目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第3話 『一人(いちじん)』

・・・冷たい、まとわりつく水・・・


衣服に染み込み、何か言おうとして開いた口には、声の代わりに、入ってくる水。


頭の上にも、冷たい水があった。


・・・そう、『自分』は溺れているのだ。


どうして、そうなったのか・・・そもそも、『自分』とは何であったのか・・・・


どちらが上で、どちらが下か。 


もまれる波に翻弄ほんろうされ、区別がつかなくなる。


見開いた目の先で、その視界は、ほとんど意味をなさず、がぼっと吐き出された泡がキレイで・・・。


ゆらゆらと揺れる私の身体を重く沈んで、落としていった。


誰もいない。


底は闇。


命の灯が消える。


遥か頭上に差し込む光に手を伸ばしても、もがいた腕は、わずかな抵抗を伴って、音の無い音を立てる。


先に沈んだモノの無数の手が、わたしを灰暗い底へ、底へと引きずり込む。


・・・生きたい、と願い、必死に腕を伸ばし、つかみ取れるものは何も無い・・・


この世界に生まれ出て、また、この世界に還る。


ただ、それだけの現象に全身が抗う。


虚無と昇りゆく泡の中を無抵抗に沈み行く前に、確かに伝えたい想いが、確かに存在するのだ。


・・・しかし、その想いも虚しく、命の火が消える・・・


・・・そこで、「私」の意識は、闇の中に消えていった・・・

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?