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第5話

「一小隊、全員集合しました」


格納庫で塗装作業が進められている中、戦車や装甲車が整備されているブースとは壁で隔たれた小さな事務室らしき小部屋に、これから戦を共にする小隊のメンバーが揃う。


「では一小隊。これより攻撃に際しての編制と作戦会議をはじめさせていただきます」


ホワイトボードの前に立ったラヴィーが啖呵を切って、集めた一つ一つの視線に視線を返し、作戦会議が始められた。


「作戦地域は砂漠に広がった廃棄都市、なだらかな稜線と五階から十階建てのビルが点在し、他にも中心に向かって建物密度が濃くなる地帯になっています。ターゲットポイントはこの中心、ビルに囲われたサークルの中心、スタート地点から約7キロの地点、それでこれが……」


戦闘地域の衛星写真がプリントされた模造紙をボードへ貼り付けて、そこにマーカーで線を引いていくラヴィー。他の隊員はきょろきょろと横と目配せを始めていた。


「なんだその線は」

「主力戦車が通行可能な舗装道路になります。街を南北に走る主要幹線道路の他に、入り組んだ街路、それから斜めに走るバイパス、他は未舗装でも踏破できる空き地、外縁は砂地などですね」

「そんな情報、いつ手に入れた」

「ブリーフィングでマップを見た時、なんとなく覚えたんです。衛星写真でもくっきりわかるところのみですが」


口ぶりは穏やかだが、やっていることは諜報活動になんら遜色がない。ジャックの背筋に悪寒が走る。


「恐らく敵は主要幹線道路に地雷原を、対戦車陣地はその穴をカバーする布陣で配置してくるでしょう。稼働する主力戦車は中心近く、どの地点から攻め込まれてもカバー出来る場所、つまり防衛目標から最低でも直径1キロの地点で展開してくると思います」

「抜け目なしか。分散して当たると戦力差で捻られ、一点突破だと膠着する流れを作るってわけか」

「あくまで予想です。裏付けと観測の為に偵察仕様のストライカー装甲車を編成に加えます」

「火力の差はどう補う。防衛側の戦力はわからんが、これほどのピケットを持っていれば、主力戦車四両って配置もあり得るんだぜ?」

「他、対戦車戦闘の火力を補うためストライカーATGM、M1A1二両の布陣で戦います。しかしカーリングさんのおっしゃる通り、火力不足は否めません。なので」


集まった隊員達が騒めく。一見すれば自殺行為に思えても、考えはあります。


ラヴィーはその弱点を素直に認めて、地図上に青いラインを引いた。


赤く燃えていない、まだ惨状を知らない戦場。ガスタービンの排気と履帯の高速回転が砂塵を舞い上げてゴーグル無しでは眼も気安く開けられない。おまけにエンジンが吐き出す刺すような香りのグレーの排気も相まって煙たい。


戦闘地域までは未舗装道路、砂地をただ固めただけの地面を水色に塗装された60トン近い重量の戦車が、銃弾を弾く装甲に包まれた車両を連なって進んでいく。


「小隊全車、無線感度のチェックを行います」

「シルフ3、感度良好だ、仔猫ちゃん」

「シルフ5、対戦車ミサイルもご機嫌だ中隊長。早く撃ちたくてうずうずしてる!」

「シルフ7、感度良好です。ドローンの展開、いつでもどうぞ」

「では作戦通り。行きます。データリンク回線はD2を選択。以降の座標指示、偵察情報はデータリンクのアイコン、およびグリッドでお願いします。シルフ1よりフィールドマスター、一小隊は準備完了です。どうぞ」


戦術データリンクの回線番号は複数あり、彼女が属するアークユニオン軍の陸戦部隊ではD1からD16までのナンバリングが冠され、戦闘のあらゆる情報がここに集約する。


「こちらフィールドマスター。二小隊がまだ準備中だ。しばらくスタート地点で待機」

「了解です。シルフ1アウト」


ヘッドセットから流れる無線がひと段落ついたのを機に、ラヴィーはキューポラ——細い窓ガラスが一周に張られた車長用の覗き穴——のハッチから顔を出し、まだ米粒程に小さい作戦エリアの街を見渡した。


中心に向かうたびに増える建物の群。滑らかな起伏と点在する高台に詰まる街並みはハイカラな都会、とまではいかなくとも地方都市くらいの規模はあり、偵察仕様のストライカー装甲車——センサーポッドを搭載した偵察に特化した装甲車——の多機能センサーではすべてを見通すことは物理的に難しそうだ。


煙臭さの中、ぼーっと作戦エリアを眺めていると、車内無線でジャックが彼女に呼び掛ける。


「向こうさんはどうだー中隊長」

「しばらくスタート地点で待機だそうです」

「んじゃこっちは一杯やらせてもらうわ」

「えぇ!?」

「あんま飲みすぎんなよカーリング」

「うるせっ、こっちは呑まねぇとハンドル狂っちまうんだよ」

「先輩の言う通りっすよカーリングさん、ですよね、姉御」

「姉御?」

「中隊長のことっすよ。嫌っすか?」


嫌も何も、そんな呼ばれ方されたの初めてなので反応に困ります。


ボギーの唐突な呼び方に困惑する表情をラヴィーは作る。その沈黙でジャックが察し、横槍を放った。


「ボギー、あんまり女性を困らせるもんじゃないぞ」

「やっぱダメっすかね。あはは」

「あっえっと、お気遣いなく、呼びたいようにしてもらって大丈夫です」

「いいんすか!?」

「えぇ。どうぞ」

「ラッキーだなボギー。お墨付きをいただけてよ」

「皆さん、好きなように呼んでいただいて構いません。でも中隊長って言うのはなしで、堅苦しいの嫌いなので」


苦しくて首が締まりそうだったので。


「なら大隊長と一緒でいいかな。へへっ」

「ご機嫌っすね先輩」

「なっ、別になんでもねぇよ」


照れ臭そうに返事をするジャックにラヴィーはクスっと声を漏らした。


「あ、あとよ」

「はい?」

「しかしなぁラヴィー。そんなポーチ必要か?」

「えぇ。勿論です」


迷彩服の上から切るボディーアーマーにラヴィーだけパンパンに詰められたポーチが装着されていた。砲手席から後ろへ振り向いてジャックが尋ねてもはぐらかす彼女は、これ以上聞くなとばかりに眼を合わせた。


戦車の隊列は戦闘エリアの際、一小隊のスタート地点で停車をする。実戦形式の演習はラヴィーの胸をガスタービンエンジンに負けないほど高鳴らせている。


緊張はある。一抹の不安は消えない。いくら鼓舞しても、相手の実力は未知数、だが経験は確実に優っている。張り巡らせる思考はラヴィーを雁字搦めにするようだ。


「フィールドマスターより一小隊、防衛部隊の準備が整った。間もなく開始する」


えぇい、こうなったらもう猪突猛進だ。何があろうと、敵の前に出たら引き金を躊躇っている暇なんてない。ラヴィーは振り払うように首を左右に大きく振った。


「一小隊、間もなくスタートします。偵察機の用意、いいですね」

「シルフ7,任せてください」

「フィールドマスターより一、二小隊。状況開始」

「稜線を盾に目標西側3キロ地点、市街地区画の末端まで前進。追って行動を知らせます」


大隊長、アリゲーターが演習の火蓋を切って落とした。一両を残して一斉にスタート地点から出発した一小隊は、市街地に向けて加速していった。


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