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第4話

ウォーフェア・オンラン。地球とほぼ同等の巨大なマップを持つ大規模戦術シュミレーションゲーム、というのが表向きの顔である。プレイヤーはそのマップに犇めく四つの国家群、またはその国家群に属する国の兵士となって、小競り合いから世界大戦級の大規模戦闘を通し、究極の戦場体験をプレイヤーに味合わせる、まさに人間の闘争本能を満たす最適のゲームソフト。


北南米大陸のアークユニオン、ユーラシア大陸東側のマチリークソユーズ、同大陸西側のユナイトサプライ、アフリカ大陸のシリウスレーベ。四陣営は常に他と敵対し、偽りの世界で混迷を極めていた。


元は軍事技術として開発されたフルダイブ技術の本領というべきジャンルだが、果たしてこれだけが理由として最適なのかというと開発者、プレイヤーは首を振る。


もう一つ、このゲームには特筆すべき点がある。それはプレイヤー以外の活動がすべて四基のスーパーコンピューターとそこへ搭載された四つの人工知能に委ねられているということだ。


政治家や一般市民、犬まで彼らが操り、まるで電子の最中に出来た世界で生活しているように振舞う。科学が別の世界を作り上げたことが話題を呼び、プレイヤー人口を急速に伸ばした。


比例して戦場に立ち昇る火は増えていったのだけど。


第三戦車大隊、戦車格納庫。バスタブのような鋼鉄の巨大なホールには無骨で獰猛な獣達が収められている。


主力戦車、機動戦闘車、地雷原処理車、指揮車から兵員輸送車まで選り取り見取り。ラヴィーは整備員が忙しなく作業をする傍らでその壮観に声を上げた。


「見事だろ中隊長」

「えぇ、涙が出そう」

「おいおい、あんたってもしかして三次大戦前の兵器マニアか?」

「いえ、塗料とかオイルとか諸々の香りで」

「そっちか……まぁいい。一番車はこっちだ」


オイルとか塗料ってツンと鼻を刺す独特の香りがするよね。


「前の中隊長はなかなか硬派な奴でな。うちの戦車はどこでも単一のクリーム色にロービジの国籍マークあしらった迷彩だったが」

「えーっと、なんですかそれ本職の人ですか」

「このゲームはそういうマニアが五万といるぞ」

「あぁ、そうでしたね。私の知り合いと気が合いそうな」

「迷彩効果は重要だ。このゲーム、画面に残弾とかステータスなんかが映らないだろう?」

「言われてみれば、スッキリしすぎてるくらい、何もないですね」


フルダイブゲームと言えど、一口には語れないほど数が溢れている。それぞれゲームの仕様に合わせて、画面上には様々な情報が表示される。ファンタジーならステータスや体力、スキルポイントが、FPSやシューティングなら手にした武器や残弾、手榴弾の数が、などである。


しかしこのゲーム、リアル性を追求するあまりそのような表記は一切ない。ステータスもユーザーは見ることができないのだ。


「チュートリアル受けたかお前」

「す、すいません。受けたんですけど」

「カーリング、あんまり直球にイジメるなよ」


カーリングの指摘にラヴィーは動揺して視線を彷徨わせる。宥めるようなジャックがそんな視線を戦車に向かわせるべく、指を差した。


「そんで、今の一番車があれだ」

「確かM1戦車、でしたよね?」

「50点だ」

「へ?」

「あいつはM1A1エイブラムス。第三世代主力戦車だ。まぁ知らなくても無理はないな」

「120ミリ滑腔砲に無拘束セラミックプレートと空間を層状に配置した複合装甲、ガスタービンエンジンを搭載した戦闘車両、歩兵にとってはこれほどまでに頼りがいのある地上兵器はないと言われる走る要塞、って奴っすかね」

「へ、へぇー」

「詩人だなボギー。だが若干中隊長が引いてやがる。根詰めすぎるなよー」

「わかってますって、先輩」


一番後ろにいたボギーがジャックの補足を加えた。ラヴィーは圧倒され、返す言葉を持たない。


主力戦車とは第二次世界大戦後に登場した戦車分類で、重戦車並みの火砲と装甲、軽戦車の機動力を併せ持った戦車の頂点に君臨する言わば履帯戦車の究極系。その戦車でも特に開発された時期や能力で第一世代から第三世代、第四世代と細分化される。


「詳しい説明は乗ってからでもいいだろう。それで、何色に塗る? このままでもいいか?」

「あっひゃい?」

「どんな返事だよ」


いきなり話が回帰したら、私もついていけないですよ、ジャックさん。


「あっ色の話ですね。すいませんこんがらがってしまって」

「言わんこっちゃないな。まぁその話は頭の隅っこにでもしまっておけ。それで、何色にするんだ?」

「じゃ、じゃあ。水色」

「冗談にまだキレがねぇぜラヴィー」

「か、カーリングさん! 私、本気ですよ」

「迷彩の話、さっきされただろ?」

「それでも、です」

「何か思惑があるのか。聞かせて貰えるなら是非とも話してほしいとこだが」

「か、可愛いから」


バツの悪そうなラヴィーの声、しかし雑踏でかき消される。


「もっと大きな声で喋ってくれ」

「可愛いからです!」


三人が静止した。互いに見合い、彼女が正気であるかを探ろうともしたが、確かめる術がなかったので諦める。


ラヴィーは顔を赤らめている。明らかに恥ずかしかった様相だ。


「中隊長が言うなら、塗るぞ?」

「お願いします」

「……わかった。整備の奴にはこっちから伝えておく」


ジャックは隊列から離れて、整備員の元へと駆け寄る。注文を付けて戻ってきた彼は、少し神妙な面持ちだった。


そしてほぼ同時に一番車の塗装作業が開始された。その間に今度は搭載弾薬と攻撃部隊の車両編成をしなくてはならない。ラヴィーの仕事はまだ片付きそうにもなく、一人微小な溜息をついた。


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