)

と尊敬の念を送ってくる。


(クーではないとすると・・・オマエがやったのか?)


「自分」の中の「それ」に問いかけるが、やはり答えはない。


だが、「自分」の身体や、機能をもたらした「それ」が、「クー」とのやり取りを通して、新たな機能を獲得しても不思議ではない。


・・・おそらく、それが「正解」だろう、と導き出した。


「それ」の「正体」も不明だが、とりあえずは、目先の虫人モドキだ。


「クー」から、(シニカケ、シカタナイ、ホウチスル)


と伝わってきた時、その虫人モドキに向かって何か飛んでくるものを見た。


「クー」からの知識で、それは「火」が着いた「矢」であると判断したが、その意味が分からず、それは虫人モドキの背中の羽に突き刺さった。


深々と刺さった「火矢」の「火」は、瞬く間に虫人モドキの身体を包んでいく。

元々、弱っていたのだ・・・その火を消そうとするが、叶わず、甲高い音を出して、その目を赤く点滅させて、徐々に動きを鈍くさせていく。


(!?ヒヤ、ドコカラ?・・・トリアエズ、マズイ、ニゲネバ)

「クー」の強い(危機感)を感じ、

(ヒトガミサマ、イッショ、ニゲマス)

と、この場から離れる様子を見せた。


言われるがままに、その場を離れることにするが・・・・周囲から何か音がする・・・・・


・・間違いない、先ほどの音、「羽音」だ・・それも複数、聞こえてくる・・



・・こうして、「自分」の「未知との遭遇」が始まったのである・・

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