「じゃあな、二人共」
「またね、茉央ちゃん、浅井君」
「うん、またね」
「バイバーイ! 美穂、田島君!」
遊園地から最寄り駅に帰ってきた僕達は、そこでそれぞれのカップルに分かれた。
本当は四人共家の方向は一緒なのだが、勇斗と篠崎さんは本屋に寄ってから帰るらしい。
まあ、今日でグッと距離が縮まったあの二人のことだ。
実は本屋というのは建前で、本当は大人の本屋さんに行こうとしているのかもしれない(何それ?)。
「さっ、私達は帰ろっか」
最早定位置となりつつある、僕の左腕にまーちゃんが抱きついてきた。
「う、うん」
またしてもおっぷぁいのふにゅんという感覚が僕の二の腕を襲う。
そろそろぷぁい圧(ぷぁい圧?)で二の腕が壊死してしまうかもしれない……。
「楽しかったね、今日は!」
「そうだね」
僕らは薄暗くなった裏路地を二人で歩き出した。
夏の夜は空気が少し生ぬるくて、それが逆に気分を高揚させる。
思えば、僕らが付き合い始めてから、二人っきりで歩くのはこれが初めてかもしれない。
「でもよかったあ、『遊園地で美穂と田島君がラブラブチュッチュ大作戦』が上手くいって」
「ハハ、確かに」
勇斗と篠崎さんは帰りの電車の中でもずっと恋人繋ぎをしていたし、今別れた時だって繋ぎっぱなしだった。
これでもう、僕らがお節介を焼かなくても大丈夫だろう。
「ありがとねともくん、手伝ってくれて!」
「いえいえ、こちらこそだよ」
「えへへ」
まーちゃんは僕の左腕を抱く力を強めた。
おおう……、ぷぁい圧が上がってる上がってる。
パターンぷぁい! 茉央です!(は?)
「……ねえ、ところでさ」
「ん?」
またまーちゃんが声のトーンを落とした。
おっと、今度は何がくるんだい?
正直今日はもうお腹いっぱいだから、オジサン(オジサン?)これ以上は食べられないよ?
「ともくんはさ……、私のどこを好きになったの?」
「え」
……そうきたか。
これはなかなかに難しい質問だな。
返答次第では、僕らの関係にヒビが入りかねない。
でもなぁ……、かと言ってお世辞を言うのも何だかなぁって感じだし。
……よし、ここはありのまま、正直に言おう。
「そうだね、沢山あるけど、思いつく限り言うと――笑顔が可愛いところと、いつも元気なところと、友達想いなところと、料理上手なところと、運動神経が良いところと、意外と照れ屋なところと、あとは――」
「ちょっ! ちょっと待って!」
「え?」
「そんなにいっぱい言われたら……、照れちゃうよ……」
まーちゃんは頭を掻きながら俯いてしまった。
自分で聞いてきたのに。
ふふ、ホント可愛いなあ、まーちゃんは。
――しかし、結果的には今のタイミングでまーちゃんが止めてくれて助かったかもしれないな。
何故なら、次に僕は『おっぷぁいが大きいところ』と言おうとしていたからだ。
危ない危ない。
そんなことを言ってしまった暁には、ドスケベオブザイヤーの称号を授与されてしまうところだった。
あ、そういえば――。
「まーちゃんはさ、僕なんかのどこを好きになってくれたの?」
「え? あー、それはねー」
僕は固唾を呑んで答えを待った。
――が、次にまーちゃんの口から発せられたのは、到底信じ難い言葉だった。
「顔!」
「顔ッ!?!?」
それは噓でしょ!?
意外過ぎる回答がきた!!
よく世の中には自分に似てる人が三人いるっていうけど、僕の場合は似てる人がざっと三百人以上はいるくらい、ザ・モブっていうありきたりな顔をしてるのに!
ラノベの主人公みたいな顔なのに!
その顔に惚れたなんて、そんなのにわかには信じられないッ!
「……最初はね」
「あ、うん」
「入学してすぐともくんの隣の席になって、『あー、イケメンだなー』って思ったのが最初だったんだけど」
「……」
イケメンって何だっけ?(哲学)
「でも毎日一緒にいる内にね――優しいところとか、ツッコミが上手いところとか、友達想いなところとか、私の料理を「美味しい!」って言ってくれるところとか、私の運動神経を褒めてくれるところとか、意外とドSな面もあるところとか、あとは――」
「ちょっ! ちょっと待って!」
今度は僕が遮る番だった。
そんなに沢山言われたら、いたたまれないよ……!
自分の顔が熱を帯びているのがわかる……。
「ふふ、まあ、そうやってどんどんともくんの良いところがわかっていく内に、いつの間にか常にともくんのことを目で追うようになってたの」
「そ、そうなんだ……」
……まったく、自分で言うのも何だが、僕らはこれでもかっていうくらい、相思相愛らしい(今更?)。
「……ねえ、ともくん」
「ん?」
「ん」
「!」
まーちゃんが目をつぶって、キスをねだってきた。
やれやれ、今日だけで何度目だろう。
ま、キスと親孝行は、できる内にしろって言うしね(言わない)。
僕はまーちゃんの唇に、自分の唇を――。
「ヒャッハー! お熱いねぇ、そこのお二人さぁん」
「「っ!!」」
重ねようとした刹那、とんだ邪魔が入った。
前からモヒカン刈りで、トゲトゲ付きの肩パットを装着した三人組が歩いてきたのだ。
どこの世紀末からいらっしゃった方々ですか!?!?
「おっ、こりゃまた随分とヒャッハーな女じゃねぇか」
右の赤モヒカンが、まーちゃんのことを下卑た眼で見ながら言った。
ヒャッハーって形容動詞だったの!?
……いや、今はそんなことはどうでもいい。
「すいません、この子は僕の彼女なんです。ナンパなら他所でやってもらえませんか」
「アァン!?」
「ともくん……!」
僕はまーちゃんの前に立って、赤モヒカンを睨みつけた。
正直僕は勇斗みたいに腕っ節に自信があるわけじゃない。
生粋のもやしっ子だ。
でも、だからってここだけは退けない。
たとえこの命に代えてもまーちゃんは僕が守る。
だって僕はまーちゃんの彼氏なんだから。
「何だとコラァ! あんまヒャッハーなこと言ってんじゃねぇぞ小僧ッ!!」
真ん中の黄色モヒカンが威圧してきた。
「そうだぞオラァ! 俺達はこの前も今のお前みてぇなヒャッハーなやつを、ヒャッハー沿いでヒャッハーしてやったんだぞオラァアアッ!!」
左の青モヒカンは早口で捲し立ててきた。
ヒャッハーにいろいろ背負わせすぎだろお前ら!?
定年間際のベテラン社員にワンオペさせてる中小企業かよ!
……クソッ、とはいえ、流石に三対一じゃ分が悪いか。
「……まーちゃん、ここはいいからまーちゃんは逃げて」
「えっ!? と、ともくん!?」
勝てないまでも、何とか足止めくらいはしてみせる。
とにかくまーちゃんだけでもここから遠ざけないと。
「オイオイそんなヒャッハーなこと許すわけねーだろーが、ヒャッハー!!」
「っ!!」
赤モヒカンが僕に殴り掛かってきた。
……くっ!
「ヒャハッ!? ハバババババー!!!」
「「「っ!?!?」」」
が、次の瞬間、僕は信じられない光景を目にした。
赤モヒカンの姿勢が一瞬で上下逆さになり、顔面から地面に激突したのだ。
赤モヒカンは鼻血をブッパしながら、潰れた蛙みたいにその場でぐったりしてしまった。
はえっ!?!?
い、いったい何が起きたんだ……!?
「ちょっと、私の彼氏に何するのよ」
「「「!!」」」
ブッ倒れた赤モヒカンの横には、いつの間にかまーちゃんが立っていた。
あれ!?
まーちゃんは僕の後ろにいたはずだけど!?
「こ、こんのおおお!! 兄ちゃんに何しやがんだこのヒャッハー女があああ!!!」
今度は黄色モヒカンがまーちゃんに殴り掛かってきた。
こいつら兄弟だったの!?
いや、それよりもまーちゃんがッ!!
「まーちゃん!!」
「大丈夫だよ、ともくん」
「え」
「ヒャハッ!? ブバババババー!!!」
「「っ!?!?」」
今度は黄色モヒカンが上下逆さになり、赤モヒカン同様地面にディープキスをした。
だが、今度はハッキリと見えた。
黄色モヒカンの拳をまーちゃんが右手で受け流し、そのまま手首を捻ったかと思うと、黄色モヒカンの身体が壊れたオモチャみたいに跳ね上がったのだ。
「ひ、ひえぇ……。お、おヒャすけええええ!!!」
一人残された青モヒカンは、涙やら鼻水やらを盛大に撒き散らしながら、内股で逃げていった。
「ふぅ。もう、逃げるくらいなら最初から絡んでこなきゃいいのに」
まーちゃんはハンカチを取り出して、ヒャッハー兄弟に触れてしまった部分を念入りに拭き出した。
そして拭き終わると、
「怪我はなかった? ともくん」
僕に手を差し出してくれたのだった。
「う、うん。僕は全然何ともないよ。ありがとう」
僕はまーちゃんの手を握った。
「ふふ、ならよかった」
まーちゃんは今の一連の出来事などなかったかのように、いつものヒマワリみたいな笑顔を浮かべた。
「……まーちゃん、ところで今のはいったい……?」
「え? ああ、あれはね――合気道」
「合気道!?」
合気道って、漫画とかでしか見たことなかったけど、マジであんな風に人を投げ飛ばせるものなの!?
「――私のお母さんがね、合気道の師範の資格を持ってるの」
「まーちゃんのお母さん何でも持ってるね!?」
昨今のラノベ主人公並みのチートスペックだね!?
「だから昔からお母さんに厳しく鍛えられててさ。私でもこのくらいはできるようになったってわけ」
「このくらいって……」
どうやら僕の彼女は、僕の想像の遥か上をいく存在らしい。
本当に僕みたいな凡人が、まーちゃんの彼氏でいいのかな……?
「ねえ、ともくん」
「ん?」
「ありがとね、さっきは。私を守ってくれて」
「!」
まーちゃんは天使みたいに微笑んだ。
「いや、お礼を言うのはこっちのほうだよ。むしろ僕のほうが守ってもらったんだし。僕は何の役にも立ってないよ」
「ううん、そんなことない。とってもカッコよかったよ、ともくん」
「まーちゃん」
「……ん」
「……!」
まーちゃんは再度目をつぶった。
……やれやれ、やっぱまーちゃんには敵わないな。
僕は二匹の潰れた蛙を尻目に、まーちゃんの唇に自らの唇を重ねたのだった。