「ショッピングモールだああああああヒャッホー!!!」
「流石にここで暴れるのはダメだよまーちゃん!!」
「ちぇっ」
僕は慌ててまーちゃんの腕を掴んだ。
ちぇっ、じゃないよ。
まあ、そのちょっとむくれてるまーちゃんもカワイイけれども(はいはい)。
今日は二人っきりでの初デートなんだから、この間のヒャッハー三兄弟事件(ヒャッハー三兄弟事件?)みたいなトラブルは極力避けたいからね。
「じゃあその代わり、最初にちょっとだけ服屋さんに寄ってもいい?」
まーちゃんは
「……うん、いいよ」
「えへへ、ありがと!」
「いえいえ」
とはいえ、当然僕は女の子と二人で服屋さんに入るのなんて生まれて初めてだ。
ここでラブコメとかでよく見る、アレが発動しなきゃいいんだけど……。
「ねえねえともくん! この服とこの服だったら、どっちが私に似合うと思う?」
「!」
と、思ったら、早くもフラグを回収してしまった……。
うおおぉ……、出たよラブコメヒロインの伝家の宝刀、『どっちが私に似合うと思う?』。
数々のラブコメ主人公が、ここで下手な受け答えをしてしまったがために、彼女から「もう! 〇〇くんは女心を全然わかってないんだから!」とそっぽを向かれてしまったのを見てきた……。
ラブコメならその後は何だかんだあって、結局は二人の仲がより親密になり、最後は太陽が自分の目を手で覆って、「ひゃ~、こいつは見てらんないぜ」みたいな終わり方をするからいいとして(いつの時代?)。
現実はそんなに甘いものじゃない。
僕が選択肢を間違ってしまった場合は、最悪破局に繋がるなんて可能性もゼロじゃない……!
それだけはイヤだッ!
既に僕は、まーちゃんなしじゃ生きられない身体になってしまったんだ!
ここはシワが十本くらいしかない脳味噌をフルスロットルでブン回して、何としても正答を導き出すしかない(何故急にこんなデス〇ートみたいな展開に?)。
――まずラブコメとかで主人公が一番やりがちなミスは、どちらかの服をハッキリ選んで、「こっちがいいと思うよ」と言ってしまうことだ。
その後は大体ヒロインが、「ふーん、〇〇くんはこっちがいいんだ。そうなんだー」と、途端にテンションが下がってしまい、「あれ? またオレ何かやっちゃいました?」となるのがお約束だ。
どうやらラブコメで仕入れたにわか知識によると、女の子というのはこういう時、既に買いたいほうの服は自分の中で決まっていて、あとは彼氏に背中を押してほしいだけなのだそうだ。
だから自分が買おうと思っていたのと違うほうを彼氏が選ぶと、途端に失望する。
何という圧迫面接ッッ!!!
こんな理不尽なテスト問題が他にあろうか!? いや、ない!(反語)
……ただ、そうも言っていられない。
これはある意味、まーちゃんという最高の彼女と付き合う上での代価みたいなものなのだ。
本来であれば、僕みたいなモブキャラがまーちゃんと付き合えていたはずはないのだから、これくらいの試練は乗り越えなければならない。
――思い出せ。
――思い出すんだ。
数あるラブコメの中には、この圧迫面接を何とか乗り切ったパターンもあったはずだ。
その時主人公は何と言っていた……?
確か……。
――そうだ!
「? ともくん?」
「えっ!? ああ、ごめんごめん。どっちがまーちゃんに似合うかって話だったよね」
「うん! ともくんはどっちだと思う?」
「うーん、そうだねー」
ままよ!
「先ずこっちのタンクトップだけど」
「うんうん!」
僕はまーちゃんが右手に持っている黄色いタンクトップを指差した。
「いつも元気で明るいまーちゃんには、やっぱタンクトップは凄く似合うと思うんだよね」
今日着てるのもピンクのタンクトップだし。
「そ、そうかな? えへへ」
まーちゃんは少しだけ頬を染めた。
はい可愛い。
……いや、今はそういうのは一旦置いといて。
「そしてこっちのブラウスなんだけど」
「あ、うん」
今度はまーちゃんが左手に持っている黒のブラウスを指差した。
「まーちゃんはこの手のタイプの服ってあまり持ってなくない?」
少なくとも僕は、まーちゃんが黒系の服を着てるところは見たことがないと思う。
「うん……、やっぱ私みたいな子供っぽい女には、こういうシックで大人な服は似合わないかなと思って……」
まーちゃんは眉を八の字にしてしょぼんとしてしまった。
よし!
ここだ!
「そんなことないよ!」
「えっ?」
「僕はまーちゃんにはそういう大人っぽい服も、絶対似合うと思う!」
「っ!」
まーちゃんはさっき以上に顔を赤らめた。
「そ、そうかな……」
「そうだよ! 僕が保証するよ。まーちゃんには絶対黒も似合う」
これは僕の偽らざる本音だ。
実際黒い服を着てるまーちゃんも見てみたいし。
「そっかー。ともくんがそう言ってくれるなら、今日はこっちにしようかな!」
まーちゃんは黒のブラウスを天高く掲げた。
「うん、良いと思うよ!」
「えへへ、ありがと、ともくん!」
「いえいえ、どういたしまして」
「じゃ、ちょっとこれ買ってくるから、ここで待っててねー」
「はい、いってらっしゃい」
まーちゃんはスキップしながらレジに向かった。
ふううううううううううう(深い溜め息)。
あっぶねー。
ギッリギリだったぜ。
何とか今回は試練を乗り越えたみたいだ。
これぞ秘技、『どちらも似合うと言って、具体的にどちらか一つは選ばない戦法』だ。
男目線で見ると、若干卑怯な戦法に見えるかもしれないが、背に腹は代えられない。
こういう時はとにかくどちらも似合うと言って、最終的な判断は彼女の方に任せるのが無難らしい(ラブコメで仕入れた知識)。
――ただ、この戦法がどのカップルにも当て嵌まるとは限らないので、「お前の言う通りにしたら彼女にフラれちまったじゃねーか! どうしてくれるんだ!!」と言われても困りますお客様(迫真)。
「お待たせともくん!」
まーちゃんが紙袋を下げて帰ってきた。
「うん。あ、それ僕持つよ」
僕はまーちゃんから紙袋を受け取った。
「ふふ、ありがとねともくん! 大好きだよ!」
まーちゃんは満面の笑みを向けてくれた。
「……僕もだよ、まーちゃん」
「にひひ! じゃ、次はどこ行こっか!」
まーちゃんは
「そ、そうだねー」
とりあえず、店員さんの視線が痛すぎるから、早くこのお店からは出ようか。
「あ! これカワイイ~!」
「ん?」
雑貨店をぶらついていると、まーちゃんが猫の柄のスマホケースに食いついた。
「見て見てともくんこの猫ちゃん、三毛猫だよ~。はふー、カワイイよ~」
おまかわ。
「まーちゃん猫好きなの?」
「うん! 大好き! ともくんは?」
「うん、僕も好きだよ」
というより、動物は全般的に好きだ。
僕の家はペット不可のマンションだからペットは飼えてないけど……。
「じゃあさじゃあさ、これ、お揃いで買わない?」
「えっ!?」
そんなカワイイ系のスマホケースを僕にも付けろと!?
そんなの絶対周りからキモい目で見られない!?
そもそも、お揃いの小物を持つなんていう、バカップルがやりがちなこと第五位(当社調べ)がここでくるとは……。
「……ダメ?」
「っ!」
まーちゃんは少しだけ瞳を潤ませながら、上目遣いで僕を見てきた。
ああああああああああああああああああ(死)。
「全然ダメじゃないよ。すぐに買おう。念のため予備で三つずつ買おう」
「ははっ、それは買いすぎじゃない?」
こうやって僕は今後もまーちゃんの手のひらの上で踊らされていくんだろうな。
でも、それが然程嫌じゃないのは何故だろう?
ひょっとして僕ってドMなのかな?(今更?)
「楽しみだね、映画!」
「うん、そうだね」
「はい、ポップコーン!」
「ありがとう」
僕とまーちゃんは映画館のカップルシートに座りながら、ポップコーンを摘まんだ。
この映画が本日のメインイベントだ。
僕もまーちゃんも大ファンの、『ニーソックスボクサー』という漫画が原作の実写映画を観に来たのだ。
「あ、始まるみたいだよ!」
「うん」
久しぶりに映画館に来たけど、この映画が始まる瞬間の緊張感はやっぱ心地良いな。
あと、最初に流れる映画の予告編って、何であんなにどれも面白そうに見えるんだろう?
「ワクワク」
「……」
自分の口でワクワクって言う人初めて見たけど、実際まーちゃんは目に見えてワクワクしているので、まあ、いいのかな。
可愛いし(はいはい)。
――が、映画が始まって15分もしない内に、僕は早くも後悔し始めていた。
率直に言って、呆れるくらいクソつまらないのだ。
そもそも、主人公のニーソックス
最近売り出し中の新人アイドルらしいが、見事に全編台詞が棒読みなのだ。
原作は熱いスポコンもので、ニーソックス純平の「俺のニーソックスが、タイツになるぜッ!!!!!」というキメ台詞があるのだが、その俳優は「俺のニーソックスが、タイツになるぜ」と、感嘆符ゼロで台詞を言い放ちやがった。
ちゃんと朝ご飯食べたのか!?
スムージーだけで済ませたんじゃないだろうな!?(スムージーがダメだと言ってる訳ではありません)
悪いところはそこだけじゃない。
原作は単行本にして50巻以上続いている長寿連載なのだが、それを無理矢理2時間に収めようとしているので展開がメチャクチャなのだ。
最初はデブで陰キャだったニーソックス純平が、ボクシングを通して徐々に身体も心も逞しくなっていくのが面白いのに、映画では開始5分で腹筋バキバキの細マッチョになった時は、ダイエット器具の通販番組を観ているのかと錯覚した程だ。
そして極め付きは映画にしか出てこないオリキャラ。
僕は本来、オリキャラを出すこと自体にはそこまで抵抗はない。
それで映画がより面白くなるのであれば、どんどんやればいいと思っている。
――が、この映画のオリキャラは酷い。
原作はニーソックス純平と、ライバルのストッキング
何でお前だけ普通の名前なんだよッ!!
ニーソックスとかストッキングとか、みんな足に履く物の名前が付いてるんだから、お前もそれに倣えよッ!!
……ダメだ。
あまりにも退屈過ぎて、眠くなってきた。
でも、せっかくのまーちゃんとのデートだし、無駄にしたくないしな……。
「ぐがー。すぴぴぴー。ぐがががー」
「っ!?」
と、思ったら、いつの間にか僕の左隣でまーちゃんが大いびきをかいていた。
まーちゃーーーん!!!
「うぅ~ん、むにゃむにゃむにゃ。こんなところでダメだよぉ、ともく~ん」
「っ!?!?」
まーちゃんは寝惚けているのか、艶めかしい声を上げながら僕に抱きついてきた。
重機のようなおっぷぁいが、容赦なく僕に押し当てられている。
まままままままーちゃーーーん!!!!!
「はぁあぁん。ダメぇ。ダメなのぉ」
「っ!?!?!?」
尚もまーちゃんは、グイグイと僕の身体を
「ダメなのぉ」はこっちの台詞だよッ!!
このままじゃ僕、身体に穴が開いちゃうよッッ!!!
「ん、んんッ」
「っ!」
その時、僕の右隣のカップルシートに座っていたオジサンが、僕らの方を見て咳払いをした。
ああああああすいませんすいません!
この子も、悪気があってやってるんじゃないんですううううう!
……あ、しかもこのオジサン、カップルシートに一人で座ってる……。
何かもう……、心の底からごめんなさい……。
「んふふふ~、ともくんだーい好き。むにゃむにゃ」
「……」
「……」
いや、何て言うか……、ホントすんませんでした。