・・・うっそうと茂る樹木の中、「自分」は、逃げていた・・・
(どうして、こうなったのか?)
腕を伸ばし、遠くの樹の枝に巻き付かせて、素早く移動していきながら、考えていた。
・・・後ろから、バキバキっと音を立てて、「巨体」が追ってくる・・・・
それは、奇怪な姿をしていた。
遭遇した時は、4本の足と4本の腕をもった生物だったが、今は、1本ずつ足と腕が欠けた姿となっている。
(便宜上、足と腕と思うが・・・)
「自分」の中の「知りたい」という強い欲求を抑え込み、また次の樹の枝に腕を伸ばし、巻き付かせ移動し、距離を稼ぐ。
(・・・遅いぞ)
「自分」だけなら逃げられる。身を隠すことができる。
しかし、後ろから追いかけてくる「巨体」は、遅く、その大きさからも身を隠すことは困難だろう。
・・・・・その巨体の後方から、多数の音が聞こえてくる。
ブゥーン、ブゥーンという無数の羽音が聞こえてくる。
(やはり、逃げきれないか?)
片方の目は、前を向きながら、片方の目をその後方に向ける。
そこには、飛翔する人の姿に似た・・・「蟲の人」とも言うべき存在が、武器を構え、追ってきていた。
暗闇の中、その目を赤く光らせ、森の中を早い速度で飛翔し、「自分」と「巨体」を追いつめていた。
地に足を着け歩くモノと、樹々を移動するモノとでは、根本的な速度が違う。
(・・・木々の中で戦うべきではない、暗がりの中で戦うべきではない)
そう考えを巡らせる。
未だに不鮮明な像しか結ばない、不完全な「目」のせいだ。
しっかり相手を視認できないのならば、それに影響を与える要因は、極力、省かねばならない。
(十分な明かりは、ある・・・)
片方の目は、前を向きながら、片方の目を移動させて、上空に輝くモノを見た。
夜空には、漫然と輝く、欠けることない月が浮かんでいた。
(・・・ならば、開けた場所を)
そう思考し、「自分」は、目的の場所を探していた。
・・・そこは、目的には適した場所だった。
ただ、一点、その先に地面が無く、黒く波打つ海がなければ。
そこは、切り立った崖の上だった。
足を止めるしかない。
遅れて、「巨体」もたどり着き、同じく足を止める。
多数の羽音が、樹々の中から聞こえるが、姿はよく見えない。先ほどまで赤かった目は、今は緑色になり、樹々に溶け込み、こちらの出方をうかがっているのだろう。
(・・・誘導されたのか・・・森は、ヤツらの縄張りということか・・・それに知恵もある・・・)
危機的状況であるが、よく知らぬ生物に「自分」は、むしろ感心すら覚えていた。
意識を集中し、両手を鋭い刃物のような形状に変える。
その行為を好戦的と判断したのでろう、激しい羽音と共に、蟲の人どもが飛び出してくる。
・・・だが、それは、突然、目の前に大きく広がった真っ黒い液体に阻まれる。
一瞬にして、「自分」の視界も遮ったため、次の行動ができなかった。動くことが出来なかった。
真っ黒い液体を吐き出した「巨体」が、「自分」を抱え、暗闇の世界に落ちていく。
(・・・美しいと思うのだろうか・・・?)
落ちていく時間の中、場違いな、そんな考えも横切る。
夜空に煌々と輝く、月を見ながら、「自分」と「巨体」は、大きな水柱を上げ、黒い海へと飲み込まれていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・いつ、というのは定かではない。
何も無い「自分」は、捨てられ、悠久の時を、暗闇を過ごしていたのだ。
時間など、わかるはずがない。
だが、明確な変化が訪れた。
(・・・何か、動いている・・・)
それは初めて感じる感覚であった。
手も、足も、口も、耳も、目もない「自分」は、「意識」だけがあった。
「意識」があるということは、「思考」できるということ、「無い」と「有る」の「認識」ができるということ、「感覚」とは、どんなモノかを「想像」することができるというだ。
だからこそ、その感覚を、「自分」以外の「何か」が、「自分」の身体の上を動いていると認識した。
(・・・自分以外のモノが、ここにいるのか?)
しばらく、その初めての感覚を感じていたが・・・
(・・・うっとうしい・・・)
と、いい加減だんだん、苛立ってきた。
しかし、「自分」には、それを払い退ける「手」も、避けるための「足」も、静止を伝える「口」も何も無いのだ。どうしようもない。
しかし、「自分」以外の動いているモノは、その意志を感じたのか、「自分」の身体から離れていくようだった。
(・・・?思っていることを読み取っている?)
そう判断した。
(・・・なら、近寄ってこい・・・)
予想通り「それ」は、また「自分」の身体の上に来て、動いていた。
「それ」自体の「意志」は、「自我」は、あまり無いようだった。
・・・行ったり来たり・・・しばらく「それ」で遊んでいたが、根本は、何ら解決していないことに気付いた。
(・・・自分も動けるようになりたい・・・)
「それ」を心底、うらやましいと思った。
・・「自分」にも、手や足があれば、動けるのに・・何も無い「自分」を呪った・・
(!!??)
突然の衝撃が、「自分」の身体を襲った。
「それ」が、「自分」の意思を読み取ったのか、奇妙な動きを始めた。
「それ」は、「自分」の身体に強く接触すると、にゅるん、っと「自分」の身体に入ってきたのだ。
(何を!?)
「自分」の身体に異物が入る感覚。「自分」と「それ」が混ざる形容しがたい感覚。
「自分」の境界と「それ」の境界が無くなり、そして、細かくなり、伸びていく感覚。
(やめろ!!)
思わず、手で払いのけるようなイメージをする。
耳が無いので音は聞こえず、目も無いので姿も確認できないが、「自分」が「それ」を払い退けた感覚がした。
(!?)
今までに無い感覚がある。「それ」が「自分」とつながっていた部分に、「自分」の身体の一部が伸び、「自分」の意志で動かせる部分が出来ていることを認識した。
(腕、手・・・なのか?)
新たに生えた部分を使い、「自分」の身体を触り、互いの感触を確かめてみる。
・・・それは、間違いなく「腕」と「手」と認識できるモノであった。
(まさか、あれが融合して、作り出したのか?、自分の動きたいという意志を読み取って?)
「自分」が「それ」を払い退けてしまったことを思い出し、焦りだした。
(戻ってこい!!!)
今までにない強い意志で呼びかける。
払いのけてしまった「それ」が、どうなっているのか、「生きているのか」、「死んでいるのか」、「自分」には認識できないからだ。
「自分」の杞憂(きゆう)をよそに、「それ」は、また「自分」の身体の上に戻ってきた。
その事に心底、安堵(あんど)しながら、「それ」に「命令」する。
(また、動かせる腕と手を作り出せ)
「命令」を受け取った「それ」は、先ほどと同じように「自分」の中に潜り込むと、再び、「腕」と「手」を作り出していた。
(!!)
何もないはずの「自分」に「手」が出来た。打ち震えるほどの感動を覚えた。
「自分」の身体と、お互いの「手」を使い、様々な情報を得ていく。全てが新鮮であった。
(ならば、次は!)
「自分」は、何も無い「自分」を亡くすために、次々「それ」を利用していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それ」は、「自分」の「命令」で、いかようにも分化、形質を変える存在であり、未だに不鮮明な像しか結ばない、不完全な「目」で見ると、「それ」は、緑色の粘液のような存在だった。
また、「それ」は、自由に体色も変えられるようだった
「自分」を逆に取り込む可能性を想定し、警戒したが、そんな警戒は無意味な存在だった。
こうして、「自分」は、「それ」を使い、「自分が想像する人の形」を備えていった。
・・・あくまで、見たことのない「想像とする人の形」であり、従来の「人間」とは違うものだろう。
長い時の中で、思考した「人間」であり、完全では無いのだろう。
・・・「自分」の中に、何も無かった「自分」への「劣等感」と、「完全な人間」への「嫉妬心」、そして、「憎悪」の念が生まれてくる・・・
・・・とりあえず、当たりを見渡す。「耳」で音を聞き、「手」や、「足」を使い、「自分」がいる場所を、状況を認識し、しかるべき判断を下し、行動に移す。
「自分」の意志で動かせるモノ、「自分」に伝わる感覚を使う、全く初めての「行動」・・・・・
恐怖と不安で仕方ないが、この場にいても状況は、まったく変わらないのだから。
むしろ、今は何もないが、今後、状況は悪くなる可能性もある。
「自分」の身は、「自分」で守るしか無いのだ。
「自分」の周囲を見渡すと、そこは巨大な物体の中であった。
(・・・これは、木、なのか?)
手で物体を触れて、材質を予想してみる。
今の「自分」の知識では判断できず、また、おぼつかない足取りで歩きまわり、ここには「自分」以外、正解を知る者もいないことが、わかった。
(・・・オマエ、何かわからないのか?)
と「自分」に同化した「それ」に尋ねるが、無論、返答はなかった。
(とりあえず、外に出るしかないか・・・)
外は全くの未知の世界。
いきなり、何者かに襲われることも、何らかの現象に巻き込まれることもあるだろう・・・
その事態を想定して、試した通りに「自分」は、右手に同化している「それ」に「鋭利で硬くなれ」と「命令」する。
忠実に「命令」を実行し、「それ」は、右手を鋭い形状に変える。
最初は、どうしてもふらつき、不格好な形、効果的に使えない様子であったが、何十回、何百回と振ってみたり、周りの材質を試し切りしてみることで、十分な機能と動作を果たしていると判断した。
(よし!)
こうして「自分」は、「外」の「世界」へと第一歩を踏み出した。
・・・が、こんな困難に遭遇しようとは、流石に予想できなかった・・・