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第13話

 佐世保の鎮守府は軍事施設にしてはこぢんまりとしていて可愛い。クリーム色に塗られた都会の小古な雑居ビルを思わせる横長の建物は、平時だと人の出入りも疎ら。皺のない白い制服を着た軍の将官が退屈な事務仕事を片付けるための場所でもある。


 しかしその日だけは状況がひっくり返っていた。くたびれと皺が目立つ入り乱れる二種類の迷彩服に身を包んだ兵士達が階級問わず集い、普段は椅子に縛りつけられている彼らはその周囲に幾つもテントを組み立てていた。


 外も忙しなければ、中も当然のことながらで、行き来する人間は皆、顔が強張っている。それを搔き分けるように地下へ降りたラヴィー達三人は、『会議室』の表札が立つ部屋の前に辿り着き、静かに部屋の扉を押し開いた。


 暗室に一筋の光が差し、正面の映像が一瞬ぼやける。臨時で敷設されたからだろうか。プロジェクターの光を避けるように配置されたパイプ椅子が規則性なく置かれ、そこに大隊でも車両の指揮を担う面々が中隊同士で集まって着席している。


「首が長くなりすぎてろくろ首になりそうだったよ。遅かったじゃない、仔猫ちゃん」

「すいませんブレザーさん! 船降りてから談笑してたら遅くなってしまって!」

「いやいや、実はそんなに待っていないんだ」


 先頭の列に座るブレザーが入室したラヴィーを笑って揶揄っていると、上座に立っていたアリゲーターが咳払いをして二人を鎮める。


 入室した者の面々は一気にそちらへ指向して、残った最前列席に着席した。


「中隊各戦車長、揃ったな。第三戦車大隊、これより大和国防軍クーデター鎮圧作戦、『オペレーション:ゴールドリベレーター』のブリーフィングを開始する」


 力の籠るアリゲーターの声音が部屋を包み、先程まで緩んでいた意識が引き締まる。


「本作戦の概要は大和への本格的な武力介入を意味し、親マチリークソユーズ一派から大和国を我々の手に奪還し、不当な束縛を受けている大和国防軍将兵達、政府高官の解放が目的である。本作戦に際し、我々第三戦車大隊は大和方面、戦略遊撃群に《TMS》へ再編され、作戦行動を開始する。ブレザー、部隊パッチを全員に配ってくれ」

「了解です」


 日の丸と黄金の槍が刺繍されたパッチがブレザーから集まった中隊戦車長とその乗員分が配られる。


 戦略遊撃群、タクティカルマークス・スクワッドのスペルが円縁に刻まれたこの部隊の所属を現す識別票の意味も持つ。裏面はマジックテープになっていて、戦闘服の二の腕に押すだけで貼れた。


「説明を続けよう。アークユニオン軍はクーデター政府から在大和駐留基地からの撤退と放棄を勧告されている。刻限は現時刻から22時間半後。それに呼応して我々に与えられた任務は宣戦同時攻撃だ」


 任務の内容を聞き入り、ラヴィーの顔が引きつる。つまりは汚れ仕事、政治家の宣戦布告と同時に攻撃を開始する、『不意打ち』。百年前、禁輸や経済封鎖で切羽詰まった大日本帝国軍が真珠湾に行った攻撃に類似する。


 誰からの異議もない空気は異様だったが、この時点ではもう腹を括るしかないと全員が吐く息が重たい空気感を漂わせ、呼吸するのも苦しくなってくる。


「第一次作戦は九州地方の占領、制圧になる。佐世保を拠点に部隊を三分し、南部、西部、中央の三方向から攻撃を仕掛ける。関門海峡でこの三方面部隊は合流し本州侵出が第二段階となる。第三段階は下関から部隊を二分、山陽山陰の二方面から首都京都を目指す。我々第三戦車大隊は中央、また山陰地方での作戦行動が命じられ、準備しつつある」


 プロジェクターの画面が九州地方全域を移す縮小図に切り替わり、三つの矢印が関門海峡に向かって伸びている。


 国防軍が陸海空の総戦力を搔き集めて、30万人程度。その四割がクーデターに反対する勢力で基地内や収容所で拘束されているのを差し引いても18万人。一方でアークユニオンは第一次派遣で到着した先遣隊が8万人。敵が全戦力で殲滅に掛かれば一溜りもないが、この一点に局所しても首都がガラ空きになる。


 捨て身か慎重か。兵士が死なない戦場ではその駆引きが戦術、作戦を立案する将校の間で繰り広げられる。


「兵器は間もなく到着する。受領後、宣戦布告と同時に出撃、占領に」


 アリゲーターが言いかけたとき、扉が大雑把に押し開いた。開けたのは一人の下士官で、息が上がり只ならぬ焦りを全身で表現していた。


「ブリーフィング中なのだが……」

「第三戦車大隊、大隊長殿でございますか。緊急の案件につき、ここで司令部からの情報を通達致します。クーデター軍が大分、宮崎方面から侵攻しつつあると情報が」

「何っ!?」

「タイムリミットはまだのはずじゃ」


 こちらの思惑通りに事が運ぶとは限らない。政治的期限を無視した攻撃の予兆、いや攻撃態勢、敵の将校は前線部隊に駆引きを仕掛けてきた。


「第三戦車大隊は兵器受領後、ただちに佐世保基地を発進。迎撃態勢に入る。状況は追ってデータリンクと通信にて送る」


 ブリーフィングルームを人々の剣呑な雑踏が支配した。浮足立った中隊戦車長達は扉を蹴破り、廊下を駆け抜けていく。


 出来事はここだけに限ったことじゃなかった。一大攻勢の幕開きを練り合わせていた友軍の全員が司令部の廊下でごった返す。


 だが統率は取れ、一方通行の人波が完成すると出口のところで分散した。


 外ではサイレンの高音が鳴り続けている。ラヴィーはタンカーとそう大きさに大差ない輸送船の係留された桟橋へ曲がる。


 側面甲板から降りた下開きのスロープがガツガツと音を鳴らし、先遣隊の約4割の戦闘車両を詰め込んだ格納ベイへと押し入った。


「弾薬の装填はラヴィーが来てからにしろ」

「でも姉御を待っていたら搭載する時間が」

「状況が錯綜している以上、詳しい奴が来てからにしろ。対戦車榴弾で複合装甲はぶち抜けねぇからな」

「んなことより酒よこせ」

「お前は呑むの控えろ。緊急なんだから」


 調整に先入りしていた三人が水色の装甲板に乗っかりながら時折勢いのある口調で準備を進めている。ジャックが筆頭となりその指示を飛ばしているが、これは決して彼のリーダーシップが特別高いわけではない。


 万が一、戦車長が死亡、あるいは負傷によって戦闘不能になった場合、その戦車の指揮権は砲手に委任される。シルフ1の次級指揮官であり、これは予定された当然の流れ。


 張り切っても見える彼の横からラヴィーの声調が割って入ると、三人の注目を引いた。


「遅くなりました皆さん。準備の方は?」

「その前に状況が知りたい。ほらよ!」

「ぬおっととと」


 ハッチから上半身姿だけが見えていたジャックは自分が被っているのと同じタイプのヘルメットセットをラヴィーへ投げる。抱えるようにして受け取った彼女は装着して無線通信を接続した。


「敵が自ら示した刻限を破りました。この基地に向けて、敵部隊が侵攻中とのこと」

「誰の指金だ。こっちはまだパーティーの準備が終わってねぇんだぞ」

「嘆いても仕方ありません。ボギーさん、弾薬の搭載を始めましょう。サボ18、ヒート6、ヒートMPを8の割合で。私も手伝いますから」

「いや、俺がやる。ラヴィーはデータリンク端末にかぶりついていた方がいい。司令部からの通信にアンテナ張っとけ」

「では、お願いします。掛かる時間は?」

「20、いや15分で終わらせるっす」

「わかりました。カーリングさん、搭載燃料のオーダーは?」

「どっかのバカが抜き残した分で70分は持つ。欲を言えば3時間分は給油したい」

「手配します」


 正面に回り、車体でも前のめりに傾斜している操縦席の装甲板から戦車の上へと上がった小柄なラヴィーは、ジャックと車長席を交代して、データリンクに接続されるタッチパネル式のディスプレイ端末の前へと座った。


 装填手用のハッチを全開にして、二人が一発一発几帳面に木箱へ詰められている主砲弾を出し、戦車の弾薬庫へと運び出していく。残った空箱はそのままにして。


「聞こえるかシルフ1。こちら大隊指揮所『フィールドマスター』、現在の状況と貴隊の配備をデータリンクにて送る。確認せよ」

「シルフ1からフィールドマスターへ、了解しました」


 大隊指揮所、コールサイン『フィールドマスター』がシルフの配置を記した作戦マップをデータリンク介して手渡した。地形図に重なった三本の赤いラインが、この佐世保基地へ繋がる唯一の幹線道路で、機甲兵力が侵攻してくるのもこの幹線道路の何れか、あるいはすべてで間違いはない。


「シルフ中隊各位へ。準備の片手間に聞いてください」


 ラヴィーは静かに無線機のスイッチに手を置いて、喉を震わせる。


 ——隊長らしく、私がしっかりしなきゃ……。部隊の全員を鼓舞したいがあまりに勢い任せで回線に声を吹き込んだはいい。けれど頭が真っ白になって言葉に詰まっていた。


 そして、


「えっと、これから出向く戦場は苛烈です。初陣である自分を頼ってくださいと胸を張っては言えないのが少し不甲斐ないですが、今日の戦場の中核と華は私達だと思ってます。だから……勝ちたいです」

「似合わねぇな。うちの中隊長には、見てられねぇぜ」


 気合を入れて言ったつもりの励ましは裏返った声とそんな彼女に呆れたジャックの物言いを誘い、全員が声を出して笑う。


「頭の回りは早いんだが、人前で立つと途端に怯んだよな」

「す、すいません」

「仔猫ちゃんはそれだけ責任感があるのさ。迂闊に口を滑らせて味方に命知らずな戦い方をされても困るだろう」

「ブレザーさんの言う通りですわよ。でもラヴィー、演習の時を思い出し下さい」

「お気遣いありがとうございます。では、シルフ中隊、行きましょう」


 気遣いには素直に謝意を口にし、データリンクに味方の布陣を加えていったのだった。


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