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第1話 『漂着』(前編)

・・・うっそうと茂る樹木の中、「自分」は、逃げていた・・・


(どうして、こうなったのか?)


腕を伸ばし、遠くの樹の枝に巻き付かせて、素早く移動していきながら、考えていた。


・・・後ろから、バキバキっと音を立てて、「巨体」が追ってくる・・・・


それは、奇怪な姿をしていた。


遭遇した時は、4本の足と4本の腕をもった生物だったが、今は、1本ずつ足と腕が欠けた姿となっている。


(便宜上、足と腕と思うが・・・)


「自分」の中の「知りたい」という強い欲求を抑え込み、また次の樹の枝に腕を伸ばし、巻き付かせ移動し、距離を稼ぐ。


(・・・遅いぞ)


「自分」だけなら逃げられる。身を隠すことができる。


しかし、後ろから追いかけてくる「巨体」は、遅く、その大きさからも身を隠すことは困難だろう。



・・・・・その巨体の後方から、多数の音が聞こえてくる。


ブゥーン、ブゥーンという無数の羽音が聞こえてくる。


(やはり、逃げきれないか?)


片方の目は、前を向きながら、片方の目をその後方に向ける。


そこには、飛翔する人の姿に似た・・・「蟲の人」とも言うべき存在が、武器を構え、追ってきていた。


暗闇の中、その目を赤く光らせ、森の中を早い速度で飛翔し、「自分」と「巨体」を追いつめていた。


地に足を着け歩くモノと、樹々を移動するモノとでは、根本的な速度が違う。


(・・・木々の中で戦うべきではない、暗がりの中で戦うべきではない)


そう考えを巡らせる。


未だに不鮮明な像しか結ばない、不完全な「目」のせいだ。

しっかり相手を視認できないのならば、それに影響を与える要因は、極力、省かねばならない。


(十分な明かりは、ある・・・)


片方の目は、前を向きながら、片方の目を移動させて、上空に輝くモノを見た。


夜空には、漫然と輝く、欠けることない月が浮かんでいた。


(・・・ならば、開けた場所を)


そう思考し、「自分」は、目的の場所を探していた。


・・・そこは、目的には適した場所だった。

ただ、一点、その先に地面が無く、黒く波打つ海がなければ。


そこは、切り立った崖の上だった。


足を止めるしかない。

遅れて、「巨体」もたどり着き、同じく足を止める。


多数の羽音が、樹々の中から聞こえるが、姿はよく見えない。先ほどまで赤かった目は、今は緑色になり、樹々に溶け込み、こちらの出方をうかがっているのだろう。


(・・・誘導されたのか・・・森は、ヤツらの縄張りということか・・・それに知恵もある・・・)


危機的状況であるが、よく知らぬ生物に「自分」は、むしろ感心すら覚えていた。


意識を集中し、両手を鋭い刃物のような形状に変える。


その行為を好戦的と判断したのでろう、激しい羽音と共に、蟲の人どもが飛び出してくる。



・・・だが、それは、突然、目の前に大きく広がった真っ黒い液体に阻まれる。

一瞬にして、「自分」の視界も遮ったため、次の行動ができなかった。動くことが出来なかった。


真っ黒い液体を吐き出した「巨体」が、「自分」を抱え、暗闇の世界に落ちていく。



(・・・美しいと思うのだろうか・・・?)


落ちていく時間の中、場違いな、そんな考えも横切る。


夜空に煌々と輝く、月を見ながら、「自分」と「巨体」は、大きな水柱を上げ、黒い海へと飲み込まれていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・いつ、というのは定かではない。


何も無い「自分」は、捨てられ、悠久の時を、暗闇を過ごしていたのだ。


時間など、わかるはずがない。


だが、明確な変化が訪れた。


(・・・何か、動いている・・・)


それは初めて感じる感覚であった。


手も、足も、口も、耳も、目もない「自分」は、「意識」だけがあった。


「意識」があるということは、「思考」できるということ、「無い」と「有る」の「認識」ができるということ、「感覚」とは、どんなモノかを「想像」することができるというだ。


だからこそ、その感覚を、「自分」以外の「何か」が、「自分」の身体の上を動いていると認識した。


(・・・自分以外のモノが、ここにいるのか?)


しばらく、その初めての感覚を感じていたが・・・



(・・・うっとうしい・・・)


と、いい加減だんだん、苛立ってきた。


しかし、「自分」には、それを払い退ける「手」も、避けるための「足」も、静止を伝える「口」も何も無いのだ。どうしようもない。


しかし、「自分」以外の動いているモノは、その意志を感じたのか、「自分」の身体から離れていくようだった。


(・・・?思っていることを読み取っている?)


そう判断した。


(・・・なら、近寄ってこい・・・)


予想通り「それ」は、また「自分」の身体の上に来て、動いていた。


「それ」自体の「意志」は、「自我」は、あまり無いようだった。


・・・行ったり来たり・・・しばらく「それ」で遊んでいたが、根本は、何ら解決していないことに気付いた。


(・・・自分も動けるようになりたい・・・)


「それ」を心底、うらやましいと思った。


・・「自分」にも、手や足があれば、動けるのに・・何も無い「自分」を呪った・・



(!!??)


突然の衝撃が、「自分」の身体を襲った。


「それ」が、「自分」の意思を読み取ったのか、奇妙な動きを始めた。


「それ」は、「自分」の身体に強く接触すると、にゅるん、っと「自分」の身体に入ってきたのだ。


(何を!?)


「自分」の身体に異物が入る感覚。「自分」と「それ」が混ざる形容しがたい感覚。


「自分」の境界と「それ」の境界が無くなり、そして、細かくなり、伸びていく感覚。


(やめろ!!)


思わず、手で払いのけるようなイメージをする。


耳が無いので音は聞こえず、目も無いので姿も確認できないが、「自分」が「それ」を払い退けた感覚がした。


(!?)


今までに無い感覚がある。「それ」が「自分」とつながっていた部分に、「自分」の身体の一部が伸び、「自分」の意志で動かせる部分が出来ていることを認識した。


(腕、手・・・なのか?)


新たに生えた部分を使い、「自分」の身体を触り、互いの感触を確かめてみる。


・・・それは、間違いなく「腕」と「手」と認識できるモノであった。


(まさか、あれが融合して、作り出したのか?、自分の動きたいという意志を読み取って?)


「自分」が「それ」を払い退けてしまったことを思い出し、焦りだした。


(戻ってこい!!!)


今までにない強い意志で呼びかける。


払いのけてしまった「それ」が、どうなっているのか、「生きているのか」、「死んでいるのか」、「自分」には認識できないからだ。


「自分」の杞憂(きゆう)をよそに、「それ」は、また「自分」の身体の上に戻ってきた。


その事に心底、安堵(あんど)しながら、「それ」に「命令」する。


(また、動かせる腕と手を作り出せ)


「命令」を受け取った「それ」は、先ほどと同じように「自分」の中に潜り込むと、再び、「腕」と「手」を作り出していた。


(!!)


何もないはずの「自分」に「手」が出来た。打ち震えるほどの感動を覚えた。

「自分」の身体と、お互いの「手」を使い、様々な情報を得ていく。全てが新鮮であった。


(ならば、次は!)


「自分」は、何も無い「自分」を亡くすために、次々「それ」を利用していった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「それ」は、「自分」の「命令」で、いかようにも分化、形質を変える存在であり、未だに不鮮明な像しか結ばない、不完全な「目」で見ると、「それ」は、緑色の粘液のような存在だった。

また、「それ」は、自由に体色も変えられるようだった


「自分」を逆に取り込む可能性を想定し、警戒したが、そんな警戒は無意味な存在だった。


こうして、「自分」は、「それ」を使い、「自分が想像する人の形」を備えていった。


・・・あくまで、見たことのない「想像とする人の形」であり、従来の「人間」とは違うものだろう。

長い時の中で、思考した「人間」であり、完全では無いのだろう。



・・・「自分」の中に、何も無かった「自分」への「劣等感」と、「完全な人間」への「嫉妬心」、そして、「憎悪」の念が生まれてくる・・・



・・・とりあえず、当たりを見渡す。「耳」で音を聞き、「手」や、「足」を使い、「自分」がいる場所を、状況を認識し、しかるべき判断を下し、行動に移す。


「自分」の意志で動かせるモノ、「自分」に伝わる感覚を使う、全く初めての「行動」・・・・・

恐怖と不安で仕方ないが、この場にいても状況は、まったく変わらないのだから。


むしろ、今は何もないが、今後、状況は悪くなる可能性もある。

「自分」の身は、「自分」で守るしか無いのだ。


「自分」の周囲を見渡すと、そこは巨大な物体の中であった。


(・・・これは、木、なのか?)


手で物体を触れて、材質を予想してみる。


今の「自分」の知識では判断できず、また、おぼつかない足取りで歩きまわり、ここには「自分」以外、正解を知る者もいないことが、わかった。


(・・・オマエ、何かわからないのか?)


と「自分」に同化した「それ」に尋ねるが、無論、返答はなかった。



(とりあえず、外に出るしかないか・・・)


外は全くの未知の世界。


いきなり、何者かに襲われることも、何らかの現象に巻き込まれることもあるだろう・・・


その事態を想定して、試した通りに「自分」は、右手に同化している「それ」に「鋭利で硬くなれ」と「命令」する。


忠実に「命令」を実行し、「それ」は、右手を鋭い形状に変える。


最初は、どうしてもふらつき、不格好な形、効果的に使えない様子であったが、何十回、何百回と振ってみたり、周りの材質を試し切りしてみることで、十分な機能と動作を果たしていると判断した。



(よし!)


こうして「自分」は、「外」の「世界」へと第一歩を踏み出した。




・・・が、こんな困難に遭遇しようとは、流石に予想できなかった・・・

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