「やあ、おはよう」
「あ、おはようございます」
今日も学校に向かう途中、名前も知らないイケメンのおにいさんに、すれ違いざま挨拶された。
ここのところ毎日この人とここで会うな。
歳は20代半ばといったところかな?
なんで赤の他人の僕に、いつも挨拶してくれるんだろう?
まあ、不審者って感じではないから、それとなく挨拶を返してはいるけど。
「いいかお前ら! ここでエックスに4を代入するだろ! ……するとどうだ? エックスから溢れ出るパッションを感じてこないか!?」
「「「……」」」
「感じるよな!? エックスからワイへの、熱い熱いパッションを!? ――そう、つまり答えは、ワイ=8になるわけだ! みんなわかったなッ!?」
「「「……」」」
全然わからない。
今日も数学担当の
この人明らかに数学教師向きじゃないだろ!?
見た目も体育教師みたいなゴリマッチョだし……。
変公といい、なんでうちの学校は変な先生しかいないんだろう……。
「失礼します」
「ん?」
――!
その時だった。
にわかに扉を開いて、一人の大人の女性が教室に入って来た。
え? 誰だこの人?
随分と綺麗な人だけど、こんな先生うちの学校にいたっけ?
「……えーと、どちら様でしょうか?」
安本先生が困惑の色を浮かべながら、美女に問いかけた。
やっぱうちの先生じゃないのか。
じゃあ、いったいこの人は……。
「うふふ、これは名乗り遅れました。私は
「はあ……」
有栖優子?
……何故だろう、知らない名前なはずなのに、『優子』という名前に物凄く既視感がある。
そう、確か初期の頃、よく後書き欄で目にしたような……。
――いやいや、何を言ってるんだ僕は!?
後書き欄って何のことだよ!?
「――うふ、やっと見つけたわよ、
「え?」
途端、優子さんは僕の目をじっと見つめながら名前を呼んできた。
な、なんでこの人、僕の名前知ってるの!?
初対面なはずなのに!?
「……え? ともくん? まさかまた、私の知らないところで新しい女の人を増やしたの?」
「まーちゃん!?」
『また』ってどういうことよ!?
僕はただの一度だって、浮気なんてしてないでしょ!?
「うふふ、でも、たった今から、あなたは
「――!」
何を言い出すんだこの人は!?
急展開すぎて、頭がついていかないぞ!?
「ちょっとそこのあなたッ! 私のともくんに、いったいどういう…………、うっ……」
「っ!?」
今にも優子さんに掴みかかる勢いだったまーちゃんは、突然机に突っ伏してしまった。
ま、まーちゃん!?
どうしたのッ!?
具合でも悪いの!?
「ぐっ……ああ……」
「んぐ……」
「があ……」
っ!!!?
まーちゃんだけではない。
他のクラスメイト達も、糸が切れた操り人形みたいに、次々に伏していく。
安本先生に至っては、床にうつ伏せになってしまった。
何だこれは……!!
何が起きているのかはまったくわからないが、とんでもない異常事態だということだけはわかる……。
「うふ、心配しなくても大丈夫よ智哉くん。みんな良い夢を見ながら寝てるだけだから」
「っ!?」
寝てる!?
つまり、これは優子さんの仕業ということ……?
「……あ!」
その時僕は、今更ながらに気付いた。
優子さんの身体から、ピンク色の薄い靄のようなものが出ており、辺り一面を満たしているのを。
こ、これは……!?
ひょっとして――睡眠ガスみたいなものか!?
……でも、だとしたらなんで僕は全然眠くないんだ?
それに何故、優子さんはこんなことを……。
「うふふ、驚くのも無理はないわ。
「ち、地球人……!?」
何だその言い方は……。
それじゃまるで……。
「そう――私は
「――!!」
バカなッ!?
そんな話、信じられるわけないだろッ!!?
「うふ、これでもまだ信じない?」
そう言うなり優子さんは、着ている服をその場でビリビリと破き出した。
ニャッポリート!?!?
ななななな、何やってんのこの人ーーー!?!?!?
「――これが私の真の姿よ」
「なっ!?」
僕は思わず絶句した。
服を破いて全裸になった優子さんは、胸と腰の部分だけは、羊の毛のようなものでモッコモコに覆われていたのだ。
それだけではない。
ついさっきまでは黒髪だった頭も、胸と腰同様羊の毛に変わっており、これまた羊を彷彿とさせるような渦巻き状の角が生えていた。
そんな……、本当に異星人だっていうのか、この人は……。
「私の本名はアーリス・ユーゴー。またの名を、伝説の宇宙海賊グッドルッキングファビュラスギャクハーシープと呼ばれているわ」
「で、伝説の宇宙海賊!?」
情報量多いな!?
もうちょっと小出しにしてくれない!?
えっと、グッドルッキング……何だって?
「私は銀河中を飛び回りながら、いろんな星のイケメンを私のモノにしてきたの。イケメンを思うがまま貪ることだけが、私の生き甲斐なのよ」
「っ!!」
さらっとスゲー不穏なこと言ってる!?
だから情報量が多いんだって!!
一旦CM挟もうよ!? ねッ!?
「最近は地球人のイケメンを漁るのがマイブームだったんだけどね。――ついに見つけたのよ、私。理想の彼を」
「……!」
……まさか。
「そう、それがあなたよ、智哉くん」
「……えぇ」
ジーザス。
もういい加減勘弁してくれませんかね……。
なんで変公といい、僕はいつもキングボ〇ビーみたいな女の人に好かれちゃうんだ……。
僕にはまーちゃんさえいてくれればいいのに(隙あらばノロケ)。
そもそも僕は別にイケメンじゃないでしょ?
「この間あなたのことを道端で見かけた時、ビビビときたのよね。もうこの子しかいないと思ったわ」
松田〇子!?
また若い子には通じないネタを!
「だからありったけの人脈を駆使して、あなたのことを探し出したってわけ」
「……それで、僕をどうするつもりなんだ」
「もちろん、私と一緒に私の故郷に来てもらうわ。私のお婿さんとしてね」
「こ、故郷!?」
それって多分、日本じゃないよね……?
日本から1万光年くらい離れてるよね?
……それは里帰りも一苦労だなあ。
「うふふ、でも手荒な真似はしないから安心していいわよ。その証拠に、こうして他のみんなには私の『
「ク、
それってこのピンクの靄のこと……!?
「
「……」
それは随分と便利な能力だな。
ひょっとするとタチの悪いドッキリなんじゃという思いも頭の片隅にはあったけど、どうやら残念なことに現実らしい。
……げっそりーと。
僕って、前世でそんなに悪いことしてたのかな?
「さて、これで納得してくれたかしら? じゃ、行きましょっか。――二人きりのハネムーンに」
「――!」
その瞬間、アーリスの纏う空気が、肉食獣が獲物を狩る際のそれに変わった気がした。
……くっ。
冷や汗が止まらない。
全身が自分の意志とは無関係に、ガタガタと震える。
こいつ、見た目は羊みたいだけど、中身はとんだ肉食だ(いろんな意味で)。
僕の生物としての本能が警鐘を鳴らしている。
――こいつはヤバい。
恐らくこいつと地球人との間には、象と蟻並みの実力差がある。
……クソッ、どうすることもできないってのか。
「……と、ともくんは……、絶対誰にも……渡さない、よ……」
「「!!」」
まーちゃんッ!!
フラフラになりながらも、まーちゃんはゆっくりと重たい頭を上げた。
「そ、そんなバカな……。私の
アーリスは露骨に狼狽した素振りを見せた。
確かにアーリスは先程そう言っていた。
じゃあ、何故まーちゃんには
「……ふふ、そんなの、
「「――!!」」
その言い方は何か卑猥じゃない!?
もっとマシな言い回しはなかったの!?
「あとは、まあ」
え?
「――愛の力、かな」
「っ!」
……まーちゃん。
「……あ、足立だけじゃ……ないぜ」
「なっ!? ゆ、勇斗!?」
勇斗も頭を押さえながら、おもむろに起き上がった。
「……わ、私……も」
「私も……、大丈夫」
「――!」
篠崎さんと古賀さんまで……。
三人共、普段から僕の近くにいたから、僕のフェロモンが移ってたのかな……?
……いや、そんな野暮な言い方はすまい。
――きっと友情だ。
まーちゃんは愛情。
勇斗と篠崎さんと古賀さんは、僕に対する友情が深かったから、こうして
……ヤバッ。
こんな時だけど、僕ちょっとだけ泣きそうだ。
「……うふ、うふふ、うふふふふふふふ」
「「「!」」」
不意にアーリスが不気味な笑みを浮かべた。
さっきまでの動揺が、すっかり霧散している。
「まあ、私にとってはどちらでも構わないのよ。智哉くんのためを思って、穏便に事を済ませてあげようとしただけで――元から
「「「っ!!!」」」
アーリスが教卓に拳を振り下ろすと、まるで紙で出来ていたみたいに、教卓はぐしゃぐしゃに潰れてしまった。
ニャッポリート!?!?
……や、やっぱ地球人が適う相手じゃない。
いくらまーちゃんが合気道の達人でも、生物としての格が違いすぎる……!
「……うるさいぞ」
「――え? がはっ!」
「「「っ!?」」」
その時だった。
アーリスの顔面に、バスケットボール程もの大きさの
こ、これは……!!
「……異星人だっていうなら、遠慮はいらねーよな?」
「び、微居君ッ!!」
振り返るとそこには、絵井君に身体を支えられながら、抱えきれない程の岩を侍らせている微居君が佇んでいた。
何この遅れてやってきたヒーロー感ッ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
「が、がはあっ!!」
尚も微居君は、流星の如く岩を絶え間なく投げつけた。
そして瞬く間に、アーリスの全身は岩に埋もれて見えなくなってしまった。
「……ハァ、ハァ、ハァ」
「だ、大丈夫か、微居?」
流石に疲れたのか、微居君は絵井君にもたれかかった。
だが、微居君の顔はどこかスッキリしているようにも見える。
ずっと岩を投げたくて投げたくてしょうがなかった夢が、やっと叶ったからかもしれない……。
でも、微居君と絵井君も
……まあ、おそらくあまり良い意味での情ではない気がするけど。
「何してんだお前ら、逃げるぞ」
「え!? あ、う、うん!」
微居君に促されて、僕達は一斉に教室から廊下に駆けだした。
確かに相手はサ〇ヤ人並みの身体能力を持ち合わせている異星人だ。
あの岩だけで倒せたとは到底思えない。
今はとにかく、少しでも遠くに離れなくては。
……が、僕達が廊下に出ると、そこには――。