注目した少年少女達は全部で五人。それぞれがそれぞれの心を表すような距離で航汰を見つめている。その中でも割と距離が近い美智瑠と剛史が近寄って来た。
「さっきぶりだねえ、航汰くん」
「覚悟、決まったんだ?」
何がおかしいのか、にやにや笑いを浮かべる美智瑠と笑顔だが、どこか神妙な雰囲気を放つ剛史。しかし、二人共嫌味なものは無く、目は雄弁に「頑張れ」と航汰を鼓舞していた。二人に航汰が頷いて返事をすると、それまで部屋の奥に寄りかかっていた少年がつかつかと航汰に近寄って来た。と思うと、少し腰を落として航汰の顔を覗き込んでくる。見る、というよりは睨み付けると言った方が正しい。
アッシュベージュに染めた波打つ短い髪は無造作に見えるも、計算されたように隙が無く、彼が動く度、ちらりと耳の上から刈り上げた部分が見える。長袖のパーカーとジーパンだけというラフな恰好でも、幼くは見えない。と、少年は航汰の顔を見て言った。
「なぁ、司令官。こいつがE(イプシロン)受け継いだヤツ?」
「ジュンヤ君、航汰君はまだ回復していないんだ。彼が記憶を取り戻すまでは、質問は控えさせてもらうよ」
真部からそれだけ聞くと、ジュンヤと呼ばれた少年は「へぇ~」と聞いているのか、いないのかよく分からない返事をする。航汰が力無くジュンヤの顔を見ていると、何を思ったのか、ジュンヤは航汰の頬を片手でぶに、と包むように持ち上げた。
「オメェ、ヒーローやる気あんの? 死んだ魚みてぇな顔してさぁ」
「ジュンヤ君」
真部が窘めるも、ジュンヤは意に介さず、ぶにぶにと航汰の頬を揉む。その表情は行動とは裏腹に至って真剣そのものだ。航汰が揉まれながらも「やめろ」とその手を外そうとするが、相手の方が力が強いらしく、全く外れる気配が無い。ジュンヤは片手で、航汰は両手を使っているにも拘わらずだ。それを見てとって、ジュンヤは嗤った。
「ハッ。それで抵抗してんの? よっわ。やっぱ、俺が最強ってことじゃん」
「こら! ジュンヤくん! 航汰くんに意地悪しないのっ!」
しかし、それも束の間、航汰の傍にいる真都梨に怒られてしまった。彼女に対しては少し立場が弱いらしく、ジュンヤは面白くなさそうに航汰から手を放して「へぇへぇ、マツリちゃんの仰せの通りにぃ~」と生意気を言いつつも、興味を無くしたように離れた。真都梨は意外と彼らに信頼されているのか、「はい。じゃあ、みんな。まだ自己紹介済んでない子は済ませちゃいましょうか」という一言で、美智瑠と剛史以外の面々は互いに顔を見合わせ、渋々という様子で航汰に少し近付く。互いに互いの出方を窺うように立ち尽くしていたが、観念したらしく、まずは黒い短髪の中性的な見た目の青年が一歩、前に出た。その目は水色に近い青で、カラーコンタクトを入れているのだと分かる。
「アタシは坂口唱子。よろしく」
少し低めだが、はっきりと女性だと分かる声でそこで漸く航汰は彼女が女性なのだと分かった。下はスキニーだが、上は白いTシャツか何かの上に大きめの黒いジャケットを着ている。彼女の中性的な顔立ちに加え、分かりやすい体のラインが表れていないせいもあって、中性的に見えたのだ。航汰も短い自己紹介を返すと、彼女は「ん」とだけ言って、下がった。
二人目、と言っても航汰の前に進み出た姿は人間とは言い難いものだった。
「初めまして、時風航汰サマ。私はKIRARA。最年少であり、ここに務めて最年長でもあります。よろしく」
そう言って、航汰と握手を交わしたのは顔以外全て機械の外装に包まれた少女だった。最年少らしく、まだその顔立ちは幼いが、それにしては表情がなさ過ぎる。幼い子供というのは、もっと喜怒哀楽が激しくないだろうかと思うが、航汰はあまり興味が無いのか、短く「よろしく」とだけ言った。
最後に航汰の前に立ったのは、やはりジュンヤだった。立つ、というよりは立ちはだかるようにして航汰を睨んでいる。何が彼の気に障ったのか航汰には全く分からないが、興味も無い。いつまでもそうやって睨んでいるので、剛史が「ジュンヤくん、自己紹介」と言うと、当の本人は――
「うっせぇ、ゴウ。オメェには関係ねーだろ」
「じゃあ、ちゃんとした方が良いよお。僕達は分かってるけど、航汰くんはジュンヤくんのこと知らないからねえ」
「ジュンヤさぁ、何が気に入らないのかはだいたい想像つくけど、なに、ゴウにまで突っかかってんの? さっさとしなよ」
美智瑠にまで注意されてばつが悪くなったのか、ジュンヤは舌打ちをして簡潔に「柳橋純弥」とだけ名乗った。何だかどこかで聞いたことのある響きの苗字だと思い、のろのろと考えていた航汰だったが、やがてその響きの正体に気が付いた。
「……落語家?」
「テッメェ……!!」
かっとなった勢いで航汰に殴りかかろうとした純弥を咄嗟にKIRARAが背後から羽交い絞めにして押さえ付ける。長い黒髪のような部分に組み込まれた小さなライトが淡く、ちかちかと赤色に光った。
「純弥サマ、ストレス反応。怒りの作用によるアドレナリンの分泌を感知。行動を制限致します」
「ちょっ、ちげぇって! ちょっとこいつにヤキ入れてやろうとしただけだって!」
「それがKIRARAの制限センサーに引っかかってるんじゃん」
今度は純弥と美智瑠が睨み合いに発展しそうになると、また真都梨に注意され、睨み合いは終わった。そんな子供達の間を通り過ぎ、真部が奥の壁に掛けられた大きなモニターの前でこちらへ向き直る。
「以上が、これから君と共に過進化生物殲滅を目指す仲間だ。それで、早速だが、こちらで撮った記録映像を確認したいのだが、良いかな? 航汰君」
「――はい」
「では」
真部が視線で近くにいたスーツの若い男に促すと、男は頷いて自分の端末を開き、モニターに映像を映す準備をする。その間に皆それぞれ思い思いの席に就き、航汰の隣には真都梨が座った。映像がモニターに現れ始まると航汰は食い入るように見つめる。視点はどうやら剛史の視点のようで、そこには夜の学校を斜め上から撮っているような画角から始まった。学校の屋上に降り立ち、美智瑠が我を失った航汰に向かって警告している中、剛史の視点は近くに倒れている芽依奈の遺体へ向けられる。血塗れになって眠っているように目を閉じている光景を見た瞬間、航汰は青ざめた顔で勢い良く立ち上がったかと思うとぶるぶる震え出した。
「芽依奈……そんな…………芽依奈、は……」
「何言ってんだ。メイナは死んだんだろ?」
焦点の定まっていない目で周囲を彷徨う航汰の視線は、純弥の一言で彼に定まった。だが、それだけだった。頭が割れるのかと思う程にずきずきと痛み、よろける航汰を真都梨が支えながら車椅子に座らせる。映像は剛史が小さく芽依奈へ冥福を祈る言葉が呟かれ、彼女から暴走している航汰へ視線が移る。映像の中の航汰はまるで手が付けられない猛獣のようだった。ひたすら泣き叫び、変形した右腕を振って足元の過進化生物だった残骸へ刃を突き立てている。もう身動ぎ一つしないのに、何度も何度も止めを刺すかのように叩き付けていた。その様を見て純弥が「うわ、えぐぅ」とにやにや笑いながら、口元を手で隠して見つめている。そんな無神経な彼に対して頭に血が上った航汰は、また車椅子から立ち上がり、純弥に掴み掛かった。
「航汰くん! ダメ!」
「あにすんだよ、ひ弱!」
再び立ち上がった航汰に気付くのが一拍遅れたせいで、止めきれなかった真都梨も椅子から立ち上がるも、彼女よりKIRARAの方が早かった。素早く航汰の背後に回り、殴ろうと振りかぶられた右腕を掴んで止める。
「時風航汰サマ。それ以上、暴行をなさるようなら物理的な方法で阻止致します。あなたサマの右腕は敵を倒す為の武器です。仲間に暴行を行使する為のものではありません」
KIRARAの言葉すら聞こえているのかいないのか、怒りの興奮から呼吸が乱れている航汰はそのまま自身の頭を抱え、苦しげな悲鳴を上げてまたその場に気絶した。