「ねえねえ
「ん? 何だい
とある休み時間、足立さんがいつもの
「浅井君はさあ、
「え、どう思うって……」
僕は教室の隅で楽しそうにお喋りしている
今日もあの二人は見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、甘々なオーラを撒き散らして、辺り一面の血糖値を爆上げしている。
「あの二人ってさ、絶ッッ対に両想いだよね!」
足立さんが眼を爛々とさせながら言ってきた。
「うん……、まあ、ほぼ間違いなくそうだろうね」
少なくとも勇斗の方は篠崎さんにベタ惚れなはずだ。
幼稚園の頃から勇斗と親友である僕には火を見るよりも明らかだが、守ってあげたくなるような華奢で可愛らしい容姿といい、穏やかで気配り上手な性格といい、篠崎さんは勇斗の好みドストライクだ。
高校に入学した直後、僕と勇斗と篠崎さんと足立さんは、偶然同じ班になった。
篠崎さんと足立さんも僕と勇斗同様、子供の頃からの親友らしく、僕達四人はすぐに仲良くなった。
今では休みの日は四人で遊びに行くこともある。
ただ、年頃の男女がいつも一緒にいれば、恋愛に発展するのは最早必定であり、ご多分に漏れず勇斗と篠崎さんもそうなったというわけだ。
いつも朗らかな笑顔を浮かべて周りを和ませてくれる篠崎さんだが、勇斗と一緒にいる時はとりわけ嬉しそうな表情をしているので、勇斗のことを憎からず思っているのは確かだろう。
「だよねだよね! 田島君てさ、美穂の好みドストライクだから、絶対田島君にベタ惚れだと思うんだよ、私は!」
「あ、そうなんだ」
「そうそう! 美穂ってば昔からがっしりした雄々しい男の子がタイプだったから、田島君は100点満点だよ!」
「へえ」
篠崎さんの親友の足立さんが言うなら間違いないんだろうな。
確かに一年生にして既にバスケ部でレギュラー争いをしている勇斗は、とても男らしい頼りがいのある容姿をしている(帰宅部でもやしっ子の僕とは真逆だ)。
篠崎さんが惚れるのもさもありなんといったところだろう。
「でもさー、それだけに一向にくっつく気配のないあの二人を見てると、こう……無性にじれったいんだよね私はッ!」
「ああ」
足立さんはそうかもね。
足立さんはある意味篠崎さんとは真逆で、竹を割ったようというか、サバサバした姉御肌な性格だから、くっつきそうでくっつかないあの二人の様子がもどかしいんだろう。
勇斗はガタイは良いくせに、心は意外と繊細なところがあるから、あと一歩がなかなか踏み出せないんだろうな。
「というわけでさ、しょうがないから私があの二人のために、一肌脱いであげようって思って!」
「え?」
「もちろん浅井君も協力してくれるよね?」
「え?」
僕が断るとは微塵も思っていないような、ニッコニコな笑顔でそう言われては、僕には黙って首を縦に振る以外の選択肢は残っていなかった。
そして迎えた昼休み。
今日も僕達四人は机を囲んで、一緒にお弁当を食べようとしているのだが、そこでそれとなく僕が切り出した。
「わ、わあ、いつもながら、篠崎さんのお弁当は美味しそうだね」
若干台詞がわざとらしくなってしまったのは勘弁してもらいたい。
僕はそもそもが口下手なので、こういった演技は不得手なのだ。
まあ、篠崎さんのお弁当が美味しそうなのは事実なんだけどね。
「え? そうかな?」
「うんうん! 勇斗もそう思うだろ?」
僕は間髪入れず勇斗に水を向ける。
「あ? あ、ああ、そうだな」
勇斗は「急にどうしたんだよ?」みたいな顔をしていたが、話を合わせてはくれた。
よしよし、ここまでは計画通りだぞ。
僕は足立さんにそっと目線で合図を送った。
それを受け、足立さんはこくんと小さく頷いた。
「あー、確かに美穂のお弁当は美味しそうだよね。いつも自分で作ってるんだもんね」
「う、うん、一応ね。でも、
よし、かかった!
「まあねー。あ! じゃあさ、明日私は浅井君の、美穂は田島君の分のお弁当を作ってきて、どっちのお弁当がより美味しいか、二人に判定してもらうってのは、どう?」
「えっ!?」
「い、いや! そりゃ悪いよ! 篠崎も、俺なんかのためにわざわざ弁当余計に作るのは大変だろうし!」
それが大変じゃねーんだよ勇斗!
このニブチンがッ!
我が親友ながら、このニブさ加減には辟易するな。
「わ、私は別にいいけど……」
篠崎さんがこれでもかってくらいもじもじしながら、消え入りそうな声でボソッと呟いた。
ヒュウッ!
お熱いねこのッ!
もう早くくっついちゃいなよ君達!
「え!? ホ、ホントにいいのか篠崎!?」
勇斗は困惑と歓喜が入り混じった、若干キモい顔になっている。
今だけはそのキモい顔も許してやるから、さっさとくっつくんだぞ! いいな!?
思惑通りに事が運んだ僕と足立さんは、コッソリとガッツポーズを交わし合った。
「はい浅井君、これが私が作ったお弁当ね」
「わあ、ありがとう足立さん」
「た、田島君……、これ……」
「オ、オウ……、サンキュ、篠崎」
翌日の昼休み。
約束通り足立さんと篠崎さんは、僕と勇斗の分のお弁当を作ってきてくれた。
好きな子から手作りのお弁当をもらうという、男子なら耳血が出そうなほど嬉しいイベントに、勇斗も顔がにやけそうになるのを必死に
わかる!
わかるぞ勇斗!
大方昨日は楽しみでろくに眠れなかったんだろう?
その証拠に、勇斗の目の下にはくっきりとクマができていた。
まあ、もっともそれは篠崎さんも同様なのかもしれない。
篠崎さんの目にも、勇斗とまったく同じクマができているから。
よっ! ペアルックかよこの!
お安くないぜッ!
「じゃあ、せっかくだから早くいただこうぜ勇斗」
「あ、ああ、そうだな」
「どうぞどうぞ召し上がれ~」
「わ、私のはあんまり自信ないから、期待はしないでね!」
何を仰るんだよ篠崎さん!
百万歩譲ってあまり美味しくなかったとしても、そんなものは些末なことなんだよ篠崎さん!
男にとっては好きな人が自分のために手ずから作ってくれた、そのことだけでどんな五つ星レストランのフルコースよりも価値がある料理になるんだよ篠崎さん!
わかったかい篠崎さん!?
わかったならうちの勇斗に、これからも毎日美味しいお味噌汁を作ってあげてね篠崎さん!
「……おお、こりゃ美味そうだ」
震える手で勇斗が開けたお弁当は、唐揚げを中心に、玉子焼きやアスパラのベーコン巻きなどといった定番のおかずが、所狭しと敷き詰められていた。
しかもご飯は炊き込みご飯だ!
メチャメチャ気合い入ってるぅ~。
愛情もふんだんに入ってるぅ~。
何だか一周回って勇斗に殺意が湧いてきた!
……おっと、こうしちゃいられない。
「どれどれ、僕のは…………おお」
足立さんが僕に作ってくれたお弁当も、負けず劣らず豪勢なものだった。
ミートボールにタコさんウィンナーにヒジキの煮物などなど。
ご飯の上には焼き鮭まで乗っている。
こんなことを言っては大変失礼だが、若干ぶっきら棒な性格をしている足立さんは、勝手に料理が苦手なんじゃないかと思っていたけど、全然そんなことはなかったらしい。
そのあまりのギャップに、僕は胸の奥がキュッとなるのを感じた。
……いやいや!
今はキュッとなってる場合じゃないだろ!?
「凄く美味しそうだね足立さん! では、いただきまーす」
「い、いただきます」
僕と勇斗はミートボールと唐揚げを、それぞれ一口食べた。
――すると、
「美味いッ!」
「美味いッ!」
漫画とかだと大体こういう時は、どっちかの料理は壊滅的にマズかったりするものだが、どうやら今回はどちらも見た目通りの味だったらしい。
「このミートボールメッチャ美味いよ足立さん!」
僕は正直な感想を述べた。
「おっ、ありがとー浅井君。頑張って作った甲斐があったよ」
足立さんはヘヘヘっと照れくさそうにはにかんで、白い歯を覗かせた。
おおう……、何てキュートなんだ……。
いやいやいや! イカンイカン!
しっかりしろよ僕ッ!
今日の僕は、親友のキューピット役だろ!?
「んん~! この唐揚げもハンパなく美味いぜ篠崎!」
「ホントに田島君!?……よかった」
篠崎さんは少しだけ瞳を潤ませながら、口元を両手で覆った。
嗚呼ー!!!
甘酸っぺー!!!
甘いのか酸っぱいのか、それだけはハッキリしてほしいいいいい!!!(?)
――よし、ここはもう一押し。
「いやあ勇斗、篠崎さんには申し訳ないけど、その唐揚げより、足立さんのミートボールの方が美味しいと僕は思うぜ」
「え?」
まさか僕の口からそんな台詞が出てくるとは露程も思っていなかったであろう勇斗は、口を半開きにしてポカンとしている。
いいぞ勇斗。
そこですかさず、「いや、篠崎の唐揚げの方が美味いに決まってんじゃねーか!」と言い返してこい!
そうすれば篠崎さんの好感度アップ間違いなしだ。
そのためなら、僕は泣いた赤鬼の青鬼役も、喜んで引き受けようじゃないか。
――が、
「あ、そうだよね! もちろん茉央ちゃんの料理の方が美味しいに決まってるよ。だって茉央ちゃんは、私の料理の先生だもん」
「……え?」
などと篠崎さんが言うものだから、今度は僕の方がポカン顔になってしまった。
あ、足立さんッ!?
僕は咄嗟に足立さんに目線を向けた。
「あ、あれえ? そうだったっけ~? 覚えてないなあ、そんなこと~」
すると、足立さんはこれでもかと目を泳がせて、わざとらしい演技をした。
……足立さん。
「へえ、そうなのか。足立が篠崎の料理の師匠なら、そりゃ足立のミートボールの方が美味くて当然だよな。羨ましいなオイ、
「あ、うん……」
勇斗に肩をバシバシ叩かれながら屈託のない笑顔を向けられて、僕はただただ苦笑いを返すことしかできなかった。
「ホントゴメン、浅井君ッ! 私が柄にもなく、ミートボールなんかを作っちゃったもんだから!」
「い、いや、こちらこそ、僕が余計なことを言わなければ、あんなことにはならなかったと思うし、僕のせいだよ」
その日の放課後。
僕と足立さんは教室の隅で、昼休みの反省会をコッソリ開いていた。
「ううん! 浅井君は悪くないよ!……浅井君にミートボール美味しいって言ってもらえたのは、正直嬉しかったし……」
「足立さん……」
足立さんは頬をほんのり赤く染めて俯いてしまった。
――か、可愛い。
……いやいや! 落ち着け僕!
何を勘違いしてるんだ!?
僕はあくまでモブキャラなんだから、身の程を弁えろ!
「……実は私のお母さんがね、料理教室の先生をやってるんだ」
「あ、そうなの」
これまたちょっとだけ意外だったな。
「だから子供の頃から料理だけは厳しく躾けられてさ。それを私が、たまたま美穂に教えてたことがあるってだけなの」
「なるほどね」
そういうことだったんだ。
「それならしょうがないよ。また別の手を考えればいいさ」
「うん……そうだね。ここでくよくよしてても仕方ないもんね!」
足立さんはガバッと立ち上がって右手を天高く掲げた。
どうやらいつもの元気な足立さんに戻ったらしい。
うんうん、やっぱ足立さんはこうでなくちゃね。
「実は私に良い案があるんだよね~」
足立さんは悪戯っ子っぽくシシシと笑った。
「へえ? どんな?」
「来週から夏休みに突入するじゃん?」
「うん」
それで?
「だから四人でさ――」