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第12話

 佐世保港に陸揚げされる機甲部隊と陸戦部隊の人波は、全員が武装し物々しい雰囲気を漂わせている。普段は穏やかな海は何気ないいつもの様相をしながらも、その異様な光景に相まって不気味だった。


 ラヴィーもその波に乗り下船する。強襲揚陸艦くらいの船なのだからもっと娯楽施設があるのかと思っていたが、そんな豪華客船と勘違いしていた自分がバカみたいだった。中の通路は狭く、水密隔壁が数メートルおきに存在しすれ違うのも困難。一番広いウェポンベイ、兵装格納庫には海軍所属のジェット戦闘機やヘリコプターが所狭しと並んでいた。


 そこにラヴィー達の戦車は見当たらない。後方約400メートルを航行し、別の桟橋で係留を掛けた大型輸送艦の中に60トンの戦車が派遣された30個中隊分120両と偵察車両、燃料補給車、回収車、野戦砲、対空砲等々600両近くが積載されていた。


 それは戦争に使う道具、武器。改めてそれを思うと、自分達がするのは偽物の戦争。なのにテレビゲームじゃ感じられない臨場感、そしてこの緊張は本物とそう大差はない。


 当たり飽きた潮風が桟橋に降りてからもしつこく絡んでくるのを鬱陶しく思うラヴィーは、佐世保の地に降り立った。


「期限まで残り23時間半。それなのに具体的な作戦計画がまだ知らされていない」

「そんな気張るなってラヴィー。どうせこの後みっちり受けるよ」

「上で話がまとまっていれば、戦わずに済むんですがね」

「そりゃこのゲームの趣旨とはかけ離れてんだろ。なぁ?」


 港で鎮守府、三階建ての事務所のような外観をした司令部を眺めながら、口ずさむ。ピリピリした空気を放つ彼女をカーリングとジャックが宥めるように出任せの冗談を放つ。


 具体的な作戦計画はまだ知らされていない。まだ実戦に繰り出したことのないラヴィーはそれでも纏まることを信じていたが、同じ考えを持つ者はいない。


「このいざこざが政治的に解決できるのなら、私達も無駄足をしなくててよ。ラヴィー」


 タラップを降りながらピンク色の髪を靡かせるオタサーが三人の会話に混ざった。


「日本観光に来たと思ってぱぁーっとやりましょうよー姉御!」

「に、日本観光って……私ほとんど地元だし」

「お前、初めてなのに呑気だなボギー」

「ボギーさんも初実戦なんですか?」

「はいっす!」

「んな元気よく返事されてもなぁ」

「リラックスし切ってて、逆に凄いです」

「あはは、興奮してるんっすよ。ようやく撃ち合いできるんすから」

「装填手が言うか普通。まぁ、良いカンフル剤にはなるけどな。そう気負う必要もない、所詮はゲームだ」

「は、はい!」

「肩に力入ってますわよ。ラヴィー」


 彼らの何一つ変わらない自然な振る舞いに唖然としながらも肩の力を抜こうと必死に深呼吸を続けていた。やっぱりちょっぴりこの空気には慣れづらい。


「冷静にやっていけば自ずと適応する。そう怖い顔するな。中隊長」

「その呼び方、ヤメてくださいよ。ジャックさん」

「あーすまねぇ。前のが抜けきらなくてよ。な?」

「でも言われてみれば、私が長なのに皆様のフォローを受けっぱなしで、なんだか頼りないですよね」

「ネガティブなことばっか言ってんじゃねぇーよヘボかお前は」

「ごめんなさい」


 カーリングの一喝が横から割り込んでくる。しょんぼり肩を竦めてから俯くと、それを踏み留めようとジャックが彼に飛び掛かろうとした。


「おいお前な」

「あんまりずっと情けないこと言うなよ中隊長。十分にスゲーところを俺は見てる。この目でしっかりな。だから自信を持ちやがれ。背中思いっきり蹴られないとわからないのか」

「い、いえ。大丈夫です……」

「褒めるのか誹るのかどっちかにしてくれ」

「敵か味方かわからない奴っすね」

「いいだろ別に。最初っからそれだと、こっちだって不安になる。ドンっと構えときゃいいんだ」


 一瞬見せた弱みをカーリングが拭うように激しい声音で助言を飛ばす。そしてラヴィーは一度思いっきり息を吸い込んで叫んだ。


「なぁぁぁぁぁぁぁ!」


 自分の弱み、情けなさをすべて吐き出せるように、吹き飛ばせるようにただただ叫んだ。周りの目なんて関係ない。ただただ、不甲斐なさを取り払おうと叫んだ。


「ふぅぅぅ……私、やります!」


 ラヴィーは瞼を見開き、確かな視線をカーリングへと配った。


「良い目になったな。やっぱ若いってのはいい。エネルギッシュだ」

「カーリングだって十二分にわかいだろう?」

「あぁ? 俺はもうオジさんだよ。吞んだくれては嫁を放ってゲーム三昧だ」


 お嫁さんの前でもゲームと同じような振る舞いをしてるなんて、たまげたなぁ。ラヴィーやその場にいた全員が嘆息した。


「なんだよお前ら。リアルで飲み過ぎだと口酸っぱく言われてんだ」

「良かったな、良い嫁さんを持てて」

「酒は百薬の長って日本語、知らねぇーのか」

「薬も過ぎれば毒だ。俺に日本語で挑むとはいい度胸だな」

「え?」

「あーあーそうだったなイカレ日本通。以後気をつけるぜ」


 二人のじゃれ合いにラヴィーは思わず音を溢した。


「ジャックさんってもしかして日本人の方ですか?」

「いや生粋のアメリカ人だ。生まれも育ちもワシントン、今はビッグアップル、あーこの言い方は馴染みねぇな、ニューヨークで仕事をしてる」

「日本語の勉強をされておられたのでは? 例えば大学などで」

「いやいや、そんな大層な場所で知識を詰め込んだわけじゃないさ。たまたま前のガールフレンドと旅行した地が日本で、それ以来ドップリ浸かっちまったってだけだよ」


 歯を見せて照れた笑みを浮かべたジャックが語る。そして仕事柄、迷路のように走る地下鉄にも何度か乗ったとかで、それを話し始めた彼は時間通りに動く鉄道がこの惑星で如何に貴重な交通機関かをその後、数分間熱弁した。


 絵画の如く静止した彼女達はそれが終わると感心して手を叩いた。気づけばギャラリーも数人ほど巻き込み、知らない人まで混ざっていたのに気づいたオタサーが場を締める。


「っと悪い。つい長い話をしてしまったな」


 長話をしたと気がつき口では愛嬌を振りまきながら謝るが、その顔は照れ笑いとは違い満足そうだった。


 世間話に更けているが、ラヴィーの袖をグイグイと軽く引っ張る感覚に気がつき、彼女がジャックから目を背ける。 


 彼女を呼んだのは四番車の戦車長『コバルト』だった。深く被ったフードでその素顔は覗けず、黒ずんだ影から僅かに見せる白い歯と口から出た低音の声と武士口調の声に耳を傍立てた。


「各中隊戦車長に召集。ブリーフィングルームへ1400までに出頭、ブレザー殿からの伝言」

「ようやくですか。わかりました。行きましょう」

「うむ」

「ではこれで失礼します。あっオタサーは私とブリーフィングルームへ」

「かしこまりました」


 集まったギャラリーに一礼して、ラヴィーとオタサーは寡黙な青年と司令部へと駆け込んでいった。


「んじゃ上の皆様は揃って作戦会議って訳だから、俺達も戦車の陸揚げに整備と洒落込むか」


 よっこらせ、という声が無意識に出ると、ジャックは漫談を止めて桟橋を去り、集まったギャラリーも霧が晴れるように散っていった。


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