おれは球体のリモコンを操作して、電源をオンにした。
市長室に設置した球体のテレビジョン・レシーバーが、ぶーんと音を立てて起動し、球体の液晶画面に、愛を語らう球体の女優と球体の男優を映し出した。
惑星マルイで人気のメロドラマだ。
「ふむ、注文通りやな」
背後からマーリ市長のつぶやきが聞こえ、おれは
「ヨドビシ電気の総力をあげて開発いたしましたっ!」
おれは、直径二メートルを越える肉体の上半球に向かって話しかけたが、
「タナカはん、こっちや、こっちや」
と、少し不機嫌そうな声が下半球から聞こえた。
慌てて下に目をやると、二つの小さな丸い目と、それより少し大きな、ぽっかりと空いた丸い口が下半球にあるのが見えた。
しまったっ!
今日の顔の位置は下か!?
「市長、も、申し訳ございませんっ!」
「まぁ、ええ。あんたら地球人と、体の構造ちゃうさかいなぁ」
そうなのだ。
どういう進化の過程を経たのか知らないが、惑星マルイの住民たちは完全な球体をしていた。
手足らしきものは見当たらない。
目や耳や口などの感覚器官は球面のどこかにあるのだが、彼らに定位置という概念はないらしく、念動力でコロコロと転がって移動し、どこに顔が来るかは目的地に停止したときの運任せなのだ……。
数日前に訪問したときには、マーリ市長の顔は上半球にあったので、今回もてっきり上のほうに顔があるのだろうと思ってしゃべっていると、下半球にあったりするからややこしい。
まあ、細かい位置調整は難しいのかも知れないが……。
「あっ!?」
ごくわずかだが、設置したテレビジョンが左右に揺れている。
なにせ完全な球体を求められ、固定する脚すら付けてはいけないと指定されていたので、ちょっとした振動で動いてしまうのだ。
「ご注文の通りに設計してあるのですが、多少のぐらつきが……」
「いやいや、これでエエねん」
マーリ市長は、ゆらゆらと揺れるテレビジョンに合わせて、丸い肉体をゆらゆらと揺らしていた。
「はぁ……」
「ふむ。あんたらチューブ型の異星人からしたら、けったいに思うかしれんけど、わしらからしたら、物事の基本はすべて球体なんや。ええか、タナカはん、惑星の形はどこの星系にいったかて、大抵、球体やおまへんか? 水滴かて球やし、 動物の卵かて球や、顕微鏡で覗いたら細胞かて球や。となれば、それに合わせてこの世のすべてのもん、球体にするのが筋とちゃいまっか?」
「な、なるほど……」
確かに、一理あるような気がしないでもない。
われわれ地球人は、まだ進化の途中であり、何万年……、あるいは何十万年と経つうちに、地球人も惑星マルイの住民のように球体に進化するのかも知れない。
長い沈黙のあと、マーリ市長は唐突に丸い体をくるくると回転させ、
「このまあるいテレビ、とりあえず一万台もらいまひょ」
と、陽気な声で宣言した。
一万台ということは、ちょうどこのターマ・シティの人口と同じくらいの数になる。
どうやら、気に入ってくれたらしい。
「ありがとうございますっ!」
市長の顔が上半球に移動しているのを確認しつつ、おれは頭を下げた。
「それはそうとタナカはん、その肩に付けとる翻訳機、あんさんとこの会社で造ったもんにしては、あんた、ずいぶん訛りがつよおますな?」
「ははは、わたくし母星では地方の出身でして……」
くそっ!
本社がネオオーサカだからって、宇宙翻訳機まで関西弁にするとは、うちの社長はまったくもって横暴だ!
そもそも、おれが選ばれた理由も安直だ。
体重百キロを越えるおれの肉体は、確かに地球人にしては惑星マルイの住民に近いのかも知れないが、体重五十キロのサトーを派遣したって親近感にそれほど差があったとは思えない。
しかし、テレビジョン・レシーバーの契約が取れたのは嬉しかった。
おれは市長室をあとにして螺旋スロープを滑り降り、惑星間通信で本社に報告した。
「はい、部長、契約が取れました。はい、はい、一万台です。了解しました。はい、では、輸送船の手配をお願いします!」
おれは行きつけの飲み屋で祝杯をあげた。
球体のマスターに酒と料理を注文すると、店の奥から球体のウエイトレスが球体のグラスを体に乗せ、ゆるやかなスロープをくるくると回転しながら運んできた。
隣の席では、球体の先客が丸い口を開け、念動力を使って球体の料理を食べている。
よほど美味かったのか、丸い体をくるくると回転させて上機嫌だ。
おれは自前のストローを鞄から取り出し、グラスに空いた小さな穴に差し込み、甘酸っぱい発酵酒を吸い上げた。
どろどろとした舌触りが微妙だが、とりあえず酔っ払える。
しばらくすると、ターマ・シティ名物のマール芋の蒸し焼きが運ばれてきた。
おれは自前の箸を鞄から取り出し、つるつると滑りやすいマール芋を慎重につまんで口に放り込んだ。ぷにぷにとした食感がちょっと苦手だが、味は里芋に似て悪くない。
「おっと!」
丸い皿がひっくり返り、マール芋の残りがコロコロと店の外に転がっていった。
わぁーーおぉ!
という鳴き声とともに、毛むくじゃらの真っ黒な球体が、何匹か高速で転がってきた。球体どもは丸い大きな口を開け、おれのマール芋をむしゃむしゃと平らげてしまった。
「くそっ、野良ワオめっ!」
路地でよく見かけるワオという動物だが、こいつらも球体だ。
というより惑星マルイでは、すべて球体だ。
住民はもちろん、このワオのようにほかの動物もすべて球体。空を飛ぶ動物も球体。海や川を泳ぐ動物も球体。畑で採れる農作物も球体だ。
そんな環境だから、美の基準が「球体」になるのは自然なことなのだろう。
都市に立ち並ぶ建物も大小の差こそあれ、すべて球体。移動する乗り物も球体。家具や小物も何もかも、すべて球体のデザインで統一されていた。
そんな中、唯一の例外がテレビだったわけだ。
この惑星マルイにも電波放送はあり、彼らの造った受像機も存在してはいたが、技術的に湾曲した画面の製作は難しく、球体としては不完全なものだった。
そこで、我らヨドビシ電気の出番となった。
彼らのニーズに合わせ、完全な球体画面のテレビジョン・レシーバーを開発。
まずターマ・シティに一万台売れたが、この実績をもとにほかの都市にも営業してまわれば、いずれこの惑星の数十億の住民に我が社のテレビジョンが売れる勝算もある。
「ふふふふ」
営業マンとして腕の見せ所だな。
おれは残りの酒をストローで飲み干し、球体の貨幣を置いて店を出た。
* * *
あれから二週間が経ち、惑星マルイに我が社の輸送船が到着した。
「サイン、オネゲー、イタシマース!」
おれは、ロボットの差し出す受取書にサインした。
巨大な宇宙船だが乗組員は一人もいない。
我が社では完全に自動化が進み、おれのような営業マン以外は、業務のほとんどをロボットがこなしていた。
「では、商品の配送を行なってくれ」
「リョーケー、シマシタ!」
輸送船の後部ハッチが跳ね上がり、荷を運ぶ小型の輸送機が飛び立った。
惑星に荷物が到着して約三時間。
一万台のテレビジョンが、各家庭に行き渡った。
受け取った住民から「四角い段ボール箱は、都市の美観を損ねる」との苦情が殺到したが、これは次の都市に行くまでにどうするか検討しよう……。
マーリ市長にも納品の挨拶をすませ、ようやく仕事が終わった。
おれは、息を切らしながらホテルの螺旋スロープを登り、丸い廊下を通って滞在している球体の部屋へと戻った。
地球と違ってこの惑星に階段という概念はないので、二階以上の部屋を取ると、出かけるときは楽だが戻るときは地獄なのだ。
おれは部屋にある球体のベッドに入り、自前の寝袋で眠りについた。
次の日の朝。
新たな都市に移動するために身支度を整えていると、丸い窓の外からコロコロという物音が聴こえてきた……。
おれはイヤな予感がした。
丸い窓から外を覗くと、ホテルの前の坂道を何かが大量に転がっている。
小さい球体と、それよりやや大きな球体。
それは、ヨドビシ電気の納品した商品と、この都市の住民だった。
「大失態だっ!」
おれは思わずそう叫んだが……、次の瞬間、我が社のテレビジョン・レシーバーは、この星で大ヒットするに違いないと確信した。
球体テレビの放送を観ながら、球体の人々は実に楽しそうに転がっていたのだ。
どこまでも、どこまでも、コロコロ、コロコロと──。
(了)