茶髪のショートヘアを耳元まで下げた女性プレイヤーが中隊指揮官に来るという話を聞いて、一同は騒めいていた。ただでさえ硬派な世界設定に、ジャンルもガツガツなミリタリーゲーということもあって、女性プレイヤーの人口は二割にも満たない。
ブリーフィングルームにぎっちり詰められた声という声が入り乱れ、まだ統率のない迷彩服の人間達がそんな淀んだ空気を流していた。
しかし性別が彼ら疑念の中心ではなかった。その部隊には戦車に乗り込む勇猛な女性プレイヤーが二人、しかも戦車一両を指揮する指揮官である、というのが特筆すべき点である。
そして新たに赴任する中隊指揮官で三人目。驚愕するような意見は皆無に等しい。
不安の題材は他にあったのだ。
「こいつぁ」
「なんだジャック? アバターが小動物みてぇーで惚れたか?」
「ちげーよ。こいつ、戦車学校出て間もないひよっこじゃねぇか」
「は?」
金髪のロングヘアを一本に結ぶポニーテールの男『ジャック』は手に取った経歴の載った書類に眼を見張りながら、その横でステンレス剥き出しのスキットルを持つ西洋人アバターの『カーリング』へ告げた。
「ほんとっすね」
ジャックの後ろで彼の持つ書類を覗いていた茶髪の青年『ボギー』が頷く。
「ざっと一か月。よほどの問題児を連れてきたな。あの大隊長」
「何か考えがあるんでしょう。きっと」
「ただ、俺達の部隊にぁ勘弁だな。オムツの交換できる奴はいるか?」
「止せよカーリング」
「酒も飲めねぇ尻の青い奴はいらねぇって何度言ったらわかんだ。あのボンクラ」
「誰がボンクラだってカーリング」
「うげっ」
顔を引きつらせて、カーリングは顔を顰めて振り向いた。
「お疲れ様です、大隊長」
「お疲れっす」
「おうジャックにボギー」
「いつから居た。アリゲーター」
「ずっと居たぞー。お前の後ろにな」
「ったく勘弁してくれ」
「飲酒運転は相変わらずだなお前」
「いいじゃねぇか。こっちのが集中できる」
自慢げにスキットルを高らかに掲げて、茶色の短髪に髭を蓄えた彼らの上官、『アリゲーター』に見せつけている。
「それで、ションベン臭いガキはいらねぇって差別発言が聞こえたんだが」
「前にも言っただろう。おい」
「お前、さすがにここで言うか?」
「あぁ? 関係ね」
カーリングが反論を仕掛けようとしたとき、鋭い二つの視線で息が詰まる。殺気立った目線の一つから言葉が飛んできたとき、彼は口を紡いだ。
「大隊長のおっしゃる通り、ですわよ。カーリングさん?」
「時々場違いな発言をするよねあんたって。無駄口叩けないように縫い付けたほうがいいんじゃない?」
「お、おう。考えておくぜ」
「やられたな、カーリング」
「うるせジャック」
二人の男女に詰め寄られた挙句、搭乗員のジャックからもどやされるカーリング。この部隊を纏める『アリゲーター』が見かねて手を叩き、騒めきを消し去った。
「総員、静粛にしてくれ」
足音が一斉に揃った打鍵を叩くと、全員の視線が壇上に登る彼の元に集う。
「多分、いや確実に全員の耳には情報が伝達されていると思うが改めて紹介する。先週付で第三戦車大隊に配属されるラヴェンタ君だ。さぁラヴィー、入ってくれ」
「し、失礼します!」
耳が隠れるくらいの長さで切り揃えられた茶髪を引っ提げて、扉を勢い良く開けた活発な声の少女は、力の入り切った肩と緊張した面持ちで注目が集まる壇上に上がった。
「一昨日付で着任致しました。ラヴェンタと申します。どうぞ、お手柔らかに……」
「シルフの一番車へ乗車してもらう。異例の抜擢だが恐れずに実力を発揮してほしい」
「は、はい……」
「ラヴェンタでは長い。そうだな、ラヴィーと短くしてもいいか?」
「構いません! 呼びやすい名前ならなんでも!」
その目線の一つ一つがその少女『ラヴェンタ』に突き刺さる。このゲームでは全員が先輩、実戦経験を重ねに重ねた猛者なのだ。敬意と恐怖が混じってその正確な色を留めていない。
「シルフ中隊全員、その場で立て」
大隊長の号令で最前列に座っていたプレイヤー達が直立する。
「左から一番車、砲手のジャック、装填手のボギー、操縦手のカーリングだ。一番右のは気をつけてくれ。奴は吞まねぇと何をしでかすかわからない」
「は、はぁ」
「だが、呑まねぇとパフォーマンスも発揮できねぇ」
「実際に酔っているわけじゃないですよね?」
「そんなことはどうでもいいだろう」
話を強引にはぐらかすと、カーリングは不適な笑みでラヴィーを見つめる。
「二番車、車長のオタサー」
「お見知りおきを、中隊長」
「三番車、車長のブレザー」
「よろしくな、仔猫ちゃん」
「四番車、車長のコバルト」
「……よろしゅう」
洋画の濃いキャラクター詰め合わせみたいな挨拶は。いや最後の人は大河ドラマで出てくる侍みたいな話し方だった気がする。
各戦車を纏める戦車長が紹介されるも、癖の強い挨拶にラヴィーはキョトンと固まってしまう。
「……どうかしたか?」
「あっいえ」
「では三大隊、ブリーフィングを始める。ラヴィーはジャックの横に座ってくれ」
「はい!」
蛍光灯の白色灯がその明るみを失って、ブラインドが外光さえも遮断すると、映画館のような暗室が広がり、プロジェクターの光が白幕に射し込んでディスプレイを現れた。
返事をしてラヴィーは着席し、戦闘地域のマップが映る画面に釘付けとなった。
「本演習は中隊内での対抗戦、小隊戦闘を想定した模擬戦を行う。演習場は市街地を模した砂漠地帯の廃棄住宅街、広さは十キロ四方だ。内容は攻撃側のアルファと防衛側のブラボーに分かれ、ターゲットポイントを争奪してもうら。制限時間は40分。攻撃側は占領、またはブラボーチームの全滅、ブラボーチームは制限時間まで守り切るか、もしくはアルファチームの全滅が勝利条件となる。戦線停滞を防止するため攻撃側には砲兵隊、航空支援が各一回ずつ、防衛側は地雷原と対戦車陣地を二か所ことが可能とする」
アリゲーターの淡々とした説明が続く。
「ラヴィー、ブレザーとシルフ5、7が第一小隊、オタサー、コバルト、シルフ6、8が第二小隊、他は追って知らせる。第一戦は一小隊がアルファ、指揮官はラヴィー、二小隊がブラボー、指揮官はオタサーの布陣でついて貰う。各員、格納庫にある配備車両を自由に使ってくれ。作戦等は各小隊指揮官に委ねる。質問はあるか?」
質問を振られるも手を挙げる人間はいない。
「では以上だ。第一戦目の小隊は準備に掛かってくれ。このままこのモニターで戦闘と戦術データリンクの画面を中継する」
「さぁて、やるかー」
「あぁ、それからジャック。昨晩彼女にはこの基地を一通り案内したが、まだ頭に入り切ってない。連れ添ってやってくれ」
「了解です。大隊長」
「それと、固くならなくていい」
「では、わかりました」
「こいつはぁインフェガートだ。上司には媚びを売って礼節を重んじる。言っても体に染みついた悪癖は治らねぇよアリゲーター」
「カーリングほどフランクというわけにもいかないがな」
「だとよカーリング」
「へっ、ほら行くぞ」
「じゃあ、よろしくお願いします、ジャックさん」
「あいよ中隊長」
最前列と二列目に座っていた中隊の隊員がぞろぞろと立ち上って、ブリーフィングルームから去っていく。
その群れに連れられ、ラヴィーもジャックの背中を追って演習で使用する戦車の元へと靴音を立てて行った。