翌日、ヴァレンティン軍はライリーからゾーイに向かって、凱旋行進を始めた。
サイラス王は猛獣用の檻に閉じ込められ、荷馬車に積まれ、見世物のようにして連れていかれた。
手足は縛られたままで、檻は屈強な兵士たちに取り囲まれ、逃げ出しようがなかった。
わたしはその少し後ろで騎乗していた。隣には白馬の王子様。
イーノも王都への帰還を許され、同行している。
新たなライリー城主は先任の千人隊長が任命された。
モーリッツの街で、サイラス王は住民から石や卵を投げられた。
「助けて、やめさせてえ」と囚われの王は哀願した。
「かわいそうですね」とわたしは助ける気もなく言った。
「少しもそうは思っていなそさうな顔だが……」と愛しの王子が答えた。
王は身をよじって、飛んでくるものを懸命に避けている。
だが、怖いもの知らずの子どもが、檻のすぐそばまで近づいて投げた卵が、サイラスの顔に当たって割れた。
黄身と白身が顔面に垂れ流れた。気持ち悪そう。少し同情心が湧いてきた。
「因果応報という気がしますが、さすがに哀れです」
モーリッツに銀細工店があり、ジルベールがネックレスを買ってくれた。ハート型の飾りがついている。
「ささやかだが、誕生日プレゼントだ」
「ありがとうございます。うれしい!」
わたしはさっそくネックレスを首にかけ、王子の頬にキスをした。
ジルベールと一緒に食堂に入り、美味しいごはんを食べた。
鹿肉の串焼き、内臓のスープ、ニンジンのマリネ、アップルパイ。
このあたりの草原には野生動物が多く、狩猟が盛んだ。肉は新鮮で、臭みはまったくない。
窓から外を見ると、捕虜の王が檻の中にいて、所在なさげにしている。
「サイラス王には、なにか食べさせてあげないのですか?」
「炊事兵が食わせているはずだ」
「こんなにいいものじゃないですよね?」
「囚人がなにを食べているか、私は知らない」
「サイラス王、極上のものしか食べてこなかったと思うんですよね。だいじょうぶかなあ?」
わたしは鹿肉の串焼きを1本持って、檻の前に行った。
「ごはん食べてますか?」
「食べてない。家畜の餌みたいなものが出されてくるが、ボクには食えない。吐く。どんなに腹が減っても、身体が受け付けないんだ……」
「食べないと死にますよ」
「肉が食べたい……。頼む、それを恵んでくれ……」
サイラス王は哀れっぽく泣きついた。
わたしは串を檻の中に差し入れた。
手を縛られている彼は、口を突き出して肉を串からむしり取り、がつがつとむさぼり食った。
「旨い……。こんなに旨いものは食べたことがない……」
王は涙を流していた。
よほどお腹が減っていたようだ。
わたしが世話をしないと、この人はゾーイに着く前に飢え死にしてしまうかもしれない。
騎馬でなら12日間ほどでゾーイに着くが、歩兵中心なので、倍以上の日数がかかる。
1月18日にアインホルンに到着し、東部軍団は彼らの兵営に帰った。
アントニオ将軍が「勝利の証にサイラス王を市中で引き回したい」と言い出し、ジルベールは許可した。
「かわいそうなことをしますね」
「私は将軍の意に沿いたいだけだ。きみは復讐ができて、うれしいんじゃないのか?」
「股間蹴りで清々しました。もう十分です」
市中引き回しの刑に処された王は、死んだ魚のような目をしていた。
かわいそうなサイラス王は、ゾーイまで引き回しの旅をさせられているようなものだ。
人々の侮蔑や好奇の視線にさらされている。
あからさまに罵られることもある。ヴァレンティン語の罵詈雑言は、オースティン人のサイラス王には意味がわからないかもしれないが、嘲られていることくらいは伝わっているはずだ。
「だいじょうぶですか?」とわたしはときどきなぐさめる。
「だいじょうぶじゃないに決まってるだろ。頼むよ、この縄をほどくよう、ジルベール王子に言ってくれ」
「ゾーイに着くまでの辛抱ですよ」
「ゾーイに着いたら、ボクはどうなる?」
うーん、どうなるんだろう。死刑かな。
「安らかに眠れますよ?」
王は狼狽した。
「安らかに眠れるってなんだよ? どういう意味だよ?」
「永遠の眠り?」
「殺されるの? 死にたくない! ボクは死にたくないよお……。ねえ、王を殺すなんて、いくらなんでもそんなことはしないよね?」
「あなたは戦争の主犯なんです……。なんでやっちゃったんですか?」
「ちがうんだ。父の遺言で仕方なくやったんだ。ボクはお飾りで連れていかれただけ……」
「潔くないですね。そういう言動してると、女の子に嫌われますよ?」
「モテなくてもいい。生きていたいんだあ」
ごちそうばかり食べていると、たまには軽いものが欲しくなる。
わたしはジルベールを誘って、屋台で汁麺を食べた。豚で出汁を取った白濁したスープに細い麺。こういうのが本当に旨いのだ。
食後に炭酸水を買った。
「サイラス王は死刑になるのですか?」
「父上と母上にそれを決めてもらうために、ゾーイへ王を運んでいる」
「ヘンリー陛下とカミラ陛下のお心しだいということですか」
「そうだな」
「釈放されることはあり得ますか?」
「無理だな。選択肢は死刑か終身刑というところだろう」
終身刑になったら、王は獄中で餓死しそうだ。
何人も殺しているからなあ。因果応報……。
「サイラス王に兄弟はなく、子どももいません。後継者問題で揉めそうですね」
「即位するのは、別にオースティン家の血族でなくても良いだろう? ブライアン公爵家から出すというのはどうだ?」
戦勝国の影響力を行使すれば、そんなこともできるのだろうか?
「良いですね、それ」
「私の婚約者の家族が王になれば、戦争は起こらなくなるだろう」
南部の大貴族アルベルド公爵あたりが反対しそうだ。
「オースティンで内乱が起こるかもしれません」
「内政干渉はしない方が良いかな……」
ひとり言のようにつぶやいて、ジルベールは炭酸水を飲み干した。
サイラス王はすっかり意気消沈して、日々廃人化している。
わたしはときどき肉を持っていく。
そのときだけ、彼の目がよみがえる。
もう会話は交わさない。
こんな男、どうでもいい。
復讐は果たした。
ゾーイに着くまで死なないように。肉をあげるのは、ただそれだけのためだ。
王都に着いたら、大切なことが待っている。
エリエル様にカミラ王妃と会ってもらわなくてはならない。
「望みを言いなさい」
カイシュタイン山で、堕天使様はそう言った。
「わたしがあなたの子孫であるとカミラ・ヴァレンティン王妃陛下に伝えてください」
「カミラとやらはどこにおる?」
「この国の首都ゾーイの王宮に」
「ではそこで会おう、クロエ」
あの方とのやりとりは、一言一句まで憶えている。
ジルベールとの婚約を王妃に認めてもらうのが、最重要事項だ。