『……ヴィジランテの活動期間は、あまりにも短かった』
:短い?
一時席を外していたカイザーが戻ってきて、再度会話の続きを話し始めた。
ティアーによって生まれた存在、ヴィジランテの説明。その前置きは、この不穏な言葉から開始された。
『およそ半年にも満たない、短期間。ヒーロー、ヴィランの100年の歴史から考えると、ほんの僅かな期間だ。ヴィジランテという概念を知らないものも多いかもしれんな。……しかしその短い時間で、爆発的にヴィジランテの数は増えていた。それほど不満が溜まっていたのだろうな』
ティーカップに口をつけて、ズズッ……と音を立てて飲む。
ふうっと一息をついて、続きを開始する。
『念願の力、選ばれしものと同等に至れる武器。この魅力的な道具を振り回す機会を得られて、民衆に躊躇という概念は無かった。自衛以上の手段を手に入れた民衆は、早速その矛先を当時のヴィランに向けて行ったのだ』
『──結果、“僅か半年未満”という短い期間ながらも、当時のヴィラン総数を“約1/5減らす”事に成功したのだ。……実に快挙だ。拮抗していたヒーロー、ヴィランの戦いが、大きく傾いたのだ』
:それは……すごいな。
約1/5。それをたった半年で減らすなど、現代ですら難しい話だ。
それを為し得た事は、民衆にとってどれほどの希望になり得ただろう。
『この様に、【レプリカ・ガジェット】がもたらした恩恵は大きかった。【ライト・ガジェット】と同等、あるいはそれ以上の力を気軽に放てる。そしてメンテナンスの観点からしても、比較的既存の技術形態で修復可能! 部品パーツも、その気になれば複製出来そうなほどシンプル!! 何より、“人の犠牲がいらない!! ” 民衆の期待に120点以上応えたのだ!』
『もはや、放っておいても【レプリカ・ガジェット】を複製する団体も出始めて、供給の心配は無かった。あっという間に、ヒーローの【ライト・ガジェット】の総数に追いついていた』
:……ああ、だろうな
現代からしてみても、【ダーク・ガジェット】の総数は遥かに多い。
5000個前後しかない【ライト・ガジェット】より、需要と供給が激しくてあっという間に追い抜いただろう。
『無論、いい面ばかりでは無かったのも確かさ。複製が容易いという事は、不特定多数に行きやすいという事。……倒れたヴィジランテから、【レプリカ・ガジェット】が奪われることがあった。ヴィジランテの中で、“魔が差した”団体もいた。ヴィラン自身が、【レプリカ・ガジェット】を複製し始めることもあった。……新しい悪の組織が、作られる原因にもなった事は確かだ』
『……しかし、その分を考慮したとしても、ヴィラン総数が減る方が遥かに大きかった。このペースなら、ヒーローとヴィジランテが協力すれば、ヴィランを全て駆逐することも夢ではないかもしれない……そう思われるほどだった』
:……ああ、そのハイペースならそうなってもおかしく無かった筈だ。
何せ、数十年単位で戦っていた存在が、半年で4/5まで減ったんだ。明らかな偉業だ。
しかも、“ヴィラン自身が【レプリカ・ガジェット】を複製し始めることもあった”という言葉。
一見最悪の展開の様にも見えるが、“人の命を犠牲に使っていた”旧世代ヴィランが、“人の命を使わない”技術に傾向したと言い換えてもいい。
人の命なんかより、【レプリカ・ガジェット】という魅力的な“餌”に食いついたと言えるだろう。
無論、簡単に複製出来る様になったから、その分外部活動にリソースが割かれる様になったと言われたら否定出来ないが……それでも、人の命を守れるチャンスが増えた、とも取れそうだ。
『それでも、旧世代の技術に拘り続けるヴィランも多かったがな。後から出たポット出の技術なんか使うか、と頑なな組織も多かった。……しかし、これまでの様に“素材人”を調達しようとするのは、なかなか難しい。何せ、“攫おうとしている一般人の中に【レプリカ・ガジェット】を持っている者がいるかもしれないのだから”。ただの素材調達が、予想外の反撃を食らう可能性のある危険なものとなった。おかげで一般人の誘拐頻度は大幅に減少、旧来の武器の開発がしづらくなったヴィランは、大量の【レプリカ・ガジェット】を使うヴィジランテに対抗も出来ない力無い組織となっていった』
まさしく、文字通り自衛。
人をさらう時のリスクが高まったからこそ、旧世代の技術にこだわるヴィランが大幅に力を削がれたのだ。
『……とまあ、多少問題はあるだろうが、全体で見れば順調だった。ヴィランを殲滅するのも夢ではない。──あの日までは』
:…………それは?
恐らく、ここからが本題。
【レプリカ・ガジェット】と、ヴィジランテという民衆の新たな希望が、一体どうなったのか。
なぜ、俺はその存在を知らなかったのか……
『民衆にも、ヒーロー以外の何者かがヴィランを倒している。そんな噂が広まり始めそうな頃、ヒーロー連合から正式な発表があったのだ』
『──【ライト・ガジェット】を模した、【“ダーク”・ガジェット】を使うヴィランが大量発生。至急、討伐せよ』
:────────は?
『……結局、その年のヴィラン人口は“例年の1.7倍”の記録となったらしい。突如現れた、大量の新規ヴィランによって、大幅に数が増えたからな。連合はそう発表せざるを得なかった』
……っは。カイザーはそう悪態を付く。
『──違うだろう? 連合がそう発表したからヴィランが増えたんだろう? ああそうさ、世界中に増え始めていたヴィジランテ、その全てを一人残らずヴィランとしてカウントしたのだからな!!』
『……この瞬間、ヴィジランテという概念は無くなった。世界中に突如現れた“新たなヴィラン”達、という結果だけが残った』
……
……自警団が、ヴィランに。
その様に、ラベルを張り替えられてしまった。ヒーロー連合に。
『これが、“暗黒の時代”の次にきた、“絶望の時代”の始まりだった。突如爆発的に増えたヴィラン人口。その事に“本当に何も知らない”ヒーローも、一般人も文字通り絶望だ。──そんなのじゃない、という元ヴィジランテの声など封殺されて』
:──それ、は……
『【ダーク・ガジェット】持ちは、例外無く処罰される対象となった。ヴィランも、自衛のために持ってただけの一般人も。……ヒーローも。その全てを、見つけ次第処理された』
『……まあ、ヒーロー連合のこの行動も、大間違い、とは言い切れない。結局、素人が巨大な力を簡単に手に入れて、勝手に振りかざしている様な状態だ。……国が管理していない独立した暴力装置など、不安定という言い分も理解出来る』
『実際、この後その懸念が実現してしまった形となった。……懸念が実現するから、ヒーロー連合が発表したのか、“ヒーロー連合が発表したから、懸念が実現した”のか、今となってはどっちの原因が主流かは分からんがな』
懸念事項、もはやそれは俺でも簡単に予想が付く。
それは……
『……この発表以降、元ヴィジランテだった組織の中で、“魔が差した人間”が一気に多くなった。……当然だ。正義と信じていたはずの己の行為が、公式に悪とレッテル張りされてしまったのだから、そのショックは計り知れないだろう。ヒーローに対してすら、その手に持った【ダーク・ガジェット】を振り上げる存在も出てきた。……そして、容易な複製が可能だった事が裏目に出た、“魔が差した組織”による、これまで以上の不特定多数に対しての【ダーク・ガジェット】の配布……』
『……ヴィジランテの増殖の方が多かった頃なら問題なかったそれらが、一気に表面化してしまった形だ』
『結果、【ダーク・ガジェット】を中心に活動する新たなヴィラン組織が多く増殖……これが、“新世代ヴィラン”と呼ばれる様になった経緯だ』
:…………
『新世代ヴィランがなぜヒーローと戦うか、理由が分かるか? 単純に組織の行動の邪魔、ヒーローに対する苛立ちもあるが……“八つ当たり”だよ。無辜の民衆を救いきれなかったのに、ヴィジランテという組織を認めなかった、ヒーロー連合への行き場のない感情のな。全員がそうでは無いが、その理由がかなり多いだろう』
……ああ、俺が知らなかったのも納得出来た。
半年未満しか活動期間がないあげく、同じ年に“絶望の時代”というラベルが貼られてしまったのなら、そっちの印象の方が強いだろう。
自警団がいた、という事実ごと上から被せて隠す形で。
けど……けれど……!
:……それでも、ヴィジランテの存在を認識出来ていた一般人もいたはずだ。彼らの味方をしてくれてた人たちもいた筈だ。その全てがあっさり消えたとは思えない!
『ああ、そうだ。彼らに直接助けられた団体もいた。彼らは無実だと訴えようとした団体もいた』
『……結果、反社会的訴えだと処理されて、その意見は封殺された。……場合によっては、警察に突き出されて捕まった』
:……!!
『そのせいで、表立って元ヴィジランテ達を庇える者達などいなくなった。現代じゃ、せいぜいこっそり支援する存在がチラホラいる程度だ。本当に元ヴィジランテを信頼してるなら、それくらいしか出来なくなってしまった……』
『それに実際新世代の中でも、元から本気で悪の行動をするつもりで出来た組織も混ざり始めたんだ。何も知らない一般人にとっては新世代ヴィランが元ヴィジランテか、純粋悪かどうか判別など無理な話だろう? そんな事言われても知らんというのが大半さ』
『……まあ、この“絶望の時代”も、比較的早めに落ち着きを見せる事になる。突如現れた新世代悪の組織の、“半分以上が活動を縮小”していった。つまり、表立って行動する事はなくなっていったわけだな。これにより、パンクしていたヒーロー達の処理が、一定の落ち着きを見せる様になる』
『……そう。いまだヴィジランテの理念を忘れていないならば、歴史の表に出る必要はなくなった。最早目立つメリットは無いからな。いまだ名前が残っている組織は大なり小なり、“そのほかの目的”を持つ組織だけだ』
『こうして、民衆の希望の象徴となる筈だった“レプリカ”は“ダーク”となり、新世代ヴィランの象徴となってしまった──』
☆★☆
……クク、いい暇つぶしだ。
監視室で待機している【ガリオ・リベンジャー】の一人はそう内心呟いていた。
ショッピングモールの監視カメラを常時確認して、怪しい動きをしていないかどうか確認する大事な作業なのだが……
画面の奥で、慌ただしく混乱している民衆。
あまりに騒ぎ出しているそれらに対し、威嚇発砲をする同じ組織の仲間たち。
恐怖にうち震いているそれらを画面越しに見るのは、なんとも彼にとって満足感を得られる行為だった。
部屋の隅には、元々この部屋にいた管理人が手足口を縛られて放置されている。
その表情も恐怖に染まっているのも見て楽しめて、暇つぶしに事欠かない。
もちろん、自分自身の役目も忘れてはいない。
念のため何か大きな異常が発生したら、館内の仲間たちに連絡を入れる役目を受け持っているわけだが……
建物を制圧した直後から、特に大きな変化は今のところ無かった。
せいぜい慌てて逃げ惑う一般人がいて、時折画面内で走って逃げる奴らがいるが、その程度の無意味な行動は報告する必要も無いだろう。要求違反として、その場にいる仲間たちが対処する筈だ。
……その点で言えば、うちの仲間の一人が一般人らしき人物を一人連れ歩いていたが、それほど気にすることでもないだろう。
だから特に以上なく、ここからも監視カメラを見続けるだけで良い。彼はそう思った。
そう、続くと思っていた。
だからこそ、背後で扉が静かに開かれたことも。誰かが入ってきたことも。
直後、“自分の意識が急に無くなったことも”
自分は既に、詰んでいた事に最後まで気づけなかった……
☆★☆
「──よし、監視カメラのある管理室、奪還完了ー」
「手慣れてるわねー……ヒーローじゃなくて、アサシンか何か?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる? ただ静かに倒せそうだったからやっただけだし」
「“敵の装備と服剥ぎ取って、全身スーツの上から変装してる”のがガチ感あるなー、って思ったわ」
レッドの変身する、【ジャスティス戦隊】のヒーロースーツは全身赤くて確かにダサい。
それに素材も気持ち薄めの全身タイツの様な感じだ。ヘルメットも赤い以外目立つ特徴も無い。
しかし、だからこそインナー代わりにその上から別の服を着れたりする。
最初にお店に入ってきたやつを気絶させた後、レッドは流れる様な動作で倒した配下の装備を剥ぎ取り、その場で着替えていた。
幸い敵の装備は顔が見えないヘルメットも付けていたので、いつものレッドのヘルメットだけは格納して敵のヘルメットを装着。認識阻害がなくとも、顔は見られないから十分だろう。
あとはスーツの上から敵の全身装備を着れば、あっという間に敵の配下の変装が完了である。しかもヒーローの力は出せるまま。
こいつ、映像配信ドローンが無い時だと本当ダーティなプレイするわねー……と。
「まあいいわ……よし、大丈夫ですかー? ここの管理人さんですよね?」
「ぷはあっ!? な、仲間割れ……? お、お前達は……」
「こんな格好で失礼。俺は【ジャスティス戦隊】のレッド、変装中だ。こっちは……“ヒーロー戦隊所属のサポートメンバーだ”」
顔を隠したレッドはともかく、私服のブルーに対しては正体がそこまでバレない様、嘘をつかない範囲で話すレッド。
余計な混乱をさせない様に、安心感だけを与えるためヒーロー戦隊であることだけを明かしたが、それが功をなし管理人は安心した表情に変わっていった。
「ヒーローですか!? こんな早く……ありがとうございます!!」
「ひとまず落ち着いて、こっちのいう事を聞いてくれますか? 館内の一般人を逃したい」
は、はい! っとレッドの言葉にうなづいた。
それを受けて、レッドは
「ここは、建物の地下一階で最下層か……駐車場に続くルートもあるし、ある意味丁度いいな」
「で、どうするのレッド? 一般人を逃すって言っても、“コレ”見た限り悪の組織の部下たちがそこそこうろついているわよ」
「……【ダーク・ガジェット】、じゃあ無いよな? ただの普通の銃と刃物類か?」
「典型的な懐古主義って感じの組織ねー。けど、それでも一般人を狙われたらキツイわ。この状況中、どう対処していく? こっそり逃すのは難しいわよ」
「そうだな。……けど、何のために真っ先に管理室取り戻したと思う?」
「そりゃあ……」
……敵の組織に気づかれないため。
館内にヒーローがいるという事実を、すぐに知られないため。
そのためにわざわざ、敵の服を着てヒーローらしく見られない様にしていたのだろう。
「というわけで、
「──ここにある監視カメラの映像を使って、俺をオペレートしてくれ」
「っ!! ……具体的には?」
「館内の【ガリオ・リベンジャー】のメンバー、そいつらを地下一階からこっそり倒していく。そして、開放した階から一般人を地下駐車場に集めて、避難させる」
なるほど、と
つまり私の役目は、館内の敵と一般人の居場所を、監視カメラで分かる範囲でレッドに伝えていくことだと。
「まずは、地下駐車場に敵がいないか確認だな。敵の目的がまだよく分からないが、人質として一般人を逃したく無いなら真っ先に人員配置してるだろうし。初手から骨が折れそうだな……」
「けど、そう簡単に上手くいくかしら? これ一人でもバレたら、そこから一斉に連絡行き渡るんじゃない?」
「……ま、確かに今言ったのは理想論だけどな。配下レベルのやつをバレる前に暗殺し続けられたなら幸いだけど、幹部級のやつと遭遇したら、どうあがいたって目立つ。失敗したら……その時はその時だ、一応考えてはいる。それまで極力可能な限り、集められるだけ一般人を集めよう」
「なるほどねー。……というわけで管理人さん、ちょっとだけ待ってもらっていいかしら? すぐにでも避難してもらいたいけど、せめて地下駐車場をレッドが解放するまで待ってもらえる?」
「は、はい……」
レッドと
ヒーローという立場が幸いしたのか、素直にこっちの言葉にうなづいてくれて一安心していた。
さーてと。といいながら、レッドは今さっき倒した配下の懐を弄り、何かを取り出していた。
「……お、あったあった。敵さん組織の通信端末。
「了解、まあ管理室先に制御してるから、あまり出番はないとは思うけれど」
「よし、じゃあ先に駐車場行って占領してくる。
よし、これで準備は整った。
レッドはそう言って、
「じゃあ、行ってくる。──頼んだぞ」
「ええ。──しっかりやってきなさい」
そう言って、レッドは自分の変装を問題無いか再確認して、それから管理室の扉を開いて出て行った。
それを見送った後、
「あ、管理人さん。ちょっと仲間に内緒の連絡するから、あまり聞かない様にしてくれるかしら? 念のためね」
「あ、はい。さっき言ってた方ですかね……? 分かりました」
そう言って、管理人は部屋の隅で耳を塞いで極力聞かない様に準備した。
それを確認した後、
プルプルプル……ガチャッ
「あ、もしもし? ──。ちょっとみんなに聞きたいことがあるんだけど、今日〇〇ショッピングセンター内に、ウチのメンバーがもしかしていたりする? ……あちゃー、やっぱり数人巻き込まれてるわね。でもある意味ちょうどいいわ。ちょっと建物内外にいるメンバーにお願いしたいことがあるんだけど……」
★
23歳
175cm
黒髪
中立・善
男
主人公
【ジャスティス戦隊】のレッド。
「使えるものは何でも使う。その場にあるなら使わない方がもったいないじゃん?」
堂々と倒した敵の装備を剥ぎ取り、装備して行った。
そこに多少の罪悪感など一切無い。悪の組織、しかも危険度高めに手加減無用でしょ?
映像配信がないからってやりたい放題である。
★
22歳
168cm
青髪
混沌・善
女
【ジャスティス戦隊】のブルー。
兼、【カオス・ワールド】の幹部、“コバルト・ティアー”。
「レッド、そのままその格好で行かれると、カメラで他と判別付かなくなっちゃうんだけど……」
仕方ないので、ある程度服とヘルメットに傷を付けて、目立たないマーキング代わりにした。
細かいところに気遣えるブルーちゃんなのです。
ちなみに
★カイザー
22歳
172cm
紫髪
混沌・悪
【カオス・ワールド】のボス。
ティアーの幼馴染。
「……ああ、全く。いろいろ面倒くさい世界だろう?」
旧世代は、彼女も嫌っている。
ヒーロー連合も、心の底から憎いわけでは無い。
しかし彼女は、悪の組織のボス。それは今でもハッキリ言える。
私は世界を支配する。ごちゃごちゃしたもの、纏めて全部。