「海だああああああヒャッホー!!!」
「足立さん!?」
海に着くなり奇声を上げながら波に突撃していった足立さんに、僕は若干面食らった。
でも、波と無邪気に戯れている足立さんは、映画のワンシーンみたいに美しかった。
栗色のショートカットの髪に太陽光が反射して、キラキラと煌めいている。
そして意外と着瘦せするタイプだったのか、高校生とは思えないほど豊かな胸が、たゆんたゆんと揺れている。
着ている水着も大胆なビキニタイプで、思春期ど真ん中な男子には、非常に目のやり場に困るものだった。
「あはは、茉央ちゃんたら、子供みたい」
「ホントにな」
そんな足立さんのことを、篠崎さんと勇斗は、お母さんとお父さんみたいな目で見守っていた。
いやむしろこれは完全に夫婦だな!
最早結婚二十年目みたいな雰囲気を醸し出してんな!
おかしいな?
まだ結婚式に呼ばれた覚えはないんだけど?
友人代表のスピーチも、原稿用紙二百枚分くらいのを考えてあるんだけど?
「し、しかしあれだな篠崎。その……み、水着……、よく似合ってるな」
「は、恥ずかしいからあんま見ないでね!」
はい血糖値。
はいガムシロップ。
まあ、確かに篠崎さんの水着姿も、でら可愛いがや(唐突な名古屋弁)。
篠崎さんは白いワンピースタイプの水着を着ており、清楚な篠崎さんにとてもマッチしている。
足立さんのビキニに比べれば露出度は低いが、それが逆に男子の想像力を掻き立てる。
勇斗も地面に着きそうなくらい鼻の下を伸ばしているが、それも致し方ないことだろう。
「で、でも、田島君の筋肉も、とっても立派だよ」
「お? そ、そうか」
確かに。
流石バスケ部。
見事な逆三角形を描いている胸筋と、六つにくっきり割れた腹筋。
そして丸太みたいに太く逞しい腕。
男の僕でさえ惚れ惚れしてしまう、彫刻の様な肉体美が、そこには存在していた。
棒人間みたいな体型の僕とは、提灯に釣り鐘だ。
篠崎さんも、漫画みたいに目をハートにしている。
……なんでこれで付き合ってないの、この二人?
「いよっしゃー! そんじゃ早速ビーチバレーやろー」
波でひとしきり遊んで満足したのか、足立さんが当初の予定通りビーチバレーを提案してきた。
危なかった……。
忘れてたらどうしようかと思った。
足立さんが第二案として出してくれたのは、ズバリ『夏休みに四人で海に行って、ビーチバレーで勇斗が篠崎さんに良いところを見せる』というものだった。
シンプルだが、なかなか悪くない作戦だ(謎の上から目線)。
バスケ部の勇斗ならビーチバレーもそこそこできるだろうし、篠崎さんが勇斗に惚れ直すこと請け合いだろう。
「それはいいけど、チーム分けはどうする?」
勇斗が野暮な質問をしてきた。
よし、足立さん、打ち合わせ通り頼むよ。
「あ、私は浅井君と同じチームがいいから、田島君と美穂でチーム組んでね~」
そう言うなり足立さんは僕の左腕に抱きついてきた。
ええええええええええ!?!?
ちょっとちょっと足立さん!?
抱きついてくるのは、打ち合わせになかったですよね!?
本番でアドリブかますのはやめてもらえませんかね!?
しかも僕の二の腕辺りに、足立さんの豊満な胸がむにゅんと当たっている。
ふおおおおおおおおお!!!!
臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!!!
……危なかった。
僕が咄嗟に九字を切ってなかったら、大変なことになるところだったよ(何が?)。
「そ、そうか。じゃあ……よろしくな、篠崎」
「う、うん……。よろしく」
若い二人が頬を染め合いながらもじもじしている光景は、否が応でも辺りの気温を上昇させた。
真夏日!
今年の夏は本当に暑いけど、中でも最高気温達成したわこれ!
体感気温70度くらいあるわこれ!
こうしてここに、思惑渦巻く、灼熱の男女混合ビーチバレー勝負の幕が上がったのであった。
「よーし、バッチコーイ!」
足立さんが大きく両手を広げて、勇斗を挑発した。
「フフフ、女だからって容赦はしないぜ足立! おりゃあッ!」
そんな足立さんに向かって、勇斗が鋭いサーブを打ってきた。
「なんのー!」
足立さんは猫みたいに機敏な動作で、そのサーブをレシーブした。
そして、勢いを殺した絶妙なボールが、僕のところに上がってきた。
よし!
「足立さんッ!」
僕は足立さんがスパイクを打ちやすいように、真っ直ぐなふわりとしたトスを上げた。
だが、これはあくまで布石だ。
流石にわざとらしく失敗して勇斗達を勝たせたら、僕らの計画が露見する可能性があったので、表面上は真剣にやっているように見せなければならない。
この場合でいうと、足立さんが打った渾身のスパイクが、ギリギリでアウトになってしまうくらいがちょうどいい。
僕は足立さんに目線を送った。
そしてそれを受けた足立さんは、小さくこくんと頷いた。
後は任せたよ、足立さん!
「喰らいやがれええええええええ!!!!」
「うおっ!?」
「キャッ!」
……え?
ズドゴオォンという大砲みたいな轟音と共に、足立さんの打ったスパイクは勇斗と篠崎さんの間に突き刺さった。
足立さんッ!?
「……あ」
我に返った足立さんは、「やっべぇ~」とでも言いたげな顔をしている。
……足立さん。
「ゴ、ゴメン浅井君! いざスパイクを打つとなったら、私の封印した右腕が疼いて!」
「何その中二設定!?」
すかさず僕のところに駆け寄ってきた足立さんは、小声で言い訳にもならない言い訳を並べた。
「ス、スゲェな足立。今のは俺でも取れねえぜ」
「うん! やっぱ茉央ちゃんは、運動神経抜群だね!」
「え? あ、そう? えへへへ」
二人におだてられて、足立さんは照れくさそうにはにかんだ。
可愛いッ!
そんな足立さんは今日も可愛いけれどもッ!
今日は違うよね!?
今日は迷える二人の子羊を、僕らが導いてあげようって日なんだよね、足立さん!?
そんな僕の無言のプレッシャーに気付いたのか、足立さんは気まずそうに、
「つ、次はちゃんとやるからさ。許して? ね? ね?」
と上目遣いで手を合わせてきたのだった。
もう!
ホント可愛いなあこの子!
しょ、しょうがないなあ、今回だけだからねッ!(ツンデレ)
「さーて、私の弾丸サーブ、見せちゃうよ~」
ボールを掲げながら、ドヤ顔で足立さんは宣言した。
……いや、今度こそはわかってるよね足立さん?
僕達はわざと負けて、勇斗のカッコイイところを篠崎さんに見せるのが役目なんだからね?
「ちょいやー!」
が、流石に足立さんもその点は弁えていてくれたらしく、弾丸サーブとは名ばかりの、実に返しやすい山なりのサーブを勇斗目掛けて打った。
よしよし、今度はよさそうだぞ。
「篠崎!」
「はい!」
勇斗はそのサーブを上手くレシーブし、ボールを篠崎さんの頭上に上げた。
オイオイ、「篠崎!」で、「はい!」だってさ!
息ピッタリじゃんこの二人!
初めての共同作業じゃんこれ!
きゃんにゅうせれぶれいとがわんらぶでとわにともにじゃんこれ!(?)
「田島君!」
「オウ!」
篠崎さんは素人目に見てもとても打ちやすそうな、ふわっとしたトスを勇斗に上げた。
いよっ!
理想の嫁!
旦那を陰から支える、嫁の鑑!
功名が辻!
「オラアァッ!!」
勇斗はバスケでダンクシュートを決めるかの如く、強烈なスパイクを打ってきた。
これは取れなくてもまったく不自然じゃないな。
むしろ僕なら全力で取りにいっても、昭和のスポーツ漫画みたいに逆に吹っ飛ばされちゃうところだろう。
――が。
「させるかあああッ!」
「「「っ!?」」」
足立さんはサーバルキャット並みのジャンプ力ぅで、そのスパイクを見事にブロック(通称ドシャット)したのであった。
すっごーい!
……じゃねーし!?
「いやっほー! 私やったよ浅井君!」
「ぬあっ!?」
足立さんはドシャットを決めた高揚感からか、僕にがばりと抱きついてきた。
あああああ足立さああああん!!!!
あああああ当たってるよおおおおお!!!!(何がとは言わないが)
「あっ! ゴ、ゴメン浅井君! ……私なんかに抱きつかれたら、嫌だったよね?」
足立さんは慌てて僕から離れた。
「え、えっと、その……」
嫌ではないけど?
むしろご馳走様でしたけど?
危うく「ありがとうございます!」って言いそうになったけど?
「いやあ、やるな足立。あれを止められたらお手上げだぜ」
「うん! 茉央ちゃんカッコよかったよ!」
「あ、マジで? うひひひ」
天狗になってる足立さんも可愛いかったので、もう僕はこれはこれでいいのかなという気にもなっていた。
「ゴメ~ン浅井君! わざとじゃないんだよ!? わざとじゃないんだよ!! それだけは信じて!」
「あ、うん、わざとだなんて思ってないから大丈夫だよ」
帰りの電車の中。
四人掛けのボックス席で、僕の隣に座っている足立さんが、泣きそうな顔で謝ってきた。
因みに向かい側の席には勇斗と篠崎さんが二人で座っていて、海で遊び疲れたのか、二人共寝てしまっている。
しかも勇斗の肩に篠崎さんが頭をもたれながら寝ているので、傍から見たら完全にカップルだ。
はあ~、この風景をスマホで写真に撮って、ネットの海にばら撒きてぇ~。
僕と足立さんの中だけに留めておくのは勿体ねぇ~。
「……実は私のお母さん、ママさんバレーのキャプテンをやってるんだ」
「そうなの!?」
足立さんのお母さんのバイタリティエグいね!?
そりゃ足立さんみたいな子が育つはずだよ。
「だから子供の頃からバレーは鬼コーチとしてシゴかれてさ。ついその頃の癖で、バレーボールを見ると身体が勝手に動いちゃうの」
「なるほど」
そういうことだったのか。
「それならしょうがないよ。また別の手を考えよ?」
「うん……。でも次こそは絶対に成功させる自信があるよ! 私に任せて!」
「あ、うん」
最早足立さんが言うとフラグにしか聞こえないけど、僕に代案があるわけでもないし、モブキャラの僕はサポート役に徹するだけだ。
向かいの席で幸せそうに寝ている勇斗と篠崎さんを見て、「人の気も知らないでさ……」と、ちょっとだけ思った僕であった。