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第9話 俺が敵の組織のボスと会話するようなんだけど、どうすればいいと思う?

 ──あれ? なんだこのリンク? 


 俺はいつものように、自宅の暇な時間で適当な配信を探しているところだった。

 最近はブルーの配信ばっか見てて気を取られていたが、たまには他のヴィランまたはヒーローの配信も見て、情報収集するのも悪くないと思っていたから。


 その時、ふと見つけた謎のリンク。


 何の説明文もなく、ただ直リンクが貼られてるだけの、シンプルなものだ。


 …………


 それだけ見たら、ただただ怪しい、としか言えないリンクだ。

 ネットリテラシーから考えると、触れずに見なかったことにするのが一番だとよく分かっている。

 ……しかし、このリンクから“何らかの違和感”を俺は感じている。

 この感覚は、つい最近身に覚えがあった。


 その時は、直感に従ってそのリンクを辿った結果──


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『みんな〜!! 【カオス・ワールド】の幹部、“コバルト・ティアー”の“簡単、よく分かるヒーロー対策”の時間がはーじまーるよー!!』


 :わー!! 

 :待ってました!! 

 :始まるよー! 


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ──こうなったんだった。


 ……………………見なかった事にしたいんだけどダメ? 

 答え:ダメです。

 ダメかー。


 脳内の自問自答を行い、その結果無視してはいけないという答えが出てしまった。

 まあ、結局ブルーの配信も、何やかんや役立つ情報盛り沢山だったから、結果的に見た方が良かったのは確かなんだけどさ……


 ……しゃーない、開くかー。そう思って、俺はリンクを大人しくクリックして開く。


 これで詐欺サイトとかに繋がったなら、ただ自分が大馬鹿なだけだなとか、そんな事を思っていると……




『──ん? ほう、“この部屋”に入ってこれるものがいるとは』



 ──そこには、覇王がいた。


 全身漆黒の西洋鎧に染まった、“恐怖”がそこに立っていた。




「ッッ?!!!」


 直感に従い、俺は椅子を弾き飛ばして後ろにバックステップした。

【レッド・ガジェット】もとっさに引き寄せて起動して、直ぐに臨戦態勢に入る。


 そこは自宅なのに。何の変哲もないただの自室なのに。


 ただただ、目の前の“覇王”の映像越しの威圧感のせいで。

 それだけで最大限警戒しろと、体中の感覚器官が悲鳴を上げていた。



『──ああ、すまない。まさかここに、ティアー以外が入ってくることがあるとは思わなかったのでな。つい楽しくなって、力が入ってしまっていた』


 その言葉とともに、画面越しの“威圧感”は急速に収まっていく……


 ッはあ……ッはあ……ッはあ……


 ……いつの間にか、俺自身呼吸が出来ていなかったらしい。

 気がついたように、荒い呼吸を何度も繰り返していた。


 ……ここは自室で、相手は画面越しだと改めて落ち着き、変身を解いた。

 弾き倒した椅子を立て直し、改めてPCの画面に向き直る。


 ただし、最大限の警戒はし続けるように。目の前の些細な行動も見逃さないように。


『さて、一応自己紹介といこうか。っと、そうだな……ここには“君”一人しかいないようだし、“顔”を出してもいいか』


 そう言って、目の前の覇王はフルフェイスの兜を解除する。

 ──そこには紫色の髪を携えた、女性の顔があった。

 一目見れば女性と分かるものの、その凛々しさから美人ととっさに言葉が出ないくらい、鋭い印象を相手に与える。


『改めて、紹介しよう。──我は“カイザー”。いずれ世界を支配しようと夢見る者だ』


 カメラに真正面から見据えてそう言い放ったその女性は、ヴィラン側のティアーの上司。

【カオス・ワールド】のトップであり、ヒーロー達にとって不倶戴天の敵がそこにいた──



 ☆★☆


「カイザー……!! こんなところで!」


 世界支配を目論む組織、【カオス・ワールド】のトップ、カイザー。

 それとこんな形で出会うとは、思っても見なかった。


 ……カイザー自身の映像は、何度か見たことはある。

 世界中に宣戦布告する際など、テレビ放送をジャックして映像を流していたことなどはあり、その黒い鎧姿を知らないものは逆にいないと言える程。


 しかし、そんなヴィランの中でも組織の規模で言えばトップレベルのボスが、こんな個人配信を……!? 


『──ふむ。配信とは自分でやるのは初めてだが……相手の反応が分からないというのは、些かつまらないものだな』


 そう深く考察していると、画面越しにカイザーがそう呟くのが聞こえて来た。

 配信なんだから当たり前だろ、そんなツッコミも言う余裕はまだ戻っていなかった。


『確か、コメント? とかいうものがあっただろう? ほら、今見てるものよ。何か反応を返してくれないと寂しいぞ?』


 軽口を叩きづつける、世界的ラスボス。

 ……俺は無言を貫き続けようかと思ったが、敢えて反応して見る事にした。


 俺は震える指を押さえながら、キーボードで文字を入力していく。


 :ああ


 ぶっきらぼうな返信になってしまったが、何とかコメントを打って送信する。

 送られたコメントを見れたのか、画面越しのカイザーは見るからに上機嫌に変わっていた。


『よし、よし。反応があって嬉しいぞ。このような機会は我にとっても嬉しくてな。さて、何から喋ればいいのか上手く分からんな。ふむ……とりあえず、そちらの質問に答える形で喋ろうか?』


 カイザーから切り出したその言葉に、俺はある意味チャンスだ、と思った。

 ヒーローにとってのラスボスと言える存在と、こんな形で会話出来るのは望外の機会と言えるだろう。


 俺はブルーの時のように、いくつか質問していく事にした。

 あまり機嫌を損ねないように、比較的軽そうな質問から……



 :ご趣味は? 


 いや何やってんの俺? 何の質問やってんの? テンパっておかしいコメント送ってんじゃねーか!?? 


『世界征服と、悪の組織のボスを少々だな』


 そして答えるんかい、え、マジで? 律儀だなカイザー!? 

 そして趣味それなの!? それでいいの!? 


『ふむ? 他にも聞きたいことはないか? ちなみに好物はハンバーグだぞ?』


 そして他にも答えてくれちゃってるよ。やっべえ、おかしな流れになり始めた。

 嘘だろ、思ったよりお茶目? 

 テンパって変な質問しちゃってごめんなさい! 


 俺は慌てながらも、自分のいつもの調子が戻って来た感覚を実感して、心に余裕が戻って来たのを感じた。

 内心のツッコミがある意味リラックスになってくれたのか……

 俺は微妙な感覚になりながらも、改めて重要な質問をしていく事にした。


 とりあえず、先に聞きたいことは……


 :なぜこの配信を? 


『暇つぶし。ティアーが事あるごとにオススメして来てたのでな。たまたま時間もあった事だし、試しに“希望の設定”で配信してみただけだったのだが……存外、その設定で引っかかる対象がいてワクワクして来たところだ』


 :引っ掛かる対象? 


『“この配信を見るための条件だ”。現に、君以外に閲覧者がいないだろう?』


 カイザーのその言葉に、俺は急いで確認する。

 ……現在閲覧者数を見ると、確かに一人。俺以外、この配信を見ていない事になるらしい。

 偶然? それとも、カイザーのいう通り……


『ティアーが開発したものなんだがな。【カオス・ワールド】の使う映像配信機械では、“閲覧者の対象者を設定出来る”らしい。あいつの配信を見た事あるか? もし見れたなら、思ったより閲覧者の御行儀が良いとは思わなかったか?』


 ……俺は、ブルーの配信を思い返す。

 確かに、ブルーの動画の閲覧者達は、全体的に御行儀が良いとは思っていた。

 他の配信者なら、間違いなく炎上が発生しそうな異性の匂わせなんてしておいて、あの程度で済んでるのは民度が良すぎるなあ、とは思っていたが……


 まさか、ブルーが配信で認識阻害を使っていなかったのは、“使う必要が無かったから?”

 既に事前に振り分けていたからか? 


『あいつは、確か“自分の味方をしてくれる素質のある人材”だったか? そのおかげで、あの動画の閲覧者はみんなティアーを崇拝、または尊敬するものばかりだ。軽口を叩くものもいるが、基本的にはティアー第一。……可能性はゼロではないが、もし離反者が出たとしても、その時点で閲覧権限は剥奪。他人にチャンネルの存在を伝えても、素質がない限り基本的に見られることはないということだ』


 椅子に座って、ティーカップで飲み物を飲みながらカイザーがそう説明する。

 まあ、実際に離反者が出たことはまだないがな、と付け足しながら。


 思ったよりヤバい仕組みで成立していた事に、俺はゾクっと寒気がしていた。

【カオス・ワールド】、映像配信だけでも思った以上に技術水準が高い。

 そもそも、“対象を味方してくれる素質のある人間”など、インターネット越しでどうやって判別するというんだ。

 明らかに既存の技術形態では不可能な事を、あっさり実現している事に恐怖を感じていた。

 映像配信だけでこれなら、もっとヤバい兵器でも転用出来るのでは、と……


 つまり、俺がティアーの配信を見れているのは、“俺がヒーローなのにブルーを売ろうとしていないから”なのだろう。

 ブルーが配信してると知っても、直ぐにバラしたりせず俺の中だけでとどめているから、半ばグレーな行動が逆に功を成し上手く設定をすり抜けただけだと。


 ……逆に言えば、ティアーを本気で捕らえようと決めた瞬間、俺はティアーの配信のアクセス権限を失うという事だ。

 ……今は、あまりやりたくない。あの配信は、何やかんや俺にメリットのある情報が盛り沢山だった。今後の動向を把握するためにも、ブルーに対して現状維持はしばらく必須だろう。そう結論を出した。


 ふと、それなら疑問に思った。


 :この部屋の条件は? 


 俺はその話を聞いて、真っ先に疑問に思った内容を追加質問した。

 ティアーは自分の味方をしてくれる素質のある人材で、数百人規模の接続があった。

 ならば、カイザーのこの部屋は……? 


『ふむ、この部屋の条件か? それはだな──』




『──対等。“私と同程度の位置に辿り着ける素質”を持つものを、この部屋に入る条件に設定した』



「────ッ?!」


『つまり──くくっ、喜べ。“君は世界征服を目指すボスと、同程度の素質を秘めている”事になる。いやはや、当たりの無い釣りをするような気持ちで始めた配信だったが、いざヒットすると思わずワクワクするな』


 ティーカップを持ちながら、本気で愉快そうに笑うカイザーに俺は冷や汗を掻く。

 俺が、カイザーと対等? あの威圧感を出す化け物と──? 

 設定か機械がミスってるんじゃないかと、悪態を付きたくなってくる。


 ──そこで、ふと俺は思い返す。ブルー……ティアーの配信を始めて見た時、言っていた事を。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『私の最近の目的は……──【ジャスティス戦隊】のレッドを、“悪堕ち”させる事でーす!!』


『私には分かるの。彼、悪堕ちするセンスがあるわ!! 墜とせたら、かなり力になってくれると思うの!!』


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ──あいつ、無根拠に変なセンスを上げてるなと思ったが、まさか“これ”を知ってたのか? 

 俺が、カイザーと同等になると、本気で思って──? 


『まあ、とは言え流石に今すぐ同程度、という訳ではないだろう。“あくまで素質だからな”。……既に目覚めているのなら、とっくに我と直接対決してないとおかしいだろう? 恐らく成長したら、我に届きえる、と言った所か。まあ、そんな人材がいるという事を知れただけでも我にとっては十分収穫だった』


 ティーカップでズズっ……と飲みながら、そんな言葉を溢すカイザー。

 ある程度現実的に考えてはいる風に装っても、その口元の笑みは隠せていない。


『素質のある君はいったい誰だろうな? ヴィランか? ヒーローか? ……それとも、今は名もなき一般人か? クックック、すぐに君の正体が知りたいが、今はとっておこうか。後のお楽しみとしてな』


 :……ヒーローでも、同程度の素質がある判定なんだな


『うん? それはそうだろう、我と対等だぞ? それすなわち、“我を倒せる可能性のある存在”と同義だ。ヴィランかヒーローか、拘るところでは無い。……そういう意味では、正確にはこの部屋は我以上の存在もアクセス出来るようにしたかったが、それをするとサーチの負担になるらしく除外せざるを得なかったのが残念だ』


 :サーチの負担? 


『確か、“神話生物”ばかり引っ掛かるようになるとか。我自身、よく知らん。確かティアーがよく気にしていたが……』


 神話生物? ブルーが気にしている生物? 

 ……気になるけど、今は置いておいた方が良さそうだ。詳細を知らないようだし、今は他に気にすることがある。



 :──なぜ、お前は世界征服を目指す? 



 俺は、核心的な質問を投げかける。

 なぜ、世界征服をする? 昨今ありふれた陳腐な目標と言えるが、大真面目にそれを実現出来る戦力を【カオス・ワールド】は持っている。

 ……それにしては、アイドル活動だったり、ボランティアだったりと、末端のやってる事に一貫性が無さそうに見えるが、少なくともこのボスはそんな遊びとは関係なさそうだった。


『ふむ、愚問だな。──“世界を支配でき得る力が、自身にある”。それだけでも、支配する理由としては十分ではないか?』


 :……っ!? 


『ふふふ。人は力を持ったら増長するからな。ある意味、我はその極地と言えるのだろうな。 実現できそうだからやる、やりたくなった。端的に言えば、それだけの理由だ──“私は、世界が欲しいんだ”。世界を手に入れたという、達成感が。その力があるなら、挑戦する理由にはなるだろう?』


 :はた迷惑にも程がある……!! 


『おや、怒ったかな? 君はもしやヒーローか? それとも巻き込まれる一般人か? クフフ、考察が楽しいなあ』


 ある意味、愉快犯の極地だった。

 この女、自分のやりたい事のために大真面目に世界を巻き込むはた迷惑やろうだ……!! 


『ふふ、我がこの“夢”に挑戦するきっかけになったのも、ティアーのおかげだったな』


 ──っ!? 


『今は幹部として配下になっているが、あの子のお陰で我もここまでこれたものよ。大事な親友とも言えるな』


 ティアー……ブルー。

 カイザーと仲が良いとは以前言ってたけど、世界征服のきっかけにもなってたのかよアイツ!? 

 じゃあ何でヒーローまでやってる!? アイツ本当に何考えてんだ!? 


 :その親友に、もし裏切られたら? 


「って、マッズ!? このコメントはヤベエッ!!」


 しまった、つい咄嗟にやばいコメント打っちまった!? 

 流石にブルーの事を出すつもりはなかったのに!! 

 これカイザーもしブルーの事知らなかったら、涙るいのやつクッソヤベー事に!? 


『ふむ? 裏切る……そもそも、“裏切るとはどういう事だ?”』


 :……は? 


『いや、言葉の意味は分かるぞ? 裏切り……“約束・信義を破り敵に味方して、元来の味方にそむく”だったか? しかしなあ……そもそも組織って、そういうものではないか?』


 :…………は? 


『“共通の目的があるからこそ、それを実現するまで一緒に行動する”のが組織であろう? なら、“それを達成したら離れるのは当然の事ではないか?” 【カオス・ワールド】もそういう集まりだ。“各々の夢があり、この組織で達成出来そうだから協力する”、それで成り立っている。なら、仮にティアーが自分の目的を果たして離れるとしても、それはただ“自分の夢の為に行動を変えただけ”なのではないか? ……違うか?』


 :……お前。


 一瞬、言ってる意味が分からなかった。

 カイザーは、ボスの夢が世界征服と宣言しているにも関わらず、“組織の全員が同じ目的ではない”と言っているのだ。

 だから、仮にティアーが裏切ったとしても、それは裏切りではないと受け止めている。

 個人の考えとして、当然の権利だと。


 カイザーの言い分は、ドライ過ぎる考えにも聞こえる。

 ……極論で言えば、確かに一理なくもない、のか? 

 ある意味、カイザー自身の器が広すぎるとも感じる。


 ──しかし、これは“ある意味自身以外誰一人信用していない”とも取れるのではないか? 


 :よく、それで組織の体を保てているな……!? 


『別に、不思議なことではあるまい? “国”で考えて見ろ。“国民”として“国”に所属しているが、“心の底から国に忠誠を常に誓っている人間がどれだけいる?” 無辜の一般人は、日々安心して過ごすだけで十分なのが大半だ。そのために“税金”と言う所属の義務を果たし、見返りに生活の“保証”を貰う。当たり前のこの行為に毎日馬鹿みたいに敬意を払う奴がいるか? ほら、一緒だろう?』


 逆に、国が“保証”を保てなくなるなら、人は義務を放棄するか別の国に行くだろうな。自分の生活の保証という目的の為に。


 そこまで言って、カイザーはティーポットを取り出してカップに飲み物を補充し始めた。

 ……組織に対する、カイザーの言い分は理解出来た。

 しかし、やはりそれで【カオス・ワールド】がトップレベルの集団に成り上がれたのか、その理由が分からない……! 


 こんな大雑把な理論、表に出したら信頼、結束という意味ではかなりのハンデになる筈だ! 

 そこそこの人数ならともかく、この大群だとそれこそ簡単に離脱者出てもおかしくないだろう!? 


 しかし、実際には【カオス・ワールド】の結束力は莫大だ。仲間を一人も取りこぼさないとでも言うように。


 いったいどうやって? さっきの“国”の例で言うなら、【カオス・ワールド】所属のヴィラン共は、所属する“見返り”を充分貰っていると言う事になる。そうじゃないと、裏切り者が出ない理由になり得ない! 


 いったい何を“見返り”に!? “世界征服”が単にそれに該当するのか!? それとも金? どこからそんな大金を!? ……“洗脳”か? それとも根本的に、もっと別な……



「──っ、ふう。……待て、落ち着け」


 俺は、自身の顔に手を当てて無理やり息を整えた。

 思考が変に先走りすぎていた、そのせいで少し冷静さが落ちていたようだ。


【カオス・ワールド】が結局、どうやってあの巨大組織で結束力を保てているのか分からない。

 なら、ついでにそれも聞いてみるのも良いだろう。

 そう思って、画面の奥で紅茶を補充しているカイザーの方に視線を向けて……



「──ちょっと待て、“補充してるのお茶じゃなくね?”」



 俺はふと、そんな変な事に気づいた。

 カイザーがティーカップに注いでいる液体、よく見たら茶色ではなく透明……というより、“薄白く濁った”液体だった。


 明らかに、紅茶では無かった。


 :……それ、何飲んでる? 


『ああ、これか?』




『ポカリだが?』


 :ティーカップで!? 




 嘘だろおい。

 カイザー(こいつ)、ティーカップで紅茶じゃなくてスポーツドリンク飲んでやがる!? 

 何で!? 


『我は運動量が多いからな。普通に紅茶を飲むより、スポーツドリンクを飲む方が体がスッキリする』


 :でも、だからってティーカップで飲む必要はないだろうが!? “ティー”カップだぞ!? 


『そちらの方が雰囲気は出るではないか。このカップお気に入りだし』


 :紅茶以外入れてる時点で台無しだわあ!! 


 何だこいつ!? 

 どういう神経してたら、そんな行動思いつくんだよ!? 

 こいつもしかして、ただただゴーイングマイウェイなキャラなだけなんじゃねーの!? 


 さっきまでカイザーに感じていた威圧感を一切取っ払って、全力のツッコミをコメント欄越しにしていた俺だった。


『ふむ。そろそろ時間か。今日はここまでだな』


 :はっ? っちょ、ま!? 


『そう焦るな。“また明日も話せる”。リンクはもう知ったであろう? しばらくは、同じ時間帯に顔を出す予定だ』


 そう言って、カイザーは椅子から立ち上がり、画面越しにこちらに目を向ける。


『──では、またな。我に届き得るものよ』


 その一言を残して、配信はプツンと切れた。


 ……跡に残ったのは、画面の前でボーッと呆けている俺しかいなかった。


 こうして、世界支配を目論むトップボス、カイザーとの初邂逅はこれで終わったのだった──



 ☆★☆



「──レッドー? どうしたのよ、そんなテーブルに突っ伏して」


「……ブルーか」


 次の日、本部に顔を出した俺は、昨日の出来事の疲労からか休憩室の椅子に座ってダラーんと突っ伏していた。

 昨日の出来事は衝撃的過ぎたからな……まだ頭が理解し切れていない。


「ちょっと、な。昨日家でいろいろあって」


「ふーん? まあ、なんかあったなら私に相談しても良いわよ。困ってることがあるなら、手伝ってあげる!」

「ああ、ありがとな」


 まあ、原因お前の悪の組織ところの上司だけど。

 その言葉は、ギリギリ飲み込めていた。


 ……そう言えば、“配信の閲覧者の制限”って、ティアーが開発したって言ってたよな確か。

 つまり、こんな普段ポンコツっぽいなりして、実際はかなり技術力を持ってる開発者という事に……


「……ん? レッドどうしたの、私の顔に何か付いてる?」

「いや……ブルーって、思ったより凄いんだなって思ってた」

「うえ!? ちょっと何ー、急に褒めてー♪ でももっと褒めても良いわよー♪」


 俺がそう呟くと、明らかに機嫌が一気に良くなったブルーがいた。

 うわ、めっちゃ単純。やっぱ何かの勘違いじゃね、と思いそうなほどのチョロさだった。


「ほら、喉乾いてない? そこの自販機で飲み物奢ってあげるわよー♪」

「それ、“元から無料”じゃねーかよ。……まあ良いや、飲み物は欲しいし」


 そう言って俺は立ち上がり、ティアーと一緒に自販機の前にやってきた。

 ヒーローの本部では、ただで飲み物が飲み放題だ。普通のペットボトルで出るやつや、コップに注いでくれるタイプの自販機色々あった。


「レッドはどうするー? 私はアクエリ! これ好きなのよねー」

「お前よく飲んでるよな、それ。俺は……」


 俺は、自販機のメニューを見渡して……ふと、目についたもの。


「…………」


 ピッ ガタンッ


「あら? ポカリ? 珍しいわねレッド。いつもはレッドブルとかだったのに」

「まあ、何となく気分転換にな」

「ふーん。まあ、エナジードリンク系よりマシなんじゃない? 早死にするわよ、あれ飲み過ぎると」

「うっせえ。こっちは仕事に真面目なんですー。……あ、久しぶりに飲むと美味えなこれ」

「そっちより、アクエリの方がいいわよ! レッド、一本どう?」

「今飲んでる最中だろうが。それにそれも結局タダで出したやつだし。……まあ、一応貰っておく」


 そう言って、俺はブルーからペットボトルを受け取った跡、一緒にその場から離れて行ったのだった。


 ──脳裏には、昨日の出来事をリフレインしながら。



 ★佐藤聖夜さとうせいや


 23歳

 175cm

 黒髪

 中立・善

 男


 主人公

【ジャスティス戦隊】のレッド。


 新たな胃痛ネタが増えて頭を抱え込み中。

 胃を癒す為、ポカリを最近飲むようになった。


 カイザーのことは、はた迷惑なヴィランだと思っている。


 ……しかし、カイザー自身の言ってる事を、強く否定しない自分がいることも薄々自覚している。



 ★天野涙あまのるい


 22歳

 168cm

 青髪

 混沌・善

 女


【ジャスティス戦隊】のブルー。

 兼、【カオス・ワールド】の幹部、“コバルト・ティアー”。


 レッドが急に褒めてきてくれて、機嫌上昇中。

 アクエリが好みのドリンク。


 配信の閲覧者の制限を開発するなど、意外と開発者の技術があることが判明。


 実は、レッドのカイザーと同等の素質自体には全っっっく気づいていない。

 あくまでブルーから見たレッドの印象で、観察、カン、乙女心などから算出したレッドの悪堕ち適性があると判断している、完全にブルーの独断と偏見だった。


 ……そして、別の女の手によってレッドの“精神”が急速に進行している事にも気付いていない。



 ★カイザー

 22歳

 172cm

 紫髪

 混沌・悪


 画面越しだが、ついにレッドと邂逅を果たした【カオス・ワールド】のボス。

 世界規模でトップ3に数えられるほどのトップヴィラン組織で、そのカリスマは強大。

 一応、独学で帝王学は学んでいるらしい。支配後の世界予定もある程度バッチリ。


 組織の運営方針は、ティアーに任せている。ティアーを信頼し、親友と称するが、同時にティアーが何か企んでいることも承知の上だった。

 彼女がやりたい事があるというなら、自身に手が出せる範囲なら協力してあげたいと思っている。

 ……たとえそれが、いつか自分の手元から離れる行為だとしても。


 自分の同等になり得る存在が居ると今回知れて、ウキウキ状態になっている。

 ポカリが好き。

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