地雷原を吹き飛ばし、思惑の裏を返そうという作戦。終わってみれば見事な物でしたがね。自分で言うのもなんですけど。
「五分ぽっきりで道端にあった地雷を処理するなんて、尋常じゃないんだがな。どこで覚えた?」
「手先が器用なだけですよ」
はぐらかすラヴィーだが、眉間に彫の深い皺を作ったジャックはさらに突き詰めようとする。
表情に陰りが現れ始めたのを目にし、彼女は無理やり話を締め括った。
「ごめんなさい、ちょっと時間押しそうなので先行きます!」
「んあ、ちょ」
「また今度、その話はしますので!」
廊下の角まで走って振り向いてから、ラヴィーはジャックに手を振って姿を消した。
「忙しない奴だ。ったく」
腕を組み、後ろ姿に眼をやった彼は、鼻を鳴らして捨て台詞を吐いた。彼女の懐疑的な経歴に更なる疑いが上塗りされて、恐れ知らずの中隊長の謎は深まる一方だった。
ブリーフィングルームへ戻ると、すでに部屋は暗室となっていて、画面には作戦計画の概要が一覧となってすでに表示され、演習終わりのラヴィーの到着が待たれていた。
「遅くなりました」
「構わない。空いているところに腰を掛けてくれ」
壇上に立つアリゲーターの声に促され、プロジェクターから反射する薄明かりを頼りに一人掛けのソファーへと座った。
部屋は演習前の息が苦しくなるような人の数ではなくなり、大隊の隷下でも中隊指揮官クラスの人間しか残されていなかった。
「これより緊急のブリーフィングを始める」
「アリゲーター君、今回は事が事だ。私から直接説明しよう」
「フェネック准将」
部屋のドアから明るみが一瞬だけ差し、静寂の中で鋭くも年老いた雰囲気の声が通る。登壇した白髪の初老男性をアリゲーターは『フェネック准将』と呼んでいた。
「基地司令のフェネックだ。先ほどの演習、実に見事だった。結末まで見せていただきたかったが、国防省から君達『遠征打撃群』に緊急の案件が入ってしまった。モニターに注目してくれ」
操作用のリモコンのボタンを押すと、画面を演習で駆け回った廃棄都市からウォーフェア・オンラインの世界地図へ切り替わる。
「アークユニオン標準時午前七時、我が陣営の最東端国『大和』でクーデターが発生。現在、政治中枢が反乱軍によって制圧されている。彼らはアークユニオンからの脱退とマチリークソユーズへの加入を宣言し、我が軍に撤退要求を行ってきた」
地図が拡大され、『大和国』と呼称される島国にズームされる。国土は現実世界でラヴィー達が暮らす国『日本国』と大きさ、地形はそう変わりない。
「現地のクーデター軍は国防軍の約四割。しかし基地内には政府軍が多数拘束されている上、これに呼応して北海を渡ってマチリークソユーズ軍が進軍しつつあるとの情報が現地諜報員から寄せられている。君達、遠征群は強襲揚陸艦『ワスプⅡ』を含む遠征打撃艦隊と合流し、至急大和国へ向かっていただく」
恐らく逃げ遅れた仲間の支援だろう。ラヴィーは勝手に想像を巡らせていた。
「これは現地駐留のアークユニオン軍の撤退を支援するわけではない。政治的駆け引きの材料となる。話がうまく進めば実力行使はない。だが決裂したとき、我々にはクーデター軍を含む敵性勢力の排除が許可されている」
ラヴィーの喉に固唾が落ちた。固い話に纏まりが付かなかったその時は、私達の武力を振るい、撃滅して良いという判断。敵対者に対して行使するのは正しいけれど。
「撤退要求の刻限はゲーム内時間で七日間。諸君らは佐世保で上陸し、同時展開する第6飛行団と共に本州方面、首都の京都へ進軍してもらう」
ついで長距離打撃計画とは長旅になりますね。ラヴィーはピクニックにでも行くようなはしゃいだ気分になる。
しかし、投入できる地上部隊は限られるのに、ここまで長い兵站、ストラクチャーを完成させることが出来るのか、憂いが残る。
……というか、この世界の日本って首都が京都なんだ。知らなかった。
「すぐに装備を纏め出撃の準備に取り掛かってもらう。また、ログアウトした者に関してはゲーム内時間の四日後にスポーン地点が佐世保海軍基地で再設定されるから覚えておくよう。以上だ。質問等ある者はいるか?」
現地についていきなり実戦というわけでもない。手を挙げる者はラヴィー含めて誰もいなかった。
暗室に蛍光灯の明るみが広がっていき、のんびりと解散が始まる。立ち上がったラヴィーもその流れに乗じて、部屋を出た。
外へ出て空を見ると陽光が朱色に輝き始めていた。現実世界の時間も夕方の五時をとうに過ぎている。ラヴィーは廊下を歩く人波の中、指で空をゆっくりと切り、空中に線を描いた。
「お疲れっしたー」
「あっはい! お疲れ様でした。また」
波の中の一人が彼女の動きを見て、そんな労いの声を掛けた。何も彼女が特別な能力を持っている少女、とかいう中二病を患っているわけではない。
オンラインゲームからログアウトする時、誰しもがログアウトボタンに触れると思う。パソコンであればマウス、コンシューマーならコントローラーでメニュー画面のログアウトボタンをタップするだろう。
だがフルダイブゲームでは全身がコントローラーな訳で、当然マウスやコントローラーなどという物体、操作端末は存在しない。他のフルダイブゲームならばステータスバーの横にひっそりと佇んでいるそれなのだが、とりわけこのゲームはとにかく画面が簡素なのである。
その雰囲気を壊さないために、メニュー画面は普段、プレイヤーの見えないところに隠されている。触れたようにオプションとログアウトの二つしかないのだが、こうして指を空になぞると視界の中央に表示され、指で操作をする。
ログアウトのボタンを指でタップすると、視界は暗闇へとフェードアウトしていき、眠るように落ちて行く。ゲーム内の身体は透明度が増していき、やがて消滅するインビジブルとなり、ラヴェンタは『三浦 モカ』として電子の海から帰還した。