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最強のボディービルダー、白豚姫の筋肉に転生する
凛々千代
異世界恋愛悪役令嬢
2024年11月02日
公開日
3,901字
連載中
王女アストライアは、死のうと思っていた。
その太まし過ぎる容姿から白豚姫と呼ばれていたその王女は、もう諦めていた。
王侯貴族なら必ず授かる魔法すら彼女は得られず、無能・不細工とあざ笑われる日々。


もう、疲れたんです。
神様、もし来世があるのだとしたら、次はもう少し好きになれる私にして下さい。

そうして、城の屋上から一歩踏み出した瞬間だった。

「――ベイビー。死ぬ前に、筋肉を殺さないか」  

その時、破滅の運命を歩むはずだった白豚姫の筋肉に、最強のボディービルダーが宿ったのだった。

プロローグ

――ガチャン。――ガチャン。




 静かな部屋に響く、重厚な金属音。


 気持ちの良いくらい清純な汗が私の頬を伝い、そうして私の足元を再び濡らす。




「―ッフン!」




 最高の時間だ。


 ボディービルダーである私がジムトレーナーの仕事もしているのは、終業後のこのひと時を味わう為だ。




 仕上がっている。




 私は、ダンベルを持ち上げた自身の右上腕二頭筋(名:イヴちゃん)を眺めながら、ついそう呟いてしまった。


 鏡に映し出される自分は、まさに理想を追い求め邁進した我が人生の完成形。


この筋肉の仕上がり、次の大会も優勝の確信が持てるというものだ。




「ふゥ」




 今日は、これくらいにしておこうか。


 すぐさま家に帰り、プロテインを補給しなくては。


 そう思い、お気に入りのタオルで汗ばんだ顔を拭う。


 もはやトレードマークとなってしまったレイバンのサングラスを身につけ、私はジムを後にしたのだった。


 自宅は職場であるジムから徒歩圏内であった。それも全てトレーニングの時間を確保するため。早く帰ってワイフの作った特製プロテイン&高タンパクディナーを平らげたいところだ。


 時刻は午後8時。


 真夏であるといえども、流石に暗くなりかけていた。




「――グォォォオン」




 右上腕二頭筋のイヴちゃんがピクリと私に警鐘を鳴らした。そのおかげで、私は暴走するトラックに誰よりも早く気がつくことができた。


 視力2を優に超える私の視力から察するに、運転手は居眠りをしている。


 信号のないこの横断歩道には多くの人間が、スマートフォンを操作しながら歩いていた。




 叫んで注意を促すか。否、間に合わないだろう。




 私は、バッグを投げ捨て駆け出していた。もちろん逃げ出すためではない、救う為にだ。


 悲鳴が飛び交ったのは、それから間も無くの後であった。


 複数の男性は車線上から逃げおおせたが、足がもつれてしまったのか高齢女性や女子学生が転倒し、それでいて石像にでもなってしまったかのように全く動けなくなっていた。




 何のための筋肉バルクか。




「もちろん、人を助けるためだ」




 私は路上へと飛び出し、暴走するトラックを両腕で受け止める。


 ドスンと鈍い音が響き渡り、私はトラックと相撲を取っている様な体勢となる。


 すごい衝撃だ。


 かつてサバンナでサイと熱い抱擁を交わした時のことを思い出す。




 ――キィィィィ。




 トラックの運転手も事態を漸く察したのか、急に静止したトラックに目をぱちくりしていた。




「大丈夫ですか、お嬢さん方」




 横断歩道に差し掛かる寸前のところで、トラックは完全に止まった。


 車体はボコボコになっていたが、しかしいかにトラックといえども私の筋肉に傷をつけるには役者不足だったようだ。


 夕日に照らされたのか、婦女子の頬が赤らんでいる様に見えたが気のせいだろう。  


 私はトラックによりボロボロに引き裂かれてしまった自身のシャツを片手で破り、その鍛え上げられた上半身を露わにさせる。




「救急車は私が呼んでおきます」


「あ、ありがとうございます……」




 高齢女性レディーは、転倒した際に膝小僧を擦りむいていた。素早く止血するため、私は破りさった純白のシャツをレディーの膝小僧へと捲りつけた。




「私はこれで」


「あの! せめてお名前だけでも!」


「気になさらず。通りすがりの筋肉ですよ。では、アディー」




 早く帰らなければ、ワイフが心配してしまう。


 そう思い、私はひび割れてしまったスマートフォンで119と入力しながら足早に帰路へとついたのだった。




 私は界隈でも名の知れたボディービルダー。鍛え抜かれた鋼鉄の肉体。どんな困難もこの筋肉で乗り越えられる。そう思っていた。




 しかしその夜、私はワイフ特製の巨大焼き餅を喉に詰まらせ、あっけなく他界した。

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