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第6話

戦闘の動向がないまま、開始から約10分が経過しようとしていた頃。


巨大なビルが犇めく目標地点の中心地、砂塵を乗せた風も、照り付けるギラギラの太陽も遮られ、濡れるような藍色の影が防衛側、第二小隊の装甲車達を染めていた。


「シルフ2よりシルフ6、地雷原の構築状況は如何かしら?」

「シルフ6、西側住宅地から先は完了です。対戦車陣地の無人砲台も設置、完了しました」

「シルフ4より2、少々悪趣味ではないか?」

「あら、御免遊ばせ。私、手加減と言った言葉を知らなくてよ」

「容赦の無さと言ったらこの上ないでござるな」


カールの掛かったピンク色の髪へ被せた似つかわしくないヘッドセットに、二番車の車長オタサーは慈悲のない言葉を口ずさむ。コバルトは相手の小隊長で新任の彼女を心配するようなセリフを吐いていた。


間の抜けた雰囲気はまさに実戦慣れした部隊だからこそ成せる、余裕であった。崩れ去るまで一刻とないが、それを知るのはこの戦場を空から見ていた他中隊の人間だけであろう。


「隊長、一つ伺っても良いでござるか」

「なんですの?」

「万が一、我が方の対戦車陣地、地雷原を突破してくる場合はどうする」

「そう易々と突破されるような布陣にはなってなくてよ? でも、そうですわね。その万が一があったら」


——徹底的に潰すまで。ビギナーズラッグなんて、そんなもの知らぬ相手がいる戦場では関係ない。


主要幹線道路と西側には対戦車地雷が大量に埋まった地雷原と対戦車陣地、無人の対戦車ミサイルが常に目を光らせている。手薄に見せる東側は観測車両が見渡しの利く高台で常に監視を続けている。このどちらかに引っかかりさえすれば、三両の主力戦車で先制攻撃を掛けて逃げ惑う偵察車両を狩れば、それでおしまいだ。


オタサーの脳裏には揺るぎない勝利の二文字が躍る。


 だが、慢心が盲点を生む。特に仮想敵『ラヴェンタ』にはそのセオリーからなる方程式は当てはまらなかった。


異端とも言える彼女の独奏が幕を開ける。ビルの合間から入り込んだ大爆発の余波がオタサーの耳に届いた時、すぐにそれが対戦車地雷の作動だと察知する。


「シルフ2より二小隊の勇敢なるナイト達へ! 狩りの時間ですの、私めに続いてくださいまし!」


エンジンを掛け、黒みを帯びた灰色の狼煙に眼と手に得た殺意を向ける。


西側、防衛地点へ繋がるメインストリートに仕掛けた地雷が起爆していた。データリンクに地雷の表記まではないものの、仕掛けた場所と方位で正確に割り出して、率いる部隊で急行する。


戦車戦では先制攻撃が勝利への定石。思惑通りと見越すやオタサーは口角を挙げて微笑んだ。


だが、爆発した地点まで数キロの位置で、煙の不自然な動きに気づく。時折へこみ何かが高速で射しこんでいるような様相に走りながら眼を見張る。


雲を切り裂いている物体は何? 戦闘機? まさか、こんな低空でこちらの位置も知らずに空爆を要請するなんて、あり得ませんの。けれど、そうかも知れないし、なんなら地雷原を処理するための爆弾、なんて可能性も否定できません。


キューポラのハッチから顔を出し、双眼鏡で覗く。そして、一瞬横切るすり鉢状の砲弾が目に入った時、二度目の爆発が彼女の髪を靡かせた。


「なんですの!?」

「南西方向の地雷も起爆」

「してやられましたわ! こっちは陽動……恐らく、爆破処理して無理やり突破しようという算段!」


オタサーの笑みが消え失せ、鋭い剣幕でその煙に視線を逸らす。


けれどやはり作戦としてはまだ粗が残っていますの。心で呟いたオタサーは瞬時に部隊の進路を変えるべく、指示を飛ばす。


「進路2―7―0。敵はあの爆発を掻い潜る御つもりでしょうけど、真横からくれてやりますわよ」

「シルフ8、了解」

「シルフ4、御意」

「見つけ次第、供物にしてさしあげなさい! 全車、ウェポンズフリー! サポッド弾装填」


向かう先を西へ転換して、二小隊は二発目に起こ

った爆発の進路上へと砲口をかざす。


道中で装填される徹甲弾。閉鎖機が閉じられれば、それはもうトリガーを引き撃つことでしか解放することが出来ない。オタサーは敵戦車の連隊が爆発を掻い潜って現れると踏んでいる。


地雷をその場で爆破処理して進軍してくるとなれば、おのずと相手の編成も読めていた。舗装道路を平気な顔で歪な路面に変えてしまえる。間違いなく装軌車、つまりカタピラを搭載し、加えて真っ向からの火力が潤沢な車両だと見当がつく。


そして的確な砲撃、観測車両の乗員がセンサー担いで前線の建物に潜伏している。


「推定される敵数は3。ドローンも持ってくれば良かったですわね」

「ドローンは肯定だ。しかし、吶喊しての勝算は如何ほどか?」

「シルフ8は正面へ、コバルトさんと私でお先に横へ射貫かせていただきます。二段構えだろうと上等ですわ」


地雷原を設置したのは住宅の密集地で防衛側にとって地の利を生かせる最大のロケーション。観測者も軒並み高さが平行な場所での観測は、まさに影が多く不確実なデータも多いはず。


オタサーはシルフ4、後方を走っていたコバルトの車両を先頭にして敵が前進してくるであろう交差点に照準を据えた。


「絶対に外さぬ」


しかしその言葉が出た直後、十字路へ出た彼の車両が突如として爆発を起こす。砲塔後部のブローオフパネル——戦車の弾薬庫に万が一被弾した時に誘爆の圧力を外へ逃がす天井板、ハッチ——が開き、固まって停止した。


「コバルトさん!」

「だい……じょうぶだ」

「どこからの砲撃で」

「左……そくめ」


車内には轟音が響き渡り、コバルトは想像を絶する音響にふやけてしまった。


「左側面。でもどうやって」

「にげるで……ござ」


オタサーに警告を出そうとしたコバルトだったが、砲弾は容赦なく彼の左側面、車体部を貫く。


弾薬庫の砲弾とは別に、車体の燃料とターレットバスケットの装填手前にあった弾薬が誘爆し、砲塔の搭乗員区画は引火した炎に焼き尽くされる。


全年齢対象ゲームなので流血描写はない。代わりに傷や肉体に損傷を負うと青い米粒サイズの粒子がアバターから放出される。それをこのゲームのプレイヤー達は欠損粒子と呼んでいる。また、戦闘不能になった者はその場で最寄りの領内野戦病院にテレポートされ、治療を受けるシステムになっているが、演習の場合は無傷でベットから目を覚ます。


爆散するエイブラムス。火花が奏でるパチパチという残響はそこに人がいたことを隠すようで虚しい。それを見つめるのは砲塔を右90度に回し、撃破した水色の同型戦車だった。


「砲兵で切り開いた道を通られても早すぎます。どうやって」

「シルフ4撃破。次弾、装填急いで! シルフ2をやります!」

「ふ、不可能ですわ」

「こちらシルフ8、シルフ4の反応が消えた! どうする?」

「テレポートでもしない限り」

「シルフ2! 応答しろ!」

「あり得ませんの、そんなこと!」

「落ち着けシルフ2! とにかく下がれ!」

「は、はい!」

「逃がさない。カーリングさん!」


ラヴィーは撃破した残骸まで詰める。視界は黒煙で霞み、熱線映像も燃え盛る炎で遮られる。


「シルフ1へ、右20度から敵戦車が接近。3ブロック先の交差点、距離300」

「シルフ5、TOWの出番です!」

「了解!」


地雷原の中に現れた一小隊に動揺するオタサーは、シルフ6車長の言葉で一度正気を取り戻し、後退する。


追撃するラヴィー。彼女達の正面に回り込もうとしたシルフ6が結果的に正面で立ちはだかった。


「シルフ7よりシルフ5へ。6ブロック先の交差点を左折。そこで射線が通ります」


ラヴィーの後方、シルフ3の真後ろを目標地点へ直行するストライカーは離脱し、戦闘地域へ足を踏み込み、装輪車の速度で遮蔽から姿を晒した。


「レンジはざっと800ってところか。行くぜ! ライフル!」


バックブラストが砂煙を上げ、ランチャーから飛び出した有線誘導のミサイル『TOW―2』。その造形の殆どは速度で隠され、航跡だけがロケットエンジンから伸びる陽炎とワイヤーだけを曝ける。


「トーが来るぞ! スモーク! スモォォク!」

「ダメです! 間に合わない!」


スモークを放ち視界を遮る二小隊のエイブラムス。ミサイルが機首を上げ、停車し身を潜めていたスモークの内部へと吸い込まれる。


頭上で炸裂したミサイル。装甲の薄い天板を抉った。


「イヤッふぃー! 一両撃破だ」

「シルフ5、右側面に主力戦車、すぐに逃げて!」


ラヴィーの悲鳴が飛ぶ。対戦車ミサイルを放ったストライカーの右側面には、回り込んだオタサーの戦車がその照準を建物越しに重ねながら、突入していた。


「負けてられませんのよ!」

「ヤバい! バックギア入れろ!」


止まることなく、極太の砲身から発砲炎が迸る。刹那、装甲車から橙色の光が溢れ、炸薬に点火した瞬間、接合の弱いハッチの至る場所が吹き飛んだ。


「シルフ3へ、ブレザーさんは目標の確保へ」

「了解だ。だが仔猫ちゃんは?」

「シルフ2の足を止めます。高速巡航で先に進めるならともかく、もしかしたら未確認の四両目が出てくるかもしれません。もし私が撃破された場合、追い付かれる可能性も」

「わかった。気を抜かずに行く。それと、あいつは手強いぞ」

「……はい!」


その意地は木造納屋を幾つ重ねてもそれを溶かすようにジリジリ伝わってくる。ラヴィーは眼を見開いて、ヘッドセットのマイクを直した。


「2ブロック先の交差点まで前進します! 敵の位置は?」

「熱線映像で排気をバッチリ追ってるぜ。右40度、距離900」

「味方の影を使って100メートルまで肉薄していたの……」

「ヤケだな」

「えぇ。吹っ切れたようですね。彼女」


オタサーの立ち回りは味方が撃破される前提での事。いわば部下の命と引き換えに敵を葬る、ゲームだからこそ踏み切れる禁忌。現実でやれば恨まれることこの上ないが、理に適っている。


それも後が無くなったからこそ成し得る捨て身の技なのだと、ラヴィーは悟る。


空中で旋回するドローン映像を元にしてシルフ7がデータリンクのグリッドマップにアイコンを載せる。オタサーの操る戦車とは別の車両、位置が不明だった四両目だ。


四両目は東側の地域を見張っていた観測車で、その情報を生き残っている二両に共有された。


「背後を取ります。このまま直進!」

「むーん、んがぁ? あいよー」

「寝てませんでした!? 今、カーリングさん確実に寝てましたよね?」

「そういうスタイルなんだ、気にすんな」

「居眠り運転はちょっと」

「無駄口叩いてる暇ねぇと思うぞラヴィー」

「はっそうでした! ついツッコミを」


ハッと我に返ったラヴィー。これまで居眠り運転を続けていたカーリングに内心驚きながらも、戦場に意識を戻します。


「相手もサーモで捉えてたら撃たれるのは必至だと思うが」

「行進間射撃で仕留めます。一発で当ててくださいよジャックさん。砲塔を右90度で固定」

「なるほど、考えたな。面白い」


行進間射撃。戦車を走らせながら砲撃を行う数ある戦車戦でもその基礎と言えるテクニック。自車の速度の分、砲の向きを調整して偏差射撃を行わなければならない、単純ながら奥の深い戦技とも言える。


砲塔のバスケットが回転を始め、身体に掛かる加速の重力が後ろから横へと流れていく。キューポラから頭を出し、横風を受けながら、ラヴィーは時速50キロの景色に食い入った。


そうして二人の車長は引き合わされ、視線と砲口を交わした。オタサーは目標地点へ急ぐ抜け駆けした戦車を追いながら、側面を取ろうと必死に走るラヴィーを確かに捉えていた。


瞳孔を震わせる。けれど動揺を踏み潰して、口を開いた。


「撃て!」「放て!」


一瞬のズレもなく彼女達は合図を落とす。しかし、その合図で響いたのは砲声ではなく、演習場の片隅まで届くサイレンの音色だった。


「一小隊、二小隊、演習は中止。各員は兵器を格納庫へ戻し、兵舎での待機を命ずる。また、各中隊長は作業終了後、ブリーフィングルームへ集合されたし。繰り返す、演習は中止、各員兵器の返却後、兵舎にて待機、各中隊長はブリーフィングルームへ出頭」


撃鉄は下ろされず、ラヴィーは脱力して寄り掛かり、オタサーは前に突っ伏して呟く。


「負けましたわ……久しぶりに」


完膚なきまでに。


緊張から解き放たれた安堵なのか、負けた雪辱で放心したのか、肩の力をがっくりと抜いたオタサーは、ハッチに寄り掛かっていた。


——刺し違えてでも、彼女の首だけは道連れにしておきたかった。


目の前にラヴィーがいるにも関わらず、そんな言葉がこぼれてしまいそうだった。


そして彼女の顔へ焦点を合わせてこう言葉を掛ける。


「大変、良き模擬戦でしたわ。ありがとう」


するとラヴィーは満面の笑みを浮かべて返す。


「こちらこそ、ありがとうございました!」


鋭くも、耳と眼、記憶に残るその声と表情に、オタサーは小さく息を吐いた。


「別人みたいにパーッと晴らかな笑顔をお召しになるのね……憎めないお人」


戦場の焔を知らないこの街が朱色の鮮やかな色に染まりきった時、その戦闘は幕を下ろした。強制的な終戦という形で。


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