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第16話

不意に遥か彼方から鳴る重苦しくも細かい銃声。微かに残った余韻をラヴィーが拾う直前、上空でドローンが粉砕され、空の眼が役目を終える。


自爆したわけではない。ラヴィーはすぐに戦車を退かせるよう、必死に叫んだ。


「シルフ8、ドローンとの信号、消失」

「敵の位置不明。各員は警戒を厳に!」

「どうやら、血の気の上った敵さんとは対称的に、じっとこちらを狩る機会を伺ってたハイエナが居たみたいだな」

「指揮車は下がってください。ストライカーも建物の密度が高い場所へ」

「「「了解」」」

「主力戦車で敵を出迎えます。二班は現状の位置で待機。シルフ2は私と合流を」

「かしこまりました」


データリンク上でオタサーの車両が建物から這い出て、道路を横切るように動く。アイコンが一番車と重なろうとしたとき、ラヴィーの目の前で彼女の車両に何かが激突する瞬間をまざまざと目撃してしまう。


「シルフ2被弾!」

「オタサー!」


 甲高い悲鳴が無線を占拠した。エンジンに火の手が回り、効果的な一撃ではあったが、まだ息はある。


「彼女の牽引準備を!」

「私がやろう」


冷静なブレザーが隠れていた二階建ての一軒家から飛び出して、道端で放置された彼女の救出を提案する。沈黙するオタサーに一番近いのは確かに彼女だが、ここで出てしまったら彼女と同じ目に遭う。けれど、手立てがないわけじゃない。


脳裏を過る悪感に首を振って、ブレザーに答えを出した。


「わかりました。お願いします。コバルトさん、敵の捜索を」

「承知した」

「牽引ロープを私にくれ。前に引っ掛けてくる」


次の一撃はその直後に訪れる。牽引ロープを手に車内から飛び降りたブレザーの背後で戦車が巨大な爆発を起こす。一軒家の背後で、敵が訪れる方角からは完全に隠蔽された遮蔽の後ろで、彼女は青い粒子となって消えた。


「シルフ3沈黙!」


唖然とラヴィーの瞳が止まる。火球に巻き込まれ、炸薬の誘爆が鼓膜を塞いだその衝撃は、明らかに可笑しな話ではあった。


「横に、周り込まれている!?」


いやそんなはずはない。サイドに抜けいる隙間はない。山間で、左右のスペースは狭く、こちらだって敵に右半分を譲らなければ挟撃なんて芸当は使えなかった。


では敵は放物線を描く榴弾砲を間接照準で直撃させたのか、あるいは誘導ミサイル。思考の円環に迷い込んだラヴィーは指示も出せぬまま、静止していたが。


「ラヴィー! 次の指示を!」

「オタサーの前へ出て! スモークランチャー準備。シルフ1からシルフ8へ、後部には何人入りますか?」

「3、いえ詰め込めば4です!」

「稜線から出ないギリギリまで前進。シルフ2の乗員を収容します。コバルトさん、ライフル砲持ちストライカーはその火力支援を」

「御意」

「ラジャー」

「了解しました」

「一気に前へ出ますよ! カーリングさん!」

「オーライ!」


バックギアを入れ、一度坂を下った戦車が、勢いをつけて小高くなっている道路脇の稜線を駆け上がる。


ラヴィーの右手は車長権限で発動することが出来るスモークランチャーのスイッチが握られ、一瞬飛び上がった戦車を傍目にそれを押した。


コルクが開くような、軽快なガス圧の音が6つ。白煙が視界を包み込んだとき、ラヴィーは車長席の座面を蹴ってオタサーの車両へと乗り移った。


うな垂れる彼女と搭乗員達を目撃したとき、ショックではあったが、今は惨状に鎌ッていられるほど時間はない。


「しっかり! オタサー!」

「……らびぃー?」

「手、掴める?」

「え……? えぇ」


オタサーに手を差し出して支えにするも、その力は弱々しく、引き揚げるにも無理があった。意識にも朧気、寝ぼけているようで、朦朧としていた。


「今揚げるから……ね?」


強引にでもここから出さないと。オタサーの体重を踏ん張ってあげようとしたとき、千切れるような音と、腕で引いていた重みが解放されて、ブローオフパネルの天板に尻もちをついた。


「っイテて……この後ろに行けば指揮者が待っているから……ね?」


彼女に呼び掛けるようにその腕に話しかけるも、見えたのは蒼穹に包み込まれ始めた真っ白の腕だけだった。エンジン部を貫いた砲弾はバスケットを形が無くなるまで蹂躙し、彼女の身体を巻き込んで抑えつけていた。


脆くなった四肢は皮一枚で繋がり、その一本を引き抜いたのは紛れもない彼女だった。熱もなく、凍土のように凍った腕は数秒後に散り散りに細かい青の宝石に分裂して無くなった。


「何してるラヴィー! スモーク、途切れるぞ!」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


後ずさりしかできなかった。もう助からない。諦観しか許されない惨事にラヴェンタという一人の少女は物々しく残酷な戦場を眼の前にしていた。


正反対の色彩が血液に見えるように。その戦場はカモフラージュしていても、戦いなのだと。


「仇を……取ってくださいまし」


死期を悟った雀が最後に己の意思を鳴くような、そんな誰にも聞こえない微かな声でオタサーは言った。


ラヴィーは戦車長席に戻り、それを見届けたカーリングはその場から離れ、シルフ4が陣取る位置へと戦車を走らせる。


車長席で彼女は啜り泣いていた。だが同時に彼女の闘志にも火が入る。


「何があった?」

「一両でも持ってきます! 絶対ッ!」

「おい、何が」

「許さない! 絶対に許さないッ!」

「落ち着けバカ!」

「あ、姉御!?」


ギシギシと音を立てる歯軋りと頬の肉を剥いた彼女は、冷静さを欠いていた。実質二両を失い、撤退の判断を下さなければならない中隊長は、正体を現さない敵に殺意を示した。


ただならない彼女の雰囲気にボギーは困惑し、ジャックとカーリングは針先の尖った言葉で牽制する。ジャックは拳の甲で彼女の足を叩き呼んだ。


「でも、オタサーが!」

「起きたことは戻せない! お前の判断ミスだろうが、なんだろうがな! だが、今ある戦力をどう使うか、敵をどう攻略するか、先にやることを終わらせてから嘆け! 物に当たり散らかそうが、基地で泣き叫ぼうがそんときは構わない! わかったかクソガキ!」


まるで罵倒だ。それで正気に戻ったラヴィーも大概だったが。

「……わかりました」

「敵戦車発見。距離700、山肌でレンズが反射した」


憔悴して頬に残る涙が乾く暇、深呼吸をしたラヴィーは瞼をひん剥き、データリンクとヘッドセットのマイクへ眼をやった。


「シルフ1よりフィールドマスターへ」

「フィールドマスターだ。そちらの状況はデータリンク端末で確認している」


呼び出したのは基地にいる大隊長のアリゲーターだった。


「後方の部隊に支援を要請します……それと、強襲揚陸艦から攻撃ヘリコプターの援護も」

「……敵対空兵器の有無は?」

「わかりません……でも、山岳地帯なら」

「ではダメだ」

「どうして!」

「ヘリでは狙い撃ちにされる。だが、固定翼機なら話は別だ。そちらに攻撃機の支援を送る。攻撃座標の指示は出来るか?」

「……はい。やってみます」

「それじゃ弱いな」

「やります! 必ず!」

「それでいいラヴィー」


航空支援と後方の増援を取り付けて、眼前の現実と視線を交わす。


「それで、どうするよ?」

「他にも敵の戦車はいるはずです。シルフ7は佐世保市中心まで後退、8は周囲に注意しながら熱源を探って。シルフ5、6は前衛でシルフ3を支援」


高解像度の多目的センサーを搭載する偵察指揮車、そして後ろに控えていたストライカー装甲車が前に出る。起伏の丸みからセンサーポッドの視線を通す。


「熱源探知、トンネル側より3、山肌の斜面に1」

「斜面にトンネルでも掘ったか。上ったか」

「なんにせよ、あの狙撃ポジションは厄介だ」

「でしょうね。コバルトさん、その位置からの射撃は?」

「やってみせよう」


小屋の影から姿を現したコバルトは、レンズの反射で見つけた敵戦車に狙いをつける。


「放て!」


距離は700程度。砲弾は跳躍し、航跡が熱の靄を帯びる。その砲弾はその反射するその物体に着弾するも、爆発はない。


「命中。だが致命傷ではない」


光の反射は止み、狙撃していたと思われる戦車は木々の生い茂た山々に退いたと思われた。残りは三両、数的有利を取っていれば勝てる。


だがその見込みは安直で甘かった。斜面を昇り、三両のうちの一両に狙いを定めようとしたラヴィーの前に、漆黒に染まり、悍ましいオーラを放った死神が異様な機動と速力で迫っていた。それもすでにラヴィーの車両に主砲の照準を据えて。


「マズい! ファイア!」

「こんなときのマニュアルスイッチだ!」

「次弾装填、構えてますよ!」


中で閉鎖機の黒く巨大な四角い端が押し返される。赤いレバーで強制的に射した砲弾は火器管制の命令を無視したがあまり、遥か上方に逸れてしまった。


そして後退する間もなく、ラヴィーのエイブラムスは攻撃に晒される。敵の砲身が眩い光を発した瞬間と、瞬く間も数千キロの相対速度で激突した砲弾の衝撃が全員の肉体を揺さぶった。


「正面装甲に着弾! だがまだやれる」

「下がってくれラヴィー殿」

「まだです!」

「ここで退かねば、貴殿が死ぬ」

「退くわけにはいきません!」

「こだわる必要はないのだ。だから」

「退けません! まだ、私がやらなきゃ、オタサーの犠牲は」

「あぁ行けるぜラヴィー。こうなりゃ自棄だ。良い意味でな。ここは本物の戦場じゃねぇコバルト、死にゃしねぇぜ」


正面に一撃貰い、コバルトから退くよう懇願するような震えた声が掛けられる。けれどラヴィーや彼女に付随する乗組員にその意思は届かない。


「一両でも多く、足止めさえできればいいんです。けど、死ぬ気は、ない!」


目つきは鋭く冴え、思考迷宮から脱した彼女は、ただがむしゃらに敵を殲滅せんと行動する殺戮マシーンに成り果てていた。そして、


「次弾装填!」

「装填ヨシっ!」

「次で一両持っていきます。主砲の照準はさっきのデータをフィードバックしてください!」

「感覚で合わせろって言うんだろう。ったくハードル上げるぜ」

「三つ数えたら一気に前へ出ます。3、2、1!」


三つの呼吸で戦車がアクセルを全開に隠れていた陰からその力強い足取りで突撃する。甲高く唸るガスタービンエンジンは四人の命の鼓動と同調し、一気に距離を詰めようと飛び出した。


しかしその巨大に見えた焔は自らを不死の巨鳥と自称した風前の燈火であった。黒い90式戦車の目の前だと思われた場所には一両しかその姿はない。


視界が狭窄していた。ラヴィーは迷わずその戦車に攻撃の命令を下す。敵の戦車は静止し、まるで刺し違える覚悟でもあるのかと言うほど、その光景を傍観していた。


ただ、見越したその砲撃に呼応して、砲塔を僅かに傾かせたことが、ジャックとラヴィーの度肝を抜いた。徹甲弾は装甲板とほぼ平行に入射し、ラヴィー達が放った矢を弾いた。いや、受け流したというほうが正しいのかも知れない。


ならば次弾を、と直感的に声を出した矢先、左右に黒檀のボディーが片鱗を見せる。これは、ショットトラップ。


「次弾装填しま」

「シルフ1、真横に敵戦車!」

「装填、待ってください!」

「えっ?」


こちらの耐圧扉は開いていた。締められる猶予もない。敵の思惑がラヴィー達を絡めとるように動かしたのだ。


「マリオネットだったわね、ふざけた色の戦車さん」


嘲笑うように言った90式戦車を率いる少女は、容赦なくラヴィーの戦車の弾薬庫へ徹甲弾を放った。運動エネルギーの一弾が装甲の薄い側面から抉り貫き、弾薬に火を入れる。


ブローオフパネルが圧力で飛び、さらには車内の車内のハッチや開放されていた穴と言う穴から火炎放射のように炎が勢いを増して上がる。熱に焼かれた身体はそれを感じさせることなく、画面を黒一枚の色紙を掛けたようにフェードアウトし、ラヴェンタは戦場から退場させられたのだった。


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