「はいともくん、あーん」
「えっ!?」
まーちゃんがプラスチックのスプーンで掬ったカレードリアを、僕の口元に近付けてきた。
ちょうど時刻はお昼時。
僕達は遊園地のフードコートでランチを食べていた。
「い、いや、まーちゃん、それはちょっと……」
勇斗と篠崎さんも見てるってのに、そんなバカップルがやりがちなこと第三位(当社調べ)の赤面イベントを突然ブッ込まれても……。
そもそも僕も同じカレードリア食べてるし(因みに勇斗と篠崎さんも同じカレードリアを食べている。ここはカレードリアが名物なのだ)。
「もう、私達がやれば美穂達もやりやすくなるでしょ? これも『遊園地で美穂と田島君がラブラブチュッチュ大作戦』の一環だよ」
「え?」
まーちゃんが僕にそっと耳打ちしてきた。
ああ、なるほど。
この後で同じことを勇斗達にもやらせようって魂胆か。
……じゃあ、しょうがない、か。
「あ、あーん」
僕は恥を忍んでまーちゃんのカレードリアを食べた。
「どう? 美味しい?」
「う、うん、美味しいよ」
味は僕のカレードリアと一緒だけどね!(当たり前)
「まったく、お前らはいつも見せつけてくれんなぁ」
「ふふふ、ホントにね」
そんな僕らの遣り取りを、勇斗と篠崎さんは若干呆れ顔で見ている。
言っとくけど今から君らもこれやんだかんなッ!!
お前がカレードリアになるんだよ!(意味不明)
……よし、じゃあ次は僕の番だな。
「はいまーちゃん、あーん」
「えっ!?」
「え?」
僕がカレードリアをまーちゃんの口元に運ぶと、まーちゃんは急に顔を真っ赤にして頭から湯気を立ち上らせた。
えっ!?
何そのリアクション!?
ま、まさかまーちゃん……、自分があーんされる側になるとは予想してなかったの!?
何でこの子はこう、いつも肝心なところで詰めが甘いの!?
そんなところもカッワイイッ!!(カワイイのかよ)
でもこうなると、僕の中の眠っていた嗜虐心が疼き出すな――。
「どうしたのまーちゃん? ほらお食べ。あーん」
「あ……あーん」
まーちゃんは羞恥心を必死に
「どう? 美味しかった?」
「ふぁ……ふぁい、おいふぃかったふぇす」
まーちゃんは口をもごもごさせながら、やっとそれだけ答えた。
フフフ、カワイイやつめ。
勇斗が若干引いた顔で、そして篠崎さんははわはわした顔で僕を見ているが、気にしない気にしない。
今の僕は無敵だ!
無敵モードに入ったのだ!!
今の僕を止められる者はどこにも――。
「あ」
「あ」
その時だった。
何とも間が悪いことに、たまたま休憩時間と被ったのか、先程のお化け屋敷のお化けさんが僕達のすぐ横を通りかかった。
しかもお化けの格好のまま出歩いている!?!?
そういうのコンプライアンス的に大丈夫なんですか!?
「……」
「……」
そんなお化けさんは、またしても魚のゾンビみたいな眼で僕を見下ろしている。
確かに今さっき
でも個人的には、それはやめといた方がいいと思いますよ!
大抵そういうのって、既に元カノは結婚して子供もいるみたいな事実を突き付けられて、余計ヘコむみたいなオチしか待ってないですから!(随分詳しいね?)
「……ふう」
お化けさんは意味深な溜め息を一つだけ零すと、颯爽と去っていった。
そんなお化けさんの後ろ姿を見つめていたら、いつの間にか僕の無敵モードは綺麗に霧散していた。
そしてその後に残ったのは、はち切れんばかりの羞恥心だけだった。
ああああああああああああああ!!!(死)
何僕は調子コいてたんだ!?
てか無敵モードって何だよ!?!?(哲学)
末代までの恥だ!!(因みに末代ってのは子孫のことじゃないらしいね)
「大丈夫? ともくん」
「っ!」
そんな頭を抱えている僕に、まーちゃんは心配そうに声を掛けてくれた。
……おお、僕の彼女は何て天使なんだ。
あんなまーちゃんを辱めた僕のことを、そんな眼で見てくれるなんて……。
――決めた!
もう金輪際僕は、絶対に調子コかないぞ!(フラグ)
「う、うん、大丈夫だよ。ありがとまーちゃん」
「ふふ、ならいいけど」
まーちゃんはふわりとした笑みを浮かべた。
モナリザッ!!
モナリザの生まれ変わりだわこの子!!
えっ!? つまり僕はダ・ヴィンチ!?
ダ・ヴィンチの転生した姿だったの僕!?(錯乱)
『ダ・ヴィンチの僕が現代に転生したら、同じく転生していたモナリザと彼女になっていた件』。
……うん、こりゃ『最近のラノベはオジサン』に「最近のラノベは」って言われるのがオチだな。
「さ、というわけで次は美穂達の番だよ」
「えっ!?」
「なっ!? なんで俺達がそんなことしなくちゃいけないんだよ!?」
急に水を向けられた勇斗達は、露骨に狼狽えた。
「何言ってんの。私達も恥ずかしいのを我慢してやったんだから、美穂達もその分はやってもらわないとね?」
「う、うぅ……」
「そ、そりゃそうかもしんねえけど……」
やるなまーちゃん。
別に僕らは頼まれてやったわけじゃないのに、さも仕方なくやったみたいな体にして、勇斗達に義務感を与えるとは。
前から思ってたけど、まーちゃんて意外と策士なのでは?(詰めは甘いけど)
「じゃ、じゃあ……、はい勇斗くん、あーん」
「あ、あーん」
篠崎さんはおずおずと勇斗にカレードリアを食べさせた。
意外と素直にまーちゃんに従ったことといい、さては二人共内心では僕らが羨ましかったんだな?
まったく、お安くないぜ。
「どう? 美味しい? 勇斗くん」
「お、おう。何か俺のドリアより美味い気がする」
それは噓だろ勇斗。
……いや、あながちそうとも言い切れないか。
何故ならそのカレードリアには、『愛情』という名のスパイスが入っているからね!(ドヤ顔)
「よし、次は俺が食べさせる番だな。――あーん」
「あ、あーん」
篠崎さんが小さな口を開けて勇斗のドリアを受け入れようとした刹那――
「うわっ!?」
「キャッ!?」
突如突風が吹いたため、勇斗の手元が狂って、ドリアが篠崎さんの頬に当たってしまった。
「わ、悪い美穂!」
「う、ううん、私は大丈夫だよ」
「――!」
そんな篠崎さんの顔を見た勇斗は目を見張った。
ドリアのチーズが篠崎さんの顔にベッタリと付いてしまっており、何とも言えない扇情的な絵面になってしまっていたからだ。
エッッッッ。
「お、おぶふぁあああ」
「勇斗くん!?」
勇斗は盛大に鼻血を吹き出しながら卒倒した。
「キャー!! 勇斗くん!? 急にどうしたの勇斗くん!!? 勇斗くーん!!!」
やれやれ。
このムッツリバスケ部め。
今日からお前のあだ名は、ムッツリスモールフォワード(バスケのポジション)だ。
「あはは、差し詰め田島君は、ムッツリスモールフォワードってとこだね」
「っ!?」
まさかの完全一致!!
ちょっと僕とまーちゃんって、気が合い過ぎじゃない!?(ノロケ)
――その時。
休憩時間が終わったのか、背中に哀愁を漂わせながらお化け屋敷に向かうお化けさんの姿が、僕の視界の端に映った。
……お仕事お疲れ様です。
さてと、次はどんなアトラクションに乗ろうか。