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第17話

壁沿いに間隔を置いて並んだ白いシーツのベッドは、簡素な骨組みを剥き出しにその上で兵士達を安らかに労っている。テントに並ぶ無数の光景はまさに戦場が物語る人間の生き様を鏡に映しているようだった。


撃破され、最寄りの野戦病院に転送されたラヴェンタは、戦場での緊迫感と興奮が嘘のように窶れてしまい、好戦的で血気盛んだった表情が消え失せていた。


その後、中隊長がいなくなったシルフ中隊は混乱するも、増援と航空支援が到着し、形勢は逆転する。敵もその差に踵を返し、撤退していったという。


分をわきまえた良き撤退の良き先例。ラヴィーはそれを聞くや蒼白で悲し気に「そう」とだけ呟いたまま、ぼーっと天井を見つめていた。


戦死の判定が下されると肉体は青い結晶となり、最寄りの野戦病院に送られる。演習と異なる点は傷の重症度で治療の時間を要することである。軽傷ならば物の数分でその傷が埋まる。しかし重症、果ては戦死となると最寄りの野戦病院のベッドで磔になってしまう。


完治にもリアルタイムで数時間、数日と掛かり、戦線への復帰もかなりの時間を要する。ただ戦力の復活という要素はゲームならではと言ったところ。もし二度とプレイできない、なんてペナルティがあったら、そんなFPSゲームは即クソゲーのレッテルが貼られるだろう。外部ツールによる所謂『チート』や、ゲームのバクを悪用する『グリッチ』などと横行しない限り、いくら戦死しようがこの世界では戦いに戻れるだけでもありがたい。


けれど、そのときのラヴィーはまるで、余命を宣告され、天からの迎えを待つ患者に見えてしまう。淀みない白いベッドが醸し出すのも大きいが、憔悴する彼女に誰も声を掛けられなかった。


浮かない彼女の元へ彼女の部下たちが訪れたとき、その変貌に三人は顔を見合わせてから意を決し、声を発した。


「よ、よぉラヴィー。調子はどうだ?」

「……最悪です」


ぼそりと喧騒に搔き消えそうな声音でラヴィーは冷徹に放つ。


「なんか、湿っぽいな、この部屋」

「そう、でしょうか?」

「実にじっとりとしてる。上着なんか着てたら暑くて仕方ねぇ」


迷彩服のジャケットを脱ぎ、タンクトップ一枚となったジャック。本心は至って違うのだが、カーリングの言葉を体現してしまう。


空気は重苦しい。三人の完治、とりわけ車体の前方に居たカーリングはほぼ無傷で、火傷とバスケットの破裂で胸に致命傷を負ったジャック、ボギーの二人は完治が早かった。一方のラヴィーだけが貧乏くじを引き当ててしまい、燃え盛る車内から吹き飛ばされた挙句、頭部を強打して、4時間経った今も立ち直れずにいる。肉体的も、精神的にも。


彼女に再び戦車に乗って、指揮を取れなんて言うのは酷だと、ジャックとカーリングは内心思っていた。無理強いするだけ、彼女はこれからろくでもないものを見て、聞かなければならなくなる。


そうならばいっそこのまま、戦車を降りる選択だって。言及しても今の彼女なら受け入れるだろうし、地雷も解体出来る器用さがあるなら、そういう道だってある。


口を開こうとするが、別のテントで治療を受け、全回したある人からの忠告が頭を悩ませる。


「ラヴィーを絶対に下ろしてはなりません。もしそんなことになったら、あなた方を戦車砲に詰めて飛ばします。絶対殺します。追い詰めて、徹底的に」


あの顔を思い出すだけで背筋に悪寒が走る。しかしそれを知らないボギーは二人が頭をくしゃくしゃと掻き上げる様子に察しがつかない。


「あの、姉御」


沈黙で互いの息遣いが続くだけの状況を打ち破るのはボギー。するとお調子者の彼が後悔に更けて懺悔を繰り出す。


「俺がミスったんですよね。それが許せなくて怒ってるんすよね」

「そんなことないです……あれは、私の判断ミスで」

「なら、戻ってきてくださいよ! 俺達、待ってるんですから」


こいつ、言いやがった。そういわんばかりに咳ばらいをして、ジャックはボギーをそこから追放しようと肩を掬う。


だが、そこでラヴィーにヒートアップしたのがカーリングであった。ベッドへ大股で寄り、彼女の胸倉を掴んだ後、怒号を飛ばす。


「てめぇ! いつまでそうやってメソメソしてやがる」

「落ち着けカーリン」

「物言うならハッキリと言いやがれ! 何が気に食わないのか!」

「おいカ」

「全部です!」

「あぁ!?」


突然のことにラヴィーの目線は泳いでいたが、瞼をぎゅっと閉じて叫んだ。じゃれ合いの物音でそこに居た負傷兵たちの目線が一挙に集まる。


「私の全部です……不甲斐ない自分、つけあがって視野を持たなくなった自分、弱いままで戦場に出たばかりに、皆さんに傷を負わせて。オタサーを引き上げた時、助けようって必死にもがいたのに、揚がって来たのは外れた彼女の腕だけでした。自分の全身全霊を掛けても、あの90式戦隊には……勝てない。無力な私がこれ以上指揮を続けるなんて、できません!」

「決めつけんじゃねぇ……」

「えっ……?」

「決めつけんじゃねぇ! てめぇがそうやって弱音を吐いてりゃスッキリするんなら一生そうしていろ! ただな……お前がそうやって目の前の敗北から目を逸らし、楽になろうとここから逃げ出すんなら、残された奴の散り様ぐらい、見届けていけ」


ラヴィーは涙ぐんで言い切り、それが亀裂で裂けたカーリングの堪忍袋の緒を完全に切った。ベッドへ突き飛ばして、捨て台詞を吐いた後に地団太を踏んでテントを出ていく。


ジャックは割って止めようとはしていた。勢いに流されるがまま、二人の間に出来た僅かな隙間を見据えて、唖然としたまま動かなかった。


それは彼の不器用さからなのか、意外に情熱的な叱咤で彼女を引き戻そうとしたからなのか。一方でボギーは二人に目線を右往左往させて、声が出ない。


逆効果であったことは反応からして明確だった。そのまま彼女の指がメニュースクリーンを手元に出したのを動作で悟る。


心では行動しようと覚悟を決めている。けれどこんな醜態、別の惨劇を見ては手が出せずにいた。ジャックはラヴィーを一瞥してから、瞼に皺を寄せて明後日を向いた。



——彼女は電子の世界から逃げ出した。貧弱な自分に懲りて、戦友を嘘でも死なせたことを戒めて。


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