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第34話 見せしめ

 翌日、ヴァレンティン軍はライリーからゾーイに向かって、凱旋行進を始めた。

 サイラス王は猛獣用の檻に閉じ込められ、荷馬車に積まれ、見世物のようにして連れていかれた。

 手足は縛られたままで、檻は屈強な兵士たちに取り囲まれ、逃げ出しようがなかった。

 わたしはその少し後ろで騎乗していた。隣には白馬の王子様。

 イーノも王都への帰還を許され、同行している。

 新たなライリー城主は先任の千人隊長が任命された。


 モーリッツの街で、サイラス王は住民から石や卵を投げられた。

「助けて、やめさせてえ」と囚われの王は哀願した。

「かわいそうですね」とわたしは助ける気もなく言った。

「少しもそうは思っていなそさうな顔だが……」と愛しの王子が答えた。

 王は身をよじって、飛んでくるものを懸命に避けている。

 だが、怖いもの知らずの子どもが、檻のすぐそばまで近づいて投げた卵が、サイラスの顔に当たって割れた。

 黄身と白身が顔面に垂れ流れた。気持ち悪そう。少し同情心が湧いてきた。

「因果応報という気がしますが、さすがに哀れです」


 モーリッツに銀細工店があり、ジルベールがネックレスを買ってくれた。ハート型の飾りがついている。

「ささやかだが、誕生日プレゼントだ」

「ありがとうございます。うれしい!」

 わたしはさっそくネックレスを首にかけ、王子の頬にキスをした。


 ジルベールと一緒に食堂に入り、美味しいごはんを食べた。

 鹿肉の串焼き、内臓のスープ、ニンジンのマリネ、アップルパイ。

 このあたりの草原には野生動物が多く、狩猟が盛んだ。肉は新鮮で、臭みはまったくない。

 窓から外を見ると、捕虜の王が檻の中にいて、所在なさげにしている。

「サイラス王には、なにか食べさせてあげないのですか?」

「炊事兵が食わせているはずだ」

「こんなにいいものじゃないですよね?」

「囚人がなにを食べているか、私は知らない」

「サイラス王、極上のものしか食べてこなかったと思うんですよね。だいじょうぶかなあ?」


 わたしは鹿肉の串焼きを1本持って、檻の前に行った。

「ごはん食べてますか?」

「食べてない。家畜の餌みたいなものが出されてくるが、ボクには食えない。吐く。どんなに腹が減っても、身体が受け付けないんだ……」

「食べないと死にますよ」

「肉が食べたい……。頼む、それを恵んでくれ……」

 サイラス王は哀れっぽく泣きついた。

 わたしは串を檻の中に差し入れた。

 手を縛られている彼は、口を突き出して肉を串からむしり取り、がつがつとむさぼり食った。

「旨い……。こんなに旨いものは食べたことがない……」

 王は涙を流していた。

 よほどお腹が減っていたようだ。

 わたしが世話をしないと、この人はゾーイに着く前に飢え死にしてしまうかもしれない。


 騎馬でなら12日間ほどでゾーイに着くが、歩兵中心なので、倍以上の日数がかかる。

 1月18日にアインホルンに到着し、東部軍団は彼らの兵営に帰った。

 アントニオ将軍が「勝利の証にサイラス王を市中で引き回したい」と言い出し、ジルベールは許可した。

「かわいそうなことをしますね」

「私は将軍の意に沿いたいだけだ。きみは復讐ができて、うれしいんじゃないのか?」

「股間蹴りで清々しました。もう十分です」

 市中引き回しの刑に処された王は、死んだ魚のような目をしていた。 


 かわいそうなサイラス王は、ゾーイまで引き回しの旅をさせられているようなものだ。

 人々の侮蔑や好奇の視線にさらされている。

 あからさまに罵られることもある。ヴァレンティン語の罵詈雑言は、オースティン人のサイラス王には意味がわからないかもしれないが、嘲られていることくらいは伝わっているはずだ。

「だいじょうぶですか?」とわたしはときどきなぐさめる。

「だいじょうぶじゃないに決まってるだろ。頼むよ、この縄をほどくよう、ジルベール王子に言ってくれ」

「ゾーイに着くまでの辛抱ですよ」

「ゾーイに着いたら、ボクはどうなる?」

 うーん、どうなるんだろう。死刑かな。

「安らかに眠れますよ?」

 王は狼狽した。

「安らかに眠れるってなんだよ? どういう意味だよ?」

「永遠の眠り?」

「殺されるの? 死にたくない! ボクは死にたくないよお……。ねえ、王を殺すなんて、いくらなんでもそんなことはしないよね?」

「あなたは戦争の主犯なんです……。なんでやっちゃったんですか?」

「ちがうんだ。父の遺言で仕方なくやったんだ。ボクはお飾りで連れていかれただけ……」

「潔くないですね。そういう言動してると、女の子に嫌われますよ?」

「モテなくてもいい。生きていたいんだあ」


 ごちそうばかり食べていると、たまには軽いものが欲しくなる。

 わたしはジルベールを誘って、屋台で汁麺を食べた。豚で出汁を取った白濁したスープに細い麺。こういうのが本当に旨いのだ。

 食後に炭酸水を買った。

「サイラス王は死刑になるのですか?」

「父上と母上にそれを決めてもらうために、ゾーイへ王を運んでいる」

「ヘンリー陛下とカミラ陛下のお心しだいということですか」

「そうだな」

「釈放されることはあり得ますか?」

「無理だな。選択肢は死刑か終身刑というところだろう」

 終身刑になったら、王は獄中で餓死しそうだ。

 何人も殺しているからなあ。因果応報……。

「サイラス王に兄弟はなく、子どももいません。後継者問題で揉めそうですね」

「即位するのは、別にオースティン家の血族でなくても良いだろう? ブライアン公爵家から出すというのはどうだ?」

 戦勝国の影響力を行使すれば、そんなこともできるのだろうか?

「良いですね、それ」

「私の婚約者の家族が王になれば、戦争は起こらなくなるだろう」

 南部の大貴族アルベルド公爵あたりが反対しそうだ。

「オースティンで内乱が起こるかもしれません」

「内政干渉はしない方が良いかな……」

 ひとり言のようにつぶやいて、ジルベールは炭酸水を飲み干した。


 サイラス王はすっかり意気消沈して、日々廃人化している。

 わたしはときどき肉を持っていく。

 そのときだけ、彼の目がよみがえる。

 もう会話は交わさない。

 こんな男、どうでもいい。

 復讐は果たした。

 ゾーイに着くまで死なないように。肉をあげるのは、ただそれだけのためだ。


 王都に着いたら、大切なことが待っている。

 エリエル様にカミラ王妃と会ってもらわなくてはならない。

「望みを言いなさい」

 カイシュタイン山で、堕天使様はそう言った。

「わたしがあなたの子孫であるとカミラ・ヴァレンティン王妃陛下に伝えてください」

「カミラとやらはどこにおる?」 

「この国の首都ゾーイの王宮に」

「ではそこで会おう、クロエ」  

 あの方とのやりとりは、一言一句まで憶えている。

 ジルベールとの婚約を王妃に認めてもらうのが、最重要事項だ。

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