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第20話

 ラヴェンタが去ったシルフ中隊は佐世保基地で出撃のない待機の日々を余儀なくされていた。中隊長が不在な上、他のメンバーもリアルで抱えた仕事や生活が逼迫し、ログインすらままならない者が大多数を占めていた。


 そんなズタボロの状態の中隊とは裏腹に、アークユニオン軍の快進撃が幕を開ける。3日で佐世保から九州地方のほぼ全域を制圧し、関門海峡の手前まで押し返し、戦線は本州にその手を伸ばそうとしていた。


 第三戦車大隊も揃わないシルフ中隊を佐世保基地防衛の任に当て、九州の中心地でもある福岡まで前進。包囲した敵残存機甲兵力と日夜交戦し、武勲を挙げている。


 残された者達は、他の中隊が戦果を僻んではいたが、出撃出来る当てはなく、確認できている日程だけでもあと一週間はここに留まることが決まっている。兵舎、格納庫で損壊した戦車の修復や本国からの補充物資、兵器に識別票や調整を加える日々が続いていた。


 戦車のピット、格納庫ではレンチやハンマーが規則的な金属音を立てながら、履帯のボルトやピンを押し込み、決して綺麗とは言えないエアブロワーの暴れる稼働音が工場に流れる。


 シルフ1の操縦手であったカーリングは、暇を持て余してか、それとも戦場に出られない燻る腕を落ち着けたいがためか、新たに本国から送られてきた新品の『M1A1エイブラムス』の車長席に乗り込み、データリンク端末の取り付けを黙々と行っていた。


 この数日間、部隊の雰囲気は険悪としていた。自分の腕に爪を立てて癇癪を起して逃げ出したあの小娘への苛立ちは収まらず、彼の態度や瞳にもそれは現れていた。


 電動ドリルで四つ留めの穴へボルトを差し込む。その作業の合間も息をするように酒をかっ喰らうのが彼のスタイルだが、酔おうに酔えないことへまたさらに鬱憤が溜る。


 終わるとドリルを外へぶん投げ、背中の隔壁に寄り掛かり脱力をした。


「ったく、おいカーリング」

「あぁ……ジャックか?」

「お前、外に電動ドリルなんかぶん投げんじゃねぇ。ヘッドがまだプラスドライバーだから良かったが」

「うっせ」


 戦車の袂まで何をしに来たのか、あまり顔を合わせたくはない同じ戦車の『ジャック』が投げられた電動ドリルを避けて、中で作業をしているであろう彼を咎める。


「何しに来やがった」

「特にやることはないけど、兵舎の重苦しい空気にはもう触れたくねぇから来たんだよ。手伝うことはあるか?」

「なんもねぇよ」


 遠まわしに気が散ると言わんとばかりに不貞腐れた口調で、ジャックの献身を無神経に撥ねた。


 気掛かりになり、空色のサイドスカートからずんぐりした車体の上へよじ登ったジャックが砲塔のハッチから顔を覗かせる。


「気に病んでるのか?」

「んなわけねぇよ。ただ、ムカつくだけだ。お前らに」

「臆面なく言うな」

「当然だ。伝えたいことは真っ直ぐに言う。でなけりゃ伝えてぇことを伝える前にみんな死んじまう。実直なのは取柄でな」

「そうか……詳しく聞いてもいいか?」

「いくらでも聞かせてやるよ。だが、それで傷つかれても責任は取らねぇ」

「ならいい」

「そういうとこだよ。ジャック、俺の気が障るのは」

「は?」


 思わずジャックは聞き返してしまう。スキットルを一口灼り、カーリングは声音を震わせながら声を発する。


「あんとき傍観、いや諦観と言うべきか、お前は引き留めなかった。眼を逸らし、あいつが陥っているジレンマに向き合おうともしなかった」

「なっさすがに言いがかりだ」

「思うことはあったんだろう。ならばなぜそれを言葉に出さない」


 彼女との一幕について指摘をされ、だんだんと額が熱くなっていくのをジャックは感じていた。否定はするも、声すら掛けられず、挙句はただ二人のやり取りから眼を逸らし、無関心を貫こうとした自分を恥じる。そう見られるということは無自覚にそうしていた。


 反論しようにも、歯を食いしばり言葉が出ない。それを見据えたようにカーリングが言葉のナイフを続けざまに投げてくる。終止冷静な相貌を垣間見せながら。


「言葉に出さなければ、励ましも慰めも、伝わらない。内心に秘めている奴は、臆病者だ」


 それがジャックには罵りとして聞こえた。激情を堪えながら、真っ直に車長席から望む車長の目線と自分の視線を重ね合わせていた。


「ずっとここに籠ってたよな……お前」

「あぁ」

「可愛いってくだらない理由で塗ったあの水色、まだ残ってたんだな」

「……あいつは戻ってくる。臆病で卑下する癖は腹が立つが、味方に応えようとする気概や心構えは一人前だ」

「もし、戻ってこなかったときは?」

「そんなこと、端から考えてねぇ」

「信頼してるんだな」

「そうだとも。お前にはないのかジャック」


 彼女と共にした時間は本当に僅かだ。とても自分達三人との信頼関係など芽生えてもないと思い込んでいたジャックは、押し殺されるようにしばらく黙りこくる。


 酔った赤面すらない真面目な顔のカーリングは、右手の袂にあったスイッチ類の操作感を無作為に確かめながら、彼女に対する熱烈な私信を語る。


「初対面の時はさすがに身震いがしたぜ。一か月、観光気分でこの世界を出回っていたのかと思ってたからな。だがあいつは、抱かせた隊員達の不安や不満、嫉妬の眼とかそういうネガティブ、曇った感情のすべてを自分自身で払拭させた。それだけでも奴に対する評価はこの上ないレベルに膨れ上がったと思う」


 妙な冷静さは崩さず、ジャックもそれを耳にした瞬間、湧き立ちそうな情がバカバカしくなっていた。


 打って変わって、笑い声を出したジャックはカーリングに冗談めかしく感想を言った。


「もはやラブレターだな」

「うるせぇバカ。んなことより、ちょっとこっち来て手伝え」

「本当は人手欲しいんじゃねぇか……ったくよ、さっきの聞いて、妙な説得力を感じたのが嘘だったようだぜ」


 ジャックはそう促されて、装填手が出入りするハッチを開けて車内へと乗り込む。


「そうだな……ところでよ、お前はラヴィーが戻ってこないとでも思ってんのか?」

「……五分五分だな」


 濁したことを蒸し返され、後が無くなって白状する。信頼がないわけでは断じてない。あれだけ言い負かされた上に投げ出すように逃げ出して、帰ってきた試しはなく、社会通念上、ああいうのは集団から自発的に消えていく。


 カーリングのような情熱的な野郎はこの現代で絶滅危惧種だ。故に煩わしいと言葉に出さずとも感じる人間は多い。干渉を嫌い、他者との距離感を置く付き合い方、包み隠さず自分を曝け出す人間というのは早死にすると、直感的にわかっているはずだ。そうさせたのは果たして意図しない進化を遂げ、秒速で情報が飛び交い拡散される社会になってしまったからか。十人十色でこの正解は無限にあり、存在しない。


「正直な感想をようやく吐きやがったな」

「お前ほど、素直な生き方を知らなくてな」

「言い訳ならリアルの俺が死ぬ命日にしてくれねぇか。辛気臭くて叶わねぇ」

「いや、後悔だ。俺の口は止まっていた。多分、奴に愛想をつかれたり、怒鳴られたりして失望されるのが、内心怖かったのかも知れない。いや、恐かったんだ。敵に砲口を向けられているときよりもずっと」

「まぁそう慌てて話すな。それは十二分に伝わってくるよ。お前らしいや。無駄に慎重っつーか、小心者っつーか」


 懺悔を口にするペースが次第に早くなっていくのを見かねて、カーリングは小さく嘆息し歯止めを掛けた。


「若い頃から小初心なんだよなアイザック」

「……本名で呼ぶなよカルロ」

「だがそこがあいつを惚れさせたんじゃないか? たまに酒飲んでは愚痴ってるが、不満そうではない」


 ファーストネームで呼び合うと、照れ臭そうだが、まだ暗い顔をして遥か先を切り開いているような旧友にあの選択について尋ねる。


「本当に良かったのかね。この選択で」

「わからねぇよ。ただ、どっちへ転んだにせよ時間が解決する」

「本当か?」

「場数が違うんだ信用しろ。この手のトラブルには慣れてる」

「そう……だったな」

「ただ、戦場を闊歩してわかったのはあいつがそう易々と沈むような軟な古船じゃないことだ。賭けてやってもいい」


 自信だけは一丁前にある、とジャックはほくそ笑んだが、どこかその私信に活力と信用が芽生えてくるのは彼の培った才能という奴だろう。


 そして整備場の大扉が押し開けられたとき、口の端を上げてカーリングが鼻を鳴らした。ジャックは錆びた鉄扉の鈍く突っかかりのある音に顔を出し、その先に目線を据える。


 太陽光に表情は隠され、まだ誰かは皆目見当もつかない。しかしその影のシルエットは小柄で開き始めた扉へ入る気流が耳元の茶髪をそよがせ、くるぶしをすっぽりと覆う黒いブーツは一両だけ派手に塗られた戦車へと靴音を立てて進む。


 作業をしていた誰もが一度そちらへ視線を逸らして注目し、やがて散り散りに戻っていく。それを凝視するようにジャックは見つめ、カーリングは予想通りと澄ました顔をしている。


 そしてあの透明感があり、かつ黄色い声音が彼らへと向く。深い息を吐いた彼らは胸の棘が取れ、ホッとしていたように彼女には映った。その少女は責任感で心を痛ませ、逃げ出すように去っていこうと迷ったが、答えを見つけ出し生還を果たす。


「シルフ1の皆さん! 戻りましたよ!」

「ラヴィー……」

「おせぇし、うっせぇよ中隊長」


 カーリングも車長のハッチから顔を出し、ジョークを飛ばす。二人の姿を見つけたラヴィーはあの水色に塗られた戦車の傍まで寄って、深々と頭を下げた。


「この前はすいませんでした」

「俺も言い過ぎた。高い所からだが、すまなかった」

「いえ! そんなことありません。ただ、突っ走ればいいって、見つけられましたから。それに、オタサーもここで準備を続けてるって言ってましたし」

「オタサーには会ってたのか」

「あっえぇまぁ」

「リアルの繋がりってわけじゃぁないだろうな。ハハハ」

「ご、ご想像にお任せします」


 高笑いでラヴィーの横に飛び降り、肩をバシバシと叩いたカーリングに曖昧な返事をする。


「まぁいい。これで他の奴が戻ってくれば、シルフはもう一度立ち上がる」

「不死身のエルフが描かれたパッチだぞ? 簡単に死にやしねぇ」

「それと、ボギーさんは」

「あいつなら心配ない。寝たら立ち直った。今日は仕事だからログインはできないらしいが」

「他の皆さんもあまり顔が見られないのですが」

「リアルが忙しいんだとよ。お前のせいではない」


 中隊の隊員とほとんどすれ違うことがなかったのに、ラヴィーは納得して手で作った小槌を叩く。


「お前って奴やぁ、根性あるなぁチクショウ!」


 パーッと咲いた笑顔にラヴィーも気分が明るくなっていた。オタサーの言う通り、彼らが本心から自分を煙たがっているわけではないことに安心感を得る。


 最後まで諦めなかった皆に報うこと、そしてあの漆黒に包まれた90式戦車の中隊に一泡吹かせてやることを誓う。


 それにはまず、とラヴィーは提案を口にする。


「しばらく戻って来れない人がいるとなれば、戦場にも出れませんから、私と一緒に勉強していただけませんか?」

「「は? 勉強」」

「はい。勉強、です」


 実戦肌が乾かないよう、極力戦車には触れておこうと時間をずらしてここへ訪れていた二人は、突拍子もないそれに顔を見合わせて驚く。


 目標が出来たなら、まず相手を知り、自分達を知ることから始めようと画策していた。受験でも勝負事はなんでもそうで、情報が雌雄を決するカギとなる。


 ラヴィーは屈託のない笑みで二人を見つめ、地獄へと引き入れた。演習で得られたあの部隊の情報を三人は息を切らしながら捌いていったのだった。


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