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第46話:優子③

「な、なんで兄貴がここに……」

「なんでって。言ったろ? 超超超不出来な弟を、超超超優秀なお兄ちゃんが助けに来てやったんだよ」

「……」


 その発言がもう優秀じゃないんですけど……。


「大丈夫だよ浅井君。ダルダルマイスターに任せておけば、もうこの戦いは勝ったも同然さ」

「っ!?」


 イケいさん(※イケメンのおにいさんの略)は兄貴のことを『ダルダルマイスター』と呼んだ。

 何故この人も兄貴のクソダサい二つ名を知ってるんだ!?

 ……ってか、イケいさんと兄貴は知り合いだったのか?

 兄貴にこんな知り合いがいるなんて話、聞いたことないけど……。


「はっはっは、実はな智哉、何を隠そう、俺は日本を影から支えている、正義のヒーローだったんだよ!」

「…………」


 ダルマイ(※ダルダルマイスターの略)は渾身のドヤ顔をキメた。

 なるほど、どうやら僕の兄貴は、僕の想像以上にイタいやつだったらしい。

 今はお前の冗談に付き合ってる余裕はないから、ヒーローごっこは他所でやってくんないかな!?


「あっ! その顔は疑ってんなテメェ! しゃーねえ、見せてやるよ、俺の真の姿をなッ!」

「――!」


 ダルマイはおもむろにダルダルのスウェットを上下共脱ぎ出した。

 オイオイ誰得だよこのコーナー!?

 冴えない童貞チェリーブロッサムのストリップなんて、うまのふん程の価値もないぞ!?


 ――が、


「――なっ!? あ、兄貴、その格好は!?!?」

「はっはー、どうだ智哉、カッケーだろ?」


 カッケーかはともかく、何と兄貴はダルダルのスウェットの下に、変身ヒーローを彷彿とさせるスーツを着ていたのであった。

 ニャッポリート!?

 何あれ!?!?


「フッ、これぞ私が開発したヒーロースーツ、『スゴクナール』だ!」

「梅先生!?」


 相変わらずネーミングセンス壊死してんな!?

 ……って、スゴクナール?

 いったい何が凄くなるってんだ?


「フッ、まあとにかく諸々凄くなるのさ。――そう、変身ヒーローのようにな!」

「はあ……」


 うんわかった、こいつに期待した僕がバカだった。


「うふふ、なかなか面白い格好だけど、残念ながらここはコスプレ大会の会場じゃないのよ?」


 アーリスは余裕の表情でダルマイを見据えた。

 いや、コスプレ感じゃお宅もどっこいどっこいだけどね!?


「フッ、では証拠をお見せしよう。――微居、こいつに岩を投げてみろ」

「え? いいんですか? ――じゃあお言葉に甘えて」

「「「っ!?」」」


 微居君は微塵の躊躇もなく、ダルマイに岩をフルスイングで投げつけた。

 いや一応こんなんでも、僕の兄貴なんですけどッ!?!?

 さては君、一回投げちゃったことで、倫理観ガバガバになってんな!?


「うおっ、アブねーな」

「「「っ!?!?」」」


 が、ダルマイはその岩を、デコピン一発で木端微塵に粉砕してしまった。

 ダッポリート!?!?

 ……マ、マジでダルマイが凄くなってる。


「フッ、そういうわけだ。これで身体能力はそちらにも引けを取ってないぞ。――科学の力を甘くみないでもらおう」

「……うふふふ、なるほどなるほど」


 アーリスの顔から、少しだけ余裕の色が薄くなった。

 おお!?

 ひょっとしてこれは、ひょっとするのか!?!?

 ついにダルマイが、生まれて初めて世の中の役に立つ時がきたのかッ!?(さっきから兄への扱い酷いな)


「どうしますかエロい格好のおねえさん? 素直に降参して、俺の童貞チェリーブロッサムを奪ってくれるなら、許してやらないこともないですよ?」


 何どさくさに紛れて卒業しようとしてんだてめーは。

 せっかくちょっとだけ見直したのに、一瞬で自らの株を暴落させていくスタイル。


「うふふ、ごめんなさい。今の私はもう、智哉くんだけに夢中なの」


 僕の横でまーちゃんから、ゴウッという嫉妬の炎が燃え上がる音が聞こえた。

 今だけは怒りを収めてまーちゃんッ!

 これからシリアスなバトルが始まる感じだから!!


「そうすか。それは残念――です!」

「「「――!!」」」


 ダルマイが軽く地面を蹴ったように見えた次の瞬間。

 ダルマイはアーリスにキスが出来る程の位置にまで移動していた。

 ダッポリート!?!?


「がはっ」


 そしてアーリスに渾身のボディーブローを叩き込んだ。

 アーリスはその美しい顔を苦痛の色で歪めた。

 おおおお!!!!

 遂に初めてアーリスにまともなダメージが!!!


「まだまだああああ!!!」


 尚もダルマイはローキックや貫手や後ろ回し蹴り、更には背中に回り込んでの肘鉄など、目にも止まらぬ速度で連撃を繰り出していく。


「がああああああああああああ」


 アーリスは為す術なく一方的にサンドバッグ状態だ。

 ダルマイイイイイイイイ!!!!!!

 SUGEEEEEEEEEEE!!!!!!

 今だけはお前のこと応援してやるよ!!

 だるまいー! がんばえー!


 ――が、


「――調子に乗んじゃないわよおおおおお!!!」

「ぐぁっ!」

「「「!!!」」」


 アーリスの放った裏拳が、ダルマイの右胸辺りに直撃した。

 ダルマイはそのまま、10メートル近くも吹っ飛ばされた。


「あ、兄貴ーッ!!!」

「……だ、大丈夫だよ、智哉。……俺はこの通り、元気100倍兄パンマンだぜ?」

「兄貴……」


 そう冗談を交えながら立ち上がった兄貴は、明らかに苦しそうだ。

 肋骨も何本か折れてしまっているのかもしれない……。


「うふふふふふ、これは私としたことが、ついカッとなってしまったわ」


 対するアーリスは、全身に細かな傷こそ付いているものの、まだまだ余裕が窺える。

 や、やっぱり無理だったんだ。

 地球人が、こんな化け物に勝つのは……。


「はー、しゃーねーか。――できればアレには頼りたくなかったんだけどなー」


 え?

 兄貴、今、何て?


「梅先輩、お願いできますか?」

「フッ、そろそろそう言う頃だと思ってな。――ちょうど今届いたところだぞ」


 は? 何が?

 ――その時だった。


「「「――!!」」」


 僕らの上空に、一台の真っ黒なヘリコプターが飛んできた。

 ヘッコリート!?

 何あれ!?!?

 そしてそのヘリコプターから、一本の細長い棒のような物が兄貴に向かって投下された。

 あ、あれはッ!?


「へへっ、これで俺の勝ちだな」


 兄貴はその棒状の物を、ダイレクトにキャッチした。

 ――それは紛れもない、一本の日本刀だった。

 刀!?!?!?

 兄貴はそんな物まで使えるの!?!?


「さーてエロい格好のおねえさん、これが最後通牒だよ? 本当に俺の童貞チェリーブロッサムを奪ってくれる気はないんだね?」


 兄貴はその刀で、抜刀の構えを取った。

 最早目的が卒業することにすり替わってんじゃねーか。

 つくづく締まらない男だ……。


「うふふ、丁重にお断りさせてもらうわ。それに、その刀がどんな名刀でも、私の身体を斬ることは決して叶わないわよ? 私の身体はダイヤモンドより丈夫なんだから。無駄な足掻きはよしなさい」

「そいつはどうかな。――――訃舷ふげん一刀流いっとうりゅう奥義」

「「「――!」」」


 ――刹那、兄貴の纏う空気が、何の音も耳に入らなくなるくらい、静謐なものに変わった。


「【雁渡かりわたし】」

「――なっ!?」

「「「――!!!」」」


 一瞬の出来事だった。

 アーリスと10メートル近く離れていたはずの兄貴は、気が付けばアーリスの真後ろに佇んでいた。

 しかもその右手には、抜刀した刀が握られている。

 ……み、見えなかった。

 影すら置き去りにする。

 まさしく神速とも呼べる抜刀術だ。


「……あ、ああ、あああああああああああああ」

「「「っ!!!?」」」


 アーリスの左肩から腰にかけて、斜めに鮮血が走った。

 うおおおおおおお!!!!!!?

 あ、兄貴いいいいいいいい!!!!!!!!


「あ……ああ……」


 アーリスは事切れたように、仰向けに崩れ去った。

 うわああああああああ!!!!!!!!!!

 か、勝ったああああああああ!!!!!!!!!!!


「うぐっ」

「っ!? あ、兄貴!?」


 厳かな動作で納刀した兄貴は、その場に片膝を突いた。

 顔から滝のような汗が流れ落ちている。

 そして刀を手放して、地面に捨てた。


 ――すると、


「「「っ!?」」」


 ズンッ、という鈍い音を立てて、刀は地面にめり込んでしまった。

 ズッポリート!?!?

 な、何だあの刀は……!?


「フッ、あれぞ名刀『カイツブリ』。私が開発した、『メチャオモーイ』という超特殊な金属で製作した刀でな、ああ見えて重量は1トンにものぼるのだ」

「1トン!?!?」


 それは最早科学というより、ファンタジーの世界では!?


「それだけではない。同じく私が開発した、『メチャカターイ』という金属も練り込んであるため、滅茶苦茶硬い。理論上は、隕石が直撃しても刃こぼれ一つしないはずだ」

「……マジっすか」


 ネーミングセンスも含めて、ほとほと規格外の代物ですね……。


「それをダルダルマイスターによる超高速の抜刀術、【雁渡かりわたし】で叩き込むのだ。たとえ異星人の頑強な肉体であろうと、一溜まりもないさ」

「……」


 確かにその超重量×超硬度×超スピードの組み合わせなら、この世に斬れないものはほとんどなさそうですね。

 まあ、唯一斬れないとしたら、僕とまーちゃんの愛の絆くらいですか(まさかのここでノロケ)。


「フッ、まあその代わり、余程身体に負荷がかかるらしく、向こう一週間は筋肉痛でろくに歩けないだろうがな」

「え?」

「いやいや、他人事だと思ってそんな酷いっすよ梅先輩。これ、マジでキツいんすよ? ……だから使いたくなかったんだ」


 兄貴は大きく溜め息を吐き出して、その場にへたり込んでしまった。

 だからあんなに辛そうだったのか。

 お、お疲れ様、兄貴。


「お疲れ様、ダルダルマイスター。あと、梅ちゃんも」

「ういーっす」

「フッ、なーに、私は大したことはしていませんよ、普津沢ふつざわ先輩」


 イケいさんは兄貴と変公に、労いの言葉をかけた。

 イケいさんの名前は普津沢さんていうのか?


「――さて、浅井君、いろいろと聞きたいことがあるって顔だね」


 普津沢さんは相も変わらない柔らかい笑顔で、僕に向き合った。


「……ええ、そりゃあ、まあ」


 一度にいろんなことが起き過ぎて、何から聞いていいやらって感じですけど。


「心配しなくても全部説明するよ。――君が聞きたくないであろうことも含めてね」

「……」


 長い話になりそうだな、こりゃ。


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