……どうしてこうなっちゃったんだろう。
私はただの、一般女子高生でしかないはずだ。
ちょっと田舎で人数が少ないが、ちゃんとした高校に通っている。
そうしていつもと変わらない、ありふれた日常が繰り返され続けていくと漠然に思っていた。
確かに、その代わり映えのない日常に不満が無かったと言えば嘘になる……
「──どうだ。今回の“素材”は」
「上玉だよ。良さそうなのが5人も手に入った」
“……けれど、これは違う”。こんな非日常は求めていなかった……!
私の通っていた学校の帰り道、目の前のこいつらによって連れ去られていた。一緒にいた友達ごとだ。
多分睡眠ガスか何かで、眠らされていたらしい……
私だけがたまたま早く起きて、寝た状態のままそんな会話が聞こえてくる。
心臓が嫌にバクバクして、冷や汗を掻きながらも、薄く目を開けて様子を見ていた。
防護服か何かを着て、一切顔が判別出来ない状態の奴らが、縛った私たちの前でそう話している……!!
「なら急げ。少人数とは言え、すぐに騒ぎになる。急いで輸送して、指定の場所に送り届けろ」
「採血のサンプルは? “向こう”はそれを要求していただろう? “レア”ものがあるかもしれないし」
「そんな時間は無い。直接素材を渡すだけでも、十分金になる」
「えー? じゃあ“お楽しみ”は? せっかくの女子高生なんだし」
「論外に決まってるだろ。商品価値を落とす気か?」
「へいへい、了解っと」
そんな会話をしながら、目の前の奴らはこの部屋から去っていく。
扉をガチャリと閉めて、私たちが出られないように……
「──っ!! っはあ! っはあ……!!」
私は恐怖で止まっていた呼吸を再開しながら、何とか荒い息を吐いて酸素を取り入れた。
周りのみんなはまだ寝たままだ。私だけが起きている状態。
けれど、恐怖で到底行動に起こせる気が無かった。
もし、奴らが戻ってきたら? もし、私が起きている事に気付いたら?
今にも戻ってきそうな奴らの事を考えると、指一本動かせる気になれなかった。
「は、あ……あ、ああ……っ。や、だ……やだ、やだよ……」
私は涙をボロボロこぼしながら、そんな事を口からこぼしていた。奴らに聞かれてしまうかもしれないのに。
何でこんな事に……非日常を求めてしまったから? それだけで、こんな目に合うんですか?
神様、お願いです。もうそんな事は考えません。2度と変な事は考えません。
だから、だから……
──どうか私達を、助けて下さい
そう人生の中で、深く、深く、初めて深く祈った。
──どれくらい、時間が経っただろう。
30分? 1時間? 3時間? ……それとも、数分?
ふと、遠くでキャー、ワーっと声がする。
微かだけど、そんな声がしばらく聞こえてきて……ふと、途絶えた。
……少し経つと、キイッと扉が開く音がする。
カツン、カツンと階段を降りてくる音が。
私はドキリッ?! と、必死に目を瞑って息を止めた。
奴らに気づかれないように、どうか、どうか、っと……
そんな私の思いに反して、その入ってきた足音はコツ、コツ、と私の近くに──
「──もう大丈夫だ」
……すると、そんな優しい言葉を掛けられた。
「俺はヒーローだ。君たちを、救いに来た」
──ああ。
私の祈りが、届いたんですね。神様……
その声を最後に、私は緊張が途切れたのか、意識を失った……
☆★☆
『──以前話した旧三大ヴィラン組織の事だが、気をつけて欲しい事がある』
それは、いつも通りカイザーの配信を通して話している中、言われた言葉だった。
『それは、この三大組織本体だけでなく、“他の小規模組織の中でもシンパがいる可能性”がある事だ』
:シンパ?
その事を話すカイザーの目は、いつも以上に鋭さを感じられていた。
カイザーはそのまま続けて話す。
『【ダーク・ガジェット】が出たから、旧ヴィラン組織は大半が縮小したんだがな……それでも三大組織本体と、“今でもその技術を使う小規模組織が少なからずいる”。いまだに旧三大組織は巨大だからな……繋がりを持とうとする組織は少なくない』
既にある巨大組織に対して、繋がりを持ってその恩恵を得ようとする組織は多いらしい。
【カオス・ワールド】もある意味その巨大組織に含まれるが、活動方針と支配地域への対応で、気に入らないヴィランも多いとの事。
そう言う人たちは、旧三大ヴィラン組織に繋がりを持とうとするらしい。
『当然、その小規模組織が旧三大ヴィラン組織と繋がりを持とうとする時、ただで繋がれる筈は無い。なんらかのメリットを提示する必要がある。例えば……“素材の提供”とかな』
:……っ!! 誘拐か!!
『ああ。活動を縮小したとはいえ、いまだにそんな事をする奴らが残っている。気を付けろ、木端な組織と思ったら、旧三大ヴィラン組織が背後にいた、なんて事もあり得る。末端を片付け続けていたら、目をつけられる可能性もあるからな。その場合、覚悟しておけよ』
……それを聞いて、俺はふと疑問に思った事があった。
【ダーク・ガジェット】と言う便利な道具が広がったおかげで、人間を素材に使う旧世代の技術は非効率の為、縮小している筈だ。なら……
:旧三大ヴィラン組織は、【ダーク・ガジェット】を使わないのか? 今の時代で人間攫い続けるより、よっぽど手軽だろ?
『ふむ。いい質問だな。確かに使ってる奴らはいるだろう。……しかし、旧世代の“プライド”なのかは知らないが、人の命を使った技術に固執している面も見える。新しいものを受け入れない、懐古厨とも思えるが……』
そこでカイザーは一区切りして、ティーカップでポカリを少し飲んだ。
少し考えた様子を見た上で、話を続ける。
『……どうやら、人の素材の中でも、“レア”があるらしくてな』
:レア?
『なんでも、その人間で旧世代の技術を使った場合、“通常より遥かに強力な力を得られる可能性がある”とか。もしそのレアな素材だった場合、【ダーク・ガジェット】より強力な力を得られる可能性が高い』
:……っ!?
『おそらく、連中はそれを求めているんだろうな。少しでも強力な兵器を手に入れる為に』
量産の【ダーク・ガジェット】より強い力が手に入る可能性……
確かに、いまだに人を攫い続ける理由になるのか……一つでもあれば、他の組織への牽制にもなる。
『と言うか、そもそも【ダーク・ガジェット】と旧世代の技術で強化を別々のものとして考えているがな。“普通に両方使ったほうが強いぞ”。肉体強化した上で、【ダーク・ガジェット】使うやつの方が遥かに有利だ』
そんな元も子もない事を言った後、まあけど、と……
『そんな事は簡単に予想出来るからこそ、“ティアーは対策してる”らしいけどな。敵組織に【ダーク・ガジェット】を使われた場合を想定して』
……その事については、心当たりがあった。
“ジャミング・バレット”。
ティアーがショッピングモールの屋上で、【ガリオ・リベンジャー】のボスに対して放った弾だ。
あれを使われた後、ボスの【ダーク・ガジェット】による発生したオーラが、急速に無くなっていた。
『……と言うか、そうか。そんな対策があると簡単に考えられるからこそ、【ダーク・ガジェット】に最初から頼らないのか、旧三大ヴィラン組織は。そりゃあ自分のところで開発した技術の方が、信頼度は高いな、うん』
ウチも旧世代の技術なんて殆ど使わないしなー、とカイザーはこぼしていた。
……待て、“殆ど?”
:……ちょっとは使ってるって事なのか?
『ん? あー、まあ……と言うか、あれだ。“旧世代の被害者をウチで匿っている”んだよ。その際、既に肉体改造されてた奴がいてな。一般社会に戻すにも戻せないし、どうせならと、そのままウチで所属させて活動させてるんだよ。能力が使えるなら、それを活かしてもらってな。完全否定なんかしたら、其奴らの否定にもなってしまう』
:……なるほど。悪い、勘違いしそうになった。
旧世代の被害者、なるほどな……
大方、肉体改造された一般人、とかだろう。
よくよく考えてみれば、そんな人たちを一般病院か何かで対処出来るのだろうか?
……少なくとも、出来ない奴らもいた。怪人にされた場合などは
そんな人たちは、そのまま……
……そう考えると、そんな奴らにとっては、カイザーみたいなのはありがたい受け皿になってくれたのだろう。
『いや、構わんさ。結局のところ、そう言う意味では旧世代の技術を利用してる、と言うのは【カオス・ワールド】も否定出来ん。存外強くて頼りになるしな。我も大いに信頼させてもらっている』
だからまあ、旧三大ヴィランの事を強く否定出来る立場では無いが……と、続けて。
『──それでも、最終的には奴らは滅ぼさせてもらうさ。元々、その上で気に入らないのは変わらないのだからな』
力強く、ギンッとした目つきではっきりそう宣言していた。
彼女の世界征服の夢に、旧三大ヴィラン組織ははっきり邪魔だと、そう言って。
:……ま、ヴィラン同士で潰しあってくれる分なら、大歓迎だしな。そう言う意味では大いに応援するよ
『くっく、いい性格しているな、君は』
まあ何はともあれ、と。カイザーはまとめて。
『さっきも言ったが、どの組織が旧三大ヴィラン組織に繋がってるか分からんからな。あまり覚悟無く変に首を突っ込み過ぎないようにしろよ』
:……ところで、なんでわざわざ俺にそんな忠告してきたの?
『いや、話していて思った事なんだが、貴様はなんか、“そう言うのに凄く首を突っ込みそうな感じ”がしてな。一応釘を刺しておこうかと。無駄かもしれんが』
:あんた俺を何だと思ってるの?
まさか、ヒーローって感づかれてるか?
いやけど、ヴィランだと思われてたとしても、ヴィラン同士の小競り合いはあるわけだしな……可能性はなくは無い、か。
『とにかく、気を付けろよ。貴様に簡単に死んでもらったらつまらないからな』
:了解っと。
まあとはいえ、そう簡単に出くわすことはないだろう。
人攫いなんて今の時代、大っぴらにやったら目立ちすぎるからな。
大抵こっそりやってる以上、50位未満である俺たちにその件が回ってくる事はないだろう。
ヒーロー協会で旧三大ヴィラン組織の情報の閲覧制限はされていたが、おそらく最低でも30位台案件になるだろうし。
その時俺は、そう思っていた……
☆★☆
「──クンクン。いたぞ、侵入者だ!!」
見つかりました。
「おい、“素材”は!? そいつらを人質にしろ!!」
誘拐された人たちがいました。
「何としても、【ピュア・ブラッド】に売りつけるんだ!!」
三大組織とつながりのある人達でした。
……何だこのミラクル。
☆★☆
「──で、調査って言ったのに、結局グリーン一人で壊滅させちゃったのかい?」
「レッドです」
はい、正直言います。
ショッピングモールの時みたいに、敵の兵士一人を気絶させて、装備を剥いで変装する作戦を取りました。
調査が9割方終わって、誘拐された人の場所や敵組織の人数規模、戦力の把握をした後、残りの1割だった敵の兵士の獣人に見つかりました。
はい、またです。また獣人系にやられました。我ながら学習してないなと思っています。
でも獣人系なんて、今の時代滅多にいないし、ピンポイントで連続でそんなのがいる事自体おかしいと思います。
話が逸れました。
それで敵の呼び寄せが発生して、人質を取られそうになりました。
なので先回りして、人質のいる扉の前を“レッド・ファイア”で一時的に通行止めに致しました。
あとは、廃墟内にいる敵の兵士をかたっぱしから気絶させていきました。
そうして全部片付けたあと、人質全員運び出して、あとは警察と、途中で連絡した“個人的つながりのある上位ヒーロー”に頼みました。
終わり。
ここまでの内容を、一気に神矢長官に報告していた所だった。
「君ねえ……」
ふう、と神矢長官はボサボサの頭を掻きながら、ため息を吐いてそう言ってきた。
「何でもかんでも、一人でやるのが正しいとは限らないんだよ?」
「はい、深くそう思っています」
「なのに、やっちゃったのかい?」
「不可抗力だったと思います」
「何も、潜入するまで行かなくても、遠くからある程度見るだけでも良かったのに……」
「次からそうします」
俺は、頭を下げ続けながらそう返事を繰り返していた。
神矢長官は、難しそうな顔をしたあと、俺の報告で聞き逃せない点を聞いてきた。
「ところで、【ピュア・ブラッド】って本当に言ってたのかい?」
「はい、そうですね」
「う〜ん、ちょっとまずいねえ。このランキングのヒーロー帯には敢えて公開してないんだけど、結構ヤバイ悪の組織なんだよねえ。レッド、そこまで目立っちゃうと個人的に目をつけられちゃうかも……」
そう心配するように神矢長官は呟いていた。
あ、その点だけなら多分問題無いや。
「多分大丈夫です。一応対策はしておいたので」
「そうなのかい? ならいいけど……あ、そうだ」
そう言って、長官は端末を操作しながら、ついでに俺に聞いてきた。
こんなメールが届いていたんだけどー、そう言って……
「──ランキング29位の【スピリット・フォース戦隊】のリーダーから、レッド宛に苦情が来てたんだけど、なんか理由知ってるかい?」
「…………」
☆★☆
回想。
「貴様あ!? どこのヒーローのものだ!? 何故ここが分かった!!」
「……こんな話を知ってるか? “上位ヒーローの中で、精霊の名を冠した炎を纏って戦う奴がいるって”」
「な、何い!? まさか、貴様は……!?」
「──この名を覚えておけ。“イフリート”。ヒーローランキング29位、【スピリット・フォース戦隊】、リーダーの事だ」
☆★☆
回想終了。
「……記憶にございませんね」
「そうかい? ところでそれ、流行ってるのかい?」
うん、何となくブルーの真似して使ってみたけど、意外と語感というか、結構言いたくなる言葉だなこれ。ちょっとブルーの気持ちが分かったかもしれない。
うん、回想したけど、嘘は言ってないし。
ただ俺は、“こんな話を知ってるか?”って問いかけただけだし。うん。
なんかさっきから、個人スマホにスタンプ爆撃が来ているような気がしなくも無いが、気にしない気にしない。うん。
「ところで、他のメンバーは?」
「君が調査中に、既に終わって新しいボランティアに行ってたり、まだ最初のが続いてるのもいる感じだよ〜」
「そっか。長官、俺もなんか新しいボランティアある?」
「一応候補は決めてたけど、それ“後輩育成”何だよねー」
「後輩育成?」
何でも、最近新鋭気鋭でランキング上昇中の【ブレイブ戦隊】。
メンバー全員が高校生で構成されているらしい。現在ランキング180位台とのことだ。
ほー、それはすごいな。
「それで、是非上位ヒーローの指導を受けたいと言っていてね。ちょうどいいから、君たち全員に同時に受けてもらおうかなって思ってたんだけど……」
「なら、それまで待っていた方がいいか」
うーん、それだとちょっと俺暇だなあ……
トレーニングもいいけど、ちょっと出歩くか。ブルーの様子とか見てきたいし。
「それじゃあ長官、ちょっと俺休憩がてら他のメンバーの様子を見てくるなー」
「はーい、行ってらっしゃーい」
そう言って、俺は本部から出かけて行った。
まずは、一番心配なブルーからかな……
★
23歳
175cm
黒髪
中立・善
男
主人公
【ジャスティス戦隊】のレッド。
おんなじ作戦を使おうとして、おんなじ理由で失敗した。
学習能力が無いと言うより、運が悪過ぎた。
しかもよりにもよって、旧三大ヴィラン組織関連に見事にぶち当たった。
今回はデコイにより、華麗にスルー成功。代わりにしばらくスタンプ爆撃に悩まされる事になった。
★
28歳
167cm
くすんだ金髪
秩序・善
女
【ジャスティス戦隊】の長官。
白衣でぼさぼさ髪をしている。
ぶっちゃけ、流石に今回は成功するだろうと思っていた。
下回った。レッドの運の悪さを見極め切れていなかった。
自力でカバーする実力はある事知ってたから問題はないとは思っていたが、ある意味予想を超えられてビックリ。
★
23歳
177cm
赤髪
秩序・善
男
【スピリット・フォース戦隊】のリーダー、“イフリート”。
現在ヒーロー戦隊ランキング29位で上位ヒーロー。
全国で活躍している。
佐藤聖夜の元クラスメイト。互いに気安い関係をしている。
現在、身に覚えの無い功績をふっかけられてスタンプ爆撃中。
★【ピュア・ブラッド】
今回の件、末端組織が捕まったとしても痛くも痒くもない。
そもそも、素材提供としてはありがたく貰っているが、"レア"の調査としては今回の組織は非効率的過ぎると感じていたらしい。