「チョコバナナだああああああヒャッホー!!!」
「足立さん!」
浴衣で走り回ったら危ないよと言おうとした僕だが、足立さんの運動神経なら転ぶことはないかなと、放っておくことにした。
僕もここに来て、やっと足立さんとの付き合い方がわかってきた。
しかし、浴衣姿の足立さんは、これまた絵画から抜け出てきたのではと見紛うほど美しかった。
今日の足立さんはいつものスポーティーでボーイッシュな服装とは打って変わり、薄い青を基調としたおしとやかな浴衣に身を包んでいて、そのあまりのギャップに、僕はさっきからずっと胸がドキドキしっぱなしだった。
足立さんが僕の彼女だったら、どれだけ幸せだろうなぁ……。
……ハッ!
いやいやいやいやいや!
何を考えてるんだ僕は!
僕はモブキャラなんだって、何度言えばわかるんだ!?
調子に乗るな!
喝ッ!
僕は自分を戒めた。
「ふふふ、茉央ちゃんは昔からチョコバナナ大好きだから」
「ははは、足立らしいな」
篠崎さんと勇斗の浴衣姿も、眩しいくらい絵になっていた。
篠崎さんの薄いピンクを基調にした浴衣は、清楚の化身と言っても差し支えない篠崎さんに、これでもかとマッチしている。
更に普段は下ろしているサラサラの黒髪も編み込みでアップにしているので、艶めかしいうなじが露わになっている。
これがまた高校生とは思えない大人の色気を醸し出していて、勇斗の目はさっきからずっと篠崎さんのうなじに釘付けだ。
勇斗……。
気持ちはわかるが、彼氏じゃなかったら、それ以上見たら犯罪だぞ?
「あ、田島君、浴衣乱れてるよ」
「え? ああ、そうか?」
「ちょっと動かないでね」
「お、おお」
篠崎さんが勇斗の前に立って、浴衣の襟を直してあげている。
これはあれだ!
新婚の奥様が、旦那さんのネクタイを直してあげてるやつだ!
だから甘酸っぱいって!!
甘さ100%、酸っぱさ100%、合わせて1200%のゆで理論だぜ!
勇斗も茹でダコみたいに真っ赤になってやがる。
効いてる効いてる!
……あれ?
よく見たら篠崎さんも負けず劣らず顔真っ赤じゃん!
何だよもー。
思わず浴衣を直したはいいものの、好きな人の身体に直接触っているというシチュエーションを今更ながら自覚してしまい、恥ずかしくなっちゃったってわけ?
はー、罪。
君は罪な女の子だよ篠崎さん!
君のせいで、今一人の男の子(僕)が悶死しかけたよ!
「みんなー、かき氷買ってきたから、あっちで食べよー」
「わあ、ありがとう茉央ちゃん」
足立さんが計画通り、みんなを裏の古びた神社の境内に誘導した。
僕は足立さんにお礼を言ってかき氷を受け取りつつも、足立さんと目を合わせて、互いにこくんと頷いた。
今回の足立さんの計画は、『四人で夏祭りに来て人気のない場所に誘導し、花火の上がるタイミングで僕と足立さんだけはその場を離れ、二人だけのムードある空間を作る』というものだった。
……うむ、一分の隙もない完璧な計画だ(ホントに?)。
これだけお膳立てしてあげたんだから、これで男を見せなかったら今度こそ絶交だかんな勇斗。
僕はメロン味のかき氷を食べながら、勇斗に無言のプレッシャーを送った。
因みに足立さんはレモン味、勇斗はブルーハワイ味、篠崎さんはイチゴ味をそれぞれ食べている。
そういえば、かき氷のシロップは実はどれも同じ味だって聞いたことがあるけど、あれって本当なのかな?
「あー、そういえば私、りんご飴も食べたいなー」
「「え?」」
キタ!
足立さんからの合図だ。
「あ、僕も食べたいなりんご飴。一緒に買いに行こうか?」
「おっ、いいの浅井君? サンキュー!」
「で、でも茉央ちゃん、もう少しで花火始まっちゃうよ?」
「大丈夫大丈夫美穂、それまでには戻ってくるから」
「う、うん……」
戻ってこないけどね!
予定通り境内から離れた僕と足立さんは、もちろんりんご飴を買いには行かず、そのまま神社をぐるっと回って、勇斗と篠崎さんの後ろ姿が覗き見える位置に陣取ったのだった。
さあ、後はお前が告白するだけだぞ勇斗!
一生分の勇気をここで使い果たしてもいいから、ビシッと決めてみせろ!
「……な、なかなか戻ってこないね茉央ちゃんと浅井君」
「……そうだな」
「……もうすぐ花火始まっちゃうのにね」
「……そうだな」
そうだな以外のことも何か言えや勇斗!
お前はそうだなボットか!?
「くう~、どうしよう浅井君。私緊張で口から大腸が飛び出てきそう」
「大腸が!?」
普通そこは心臓じゃないの!?
「てか足立さん、あんまり大きな声を出したら、二人に気付かれちゃうよ」
「あ、ゴメンゴメン。……じゃあさ、ちょっとだけ浅井君の手、握っててもいい?」
「ふえっ!?」
どどどどどどうしたの急に足立さん!?
「浅井君の手握ってたら、落ち着くからさ……」
「……え」
それって、どういう……。
い、いや、きっと深い意味はないな!
不安だからたまたま近くにいた僕に縋りたくなってるだけだろうからな!
「う、うん、いいよ。僕なんかの手でよければ」
「ホントに? えへへ、ありがと」
「……どういたしまして」
そう言うなり、足立さんは僕の手をそっと握ってきた。
はわわわわわわわわわ。
足立さんの手、柔らけえええええ。
そしてとても温かい。
むしろちょっと熱いくらいだ。
まあ、今夜は真夏日だから、多分そのせいだとは思うけど。
「……なあ、篠崎」
「「っ!」」
その時、唐突に勇斗が声のトーンを落として、篠崎さんの名前を呼んだ。
この雰囲気……、勇斗、まさか!
「え? な、なあに田島君」
「……篠崎はさ、好きなやつっていんのか」
「「「っ!!」」」
キターーーーー!!!!!!
盛り上がってまいりました!!!
どうやらこの境内では一足早く、花火が打ち上がりそうであります隊長!
足立さんも文字通り、手に汗を握っているのがわかる。
ただ、それは僕も同様なので、そんな場合じゃないことは重々承知なのだが、一回手汗を拭かせてもらいたい衝動に駆られた。
「……い、いるよ」
「「「っ!!!」」」
どうやら篠崎さんには好きな人がいるようです!!
誰かなぁ~?
誰なのかなぁ~?
僕には予想もつかないなぁ~(すっとぼけ)。
「そ、そうか……。実は俺もいるんだ……、好きなやつ」
「そ、そうなんだ……」
知ってるって!!
それはもう知ってるから!!
あーヤバい!
僕も口から大腸出そう!
焼肉のホルモンて、大腸のことだっけ? 小腸のことだっけ?(現実逃避)
「それはさ…………、お前だよ篠崎」
「「「っ!!!!!」」」
うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
ゆ、勇斗ーーーーー!!!!!!
よくやった!
よくやったぞ勇斗ー!!!
僕はお前を誇りに思うぞ勇斗ー!!!
「……う、嬉しい。……わ、私も……、私も田島君が…………、好きです」
「「「っ!!!!!!!」」」
ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(死)
お、おめでとおおおおおおおおおお!!!!!!
末永くお幸せにいいいいいいいいいいい!!!!!!
「浅井君ッッ!!!」
「えっ!?!?」
突然足立さんに抱きつかれて、僕は頭が真っ白になった。
足立さん!?
「うううぅ……。よかった……、よかったよおおおぉ……」
「っ! 足立さん……」
足立さんは泣きじゃくりながら、僕の胸に顔を
「……うん。よかった。本当によかったね足立さん」
僕は足立さんの頭をよしよしと撫でた。
友達のことをこんなにも思いやれるなんて、足立さんは本当に良い人なんだな。
そんな足立さんのことだから……、僕は……。
――そうだ。
僕ももう、いい加減認めなければいけない。
僕はずっと前から足立さんのことが――――好きだったんだ。
「ねえ、足立さん」
「え?」
足立さんはとめどなく涙を流しながらも、その顔を上げてくれた。
「驚かないで聞いてね?」
「え……? う、うん……」
「僕は…………足立さんが好きです」
「っ!!」
「僕と、付き合ってください」
「……浅井君」
言った。
勢い余って言ってしまった。
ああああああああああ!!!
マジで今、告白しちゃったの僕!?!?
うわあ、どうしようどうしよう!!
今更ながら、メッチャ心臓がバクバクしてきた!!
「……私も」
「え?」
足立さん……?
今、何と……?
「私も浅井君が――好き!」
「っ!!!」
足立さん……。
「私も浅井君が、大大大好き!!」
「足立さん!」
足立さんは太陽みたいな笑顔で、僕を照らしてくれた。
「僕も……、僕も足立さんが大好きだよッ!!」
思わず僕は足立さんを自分から抱きしめた。
「私も……、浅井君が大好き……」
そんな僕のことを、足立さんも抱きしめ返してくれた。
「足立さん……」
「浅井君……」
そして僕と足立さんは、鼻と鼻が付きそうなくらいの距離で、互いの眼を見つめ合った。
足立さんは、ゆっくりと瞳を閉じた。
――僕は足立さんの唇に、そっと触れるだけのキスをした。
よく、ファーストキスはレモンの味がするなんていうけれど、まさかそれがかき氷のレモン味のことだとは思わなかった。
「おめでとー茉央ちゃん!!」
「よくやったな、智哉!!」
「「っ!?!?」」
いつの間にか篠崎さんと勇斗が、僕らのすぐ側に立っていた。
「な、ななななな何で二人がここに!?」
「そうだよ!!」
「いやいや、あんだけ大声でお互い『大好き大好き』連発されたら、誰でも気付くって」
「「……あ」」
そりゃそうか……。
「でも本当によかったね二人共! 私と田島君も、密かに応援してた甲斐があったよ」
「「……え?」」
今、何と?
「まあ、お前らが両想いなのは、傍から見たらバレバレだったからな。俺と篠崎で協力して、コッソリお前らのことをサポートしてたんだぜ? 感謝しろよな」
「「……は?」」
僕らの仲って、そんなにバレバレだったの!?
てか今、サポートしてたって言った!?
……ああ、なるほど。
そういうことか。
どうりで僕と足立さんの計画が、ことごとく上手くいかないと思った。
お弁当の時も、ビーチバレーの時も、勇斗と篠崎さんは僕と足立さんをくっつけるために動いてたから、いつも足立さんの株ばかり上がってたんだ。
つまり僕達は、互いに互いの恋をサポートし合ってたってわけか。
……何そのコントみたいな設定は。
「んふふ、でも茉央ちゃんも、無意識下では浅井君に良いところを見せたいって思ってたんじゃない?」
「えっ!?」
え?
篠崎さんからの問いかけに、足立さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
どゆこと?
「だって最近、お弁当を作ろうって言い出したり、海でビーチバレーをやろうって提案したり、茉央ちゃんが得意なことを浅井君の前でしたがってたじゃない」
「……あ」
あ。
言われてみれば。
足立さんも、言われるまで自覚がなかったのか、今になって顔を真っ赤にして頭から湯気を出している。
な、何ていじらしいんだ……!
僕の彼女、世界一可愛いくない!?(早速彼氏面)
――その時。
ドーンという空気をつんざく轟音と共に、僕らを祝福するかのように、夏の夜空を大輪の花火が彩った。
……綺麗だ。
僕はこの光景を、きっと一生忘れないことだろう。
「たまーやー!」
……いや、『たまや』の言い方おかしくない、足立さん!?