遥かな神代の時代、そこには豊かな自然があった。
いつの頃か、そこには自然の神、山神・水神である『蛇』が存在していた。
「蛇」は、自然を愛し、その『自然の持つ豊かな複雑さ(生まれては死んで、死んではまた生まれる)』が好きだった。
しかし、いつしか「人間」は製鉄のため、森を切り開き、燃やし、山と水を汚し、自然を蔑しろにしていった。
『自然の持つ豊かな複雑さ』を奪ったのだ。
「蛇」は、自然と獣たちの嘆く声を聞き、「人間」の前に姿を現した。
「人間」が自然を壊してまで造っていた「鉄」を、飲み込み奪う。
巣穴を襲われた獣たちは、その巣を立ち去るのが自然の摂理であった。
・・・いつしか、「鉄」は「蛇」の一部となった。
自然から生まれたものは、自然に還る、それは当然のことであった。
しかし、「人間」は製鉄を止めない。
だから、「蛇」は「人間」を一匹、食べることにした。
仲間を食べられた獣たちは、その縄張りから出て、新天地を探す、それが自然の摂理であった。
しかし、「人間」は製鉄を止めない。
だから、「蛇」は毎年、「人間」を一匹、食べることにした。
必要のないモノは、決して採らない、それが自然の摂理であった。
しかし、人間は製鉄を止めない。
自然の摂理に反する存在、それが「人間」であった。
・・・そのうち、「蛇」は「悪」とされ、退治されることとなった・・・
「蛇」の一部は、人間の手に渡り、「蛇」は山神、水神と分かれた。
「蛇」は、それを取り戻すため、自然の摂理に反する「人間」を観察することにした。
・・・「人間」は、更に増え、争い、更に自然を蔑ろにしていった・・・多くの仲間と自然が失われた。
ある時、「蛇」は水神として、波を起こし、船に乗る「人間」ごと一部を回収しようとした。
しかし、ある「人間」は自らの命を代償に、他を助けることを願った。
「蛇」にはその行為の意味を理解できなかったが、その時だけは、元の一部を回収するのを諦めた。
・・・「蛇」は疑問を抱いた。・・・「何故と」・・・
そして、「蛇」は山神として、その時の「人間」に、その行為の意味を問うが、
「人間」は、「化け物に、仇に教えることは無い、理解できまい」と言い、山を去ることになる。
その「人間」は、昔を思い出したのか、衰弱して、そして死んでしまった。
(人間は、不思議な生き物だ)
そう「蛇」は思い、人間に興味を持った。
長い時間をかけて、「蛇」は、考える。
(人間になれば、元の一部を取り戻すことも、人間を理解することもできるだろうか)と。
いつしか、その一部は権威の象徴となっていった。